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「あ! あれが私の故郷ミロルルです!」
野山送狼のあとは魔物に遭遇することもなく、リーナたちはミロルルに到着した。
前方に簡素な木の柵が見える。
(ファーラドの街の民家の門より弱々しい『関所』ですけど)
一応、村の有志で構成された自警団の団員が二人立っている。人が来るのは珍しいため、二人はじっとこちらを見ていた。
「オルト家のリーナでーす!」
リーナは大きく手を振った。
「ああ! リーナか!」
「オルトのおばさんから聞いてるよー」
向こうの二人も手を振り返してくれる。
ノーラが「知り合い?」と聞くから、リーナは「村の人はだいたい皆知り合いですよ」と答える。
「小さな村なのね……。私、こういうとこ、初めて」
「ああ、ノーラはファーラド生まれなんですよね。依頼で村に行ったりしないんですか?」
「護衛の依頼は受けてないから」
そんな話をしているうちに門に着いた。アリスとノーラを簡単に紹介して通してもらうと、リーナの実家に向かった。
「リーナ!!」
ドアを開けるなり、リーナは母に抱きつかれる。
「お母さん、ただいま」
「おかえりなさい。無事でよかった」
身体を離してリーナの顔を確認するように見る母は涙目だ。
(心配かけてしまってたんですね……)
「ごめんなさい」
と、殊勝に謝ろうとしたリーナだけれど、それより先に説教が始まった。
「何かあったら連絡するって約束したわよね? それなのに、引っ越しや誘拐なんて大事なことを何も報告しないで、どういうことなの?」
「あ、ええと」
「冒険者になりたいって出て行ったんだから、冒険者になれないってわかったならもう帰ってきなさい。ファーラドでひとりで何をするの? まさかコリンが帰ってくるのを待つなんて言わないでしょうね!?」
「それはないです。でも」
母の剣幕に、アリスたちを紹介する隙もない。母の後ろから遅れて現れた父が「母さん、ちょっと」と取りなそうとしたとき、今度はリーナの後ろから大きな声が割り込んだ。
「リーナが帰ってきたって本当か!!」
ファーラドのギルドマスターくらいの大声に、リーナは誰か思い当たる。振り返ると、庭に駆けこんできたのはコリンの父ジョグ・スポットだった。
「ジョグおじさん」
彼が母の怒りを逸らす救世主なのか、さらなる糾弾者なのか、リーナには予測がつかない。
「リーナ!! どういうことだ! コリンが……コリンがなぜ! 説明しろ!!」
ジョグは顔を真っ赤にして怒鳴る。
(ああ、後者でしたか……)
そうなると両親はリーナの味方だ。
父がリーナの前に出て、ジョグとの間を遮った。母はリーナの両肩を抱き、ドアの中に引き込もうとする。
「ジョグ。俺たちだってまだリーナと何も話をしていないんだ。いったん帰ってくれないか」
「それなら俺も」
「俺たちが先に話を聞く権利がある。リーナは誘拐されたんだぞ」
「だからなんだ! コリンのせいだって言いたいのか!?」
「違うって言えるのか?」
父もジョグも冒険者ではないが、山から下りてきた魔物を倒せる大柄な男だ。二人が怒鳴り合うと迫力がある。
しかし、ファーラドの冒険者同士の喧嘩のほうがもっと激しいため、アリスもノーラも怖がってはいなそうだった。
(でも、このままにはしておけません!)
「ちょっと、待ってください! 説明します! 説明しますから、落ち着いて」
リーナは父に駆け寄ろうとしたけれど、母の拘束が強い。
そのとき、
「私が悪いんです!」
そう言って父とジョグの前に出たのは、なぜかノーラだった。
「ああぁ?」
「は?」
男二人はいきなり出てきた娘に気勢をそがれる。
「コリンとリーナが付き合ってるって知っていながら、コリンを好きになった私が悪いんですぅー! ごめんなさぁい!」
ノーラは倒れ込むように地面に膝をつくと、両手で顔を覆って叫ぶ。
「ノ、ノーラ?」
リーナは普段と違うノーラの言動にぽかんとしたけれど、
「お前のせいだと? どういうことだ? 説明しろ!」
と、ジョグはいきり立ち、
「君はリーナの友人じゃないのか?」
と、リーナの父も声を硬くする。
「私のせいで、リーナたちは別れたんですぅー! 私がぁ、私が悪いんです!」
「ちょ、ちょっと、ノーラ! 何を言ってるんですか?」
ノーラの登場で母も驚いたのか力がゆるんだため、リーナはノーラに駆け寄る。
どういう小細工なのかわからないけれど、ノーラは本当に涙を流していた。
「私が悪いんですぅー!」
「ノーラだって被害者じゃないですか!?」
「でも」
「被害者? リーナ、この子は誰なんだ?」
「誰でもいいから、説明してくれよ! コリンはどうしたんだ!」
皆が好き勝手に叫ぶ混沌とした空間に、パンッとひとつ、手を叩く音が響いた。
「ストップ!」
場を一瞬で制したのは、やはりアリスだった。
当たり前のように皆の注目を集めたアリスは、いつのまにか冒険者パーティ『アーサーとディア』のローブを羽織っている。見た目も高級なローブだから、冒険者にも、ただのおばさんにも見えない。
「あなたは?」
父が丁寧な口調で問いかけるのもわかる。
「ソシレ伯爵の名代アリス・カルスよ」
アリスはローブの胸元の小さな紋章を示したけれど、たぶん父はソシレ伯爵家の紋章など知らないだろう。けれども、アリスが堂々としているため、疑う様子はない。
「一連の事件について、コリン・スポットの家族に説明するよう、ソシレ伯爵から命を受けたの。あなたには私から説明するわ。いいわね?」
「は、はい。説明してもらえるなら……」
アリスに目を向けられたジョグは反論することなくうなずいた。
「ノーラ、もう演技はやめなさい。手紙は私が持っていくから。いいわね?」
「わかった……」
アリスにそう言われたノーラはぴたりと泣き止み、アリスの手にコリンの手紙を載せた。
「リーナは、ノーラのことも含めて、自分の家族にきちんと説明しなさい。いいわね?」
「はい」
リーナが神妙にうなずくと、アリスは再び手を叩いた。
「それじゃあ、解散!」




