彼女はらな
2話目です。
また見てくださりありがとうございます。
ごゆっくりお楽しみください。
「ねぇ」
女の声。
僕は反射的に振り返る。
坂の下。
潮風に髪を揺らしながら、彼女がまっすぐこちらを見ていた。
「待って……」
確かに、僕へ向けられた言葉だった。
僕は自転車を降りる。
「来てたんですね。もう帰るところでした」
できるだけ平静を装って言う。
でも、心臓はうるさいくらいなっていた
「着いてきて」
彼女はそう言うと、さっきの公園へ向かって歩き出した。
僕は自転車を押しながら、その後を追う。
公園に着くと、彼女はブランコへ腰を下ろした。
ギィ……と、古びた鎖が小さく軋む。
僕も隣のブランコに座った。
少し沈黙が続いた。
僕はゆっくりとブランコを漕ぐ。
聞こえるのは、波の音と、古びたブランコのギィ……という軋みだけだった。
居心地の悪い沈黙を壊すように、僕は口を開く。
「今朝は、なんで嘘をついたんですか?」
彼女は少し考え込むように俯いた。
沈黙が落ちる。
一分くらい経っただろうか。
ようやく、彼女が口を開いた。
「朝、話した子は……私の双子の妹だから。だから、嘘をついたわけじゃないよ」
――やっと理解した。
それなら、全部辻褄が合う。
泣いていた彼女と、初対面のように振る舞っていた彼女。
あれは別人だったんだ。
そう考えると、胸の奥に溜まっていた違和感が、少しだけ軽くなった気がした。
潮風が吹く。
ブランコが、ギィ……と小さく軋む。
僕は前を向いたまま、隣の彼女を横目で見た。
昨日とは違う。
落ち着いた表情。
静かな声。
まるで最初から別人だったみたいに、自然だった。
でも――。
「……なんで、お姉さんは昨日泣いていたんですか?」
彼女は少し眉をひそめた。
「お姉さんじゃなくて、“らな”って呼んで」
風が吹く。
彼女――らなは、揺れるブランコを見つめたまま、小さく呟いた。
「昨日泣いてたのは……好きな人が事故に遭ったから」
僕は言葉を失う。
らなは続ける。
「まだ、現実を受け止めきれてなくて。……気づいたら、泣いてた」
その声は静かだった。
泣き叫ぶわけでもなく、
感情を押し殺すみたいに話すからこそ、余計に苦しく聞こえた。
これは、聞いちゃいけなかったことだ。
そんなの、アホな僕でもわかる。
焦った僕は、咄嗟に口を開いた。
「なんか……ごめん……」
でも、それ以上言葉が出てこなかった。
こういう時、何を言えば正解なんだろう。
何も言わない方がいいのか。
それとも、励ました方がいいのか。
僕にはわからなかった。
「いや、もう大丈夫」
そう言って、彼女――らなは微笑んだ。
何が“大丈夫”なのかは、よくわからない。
僕は俯いた。
すると、らなが小さく言う。
「着いてきて。行きたい場所があるの」
そう言って、らなは立ち上がった。
僕もつられるように立ち上がり、その隣を歩き出す
向かっているのは、出口とは逆方向だった。
「どこに向かってるんですか?」
「いいから、着いてきて」
そう言って、らなは公園の奥の草むらへ足を踏み入れた。
僕も慌ててその後を追う。
獣でも通るのかと思うような細い道を、らなは迷いなく進んでいく。
草を踏み分けながら歩いていると、ふと足元の感触が変わった。
土じゃない。
冷え切った、長年使われていないコンクリートみたいな感触。
――階段だ。
草に埋もれていて、今まで全然気づかなかった。
ぱっと見、十段くらいだろうか。
一段。
二段。
三段……。
黙って登り続ける。
そして十段目を越えた瞬間、視界が一気に開けた。
「……うわ」
思わず声が漏れる。
そこには、古びた鳥居がひとつだけ立っていた。
その向こうは崖になっていて、僕たちの住む街が一望できる。
海も、道路も、家も。
全部が夕陽に照らされていた。
その景色を見た瞬間、胸がざわつく。
――今日、夢で見た。
まるで正夢だった。
見慣れているはずの街なのに、不思議なくらい綺麗に見える。
一つ一つの家に、誰かの人生がある。
そう思うだけで、なぜか胸が熱くなった。
突然、らなが足を止めた。
僕もつられるように立ち止まる。
あまりにも綺麗で、思わず写真を撮ろうとポケットへ手を入れた、その時だった。
らなが、何かを小さく呟いた。
「…………」
けれど、その瞬間。
崖の方から強い風が吹き抜ける。
髪が揺れ、言葉が風に掻き消された。
「え?」
聞き返そうとした、その時。
ギィ……。
背後で、鳥居が軋む音がした。
同時に、後ろから掠れた声が聞こえる。
「あんた達……」
心臓が跳ねた。
ゆっくり振り返る。
そこには、いつからいたのかわからない老婆が立っていた。
その濁った目は、真っ直ぐ僕たちを見ていた。
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