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ぐっすり寝ていたリーナは、物音で目が覚めた。
「んん……? アリスおばさん?」
アリスが着替えていることに気づいて、リーナは飛び起きる。逆を見るとノーラも着替え始めていた。
「何かあったんですか?」
「山が騒がしいのよ。大きな魔物が出てくるかもしれないわ」
「えっ?」
「念のため見回ってくるから、リーナは寝ていてもいいわよ」
その言葉の最後は、外からの大きな音にかき消された。
「何ですか!?」
アリスが窓を開ける。外が薄明るいから、明け方だとわかる。
「山の上の方の木が倒れたのかしら」
アリスが指差したほうで、鳥がバサバサと騒いでいる。
「魔物でしょうか……」
「リーナ、こういうときはどうしているの?」
アリスに聞かれて、リーナははっとする。
「えっと、ネプラースの街の冒険者ギルドに救援要請を出して、村人は集会場に避難します」
「集会場?」
「地下室があるんです」
「そう。それじゃ、リーナは家の人たちを起こしてきて。あたしは偵察に行ってみるわ」
「アリスさん、私も一緒に行くわ!」
冒険者の装備を付け終わったノーラが片手を上げた。
「わかったわ、行きましょう」
リーナが起こす前に家族は起きていた。皆あの大きな音で目が覚めたそうだ。
「何の魔物が出たのか、アリスおばさんたちが偵察してきてくれるそうです」
避難しようと家の外に出たとき、どどーんと大きな音が響いた。
村の端、畑の向こうに見える山。その木が何本かまとめて倒れたのがわかった。
「あれは……蛇ですか?」
木をなぎ倒して現れたのは、巨大な緑色の蛇だった。
朝もやの中、光る眼は赤。ぬらっとした胴体は、大人の男が二人で手をつないでやっと手が回るか、といった太さだ。
その蛇の前に猪系の魔物がいる。それはそれで大きいのだけれど、蛇に比べたら子犬のようだった。
蛇は猪を獲物と見定めており、猪は果敢に戦おうとしていた。
「リーナ! 緑青六花氷蛇よ! それと山荒針猪!」
アリスとノーラが走って戻ってきた。偵察に行くまでもなく、相手が現れたからだ。
「ええっ! 六字名ですか!」
ミロルル村で六字名の魔物なんて出たことがない。
(というか、五字名も記録がないのに、飛ばしていきなり六字名なんて!!)
「お父さん、村長さんに早く連絡してください!」
「あ、ああ」
父が慌てて駆けだしていく。
「緑青六花氷蛇の特徴って……」
リーナが図鑑を思い出しながら蛇に目をやったとき、蛇が鎌首をもたげた。
「キイイイイイィィィィ!」
甲高い音が響く。
リーナは耳を押さえてしゃがみこんだ。
後ろでどさっと音が聞こえ振り返ると、真っ青な顔をした弟が卒倒した母を抱えて座り込んでいた。
「耐性のない者が外に出るのは危険だわ。リーナ、アーサーからもらったローブを持っている? あれを着なさい。それから、これ、威圧と音攻撃を防いでくれる魔道具よ。ノーラも」
アリスはリーナとノーラに、イヤーカフを一つずつ渡す。
「片耳だけだから効果は半減だけれど、あるとないとじゃ全然違うから」
「はい、ありがとうございます」
「リーナ、これはファーラド緊急事態レベルCよ。どうすればいいか、わかるわね?」
ファーラドでは『リリンの森』から魔物がやってくる可能性に備えて、避難訓練を行っている。レベルCは単独の大物が現れたときだ。ちなみにレベルSはスタンピード想定だった。
緊急事態のとき、ギルド職員や高レベル冒険者には役割が決められている。
「家々を回って、住民に地下や崩れにくい場所に隠れてもらう、ですよね」
「そうよ。ノーラはリーナの護衛。行けるわね?」
「もちろん」
「攻撃用の魔道具と、ポーションも渡しておくわ」
アリスは自分のマジックバッグからごそっと取り出したものを、リーナの両手に載せる。ポーションの瓶が十本ほど、丸いボールのような魔道具が二個。
「うわ、こんなに」
「ポーションは怪我してる人がいたら配りなさい。そっちは投げれば爆発するから」
「え、怖っ。ノーラ! 魔道具はノーラに任せます」
リーナが押し付けると、ノーラは「緊迫感が失せるわ」とため息を吐きながら受け取ってくれた。
「じゃあ、気を付けて!」
「アリスおばさんも!」
そう声をかけると、アリスは片手を上げて、二匹の魔物の方に走って行った。
リーナは、まずは自分の家族から、と弟を振り返る。母も意識を取り戻していた。
「あの蛇は音攻撃ができるみたいなので、外に出ると危ないです。地下の貯蔵庫に籠っていてください」
「姉さんは?」
「私はご近所に連絡してきます」
リーナはぐっと拳を握って笑顔を見せる。
心配そうな母に、「大丈夫ですよ。アリスおばさんは強いですから」とうなずいて見せた。
リーナはノーラと一緒に村の中を走った。集会所に避難する途中で蛇の音攻撃に遭ったのか、道端に倒れている人もいて、リーナはこの役割を引き受けて本当に良かったと思った。
幸い、声をかけたら目を覚まし、怪我もなかったため、そのまま集会所まで付き添った。
集会所には父や村長がいた。
「ネプラースに救援要請を出した。だが、夜明け前だ。冒険者を集めて出発するのに時間がかかると言われてしまった」
父が顔を曇らせる。
「アリスおばさんは、ああ見えてA級冒険者なんですよ。一人で五字名を討伐できるくらいなので、援軍が来るまで保たせられると思います」
「えっ!? A級?」
「うそっ、五字名を一人で?」
「なんでノーラも驚いてるんですか?」
「だって! アリスさんが『完全防御の魔女』なのは知ってるけど、防御魔法で討伐はできないじゃない」
「できるんですよ、それが」
防御壁でぎゅっとして、きゅっ、だ。
「おばさんの火魔法も見ましたよね?」
「あ! そっか、あれでまだ余力があるんだもんね。五字名くらい焼けるわね」
娘たちの不穏な会話に父は戸惑っている。
リーナは構わずに、蛇の音攻撃の説明をして、集会所をあとにした。
村の全部の家を回って、リーナたちは魔物のところにやってきた。
その間にも何度か蛇の音攻撃が響いていたが、アリスから借りた魔道具のおかげで、リーナたちは無事だ。
いつ魔物が出てきてもいいように、村の家々は山から離れて建てられている。蛇と猪が現れた場所はもともと畑しかなかった。
緑青六花氷蛇は最初に見た位置からほとんど動いていない。山荒針猪は見当たらなかった。
アリスは蛇から安全な距離を取った位置にいて、蛇を監視しているようだった。
「アリスおばさん!」
「リーナ! ノーラ! 避難は終わったの?」
アリスに駆け寄ると、防御壁を広げてくれたのがわかった。
「はい! ばっちりです!」
「二人も避難して良かったのに」
「あ! うっかりしてました! いつもおばさんの討伐に付き添っていたので」
アリスに指摘されてリーナは初めて気づいた。
「六字名の魔物じゃ、私がいても足手まといですよね?」
「そんなことはないわよ」
「えっ、私も役に立てますか?」
「ええ。リーナが見ていてくれたら、報告は全部任せられるでしょ?」
「えー、そっちですか?」
「大事なことでしょう? 適材適所よ」
「まあ、大事ですけど……」
そこでノーラが「ちょっと! そんな呑気に話なんてしてていいの?」と蛇を指差す。
「猪がいないじゃない!?」
「ああ、猪は蛇が丸呑みしたわ」
アリスに言われてよく見ると、確かに蛇の胴体にぽっこりしている部分がある。
「それで、動きが鈍くなったみたいね。もしかしたらこのまま寝てくれないかしらって、思ったんだけれど」
そうもいかないみたいね、とアリスは防御壁を強化する。
「キイイイイイィィィィ!」
音攻撃が再び響いた。蛇の目はこちらを向いている。よほど猪が重いのか、すぐに動くつもりはないようだった。
「おばさん、防御壁で蛇を囲めないですか? 援軍は時間がかかるみたいなので、足止めだけでもできれば」
「え? 足止めだけ? 討伐したらダメなの?」
きょとんと見つめられ、リーナも首をかしげる。
「討伐できるんですか?」
「できるわよ?」
二人の脇でノーラが、
「だから、なんで、そんな呑気にしてられるのよ!!」
と、小声で怒鳴るとしか言いようのない声を上げる。
アリスはノーラに「ごめんなさいね」と苦笑を返してから、
「大きいから全身をぎゅってできる強度の防御壁は難しいの。でも、頭だけを囲むと、暴れて木を倒したり畑をめちゃくちゃにしたりしそうじゃない? どうするのがいいかしら?」
「全身を防御壁で覆ってから火魔法で攻撃するのは、大変ですか? 氷蛇なんで火の耐性は低いはずです」
「え、焼いていいの? 蛇は食べられるのよ? 中の猪だって、すぐに出せば素材になるだろうし」
「いやいや、焼いていいですよ! 焼けるならどんどん焼いちゃってください! 山に燃え移らないように気をつけてもらえたら、それで十分なので!」
「あら、そうなの?」
それなら早速、と言ったアリスは蛇に手をかざす。
防御壁は透明で見えないが、蛇は異変を感じたのか、胴をくねらせながら体当たりした。
そこに重ねて炎が上がった。
燃え盛る炎で防御壁の形がわかる。
半球状の火のドームの中、蛇は苦しそうにのたうっている。
「ひぇぇー、六字名相手にあまりにも一方的な展開ですね……」
「アリスさん、本当にA級なの? 実はS級なんじゃない?」
「ああ! それは私も思ってました!」
「やあねぇ、あたしはただのおばさん冒険者よ」
そう言って笑うアリス。
リーナとノーラは顔を見合わせた。
「「どこが(ですか)!?」」
声も合わさったのだった。




