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夕食の時間になる前にアリスは戻ってきた。
「きちんと説明したら、スポットさんもわかってくれたから大丈夫よ」
笑顔でそう言うアリスを見て、ノーラがリーナにこそっと囁いた。
「脅して黙らせたとか?」
「いいえ、アリスおばさんはそんなことしないと思います。脅さなくても従わせられますから」
「あー」
二人で小さくうなずきあったのだった。
アリスがコリンの実家に行っていた間、リーナは両親と姉弟に事情を説明したけれど、話がややこしくなるためノーラには別室で待ってもらっていた。
だから、夕食のときにやっと二人を家族に紹介できた。
食事が進んだところで、ノーラをまだ少し警戒している父が彼女に聞く。
「ノーラさんのあれは、演技ってことかい?」
「ええと、あの、はい……そうです……」
ぎこちなく答えるノーラは、夕食の席についてからずっと緊張していた。誘拐されていたときより緊張して見える。
父もつられて緊張したのか、「いやあ、あれは驚いたなぁ」とわざとらしく頭をかく。
「お父さん、さっきも話した通り、ノーラは悪くないですからね」
「そうそう。恋人のいる男にちょっかいかけたのは悪かったけれど、リーナを遠ざける口実で巻き込まれたり、誘拐されたり、ノーラは十分被害者よ」
根菜のスープをおいしそうに食べながら、アリスがさらっと言う。
「アリスおばさん、少しは言葉を選びましょうよ」
「こういうのははっきりさせておいたほうがいいのよ」
アリスはリーナに言ってから、スプーンを置いて食卓を見回す。
「スポットさんにも話しましたけれど、コリンも騙されて犯罪組織の仕事をさせられていたわけで、ある意味では被害者とも言えます。罪を犯したのは事実なので刑に服しますが、戻ってきたら広い心で迎えてあげてください」
リーナの家族はうなずいてくれた。
少ししんみりした空気を変えたくて、リーナはノーラに「そういえば気になってたんですけど」と話を振る。
「なんであんな演技したんですか?」
「だから、けじめよ、けじめ」
「なんですか、けじめって」
里帰りに同行させてほしいと言ってきたときにも、ノーラは『けじめ』と言っていた。
「コリンの手紙を届けることじゃなかったんですか?」
「それもあるけど。……あんたが悪いって責めるやつが絶対いると思ってたのよ。だから、私が悪いってことにしたらいいんじゃないかって」
「え? 私のためですか?」
「リーナのためじゃないわよ! けじめだってば!」
ノーラはふんっと顔を逸らし、
「ここはコリンとリーナの故郷だけど、私は無関係でしょ。二度と来ないんだから、私は悪者になっても困らないもの」
「ノーラ……。ありがとうございます」
それで警戒が解けたのか、母がノーラに「スープのお代わりならまだあるからどんどん食べてね」と勧める。ノーラはやはり緊張した様子で「あ、ありがとうございます」と答えた。
「コリンは三年で戻ってくるんだったか?」
父が話を戻す。
「リーナ、お前はどうするんだ?」
「そうよ、その話がまだだったじゃない。誘拐なんて危険な目に遭った街に一人で住まわせておくなんて、心配よ。リーナ、村に帰ってきなさい」
母が身を乗り出す。事件の説明で後回しになっていたけれど、帰宅当初から母は帰って来いと言っていた。
「コリンと復縁したくないなら、三年の間に結婚しちゃえばいいわ。幼馴染の中にはコリンに遠慮してたやつだっているんだから、リーナが一人で帰ってくるって言ったら喜ぶわよ」
そう言う三つ上の姉は、村の中で相手を見つけて結婚している。今日はリーナのために帰ってきているのだ。
「復縁はしたくないんですけど、別に結婚したいわけじゃないんですよ」
「でも冒険者にならないなら、ファーラドじゃなくてもよくない?」
「いえ、友だちだってできましたし、冒険者じゃないですけど仕事だって楽しいんです。私はこのままファーラドで暮らしたいです」
リーナはそう宣言する。
最初はコリンのお供で行ったファーラドだったけれど、今ではリーナ自身の人間関係がある。
「口出しして申し訳ありませんが、よろしいでしょうか」
アリスが姿勢を正して、口を開いた。
「リーナは、ファーラドの冒険者ギルドでがんばっています。役職があるわけではないですし、一人の事務員ですが、リーナが辞めるとなれば皆が困ると思います」
「リーナがですか?」
懐疑的な家族に、アリスは「はい」と大きくうなずく。
(アリスおばさんが私の肩を持ってくれるなんて!)
リーナは感激したのだけれど、
「領主からの特命依頼でも、冒険者側の取りまとめをしてくれ、計画立案から事後の報告まできっちりこなしてくれました。その功績から、領主夫妻のお忍びダンジョン探索にも同行を許され、完遂後には褒賞で高価なマジックバッグをいただきました」
どんどん話が大きくなって、リーナは慌てる。
「ちょ、アリスおばさん!」
「間違ってはいないでしょ?」
「うーん、間違ってはない気がするんですけど、ニュアンスが違うというか……」
聞いている家族は、「リーナが!」「すごい!」と感心し始める。
手紙に領主夫妻の冒険に同行したことは書いたし、マジックバッグの実物を自慢したこともあり、信憑性は増しているはず。
「冒険者としても、C級魔法使いに上がれるくらいの魔力はありますよ。命中率も上がってきていて、ノーラと二人で野山送狼を倒せるようにもなりました」
「野山送狼を? そりゃあ、腕を上げたな!」
父に褒められ、「えへへ、そうですか。倒したのはノーラなんですけど」とリーナは照れる。
「あ、その野山送狼はこの村に来るまでの道中の話なんです」
「えっ! 四字名が出たのか?」
流れで魔物の話になり、アリスのおかげで、リーナの今後の話はなんとなくうやむやになって終わった。
アリスとノーラには亡き祖父母が使っていた部屋に泊まってもらう。
リーナの部屋はまだ残っていたけれど、リーナも祖父母の部屋に泊まることにした。
二台のベッドの真ん中に、木箱を並べ、自室から持ってきた布団を載せたらちょうど良くなった。雑魚寝スタイルだ。
ごろごろ転がって、懐かしい実家の香りを堪能しながら、リーナは、
「ノーラはずっと緊張していましたねー。うちの家族は別に怖くないですよ」
「それはわかるわよ」
同じようにベッドに寝転がったノーラは、天井を見上げた。
「普通の家庭って知らないから、慣れないのよ」
「普通の家庭、ですか?」
「そ」
ノーラは短く答えただけ。代わりにアリスが「ああ、あたしも自分が結婚するまでよくわからなかったわ」と言った。
「育った家がちょっと特殊でね。十歳まで母と暮らしていたときは良かったんだけれど」
息子エディとの旅の話は何度か聞いたけれど、アリスの生い立ちはリーナも初めて聞く。
「あたしは十四のときに、家を出てファーラドに来て冒険者になったのよ」
「そうなんですか……」
「ま、そういう人はファーラドにはいっぱいいるでしょ?」
アリスが肩をすくめると、ノーラが「私もそんなものよ」と言った。
「え、ノーラはファーラド生まれですよね?」
「早くから独り立ちして、冒険者になったってこと」
「そうなんですか……」
先ほどから同じことしか言えないリーナと違って、アリスは遠慮がない。
「親は? 亡くなったの?」
「たぶん生きてると思う」
そのおかげか、ノーラは話を始めた。
「父親が冒険者だったけど、母親は一般人だったから家で待ってたのよ。でも、全然帰って来ないの。『リリンの森』に取りつかれてるって言われてたわ。……父親はA級だったから金に不自由はしなかったんだけど、どこか働きにでも出ればよかったのに。一度、たまたま父が帰ってきたときに母と私が買い物に出ていたときがあって、すれ違いになっちゃって会えなかったの。それでもう母は外出するのが怖くなったみたい。さすがにちょっとおかしくなってたんだと思うわ。いつも配達に来ていた商店の男と一緒に出て行ったときは、逆にほっとしたわね。……それが、私が十二のとき。母は離婚届を置いて行ったから、ギルド経由で父に連絡してもらったんだけれど、そのまま離婚が成立したみたい」
「ノーラはその……、お父さんとは会ってるんですか?」
「全然。帰ってこないから会いようがないわ。誰も引き落とさないギルドの家族口座に時々入金があるし、功績だけは耳にするから、生きてるってことはわかるけど」
ノーラはごろんと転がりうつぶせになる。
そこにアリスが、
「ノーラのお父さんって、もしかしてフリック・ラグラン? 『深淵の開拓者』の?」
「あー、うん。そいつ」
「ええっ!? ものすっごい有名人じゃないですか?」
アリスの『完全防御の魔女』のように、二つ名を持つA級冒険者だ。『リリンの森』の未踏地帯の攻略を生業にしていて、誰よりも森の奥深くまで到達しているのが『深淵の開拓者』だ。彼が到達した地点まで行くのも普通の冒険者では難しいため、フリック・ラグランの持つ記録はフリック・ラグランにしか破れないと言われている。
リーナは会ったことがない。というのも、
「四年くらい前から、南の隣国のギルドの所属だったと思います」
「四年……。離婚したから……?」
ノーラのつぶやきに、リーナは、余計なことを言ってしまった、と頭を抱える。
何かフォローしなくては、と思っていると、先にノーラが口を開いた。
「コリンは冒険者なのに、リーナは一緒に冒険には行かずに待っている立場だったでしょ。でも、リーナは母親と違って毎日楽しそうにしてたから、コリンが良い男に見えたのよ。それで、声かけたんだけど……、付き合ってみたら特別なのはリーナだったってわかったわ。リーナは街で留守番してても、コリンが帰ってこない心配なんてしないでしょ」
「えー、それは、私が能天気だって言いたいんですか?」
リーナはわざと茶化して口をとがらせる。
「あはは、そうかもね」
ノーラは笑って、ベッドの上を転がった。




