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任務

毎日が飛ぶように過ぎて行った。

何もかもが手探りで、その日その日の任務に必死になるよりなかった。分隊長達は皆、やはり上司である明人を頼って来るし、明人は嘉韻に聞きながらこなすよりなかった。

慎吾の顔は一時期険しくなったが、お互いにどうすれば隊をまとめることが出来るのか考えた結果、とりあえずは落ち着いて小隊をまとめられるようになっていた。嘉韻は連隊長として会議にも出席数が増え、そしてその嘉韻と雑談ではなく軍のことについて遅くまで話し合うことが増え、明人と慎吾の顔つきも考え方も変わって来た。否応なしに背負わされている命の重みを感じながら、明人は毎日なんとかこなしていた。

この隊の編成には、一つの法則があった。

第一師団から順に並べてある結果、第一師団には一番序列の高い師団長が、第一連隊には、連隊長の中で一番序列の高い者が、つまり、皆第一の方が優れているような形になっているのだ。

それがはっきりとわかったのは、月の宮のコロシアムでコンサートが行われた時だった。

神の世で人の世の歌が流行り、明人も久しぶりに人の世の歌を耳にすることが出来るようになっていたのだが、それが高じて、なんと月の宮でコンサートが行われる事になったのだ。あの時の警備の大変さたるや、嘉韻でさえ無言になったほどだった。

第一師団と第二師団は共に結界外の警備に出され、第三師団は中の人員整理に迷いもなく割り当てられた。

間違いなく何も侵入できない結界内、第三師団の半分は外へ回してもらえるようにと師団長である蓮史と長賀は李関に言ったが、聞き入れられなかった。

あの時の外の混雑たるや大変なものだった。

各宮から結界内に入れる人数は決められていて、主に王族達なので皆、供を連れている。ついて来た臣下や軍神達は外に残るので、そこで野営しようと天幕を思い思いの場所に張り出し、小競り合いも起こり出す始末で、明人達はほとほと手を焼いた。

そこへ龍王が到着した時には、その供の数に皆が仰天した。

普段、龍王がこちらへ来る時は、思いついたように来るので身軽で、供が居たとしても少人数であったのだが、コンサートは招待を受けていたので公式訪問になって、身分柄たくさんの供を連れてこざるを得なかったのだ。

それがまた明人の管轄の所に到着したので困ったことになった。既に配置してあった天幕の位置を、変えた所で全部入りきらない。分隊長が困って相談に来たが、明人にもいい案が浮かばず、どうしようかと思っていた所に、龍王が王妃を連れて戻って来て、今日は戻ると言い渡し、また大勢の供を引き連れて戻って行ったのには、心底ホッとした…後で、龍王が気を利かせて戻ってくれたのだと聞いて、心の底から感謝した。


それだけではなく、様々な事で、重要な任務は第一師団と第二師団に、後方支援や宮の結界内の警備は第三師団にと振り分けられているのが見て取れた。

明人は、フッと息を付いた。

「…あの編成は、こうやって任務の順序を決めるためだったんだろうか。」

嘉韻が顔を上げた。ここは嘉韻の部屋で、慎吾と三人で今度の任務のことについて話していた時だった。月の宮では新年は大々的に皆休みになるのだが、明日にはその休みも開けて、任務が開始されるのだ。

「我らには文句は言えぬ。ただ、王の望み通りに仕えるのみよ。それが軍神の務めだ。」

慎吾は嘉韻を見た。

「それはわかっておるが、それにしても任務の振り分けがあまりにもあからさま過ぎるのではないか。我らにばかり外向きの任務が来る…我も、やはり部下達の命に責任を持っておるでの。毎回冷や冷やし通しであるわ。」

嘉韻はしばし黙ったが、頷いた。

「わかっておる。我だって同じように思っておるし、蓮史殿も長賀殿もそうよ。しかしの、第三師団長の明也殿は力のある軍神だ。ゆえにこの振り分けには憤っているのだ。しかし、己の師団が皆、軍神の中では気の弱い者達で構成されておることを知っておるのでな…命のことを考えると、強くも言えぬのだ。おそらく実戦に耐えうるか分からぬ者も中には居るのでの…難しいわ。」

おそらく、上も軍神達の命を守るためにこういう編成を考えたのであろう。それでも、明人は同じ軍神であるのにと、不公平であるようには思った。しかし、嘉韻の言うことももっともで、軍神である限りは王の望み通りに仕えなければならない。序列の高い自分達は、それに伴って宿舎も大きく続き間のある物に変わったし、待遇も明らかに違う。甲冑も変わった。支給されるものも、望めばなんでも手に入った。これが、序列の高い者の特権なのだろう。

ちなみに父の宿舎は、最上階の広いもので、あの広い最上階を三等分された一つの続き間だった。一つは李関、一つは父、そしてもう一つは空き部屋で、父に聞くと義心が来た時に使う事が多いと言っていた。

師団長達と連隊長達の宿舎も、その下の階に同じく一つの階を九つに分けた大きな続き間だった。

明人達小隊長はさらにその下の階を18に分けた続き間となり、他は皆、その下の階に分隊長は二つの続き間、残りは一つずつ振り分けられて部屋があった。その小さな宿舎は一つの階に50あるのだから、上の位置に居る者の部屋がどれ程広いのか想像も出来る。母も最近では屋敷よりもここの方が宮に通勤しやすいと、父の宿舎に泊まる事が多かった。ただあまりに広いので、二人ではもったいないと言っていた。

しかし、李関は独身なので、そこを一人で使っているのだから、明人にすれば寂しいのではないのかと思うのだった。

不意に、嘉韻の部屋の外の結界がパチンと鳴った。珍しい事ではないので明人が気にせずに居ると、慎吾がため息を付いた。

「相変わらず多いの。もっと痛い目をみさせる結界に変えてはどうだ。こう女が来ては、主も落ち着かぬだろう。」

嘉韻はふんと鼻を鳴らした。

「もう変えておるわ。だから減ったのよ。今の女も、手に傷を負ったであろうよ。なんと面倒な事よ。」

明人も、実はこれには悩まされていた。いっそのこと宿舎全域に結界は張れないものかと最近は思っている…だが、そうすると困る者も居るようで、その意見は保留にされていた。

「我など見るからにヤバそうな結界を張っておるぞ。触れたら火傷をするものだ。結界に赤い色を付けてな、炎に見せておる。なので、最近は静かよ。」

嘉韻はおお!という顔をした。

「良いことを聞いた。早速今夜よりそうしようぞ。あの音には慣れたが、有事に気付かず眠っておっても困るのでな。どうしたものかと思うておったのよ。主は頭が良いな。」

明人も感心した。オレも今夜からそうしよう。

そうして、二人は嘉韻の部屋を出て、自分の宿舎へ戻ったのだった。


明人は、慎吾が言っていた通りの結界を張って寝台へ入ってみたもも、ゆっくりと眠ることも出来ず、結界はそのままに外へ出て、コロシアムの方へ何気なく向かった。コロシアムは、結界を張って輝いていた。

しかし、明人達軍神には、この結界は関係なかった。すんなり中へ入ると、誰かがその闘技場の真ん中に立って、じっと何かを考え込んでいる。この夜中に、まだ甲冑を着たままだった。明人が不思議に思って近づいて行くと、それは、炎嘉だった。

「炎嘉様?」

炎嘉は、ハッとしたようにこちらを見上げた。明人は慌てて地上へ降りた。

「明人か。」炎嘉が驚いたように言った。「このような休みの日にまで、主はここへ鍛錬に来るのか?」

「本日は眠れなくて、参っただけでございます。」明人は膝を付いて言った。「炎嘉様も、このような時間になぜにこのような所に?」

炎嘉はため息を付いた。

「我は龍の宮より先程戻って参った。新年の挨拶とやらが、あちらの宮にはあるのでの。」

明人は、炎嘉からいつもとは違う感じを受けた。何か、思い詰めているような…気のせいならば良いが。

「…何かあちらでありましたか?何かお元気がないような…。」

炎嘉は驚いたように眉を上げたが、すぐに笑った。

「なんとのう、人のようなことを聞く。」明人は恥ずかしくなった。まだ、オレは人が抜けないのだ。しかし、炎嘉は嬉しそうだった。「そうよの、会いたかった女に会えなんだ。それだけよ。」

明人は驚いた。炎嘉はこちらに来てから浮いた噂など一つもない。前世では女好きで有名だったと聞いたが、今生では全くそんなつもりはないらしい、と言われていたのに。

「その…炎嘉様にそのようなかたがいらしたとは、知りませんでした。」

明人はごにょごにょと言った。炎嘉はフフンと笑った。

「我にも想う女ぐらい居るのだぞ?ただ少し難ありでの。邪魔をするやつが居る…まあ、気持ちも分からぬではないが。」と、遠い目をした。「だが、今日は話したかったの。ゆえ、残念であったわ。」

明人はなんと答えたらいいのか分からなかった。下を向いていると、炎嘉は苦笑して言った。

「主にはまだ早いの。軍神は身を守るのが大変であろう…気を付けよ。想う女以外は寄せぬようにな。」と、急に真剣な顔になった。「有事には、己の命を守る事をまず考えよ。神世は力社会、命を落とす者はその力しかなかっただけだ。皆を救おうなどと思ってはならぬ。それが神世の軍というものだ。分かったの。」

明人は驚いて顔を上げた。急にどうしたのだろう。

「炎嘉様…?」

炎嘉はフッと笑った。

「さあ、もう休め。明日からまた、任務であるぞ?」

明人は頷いて立ち上がった。飛び上がって行く明人を、炎嘉はずっと見送っていた。


そして、次の日から炎嘉の姿は忽然と消えたのだった。

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