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おばさん冒険者、職場復帰する  作者: 神田柊子
第四話 おばさん冒険者、弟子の依頼を受ける

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7

 ぐっすり寝ていたリーナは、物音で目が覚めた。

「んん……? アリスおばさん?」

 アリスが着替えていることに気づいて、リーナは飛び起きる。逆を見るとノーラも着替え始めていた。

「何かあったんですか?」

「山が騒がしいのよ。大きな魔物が出てくるかもしれないわ」

「えっ?」

「念のため見回ってくるから、リーナは寝ていてもいいわよ」

 その言葉の最後は、外からの大きな音にかき消された。

「何ですか!?」

 アリスが窓を開ける。外が薄明るいから、明け方だとわかる。

「山の上の方の木が倒れたのかしら」

 アリスが指差したほうで、鳥がバサバサと騒いでいる。

「魔物でしょうか……」

「リーナ、こういうときはどうしているの?」

 アリスに聞かれて、リーナははっとする。

「えっと、ネプラースの街の冒険者ギルドに救援要請を出して、村人は集会場に避難します」

「集会場?」

「地下室があるんです」

「そう。それじゃ、リーナは家の人たちを起こしてきて。あたしは偵察に行ってみるわ」

「アリスさん、私も一緒に行くわ!」

 冒険者の装備を付け終わったノーラが片手を上げた。

「わかったわ、行きましょう」


 リーナが起こす前に家族は起きていた。皆あの大きな音で目が覚めたそうだ。

「何の魔物が出たのか、アリスおばさんたちが偵察してきてくれるそうです」

 避難しようと家の外に出たとき、どどーんと大きな音が響いた。

 村の端、畑の向こうに見える山。その木が何本かまとめて倒れたのがわかった。

「あれは……蛇ですか?」

 木をなぎ倒して現れたのは、巨大な緑色の蛇だった。

 朝もやの中、光る眼は赤。ぬらっとした胴体は、大人の男が二人で手をつないでやっと手が回るか、といった太さだ。

 その蛇の前に猪系の魔物がいる。それはそれで大きいのだけれど、蛇に比べたら子犬のようだった。

 蛇は猪を獲物と見定めており、猪は果敢に戦おうとしていた。

「リーナ! 緑青六花氷蛇よ! それと山荒針猪!」

 アリスとノーラが走って戻ってきた。偵察に行くまでもなく、相手が現れたからだ。

「ええっ! 六字名ですか!」

 ミロルル村で六字名の魔物なんて出たことがない。

(というか、五字名も記録がないのに、飛ばしていきなり六字名なんて!!)

「お父さん、村長さんに早く連絡してください!」

「あ、ああ」

 父が慌てて駆けだしていく。

「緑青六花氷蛇の特徴って……」

 リーナが図鑑を思い出しながら蛇に目をやったとき、蛇が鎌首をもたげた。

「キイイイイイィィィィ!」

 甲高い音が響く。

 リーナは耳を押さえてしゃがみこんだ。

 後ろでどさっと音が聞こえ振り返ると、真っ青な顔をした弟が卒倒した母を抱えて座り込んでいた。

「耐性のない者が外に出るのは危険だわ。リーナ、アーサーからもらったローブを持っている? あれを着なさい。それから、これ、威圧と音攻撃を防いでくれる魔道具よ。ノーラも」

 アリスはリーナとノーラに、イヤーカフを一つずつ渡す。

「片耳だけだから効果は半減だけれど、あるとないとじゃ全然違うから」

「はい、ありがとうございます」

「リーナ、これはファーラド緊急事態レベルCよ。どうすればいいか、わかるわね?」

 ファーラドでは『リリンの森』から魔物がやってくる可能性に備えて、避難訓練を行っている。レベルCは単独の大物が現れたときだ。ちなみにレベルSはスタンピード想定だった。

 緊急事態のとき、ギルド職員や高レベル冒険者には役割が決められている。

「家々を回って、住民に地下や崩れにくい場所に隠れてもらう、ですよね」

「そうよ。ノーラはリーナの護衛。行けるわね?」

「もちろん」

「攻撃用の魔道具と、ポーションも渡しておくわ」

 アリスは自分のマジックバッグからごそっと取り出したものを、リーナの両手に載せる。ポーションの瓶が十本ほど、丸いボールのような魔道具が二個。

「うわ、こんなに」

「ポーションは怪我してる人がいたら配りなさい。そっちは投げれば爆発するから」

「え、怖っ。ノーラ! 魔道具はノーラに任せます」

 リーナが押し付けると、ノーラは「緊迫感が失せるわ」とため息を吐きながら受け取ってくれた。

「じゃあ、気を付けて!」

「アリスおばさんも!」

 そう声をかけると、アリスは片手を上げて、二匹の魔物の方に走って行った。

 リーナは、まずは自分の家族から、と弟を振り返る。母も意識を取り戻していた。

「あの蛇は音攻撃ができるみたいなので、外に出ると危ないです。地下の貯蔵庫に籠っていてください」

「姉さんは?」

「私はご近所に連絡してきます」

 リーナはぐっと拳を握って笑顔を見せる。

 心配そうな母に、「大丈夫ですよ。アリスおばさんは強いですから」とうなずいて見せた。


 リーナはノーラと一緒に村の中を走った。集会所に避難する途中で蛇の音攻撃に遭ったのか、道端に倒れている人もいて、リーナはこの役割を引き受けて本当に良かったと思った。

 幸い、声をかけたら目を覚まし、怪我もなかったため、そのまま集会所まで付き添った。

 集会所には父や村長がいた。

「ネプラースに救援要請を出した。だが、夜明け前だ。冒険者を集めて出発するのに時間がかかると言われてしまった」

 父が顔を曇らせる。

「アリスおばさんは、ああ見えてA級冒険者なんですよ。一人で五字名を討伐できるくらいなので、援軍が来るまで保たせられると思います」

「えっ!? A級?」

「うそっ、五字名を一人で?」

「なんでノーラも驚いてるんですか?」

「だって! アリスさんが『完全防御の魔女』なのは知ってるけど、防御魔法で討伐はできないじゃない」

「できるんですよ、それが」

 防御壁でぎゅっとして、きゅっ、だ。

「おばさんの火魔法も見ましたよね?」

「あ! そっか、あれでまだ余力があるんだもんね。五字名くらい焼けるわね」

 娘たちの不穏な会話に父は戸惑っている。

 リーナは構わずに、蛇の音攻撃の説明をして、集会所をあとにした。


 村の全部の家を回って、リーナたちは魔物のところにやってきた。

 その間にも何度か蛇の音攻撃が響いていたが、アリスから借りた魔道具のおかげで、リーナたちは無事だ。

 いつ魔物が出てきてもいいように、村の家々は山から離れて建てられている。蛇と猪が現れた場所はもともと畑しかなかった。

 緑青六花氷蛇は最初に見た位置からほとんど動いていない。山荒針猪は見当たらなかった。

 アリスは蛇から安全な距離を取った位置にいて、蛇を監視しているようだった。

「アリスおばさん!」

「リーナ! ノーラ! 避難は終わったの?」

 アリスに駆け寄ると、防御壁を広げてくれたのがわかった。

「はい! ばっちりです!」

「二人も避難して良かったのに」

「あ! うっかりしてました! いつもおばさんの討伐に付き添っていたので」

 アリスに指摘されてリーナは初めて気づいた。

「六字名の魔物じゃ、私がいても足手まといですよね?」

「そんなことはないわよ」

「えっ、私も役に立てますか?」

「ええ。リーナが見ていてくれたら、報告は全部任せられるでしょ?」

「えー、そっちですか?」

「大事なことでしょう? 適材適所よ」

「まあ、大事ですけど……」

 そこでノーラが「ちょっと! そんな呑気に話なんてしてていいの?」と蛇を指差す。

「猪がいないじゃない!?」

「ああ、猪は蛇が丸呑みしたわ」

 アリスに言われてよく見ると、確かに蛇の胴体にぽっこりしている部分がある。

「それで、動きが鈍くなったみたいね。もしかしたらこのまま寝てくれないかしらって、思ったんだけれど」

 そうもいかないみたいね、とアリスは防御壁を強化する。

「キイイイイイィィィィ!」

 音攻撃が再び響いた。蛇の目はこちらを向いている。よほど猪が重いのか、すぐに動くつもりはないようだった。

「おばさん、防御壁で蛇を囲めないですか? 援軍は時間がかかるみたいなので、足止めだけでもできれば」

「え? 足止めだけ? 討伐したらダメなの?」

 きょとんと見つめられ、リーナも首をかしげる。

「討伐できるんですか?」

「できるわよ?」

 二人の脇でノーラが、

「だから、なんで、そんな呑気にしてられるのよ!!」

 と、小声で怒鳴るとしか言いようのない声を上げる。

 アリスはノーラに「ごめんなさいね」と苦笑を返してから、

「大きいから全身をぎゅってできる強度の防御壁は難しいの。でも、頭だけを囲むと、暴れて木を倒したり畑をめちゃくちゃにしたりしそうじゃない? どうするのがいいかしら?」

「全身を防御壁で覆ってから火魔法で攻撃するのは、大変ですか? 氷蛇なんで火の耐性は低いはずです」

「え、焼いていいの? 蛇は食べられるのよ? 中の猪だって、すぐに出せば素材になるだろうし」

「いやいや、焼いていいですよ! 焼けるならどんどん焼いちゃってください! 山に燃え移らないように気をつけてもらえたら、それで十分なので!」

「あら、そうなの?」

 それなら早速、と言ったアリスは蛇に手をかざす。

 防御壁は透明で見えないが、蛇は異変を感じたのか、胴をくねらせながら体当たりした。

 そこに重ねて炎が上がった。

 燃え盛る炎で防御壁の形がわかる。

 半球状の火のドームの中、蛇は苦しそうにのたうっている。

「ひぇぇー、六字名相手にあまりにも一方的な展開ですね……」

「アリスさん、本当にA級なの? 実はS級なんじゃない?」

「ああ! それは私も思ってました!」

「やあねぇ、あたしはただのおばさん冒険者よ」

 そう言って笑うアリス。

 リーナとノーラは顔を見合わせた。

「「どこが(ですか)!?」」

 声も合わさったのだった。

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