本能の大声
またまたまた別視点で御座います
私たちは、魅子先輩に諭されるという形で鞘太さんの家を出た。
スマホを確認すると、来た時から二時間も経っていた。空を見上げると、すでに月も出ている。
この綺麗な月を鞘太さんにも見せたいなあ。
心の中で呟いていると、礼ちゃんがポツリと問いかけてきた。
「ねえ、火花ちゃんはさ、あの人のことどう思った?」
唐突で明らかな質問に、自分の顔が赤くなるのが分かった。
今日一日で、私は国丸鞘太さんに魅了されていた。きっとあの人は天性の人たらしなんだろう。でも、ただの人たらしじゃない。
この人は「危険」だと本能が大声を発するような魅力だった。
ここまででコンマ数秒の思考。
私は心の内を気づかれないように、平静を保って礼ちゃんに言葉を返す。
「あ、あの人って?」
まずい、噛んだ上に声がうわずってしまった。
「ふーん。そんな風にとぼけるんだ?」
そう言って礼ちゃんは上目遣いで見つめてきた。こんなあざといことを無意識によくするから、礼ちゃんは学校で変な奴によく告白されるんだ。
反省しろっての。
「な、何のことかなー?」
私は気を逸らすために空を見上げた。月が綺麗だ。うん、月が綺麗だなあ。こんなに綺麗な月を見ているのに、どうして隣にいる礼ちゃんは私の顔ばかり覗き込んでくるんだろう。
「へえ。じゃあ、鞘太さんのことを考えて顔を赤くしてたわけじゃないんだ?」
「~~~~っ!」
礼ちゃんはこういう時、本当に勘がいい。
「……逆に礼ちゃんはさ、鞘太さんのことをどう思ってるの!?」
照れ隠しに礼ちゃんに問いかける。すると、礼ちゃんは両手を頬に当てて顔を赤らめながら言う。
「すごい『魅力的』な人だと思うなあ。火花ちゃんだってそう思うでしょ?」
え? 何その反応? まさか礼ちゃんも?
「鞘太さんのパーマがかった髪は撫でてみたくなるし、整った顔立ちに綺麗な顎のライン。意外と筋肉質なのが分かる、えっちな長袖のぴっちりしたセーター。どれもこれもたまらないと思わない?」
私は目の前の礼ちゃんに少し気圧されていた。だって、普段こんな礼ちゃん、すけべじゃないもん。
「た、確かにそう思うけど! じゃなかった。急にどうしたの!?」
「私、鞘太さんのことが好きになっちゃったってこと!」
礼ちゃんのその言葉に、私は硬直した。
月明かりの下で、普段は控えめな礼ちゃんが頬を真っ赤に染めて、両手で顔を覆いながらもはっきりと言い切っている。その姿が、妙にまぶしくて、同時に胸の奥がざわついた。
「……は? ちょっと待って。今、なんて言った?」
「好き、って言ったの。鞘太さんのこと」
「いや、いやいや。今日会ったばっかりでしょ? 介護しに行っただけなのに?」
「分かってる。でも、何というか……オムレツを食べさせてあげた時とか、穏やかに笑ってくれた時とか、なんかもうダメ、って感じでね」
礼ちゃんは恥ずかしそうに視線を逸らしながらも、声は安定していた。本気だ。この子、本気で言ってる。
私は頭を抱えたくなった。
自分も気になっているのに、親友があっさり「好き」宣言してくるなんて。しかも、パーマの髪とか顎のラインとか、ぴっちりセーターとか、急にえっちな観点で語り始めるし。普段の礼ちゃんにそんなところあった? いや、ない。
明らかに鞘太さんの『危険な魅力』に狂わされている。
『取り返さないと』。
そう思った私は、覚悟を決めて言った。
「じゃあ、勝負!」
「へ?」
「だから! 勝負って言ったの! どっちが先に鞘太さんを彼氏にできるか!」
礼ちゃんは面食らった表情を浮かべる。でも、次には「むん!」とした顔で宣誓した。
「いいもん。私、絶対に負けないから!」
礼ちゃんはそう言って、ぎゅっと拳を握りしめた。
いや、なんでそんなにやる気なの!?
普段の礼ちゃんはもっとこう、ふわふわしていて、争いごとなんて苦手そうな女の子なのに! それが今や、恋敵を前にした戦士の顔である。
……いや、恋敵って私のことなんだけどね?
「ふふふ……火花ちゃん、覚悟してね?」
「こっちのセリフだよ!」
私たちは互いに睨み合った。
月明かりの下、親友同士の間に火花が散る。
……なんだこれ。
数時間前まで、私たちは一緒に鞘太さんの介護をしていただけなのに。どうしてこんなことになった?
いや、原因は分かっている。
あの男だ。
両手を骨折しているくせに、妙に人懐っこくて、こっちの警戒心をあっさり解いてしまう。自分の不幸すら笑い飛ばすくせに、他人のことになると妙に優しい。
あんなの、好きにならない方がおかしい。
……いや、ちょっと待て。そもそも、鞘太さんは私たちのことをどう思っているんだろう?
今日のことを考えれば、少なくとも嫌われてはいないと思う。むしろ、あんな目に遭わせた私たちを気遣ってくれたくらいだ。
でも、それはあの人が優しいからであって、恋愛感情があるかどうかは別問題だ。
つまり。
「……私たち、まだスタートラインにも立ってなくない?」
「え?」
私の呟きに、礼ちゃんが首を傾げた。
「いや、だってさ。鞘太さん、私たちのことを好きだなんて一言も言ってないし、逆に傷つけたし……」
「……確かに」
礼ちゃんの表情が固まった。
「そもそも、私たちってまだお互いのことをほとんど知らないわけだし。まずは鞘太さんのことをもっと知って、それから仲良くなって……」
「つまり、明日も会いに行けばいいってことだね!」
「話を聞けぇ!」
礼ちゃんは両手を胸の前で合わせ、ぱあっと顔を輝かせた。
「そうだよね! まだ鞘太さんの好きな食べ物も、趣味も、好きなタイプも知らないもんね!」
「そ、そうだけど……」
「明日は何を作ってあげようかなあ。オムレツを喜んでくれたし、今度はお弁当とかどうかな?」
「ちょっと待って! なんでいきなりお弁当!?」
「だって、胃袋をつかむのは大事でしょ?」
「どこでそんな恋愛知識を仕入れたの!?」
でも、お弁当か。
鞘太さんは両手を骨折している。明日もまだ自由に手を使えないはずだ。だったら、食べやすいものを用意してあげるのは悪くない。
うん。これは恋愛とか関係なく、責任を取るために必要なことだ。
決して、礼ちゃんに先を越されたくないからではない。
くっ……! まさか親友と料理で張り合う日が来るなんて!
こうなったら、絶対に負けられない。
鞘太さんを好きになったのが今日なら、まだ条件は同じだ。今から頑張れば、私にだって十分チャンスはある。
「ねえ、火花ちゃん」
「何?」
「明日、鞘太さんの家に行くとき、一緒に行こうね!」
「……うん!」
でも、私は一つ引っかかった。
「でも、魅子先輩は、これから発展する私たちの関係を許してくれるかな?」
「確かに……」
その日の帰り道は、二人で頭を抱えるのだった。




