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沖縄・台湾侵攻2025 Easy Mode  作者: しののめ八雲
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演説と、引き返し不能

2025年4月1日 21:00 上海郊外


人民解放ロケット軍第655旅団に所属する、若い将兵達は腐っている。

彼等は普段、北朝鮮との国境に近い、通化市近郊の第65基地に駐屯していた。普段の任務中は、市街から離れた山をくり抜いた秘密基地で待機し、有事の際はDF17弾道ミサイルで、韓国や日本の米軍基地を打撃する任務を与えられていたのだ。


それが2週間前に、急遽上海へ演習のため移動を命じられた。

家族への連絡は一切禁止。移動開始からはスマホの電源は、常に落とすことが厳命され、電源を入れようものなら厳罰だった。

実際、恋人と連絡を取ろうとした兵士が、旅団本部に同行していた電子戦部隊に気付かれて処罰されている。


上海に到着してからは、倒産した会社の巨大倉庫に他のロケット軍部隊とともに入って、ひたすら待機させられていた。それから2週間。

相変わらずスマホは禁止。外出も禁止。急いで移動させられた割には、演習どころか訓練も無い。ひたすら待機が続いた。

せっかく辺鄙な通化から華やかな上海に移動してきたのに、これでは楽しみが何も無く、若い兵士達に不満が溜まるのも無理はないというものだ。

旅団長だけは、今回の移動の目的を知っていたから、部下達の不満が理解出来た。彼は士官達に可能な範囲で、レクリエーションを企画させる努力をしている。

兵士達の間では、不可解な状況から実戦が始まるのではないかという噂が広まっていった。

その噂は西側のメディアでも急速に広まっている最中だったが、西側のメディアの視聴もまた厳禁だった。


そして旅団長の苦労が報われる時がやってきた。待機場所に設けられたモニターや、部隊に支給されているタブレットの前に、21時をもって全部隊が整列し国家主席からの重大発表を視聴するように、という命令が夕刻にあったのだ。


国家主席の発表は、人民解放軍将兵の日頃の訓練と今回の待機を労う言葉から始まった。


そして、いかに台湾とアメリカ、日本の民主主義の腐敗した実態と経済運営に問題があり、その国民が困っており、国に対して不満を抱えているかを延々と述べた。

将兵は民主主義国家で暮らしたことがある者は殆どいないから、国家主席の主張に違和感を覚えた者はいなかった。

民主主義国家では政治に不満があっても、それは主権者である国民の責任である。

極端な話、そんなに政治に不満があるのなら、自分が政治家になれば良い。その権利は誰にでもある。それが台湾であり、日本であり、アメリカだった。


国家主席の演説は続いた。要約すると。


・特に台湾と日本では、現地の中国人が不当に拘束、弾圧されている。中国人だけでなく、政府に反対する人々も弾圧されている。

先ほど私は、台湾と日本の沖縄において、政府の圧政に耐えかねた人々から、我が国と軍に助けを求める、悲痛な声を受け取った。

私はこの声に答えようと思う。


・また独立を宣言した、沖縄人民共和国は我が国との国交を樹立。同時に日本軍とアメリカ軍の即時退去と、人民解放軍の進駐を求めてもいる。

私は、同国の立場と独立を支持し、その求めに全面的に応じる。


・このような事態にならないよう、日本、アメリカ、台湾の為政者には自重を求め、平和的解決を促したが、彼等の態度は悪化するばかりだ。

万一の場合にそなえ、展開を命じておいた人民解放軍の将兵に私は命じる。

愚かな政府の圧政に苦しむ、台湾と沖縄人民共和国の人々を救えと。邪魔をするであろう、アメリカ軍と日本軍と台湾の傀儡を打ち破れと。


・私はこの作戦を「長征作戦」と命名した。また、作戦によって生起する戦争を「台湾・沖縄解放戦争」と呼称する。


・この作戦が成功した時、中国人民の悲願である台湾統一は果たされる。

それだけでなく、先進的社会主義の下に開放された沖縄の真実に、世界は目を見張るだろう。

「長征作戦」こそは、中華人民共和国が西側諸国に代わって世界を牽引する、世界史の一大転換点となるだろう。


・将兵には日頃の訓練を存分に発揮してもらいたい。健闘を祈る。


上海の待機場所に、第655旅団将兵の国家主席の演説に対する賛同の絶叫が響いた。


そこから数キロ離れた統合司令部地下指揮所で、張中将は同じ演説の動画を、直立不動で白けた気持ちで眺めていた。動画はあらかじめ録画されたもので、明日早朝の作戦開始5分前に中国全土に対しても放送される予定だった。


2025年4月1日 21:30 上海


張は、父の差し入れの茶を飲んで休憩していた。


先ほどの国家主席の演説を思い浮かべる。

長征作戦が国際的な支持を得られないことには、何も触れられていないなと思った。

短期決戦で台湾と先島諸島を陥れることに目算はある。


だが、その後どうする?


怒り狂ったアメリカと、国家主席はどう対峙していくつもりだろうか?

張はアメリカが中国に勝ち逃げを許すとは思えなかった。


(まあ、その心配を自分がする必要は無いか)

張は思った。将兵達とその家族には本当に済まないが、長征作戦は損害を度外視した強引な作戦になっていた。

そして、あわよくば米軍の本格介入の前に、台湾占領を既成事実化してしまうのだ。

成功したとしても、多大な犠牲が生じる。その非難の矛先は、政治指導部では無く自分に向くだろう。少なくとも、自分の人民解放軍でのキャリアはこの作戦をピークとして終わる。

この作戦の先のことは、この司令部に居る誰かにでも引き継がれるだろう。


それにしても、中央軍事委員会は作戦成功ありきで、考えすぎではないかと思う。

作戦が意図した通りに展開しなかった場合の、コンティジェンシープランは殆ど考えられていない。

あるいは作戦がとん挫した時、どうやって国家主席の面子を保ったまま幕引きを図るのだろう?

長征作戦が成功しても失敗しても、間に入って仲裁に入ってくれる国は存在しない。


張は戦場での勝利に大した価値を認めていない。それ以前の政治家の立ち回りで戦争の決着は着いていると考えるタイプだった。

他ならぬ中国自身が80年前に、日本に対して戦場では殆ど勝利を得ることが無かったにもかかわらず、日本の対米宣戦布告という政治レベルでの自殺行為を誘って勝利していたからだ。


未だに日本人は、戦場で中国に負けたなどとは思っていないだろう。だが、戦争に勝ったのは中国なのだ。


どうにも張にはこの作戦の後、ロシアと北朝鮮だけを盟友とした祖国が、国際的に孤立していくように思えて仕方が無い。半年前からの国際政治への働きかけは失敗したと言って良いのに、作戦決行ありきでここまで来てしまった。


盗聴の心配があるから、例え私室であっても、独り言の愚痴一つ口にするのも要注意だった。

皮肉なものだ。自分の立場は、あの山本五十六に近いだろう。

この戦争に確信が持てていないにもかかわらず、実戦部隊の長として勝利を追求しなければならないのだ。


もう後戻りは出来ない。


既に台湾と沖縄に、特殊部隊が侵入を開始している。

中国に残留する日米台の人間に対しては、リストの優先順位に従って拘束が開始されていた。

海上民兵はあちこちの無人島に上陸を開始している。

グアム沖の機動部隊は、一両日中に敵空母「ニミッツ」のグループと交戦するだろう。


日付が変われば、航天軍が宇宙空間で日米の衛星に攻撃と妨害を開始する。

午前2時には情報支援部隊隷下のサイバー戦部隊が、サイバー空間での攻撃を開始。

そして午前4時になれば。


国家主席の人民への演説と共に、作戦が本格的に開始される。


200隻近い戦闘艦艇は、偽装を解いて台湾の対岸の港で待機している。あるいは平時を装って航行中だ。これに徴用した民間船舶群が加わる。

2000機を超える作戦機も出撃体制を整えている。

台湾と沖縄に着上陸する陸上兵力は、水陸両用旅団群を先頭に30万近い。


本格侵攻開始まであと6時間半だった。


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