会議
明人は死んだように寝ていて、誰かに激しく揺さぶられた。
「明人!主、遅れるぞ!」
明人はハッとして起き上がった。目の前には、慎吾と嘉韻が立っていた。二人ともきちんと甲冑を着ている。明人は慌てた。
「うわ!もうそんな時間か!」
慌てて着物を脱ぎ捨てると、慌てて甲冑を手にした。慎吾が呆れたように言う。
「主、いくら昼間とはいえ、結界を張るのも忘れて寝入っておるとは何事ぞ。そのうちに妻が何人もなどと言うことになるのではないか。」
嘉韻が苦笑した。
「確かにの。自覚がないのだ。」
明人は甲冑の紐を閉めながら言った。
「たまに忘れるけど、オレなんかまだ序列も付いてないしそんなことねぇよ。」
慎吾はフフンと笑った。
「我の所には、結界を破ろうとした後があったことがあるぞ。嘉韻に至っては、ほぼ毎日だから起こされて敵わぬと言っておった。」
嘉韻は頷いた。
「最近は常に主が泊っておるゆえ、そんなことは少なくなったの。だが、居らぬと見れば外で弾き返される音と悲鳴がしょっちゅうする。やってられぬわ。主も大概気を付けよ。」
明人は仰天した。父の言っていたことは本当だったのだ。これからは絶対に結界を張ろうと明人は胆に銘じた。
三人が並んで軍宿舎一階にある大きなホールへ入って行くと、もう大半の者が並んで座っていた。
これは序列が優先されているので、警備の者以外は序列順に座っている。嘉韻は二人から離れて前のほうへ歩いて行った。
明人は慎吾と共に、序列が付いていない最後列のほうへ腰かけた。前の方に居るが、嘉韻は月の宮の神の中でも珍しい金髪なので、後ろからでもよくわかった。
そのうちに、李関が入って来て檀上に立った。ざわざわとしていたホールは、途端にシンとなった。
「本日は、組織編制の変更と、新たに序列の付いたもの、それに序列の変更を申し渡すために、このように集まってもらった。」
明人は息を飲んだ。序列の変更?序列が決まっても、変更があるのか…。明人は、李関の隣に立つ父の信明を見た。父は黙っている。
「まず、炎嘉様より発表があるゆえ、聞くように。」
炎嘉が檀上へ進み出た。炎嘉は、とても明るく快活な神で、その気は龍王にも匹敵するほど大きかった。だが、親しみやすく、明人のような見習いでも、何度も話し掛けられて、軽く雑談したことがある。そして、立ち合いも気軽に応じ、何が悪くて何を直せば良いのか、事細かに教えてくれた。明人は炎嘉がとても好きだった。
「では、序列を上から申す。ここ最近の訓練などで気と技術の向上を見た者達が序列を上げ、そのままであった者は序列を下げておる。これは至極当然のことであるから、下がった者はより精進せよ。これから申す序列には、新しく序列に加わった者もある。心して聞くように。」
明人は固唾を飲んだ。つまり、自分もここで呼ばれる可能性があるということだ。これで一人前には一応なる…。慎吾も横で身を固くしている。緊張しているのは、同じなのだ。
炎嘉は、言葉を続けた。
「まず筆頭、李関。次席、信明。以下呼ぶ順に席を変えて並んで座れ。」
名前が次々と読み上げられて行く。親父は入った時から序列が変わらなかった…明人は少し、ホッとしていた。名を呼ばれた順に、ホール前の一番前の列に、左端から軍神達が並んで座って行く。そして、思っていないかったほど早い所で、嘉韻の名が呼ばれた。明人も驚いたが、隣の慎吾も、当の嘉韻も驚いたようで、前でためらいがちにその位置に座るのが見える。慌てて端から数えてみると、嘉韻は左から7番目の位置に居る。明人は思った…やっぱり、嘉韻はすごい。そして他の名が呼ばれているのを聞いて、見ていると、聞きなれた名が聞こえて来た。
「…慎吾。」
炎嘉の声が言う。慎吾は驚いて弾かれたように立ち上がった。まだ、ホールの前列は埋まっていない。こんな早い序列に、慎吾は入るのか。慎吾がためらっているので、炎嘉が顔を上げた。
「前へ。主の席は今日からここだ。」
慎吾は頷いて、意を決したように前へ歩いて行った。オレ達の隊長よりも高い序列だ…。明人がそれをボウッと見ていると、炎嘉が言った。
「明人。」
明人は我が耳を疑った。慎吾の次?オレは…確かに慎吾とは互角に戦えるけど…。
「…まったく、見習い達は己に序列が付かぬと思うておるのか。」炎嘉の声が呆れたように言った。「心せよ。今日は序列が付く見習いもおるぞ。明人、早よう前へ。」
明人は慌てて椅子の間の通路を転がるように走って行った。席に付いて前を見ると、檀上に座る父が呆れたように視線を逸らした。明人は心の中で言い訳をした。だってよ、親父は慣れてるかもしれないけど、オレはこんなの思ってもみなかったんだもんよ…しかも…最前列なんて。
明人は横を見た。ここの席は横に二十五席並んでいる。自分は二十番目。なので慎吾は十九番目。ここの軍にはいろんな宮からの寄せ集めで今、800近くの軍神が居る。その中で、ここ。
明人は、嬉しさよりプレッシャーで死にそうだった。隊を持たされたりしたらどうしよう。オレは隊の軍神の命なんて守れねぇ。自分で手いっぱいなのに。
長く続いた名の読み上げがやっと終わり、炎嘉もフッと息を付いた。そして、新しい序列に並んだ皆を見て、言った。
「組織の編成を変える。今ある隊は全て解体し、一から組み直すので心せよ。よって、シフトも変わる。今ここに居らぬ、警備に出ておる者達には後で伝えるが、明日からこの組織に従ってもらう。」炎嘉は、前の大きな白い壁に映し出した組織図を指した。「軍の最高責任者は王だが、ここでは軍だけの形にして図解されてある。李関を頂点に、下に信明を副官として置く。人の世でも軍に居った者はその違いと数の少なさに驚くであろうが、神の世では人海戦術なるものは使わぬ。神の絶対数は人とは違って非常に少なく、至って単純だ。もっと大きな宮、龍の宮や鳥の宮なら師団や軍団やと別れておるが、それでも人の世と比べたら非常に少ない…気の力があるゆえ、戦闘にそんな人数が要らないのが正直な所であるが、神の軍隊が人の世のようなら、地上が壊滅してしまうであろう。一人一人の力が強過ぎるゆえな。」と息を付いた。「ここまでは、人の世から来た者のために説明をした。では、編成であるが、下の小さな分隊は10名編成で60分隊。その分隊を3分隊から4分隊で1小隊、6小隊で1連隊として6連隊。2連隊で1師団として3師団。そして、その上に信明、その上に李関だ。この先は、李関にやってもらおう。」
李関が頷いて進み出た。
「序列上位から任命して行く。師団長三名、第一師団、蓮史、第二師団、長賀、第三師団、明也。こちら、三か所に分かれて立て!」
左端から三名が左、中央、右と離れて立った。李関がさらに言った。
「連隊長六名、第一師団、第一連隊…」
明人はそれを聞きながら、ビクビクとした。ここまでは来ませんように。きっと来ない。大丈夫だ。責任者なんか嫌だ。絶対ダメだ。オレには無理だ。
「第二師団、第二連隊、嘉韻。」
嘉韻が立ち上がって、長賀の前に立った。ああせめて、嘉韻の連隊ならなあ。明人はそう思いながら恨めし気に嘉韻を見た。嘉韻はそれに気付いて、問いかけるような視線を投げて来る。その精神的な余裕が、明人には羨ましかった。
段々と序列が上の者が立ち上がって、慎吾と明人の横も空席になって来た。このままだと、オレはなんかの責任を持つことになる…!一連隊に三つある、小隊の長の読み上げが始まった。
「第二師団、第二連隊、第一小隊、慎吾。」
慎吾が立ち上がって、嘉韻の前に立った。慎吾は嘉韻の連隊だ!気が付くと、明人の横の席はがら空きだった。
「第二師団、第二連隊、第二小隊、明人。」
明人は自分だけ飛ばされることはないかと思ったが、そうではなかった。でも、第二連隊なら嘉韻の連隊。無様な姿は晒せないと、サッと立ち上がって嘉韻の前に立った。目が合った嘉韻は、ほんのり笑っているようだった。それを見て明人も笑い掛けそうになったが、場所が場所だったのを思い出し、慌てて表情を引き締めた。慎吾が横で明人を小突いた。
「…序列が横で良かったな。もしかしたら第一連隊になるかもと、はらはらしておった。」
明人は頷いた。
「オレもどうせなら嘉韻の連隊って心の中で唱えてたんだぞ。慎吾とも一緒だし、まずは結果オーライだ。」
自分の前に、分隊長が並び始めた。これから部下になる…つまりはその命を背負って行く軍神達。明人は姿勢を正した。慎吾はもっと深刻な顔をしてる…慎吾の前には、分隊長が四人。つまり、四十人の軍神達が慎吾の下に付いたのだ。明人と、隣の小隊長の下には、分隊長は三人だった。つまり、三十人を背負っていることになる。そして、自分達の後ろの嘉韻は、この百人と自分達三人を背負っていることになる。そしてその後ろの師団長である長賀は、二百人と連隊長二人、そして小隊長六人の命を背負っていることになるのだ。
全ての長の読み上げが済んだあと、父の信明が進み出て手を振った。椅子が両脇に積み上げられ、広くスペースが空く。明人の目の前の分隊長は、手渡された紙を見て慌てて自分の分隊の軍神を呼んで整列させ始めた。ふと見ると、他の分隊長達も走り回って自分の隊の軍神を呼んでいる。
そして皆が自分の隊を知らされ、そこへ並んだ後、壇上から李関が言った。
「こちらへ向け!」
皆が身に付いた形でクルリと壇上へ向かう。そうすると、前に嘉韻、その前に長賀が見えた。これが自分の所属…。明人は、なぜか身震いした。
「これからはこの編成でやって行く。シフトは明日から。任務の事については、各師団長に知らせてある。師団長は連隊長に知らせ、後は連隊長に任せよ。小隊長は指示に従って分隊長へ知らせよ。慌ただしい事であるので、迅速にこなすように。我からは以上だ。」
明人は父を見た。父は明人の視線を感じてこちらを見たが、少し眉を上げただけだった。炎嘉が言った。
「ここの軍は若い。だが、力を持つ者にとって、ここほどチャンスの多い宮もない。今は大きな戦は無いが、もしも戦いが起こることがあったら、このつながりで戦うことになる…演習もそうだ。心して、毎日精進するように。」
皆は頭を下げた。これから、この塊で動くことになる。滅多に全軍一斉に同じ方向へ進むことはない。なので、慎吾と嘉韻と同じ師団の中に入って、明人はホッとしていた。これで、お互いに何かあってもすぐに分かる。動きもわかるし、任務もわかる。やはり、友達とは、特に命に関わることを共に成し遂げるなら、一緒がいい。
明人は玲を思い浮かべた。そうだ。学生の時はこんな会議にも出ることは出来なかった。なので、軍がどういう風に動いているのかも知らなかった。明人は、帰りに玲を訪ねようかと思ったが、嘉韻に呼び止められ、師団長から話があり、そして任務のシフトのことを聞き、分隊長にそれを指示したりしているうちに、そんな時間は無くなってしまった…。




