11.
アルド工房の事業を清算し、新生アルドルト工房を発起した日。
リリアムはついに、アルドとルトに携帯電話を見せた。
「これは?」
「遠く離れていても話せる魔道具。裏には大きな宝玉がはめてあって、それを動力としている」
「なるほど……これ位の宝玉がないと起動できないのか。同じ宝玉を取ってこれるか」
アルドが感心して言うのを、リリアムは首を横に振る。
「それはもう絶滅した竜の宝玉らしい。それで、考えたんだけど。機能を文字送信だけにして、魔道具も小さくしたら、大きな宝玉を使わず起動出来るようにならないかな。液晶の文字盤に、文字を映し出せるようにして、入力はこの数時ボタンを組み合わせて」
リリアムは電話ではなく、簡易のメール送受信機能だけの魔道具を作ろうとしたのだ。
実は、リリアムは電話が大嫌いだった。かけるのも、取るのもだ。
お店に予約する必要がある場合は、ネット予約で全て済ませていた。若い世代は電話が苦手だと聞いたが、得意な人なんて居るの? と思っている。
だから、小さな宝玉で使えるメール限定携帯を完成させたいのだ。
アルドとルトは頷いた。
「とりあえず、色々弄ってみらぁ」
「任せてください。初代のアルドが出来たなら、俺たちだって」
二人はやる気に燃え、意気込んで作業を始めた。
そして、すぐにリリアムに成果報告を始めた。
「おい、出来るぞ。こんなでけぇ宝玉使わなくても、既存の宝玉を分割して小さくしても出来る」
「それに、通話機能もこのままでいけそうです」
ルトの言葉に、リリアムは驚いた。
「えっ! あー、いやでも、通話機能を省いた方が安く作って売れない?」
「いえ。価格は同じです。それなら、通話機能だけで文字送信機能を外した方が安くなりそうだ」
「うわー! それはだめっ! 文字は絶対送りたい」
「おうリリィ、どうしてそんな通話を省こうとするんだ? 便利じゃねえか。それに、民の中には文字が読めねえ奴もいる。通話だと、誰もが話せる」
アルドの言うことは尤もなのだが、苦手なものは苦手なのだ。
「話せない状況の時にかかってきたら困るでしょう。文字ならその分、いつでも対応できる」
「そうだ、では話が出来ない旨を案内するか……いやむしろ、その時はかかってきたことを知らせない機能をつけたらどうでしょう」
ルトは天才だ。マナーモードのことを既に把握している……
「分かった~。じゃあ着信拒否も作って」
「着信、拒否? ああ、なるほど。魔道具本体に拒否機能をつけて、個別毎に設定すれば特定の魔道具からの通話だけ拒否できるのか」
「お前、本当にすごいね……」
ルトの理解力に舌を巻く。アルドはすぐに作業に戻っている。
この二人なら、スマホでも作れそうだ。
数日後、アルドルト工房はスマホ第一号の試作機を本当に作ってしまったのである。
「いやー、ほんとにスマホ作るとは。すごすぎでしょ……」
リリアムは手元にある魔道具を弄りながら大層驚いていた。頼んだのは自分だが、こんなにすぐ出来るとは思ってもいなかったのだ。
「まあ、元からあった物を改良しただけだしな」
「動力源である宝玉の使用を、魔力で補助することによってごく小さく出来たのもありましたし」
アルドとルトが言う。
宝玉をそのまま使えば、魔力を持たない人でも使える。だが、それだと量産出来ない。
そこで、宝玉を小さくし、誰かが魔力を注げば動力となるシステムに変えてもらったのだ。
これだと量産出来る。魔力を持たない人は、誰かに充電してもらわなければいけないが、そこは充電屋などが出来るだろう。魔術師になるほどではないが、魔力はあるという人はたくさんいるのだから。
リリアムは言った。
「以前は、量産出来ないから一部の人だけが使う魔道具で秘密にされてた。今も、秘密にして特権的に使うことも出来る。でも私はこれを誰もが使える道具にしたい。最初はお金持ちや上流階級だけが使える物になるだろうけど、そのうち、一家に一台、やがては一人一台に。皆が気軽にやりとり出来る、そういう世界にしたいんだよ」
「ああ。それこそ作り甲斐があるってもんだ」
アルドが賛同し、ルトも頷いてくれる。
「ただ、今のままじゃ絶対横やりが入ってくる」
「そんなもんかい」
「そう。はっきり言って、軍事的に使おうと思ったらめちゃヤバい代物だし。情報を制することで世界を変えられるかも。これを自分たちだけの物にしようって思う他国とか神殿とかに狙われる可能性もある」
「はー、まあ、ピンと来ねえが」
親方、いや、ご隠居たちはあまりことの重大さを分かってない。今は一応、工房内で箝口令を敷いているが職人からぽろぽろ漏れたりもするだろう。
「誰に後ろ盾になってもらおうか。王妃か、王さまか、王子か。他の有力貴族とか? 決めてが無いんだよなあ……」
「それより、リリィが言ってた写真機能だが。宝玉じゃ無理だ。あれは電話と文字で容量がいっぱいになる」
リリアムは、写真機能を付けてほしいとお願いしていた。
こんなに魔法が発達しているのに、この世界にカメラは無かった。写実師という、絵を見たままそっくりに描く職業はあるらしい。魔術の一種だが、魔力は少なくとも絵が上手いと出来る仕事だと聞いた。
その人たちの職業を奪うことになってしまうが、リリアムはどうしてもカメラが欲しかった。
「理論としては出来そうなの?」
「ああ。写実師の要領でな。写実師は、目の前にあるものを魔術的な情報として自分の体を通して紙に吐き出すらしい。上手いこと吐き出す為には、描き慣れてることが必要だ。一流の写実師は見たままを事細かに現実のように描き映せる。誰にでも映せるようにするには、このスマホの中に一流の写実師を入れなきゃなんねえ。読み込む目と、光の情報を変換して吐き出す力だなあ」
「最初は、スマホと別にカメラだけで作ってもいいんだけど」
そう言うと、アルドは反対した。
「そんなの簡単に出来ちまうだろう。先ず、すまほの中にかめらを入れる。かめらはかめらで作るのはその後だ」
「うーん。じゃあ最初は一流の写実師じゃなくても、画像が荒くてもいいから、試作をお願い」
最初の携帯についていたカメラは画質も荒く、画像も小さかった。改良されていくうちに画質も良くなるだろうから、とりあえず作ってもらえばいい。
そう思っているとルトが口を開いた。
「宝玉ではなく、魔石で試してみたいのです」
「魔石? どうやって入手出来る?」
宝玉のように、魔獣から取れるならザックに頼もう。
そう思ったのだが、ルトは思わぬことを言った。
「山から取れます」
「え、山?」
タケノコを掘るみたいに、山に行けばいいんだろうか。
リリアムが不思議そうな顔をすると、アルドが補足してくれる。
「リリィは本当に常識知らずだな。宝石は普通の鉱山で取れるが、魔力を帯びた山で掘りだされるのが魔石だ」
「ああー。そういうことね」
あまり分かって居ないが納得しておく。
アルドが続けた。
「魔石は魔力量が多い。採掘も豊富に出来るらしい。しかし、山はもう全て貴族のもんだ。そして、掘り出された魔石は全て王宮の魔術省の管轄になってる。そこで魔術師どもの研究に使われるんだ」
「なるほど。でも魔術省ってコピペ……過去の模倣ばっかりであんまり仕事してないみたいだけど」
「その通り。魔石を使って大々的に何かしたって例は今のところ、見ねえ。豊富な魔力が含まれていても、せいぜい爆発力として使われてるくらいか。俺たちなら使いこなせるのに、モノが手に入らねえ」
なるほど、とリリアムは頷いた。
「その魔石が出る山を持ってる貴族は?」
「近隣には、カンペールにいる」
「なんか聞いたことあるような……」
「おいリリィ、おめぇさんカンペールの大公に会いに行かなきゃなーって言いながらぐずぐずしてただろうが」
「あー! そこかー!」
リリアムは例によって、やらなきゃいけないことを後回しにしてぐずぐずしていた。
それをご隠居にまでせっつかれるとは。心なしか、ルトの目も冷たい。
ルトの妻であり、アルドの娘であるミリアが恩義を感じてか、とても優しく世話を焼いてくれるのだ。それで、つい甘えてしまってこのベノアでゆっくりしているのだ。ベノア領主も、新しい工房とリリィを歓迎する方向だし、ここは居心地がいい。
ルトにとったら、新婚なのに仕事が忙しい上に家に帰ったら淫魔がゴロゴロしている状態でイラつくだろう。
勿論、ルトが帰宅したらリリアムはお暇するようにはしているが。
そのルトが、釘を刺すように言う。
「ザックの旦那にも、早く向かえと伝えるよう言付かっている」
「うーん。分かったよ……」
ザックには宝玉や素材を集める仕事を押し付けまくって、あまり会わないようにしていた。そろそろ、奴も魔獣退治以外の仕事をしたいのだろう。
山で採掘でもさせてやろうか。
「いいから魔石を早く取ってきてくんな」
「そんな簡単に言わないでくれる? 山の所有者に会っても、そんなにおいそれと魔石ってくれるもんじゃないでしょ」
「そこを取ってくんのがおめえさんの腕ってもんだ」
「悪魔にそんな腕ないって」
文句を言いながらも、ザックに精神感応で呼びかける。
明日、出発しようと。
いざ、カンペールの街へ。




