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おばさん冒険者、職場復帰する  作者: 神田柊子
第一話 おばさん冒険者、職場復帰する

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7

 ふっと意識が戻ると、リーナは硬い床の上に転がされていた。

「え……ここは……?」

「やっと目が覚めたの?」

 リーナの横から呆れた声がする。顔を巡らせるとノーラだった。

 起きあがろうとしたら、両手首がロープで縛られていた。

「え、何ですか、これ」

「殴られたの、覚えてない?」

「あ!」

 リーナはなんとか身体を起こす。

 ノーラと同じように壁に寄りかかって座り直して、辺りを見回す。

 どこかの屋敷のような内装だけれど、窓はない。小さな灯りの魔道具が一つ床に置かれているが、それでも暗かった。

 リーナは同じような場所に昨日来たばかりだ。

「ここって、お屋敷タイプのダンジョンですか?」

「そう」

 リーナは先ほどまで気を失っていたけれど、ノーラはもっと前から目が覚めていたそうだ。

 彼女が言うには、リーナたちは袋に詰められて運ばれ、転移魔法陣で転移させられた。この部屋に来てから、袋から出されたらしい。

「あんたが起きないから、あの男はまた後で来るって言ってたわ」

「あなたは逃げなかったんですか?」

 両手は縛られているけれど、足枷はない。室内に見張りもいない。逃げられる隙はなかったんだろうか。

 リーナが聞くと、ノーラは扉に目をやって、

「隠し部屋なのか、外からじゃないと開かないのよ」

 そう言ってから慌てて、

「違うわよ! あんたを置いて一人で逃げようとしたわけじゃないわよ。あの男が開かないって言ってたから確かめただけよ」

「あ、はい……」

(別にノーラが一人で逃げても裏切られたとは思いませんよ……)

「あの男の人って結局誰なんですか? 何か言ってなかったですか?」

「別に何も」

「悪い人ってことしかわからないんですね」

 リーナはコリンの部屋で見つけた依頼書のことを思い出す。きっとあの依頼書に関わりがある者なんだろう。

(コリンは一体何をやっているんでしょうか……)

 リーナがそんなことを考えていると、扉が開いた。

 コリンの部屋で会ったのと同じ男が顔を出す。

「お、目が覚めたか」

 にやりと笑われて、リーナは小さく震えた。

「こっちに来い。歩けるよな?」

 あごでしゃくられて、リーナとノーラは立ち上がる。

「お前らには実験台になってもらう。逃げようと思うなよ。ま、逃げたところで、武器のない剣士としょぼい魔法しか使えない事務員じゃ、魔物にやられるのがオチだからな」

 扉の向こうはこちらの部屋よりも広くて明るい。照明付きの部屋なのかもしれない。

 恐る恐る向こうの部屋に入ると、背後でパタンと扉が閉まった。ちらっと振り返ると、壁と同化して扉が判別できなくなっていた。

「わ、何かいる!」

 ノーラが悲鳴を上げる。

「蜥蜴じゃない! 気持ち悪い」

「攻撃しなきゃ襲ってこねぇよ」

 右手の壁際の床に群れていたのは雫蜥蜴だった。

(え? もしかして、この部屋って?)

 リーナはそっと天井に目をやる。思った通りに斜蝙蝠がいた。

(昨日来たばかりのダンジョンじゃないですか! しかも昨日の部屋です! 隠し部屋があるなんて気づきませんでしたし、ギルドの資料にもありませんでした!)

 リーナは縛られたままの両腕を上に向ける。

(アリスおばさんの教え! 先手必勝です!)

 リーナは男の頭上の蝙蝠に向けて水球砲を連射した。

 蝙蝠に当たって一気に騒がしくなる。鉱物がいくつも落ちてきた。

「お前、何を!」

 鉱物が痛いのか、男は手で頭をかばいながら怒鳴る。

 リーナはノーラの腕を引いて、蜥蜴のいない方を回って廊下への扉を目指した。

 男がリーナたちに手を伸ばす前に、蝙蝠の鉱物目当ての蜥蜴が男に飛び掛かる。

「うわっ、蜥蜴が! くそっ!」

 蜥蜴の不意打ちに男が転んだ。そこにさらに蜥蜴が集まってくる。

(雫蜥蜴はけっこう重いし、ぬるっとしてるんですよね)

 扉に辿り着いたリーナは、ノーラとともに外に出た。バタンと勢いよく閉めると、廊下を走り出す。

 壁紙や床の絨毯に見覚えがあった。

(やっぱり昨日のダンジョンです! それなら、転移魔法陣は……)

 リーナは迷わずに走る。

 ノーラが、「ちょっと、出口わかるの?」と聞く。

「わかります。今は転移魔法陣の部屋に向かってます」

「たぶん一層の魔法陣の部屋には見張りがいると思うわよ。袋に詰められてるとき声が聞こえたもの」

「それじゃあ、ええと、何かアイテムを手に入れましょう」

 そうこうしている間に魔法陣の部屋に着いた。男はまだ追ってきていない。

 リーナはノーラの腕を掴んだまま、魔法陣に乗った。

「十五層に行きます」

 しゅんっと独特の落下感があったあと、リーナたちは別の部屋にいた。

「アイテムって何よ? それまでに魔物が出たら終わりじゃない!」

「大丈夫です」

 リーナはその部屋の奥の壁に駆け寄る。大きな本棚から目的の本を抜き取り、二段下の棚に入れ直す。すると、カチリと音がして本棚が右にスライドした。

「わっ! 何よこれ!」

「隠し宝箱ですよ。一人一度しか開けられないんですけど、ノーラは知らなかったんですね」

「知らない。っていうか、そもそもこのダンジョンってどこのダンジョンなのよ」

「中級者ルート41番にある21番ダンジョンですよ」

「あーごめん。聞いてもわかんないわ」

 首を振るノーラに構わず、リーナは隠し宝箱の中身を指さした。

「どれか一つしか手に取れないんで、慎重に選んでくださいね」

 隠し宝箱――本棚の後ろから出てきたのは同じ大きさの棚だ。そこには、大小さまざまな剣が並んでいる。

「あんたが開けたんだからあんたが取るんじゃないの?」

「まさかー、私は剣なんて使えませんよ」

「私に戦わせる気?」

「期待してますよー」

 リーナが言うと、「わかったわよ、やればいいんでしょ」とノーラはレイピアを選んだ。するとまた本棚がスライドして戻っていく。

 ノーラはレイピアでリーナの手首のロープを切り、ノーラのロープはリーナがなんとか切った。

 縛られていた手首には擦れた痕が赤く残っているが、今はそれどころじゃないせいか痛みを感じない。

 リーナはもう一度本棚に向かい、先ほど動かした本を戻してから、別の本を動かした。本棚は逆方向にスライドしていく。

「こっちは隠し部屋です」

「隠し部屋? 今度は何なのよ?」

「爆裂草の群生です」

 外界のように明るい小部屋には足首くらいの高さの草が茂っていた。爆裂草は丸めてぶつけると破裂するのだ。攻撃力は高くないが、ないよりましだ。

「私はこれを投げますね」

 リーナがさっそく摘み始めると、ノーラは「あんたなんでこのダンジョンに詳しいの?」と不審そうに聞いた。

「実は昨日、採取依頼でアリスおばさんと潜ったばかりなんです。事前に一通りどんな部屋があるのか調べました。まだ覚えてて良かったです」

「ギルド職員だから詳しいの?」

「ギルドの資料室にある資料を見ただけですよ? カードを持っていたら誰でも閲覧できます」

 リーナが答えると、ノーラは、

「馬鹿にして悪かったわね」

「え? 私のこと馬鹿にしてたんですか?」

「してたのよ! D級だって。コリンと一緒に戦えないなんて、って」

 ノーラは勢い付けて座ると、

「でも、今、ここまで逃げられたのはあんたのおかげだから。ごめんなさい」

「はい……」

 許しますとは言えず、リーナがノーラに顔を向けると、彼女は「私も摘むわよ!」と顔をそむけたのだった。


 爆裂草の団子を作り、両手に持てるだけ持った。

 ノーラはレイピアを構えている。

「準備はいいですか?」

「大丈夫よ」

「では、一層へ行きます」

 リーナが宣言すると、転移魔法陣が作動した。下から押し上げられるような感覚のあと、視界が変わる。

「あ! お前ら!」

 怒鳴られたことで、その場にいるのが敵だとわかった。

 リーナは迷わず爆裂草団子を投げつける。

 バーンという爆音を聞く前に、身を翻すと扉から廊下に出た。

「出口、どっち?」

「こっちです!」

 リーナたちはとにかく走った。

「待て!」

 声が聞こえたから後ろに向かって団子を放る。

 また爆音。

 廊下を走り、玄関ホールのような部屋に着く。その扉を開けたらダンジョンの外だ。

(外に出たら終わりじゃないんですよね)

 体当たりするように重い扉を押し開け、リーナたちは外に出た。

 まだ明るい。

 外には男が二人いた。ギルド職員の制服のようなものを着ているけれど、リーナの知らない人だから偽物だろう。

 他の冒険者を立ち入り禁止にしている見張りのようだった。

 彼らは出てきたのがリーナたちだとわかると、捕まえようとしてきた。

 すかさずリーナは爆裂草団子を投げる。

「うわっ!」

「なんだ!」

 予想していなかった攻撃に、敵は飛びのいて避けた。

 そのすきにリーナたちは走り出す。

 このダンジョンから関所までは中級者ルートになっており、道ができていた。

(でも! 私には、つらいです!)

 案の定、リーナは木の根につまずいてしまった。

「あっ!」

「リーナ!」

 爆裂草から復活した見張りが追いついてくる。

「待ちやがれ!」

 団子はもう投げ切ってしまった。ノーラに手を引かれてリーナは立ち上がると、再び走り出す。

「も、無理、で……、ノーラ一人で、逃げ……」

「何言ってんのよ! 二人で帰るのよ!」

 ノーラの叱咤にリーナは気力を振り絞るものの、足がもつれる。

「お前ら! やってくれたな!」

「魔物の餌にしてやる!」

 追手がリーナに触れる、と思ったとき――。

「ぎゃあ!」

 悲鳴とともに追手の気配が遠ざかった。バキバキと枝の折れる音がする。

「何が、起こって」

「吹っ飛んだ! 敵が飛んでったのよ!」

「え?」

 もしかして、と思った瞬間、前方から「リーナ!」と呼ぶ声が聞こえた。

「アリスおばさん!」

 他にもギルドマスターや警備兵が見える。

(やっぱりさっきのは、アリスおばさんの防御壁だったんですね!)

 安心したのか、リーナは前につんのめった。

 地面にぶつかると思って目を瞑ったけれど、ぽわんと柔らかいクッションのようなもので受け止められた。

 これもアリスの防御壁だ。

「良かったです。これでもう、大丈夫です……」

 ぽわんぽわんと揺れながら、リーナは気を失ったのだった。

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