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黙って笑え。それ以外は望まない  作者: ほねのあるくらげ
外伝

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蛇と初恋(後編)

 ロゼルがルナと別れてから早五年。その間、ロゼルはめったに社交の場に出ることもなく蛇の飼育にのめり込むようになった。母も姉も不気味がったが、いつもはおとなしい末娘が珍しくわがままを言ったということで強く止められはしなかった。

 ちまたでは、蛇姫と揶揄されて気味悪がられているようだ。そんな噂は家族や使用人を通じてロゼルの耳にも入っていたが、それでも彼女は蛇達を可愛がり続けた。自分の心が変わらないと知らしめることができたなら、いつかルナが帰ってくる。そう信じていたからだ。

 この五年の間で、ロゼルは己の才能についてぼんやりながらも理解することができた。視えないものが視えるロゼルを心配した親が調べてくれたからだ。精霊術師。家族の誰とも似ていないこの菫の瞳は、そう呼ばれる者の証だったらしい。

 ルナもまた精霊であり、本物の蛇ではなかった……ロゼルに正しい力の使い方を説くため父が呼んだ精霊術師がそう教えてくれた。もしもロゼルが自分の力とルナの正体を把握していたら、契約という形でルナとずっと一緒にいることができたそうだ。契約するにはその精霊を目にした状態で名前を呼び、契約の儀式を行わなければいけないという。ルナ、ルナといくら呼んだところで彼がいないなら意味がない。だから、早くルナと再会しないと。彼は一番大切な友達だ、もうどこにも行かせない。

 特に親しい友人がいるわけではなかったから、ロゼルへの招待状はめったに届かない。姉や母名義の招待であっても同行は固辞し、ただひたすらにペットの蛇達に愛を注ぎ続けた。さすがに王族からの招待は断れないが、少しだけ顔を出してすぐに帰るというのが恒例だ。普通の令嬢が話さないような話題が豊富なせいか、好奇心旺盛な幼い第二王女に気に入られはしたが、彼女とのやり取りは基本的に手紙のみにとどまっていた。そもそもロゼルは口下手で、お喋り好きだと聞いている第二王女と対面で話せる自信がない。手紙だけのやり取りだけのほうがお互いのためにもいいだろう。

 蛇達の世話をして、精霊術師としての勉強をして。母が嫌がるので、いつのころからか屋敷内で精霊を視る機会は減ってしまったが、母がいない場所に行けば会える。精霊達と仲良くなれるのは楽しかった。

 そんなロゼルの日常に変化が訪れたのは、第一王女の誕生日を祝うパーティーだった。

 宮殿には来たものの、一通りの挨拶を済ませて早々に帰ろうとする。社交は華やかな姉達がやってくれているので、地味なロゼルが出る幕はない。家族もロゼルの性格矯正など諦めているのか、最低限の挨拶さえしておけばあとは何も言わなかった。


「ロゼル!」

「きゃっ……」


 だが、今日は違った。ひっそりとホールを出ようとしたところ、声をかけられて手を掴まれたのだ。振り返ると、そこには赤みがかかった金髪の少年がいた。ロゼルは彼を知っている。五年前に一度あるお茶会で会ったきりの、魔術が使える少年だ。何の裏表もない笑顔で助けてくれて、初対面なのに初めて会った気がしなかった、不思議な魅力を放つ年上の少年。当然ながら記憶の中の彼よりも少し成長しているが、それでも面影は残っている。

 ロゼルを見つめる紫の目。以前会ったときは純粋に見惚れていただけのその特徴を、今では胸をわし掴みにされたような気分で見つめ返す。師である精霊術師が教えてくれたからだ。紫の目は、精霊術師か精霊である証拠だと。


「ようやく会えた……!」

「わ、わたくしのこと、お……覚えてくださって、いたんですか……?」


 ロゼルは彼の名を知っていた。ストレディス侯爵家令息、ルルク・メスティア・ストレディス。あの五年前のお茶会以降、姉達がはしゃいだ声音で彼の話をするからだ。どうやら同世代の少女達からかなり人気が高いらしい。たとえ子供がするものであっても社交などに興味のないロゼルにとっては、本来は縁のないような少年だ。まさか相手が覚えているとは思わなかった。


「君はどれだけ出嫌いなんだ! うちのつてだとヘイシェルアール家にしょうたい状はめったに出せないし、出してもなんだかんだで断られるし! 会いに行っても会えない、手紙もどうせ返事が来ないんだからお手上げだよ! 運よくどこかで見かけても君はすぐに帰っちゃうしさぁ! 無理に変わる必要はないと思ってたけど、これじゃできるものもできないだろ!」

「え……え……?」


 ホールから連れ出されつつ、一気にまくしたてられて言葉を失う。恥ずかしいので手も放してほしかったが、ルルクの手は逃がすものかと言わんばかりに強くロゼルの腕を掴んでいる。痛くはないが、ほどけない。連れて行かれたのは小さなサロンだ。休憩用に解放されているようだが、もっとホールから近かったり広かったりする部屋があるので他に人の姿はなかった。


「君の噂は聞いた、何が蛇姫だ! なんで、なんで君は何も変わってないんだよ!? むしろ前より悪化してる! これじゃあ何の意味もないじゃないか! どうして蛇なんて飼い始めた? 蛇なんて、」

「はなして! あ……貴方に……何が、わかるの……!」


 初恋とも呼べないような淡い想いだったが、憧れめいたものはずっと抱いていた。けれど今、それが霧散していく。蛇を侮辱されては黙っていられない。


「わ、わたくしの蛇達を、ばかにしないで! あの子達は、わたくしの大事なお友達!」

「わかるに決まってるだろ……! 僕が、僕が君の一番の友達だったんだから!」

「……え?」

 

 思いがけない切り返しに固まってしまう。ルルクは泣きそうな顔でロゼルを見ていた。一番の友達。そう言われて思い当たる名は一つだけある。もちろん姿形はまったく違う。共通しているところと言えば、その目の色ぐらいしかない。それでも一種の確信はあった。震えながらその名前を口に出す。ルナなの、と。


()()()()()()()()! それが僕の本名だ! あれ以上君を周りとずれさせたくなかったから、(ルナ)はもうやめて人間(ルルク)として生きていくって決めたのに、肝心の君はいつまでも蛇のことしか見てなくて! これじゃ、君とかかわることをやめた意味がないだろ!」

「あ、あの時! ルナが勝手にいなくなっちゃったから! だから、もう一回ルナに会いたかったの! わたくしは、何があっても蛇さんが……ルナが大切だって、大好きだって証明したかった! ずっと、ずっとルナが戻ってくるのを待ってたんだよ!?」


 それを聞いたルルクは目を丸くする。けれどすぐに彼は肩を震わせて俯いた。


「僕は……僕はただ、自分の余計なおせっかいのせいで、君がますます一人ぼっちになるのを見てられなかった……だけなのに……。それが裏目に出るなんて……ほんと、人間ってわけわかんないよ……」

「……貴方は結局、人間なの? それとも精霊?」

「両方さ。父親が精霊術師で、母親が精霊だったからね。一応、精霊(へび)の姿のほうが本体って言えなくはないけど……こうして人の姿だって取れる。この姿なら、普通の人にも視えるしさ。まあ、服の下にはうろこがあるわけだけど」

「そう。……精霊でもあるならできるわね。古のめいやくと友の名において――貴方とけいやくするわ、ルナディンルーク」

「えっ!?」


 ずっと探していた。だから、再会できたらやろうと思っていたことをやったのは当然だ。一度だけ見た、人間としての姿。まさか相手がルナだったなんて気づかなかったが、それならあの既視感も安心感も当たり前のものだった。

 突然の宣告に呆然とするルルクをよそに、古代語の羅列でできた鎖が彼に絡みついてその身体へと溶けていく。それこそが精霊術師と精霊、主従関係とは似て非なる信頼でできた上下関係が成立した証だった。

 精霊は本来、どこにでもいる存在だ。けれど精霊にはそれぞれなわばりのようなものがあり、自分が住処としている場所から動くことはめったにない。精霊のなわばりは国土全体だったり古城だったり森だったり、果ては大きな水瓶の中だったりと様々だが、そこから出ようとすれば力を大幅に削られてしまう。それを防ぐのが契約だ。精霊との契約は精霊術師だけが行える、精霊達の活動範囲を無視しても彼らの力を保たせたまま連れ回せる手段だった。

 契約を交わした精霊は、精霊術師の力を引き出すのはもちろん、時には精霊術師の力を借りたりして行きずりの精霊よりも強い力を発揮する。だが、精霊とは自由を愛するものだ。彼らは、たとえ精霊術師が相手であってもあまり契約を交わしたがらない。それでもこの契約が成立したのは、ルルクもロゼルに気を許していたからだろう。


「もうどこにもいかないで、ルルク。たとえ名前が違っても、貴方はわたくしの蛇さんなんだから」

「あーあ。やっぱり、本名なんて言わなければよかったな。……ちゃんと僕以外の友達も作るんだよ?」


 わずかに潤んだ瞳を優しく細めてルルクは笑う。自分だって泣いているくせに、伸びた手はまっさきにロゼルの涙をぬぐってくれた。


* * * * *


「だからって、なんで貴方まで来るの……!」

「護衛だよ護衛。前はたまたま非番だったからいいけど……ほら、僕にも仕事があるからさ。いざって時に()ばれても、城での仕事を投げ出すわけにはいかないだろ? なら、最初から休みをもらって同行したほうが早いじゃないか」


 偽シアルフィの襲撃で延期になった別荘行きに、何故かルルクまでついてくることになった。さすがにこれはロゼルだってむっとする。使用人ですらない、家族以外の男性と保養地に行くなんて緊急事態以外のなにものでもないというのに、とうのルルクはいつも通りの飄々とした笑みを浮かべている。余裕さしかなかった。案の定、彼はロゼルのことを妹分としてしか見ていないのだろう。父や侯爵の許可は得ているからこその同行だろうが、もう少しぐらい意識してほしいと思うのは無理な願いなのだろうか。


「大丈夫大丈夫。隣町だけど、近くにうちの屋敷もあるから。同じほうに行くだけで、四六時中一緒にいるわけじゃないよ?」

「……」


 いいんだか悪いんだか。それは許可も下りるだろう、目的地が同じなだけなのだから。契約を交わした半精霊と精霊術師という関係であり、昔からの付き合いがあるということもあって両家の親の目はだいぶ甘いが、そもそも今まで一度だって何かの間違いが起きるようなことはなかったので何の意味もない。

 憮然としながら窓を流れる景色を眺めているうちに目的地に着いた。今度の旅程は襲撃もなく、平和そのものだ。自然に囲まれた田舎町の空気を肌で感じつつ、ロゼルは別邸へ足を踏み入れた。

 緑に恵まれたこの領地は、どの町も保養地として貴族達から人気が高い。しかしロゼル達が来たディッセンの町は、イストロア皇国との国境付近に位置することに加えて近くに観光都市として栄えている場所があるため、通過点として扱われることが多かった。保養地としての人気は控えめらしい。だが、ロゼルはこの町の雰囲気が好きだった。めったに出かけることのない彼女が、たまの旅行の滞在先に選ぶぐらいには気に入っている。

 午後からは町を散策することにした。呼んでもいないのについてきたルルクの軽口に言い返しながら通りを歩く。王都の喧騒とは程遠い町並みは、穏やかな時間の流れを感じさせた。


「ロゼル! ロゼルじゃないか!」


 ロゼルを見てはしゃいだ声を上げたのは、前方から歩いてきたゆったりとした服に身を包んだ青年だ。昔から別邸があったとはいえ、この町はヘイシェルアール家の領地ではない。ロゼル自身頻繁にここに足を運ぶこともなかったので、この町の住人がロゼルを知っているわけがなかった。あるとすれば、彼はもともと王都かヘイシェルアール家の領地で暮らしていた可能性だが、それにしてもここまで親しげに笑いかけてくる青年に心当たりはなかった。


「えっと……」


 見覚えはある、あるような気はするが……はて、誰だったか。人付き合いは苦手なほうだ、交友関係は狭いがそのぶん深い。親しい仲なら早々忘れないので、恐らく向こうが一方的にロゼルのことを親しく感じていたのだろう。


「……ミトラか。よかったじゃないか、ロゼル。君、今もあいつのことが好きなんだろ?」

「え!?」

「君はずっと初恋の相手一筋なんだってね。君のお姉さん達から結構聞かされてるよ。僕は邪魔だろうから、このあたりでお暇させてもらうけど……君はゆっくりしてきなよ」


 そうだ、思い出した。彼はあのミトラだ……なんて得心する暇もなく、ルルクにさらりと意味のわからないことを言われる。初恋。ミトラにそんな感情を抱いたことなどないが、ルルクの目からはそう見えていたのだろうか。青年の名前を言ってくれたのは助かったが、なかなか無視できない話だ。姉達が余計なことをルルクに吹き込んでいた件についても、帰ったら追求しなければ。もちろん伝わっていたら伝わっていたで死にたいぐらい恥ずかしいのだが、肝心の名前が伝わっていないためなんだか変にこじれてしまっている気がする。

 ルルクはそのままロゼルから離れ、ミトラとは反対の方向にさっさと歩きだしてしまった。道を曲がったルルクの背中を戸惑いながら目で追うロゼルに構わず、笑みを浮かべたミトラが近づいてくる。


「久しぶりだね。子供のころ以来かな? 元気そうで安心したよ」


 話しかけられ、曖昧な笑みでお茶を濁した。どうやら彼には軽い持病があり、ロゼルがルルクと再会を果たす少し前に王都を去っていたようだ。空気が綺麗で静かなこの領地は静養にちょうどよく、ここがすっかり気に入った彼は体調が快方に向かってからもこの領地内でのんびり過ごしていたらしい。気の向くままに町を転々としていた彼の今の滞在先が、このディッセンの町だそうだ。


「ここで会ったのも何かの縁だ。積もる話もあるし……君さえよければ、私がこの町を案内してあげようか?」

「……」


 それがただの厚意なのか、それとも何かを期待しての申し出なのかはわからない。だが、彼の狙いはずっと前から知っていた。ヘイシェルアール家と縁づくことだ。何かの折りに、彼自身が彼の親とそう話していたのを偶然聞いてしまった。

 ライバルが多く華やかな姉達より、地味で世間知らずな末妹のほうが懐柔しやすい。だからミトラは昔からロゼルに優しかったのだ。出会いは偶然、けれどそれからの付き合いは約束されたものだった。

 彼のその考えを頭ごなしに否定する気はない。むしろ、合理的な判断だと他人事のように感心することもできた。それでも、そういう損得でものを考えるような駆け引きじみた人付き合いが苦手で、だからロゼルはミトラのこともすぐに忘れてしまっていた。だが、たとえミトラに下心がなかったとしてもロゼルが彼を選ぶことはないだろう。


「……ごめんなさい。わたくしには、蛇さんがいるので……」

「蛇?」


 きょとんとするミトラに一礼して駆け出す。自分のもとにやってきたロゼルを見て目を丸くするルルクのことなど目もくれず、ロゼルは唇を尖らせて歩き出した。


「貴方が何を勘違いしてたのかは知らないけれど、最初からミトラ様のことは別になんとも思ってなかったのよ? だって……だってわたくしは昔から、()()()のことが結婚したいぐらい好きなんだから」


 その時のルルクの顔をロゼルが見ていたら、きっとからかわれたときの反撃に一生使えただろう。けれど真っ赤な顔のロゼルには、振り返るだけの余裕はなかった。

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