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唯一の君へ  作者: 小宵
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巫女と言う存在

ギル視点

 ナツキを追いかけて小屋に入った瞬間、目に飛び込んできたのは枯れ木のような老人にキスをする想い人。

 その眼差しには愛情が浮かんでおり、心がひどく締め付けられた。


 息絶えた老人を二人の男女が看取り、大声で泣いている。


 俺は、一緒にいたこの四年間、ナツキが泣いたのを見たのは初めてだった。


 こんな子供のように感情をむき出しにする姿は初めてだった───。





+++


 

 今から思えば一目惚れだったのかもしれない。

 巫女の対に任命されたことに心躍っていた。

 世界唯一の対。

 これが、俺の護るべき唯一。

 華奢で庇護欲をそそる外見に対して、中身はお転婆。

 危なっかしく、アンバランスなその存在からひと時も目が離せないでいた───。



+++



「ナツキ!」

「どうしたの、ギル」


 きょとんとしたナツキの言葉はまるで姉が弟に話しかけるようなそんな響きを含んでいる。

  

 初めはそんなことはなかったのだが、一緒に旅をして半年経った頃だろうか。

 俺のことを自分より年上だと思っていたナツキの態度が一変した。

 今まで頼りにしてくれていたのに、急に頼らなくなった。

 気づけば「私の方がお姉さんだし、しっかりしないと!」が口癖。

 何よりも嫌だったのは、その眼差し。

 今までのモノとは明らかに違う。

 男として認識していたモノが実は年下で、庇護する存在だと──一気に対象外だ。

 どんなに色気のある言葉を囁いても、すべて笑って流される。 

 

 ナツキには俺の権力も地位も容姿も、何一つ異性としての魅力にはなり得ないらしい。

 年下と言うだけで。

 理不尽にもほどがある。

 

「ナツキ、今度の各国の代表を招いてのパーティーなんだが」

「ああ、わかってるわかってる。ギルがパートナーでいいんだよね? 一曲踊るらしいけど、エスコートよろしく。私のダンスなんて付け焼き刃だし」


 これまでのパーティーや公式な場でも巫女であるナツキのパートナーは全て対である俺。

 巫女に並び立てる権利は俺だけのもの……なのだが。

 

「いっつもごめんね〜。ギル狙いのご令嬢の氷柱みたいな視線にまた耐えないといけないなぁ。……ギルさ、好きな子いないの? もういっそのこと早く結婚しちゃいなよ。私のパートナーなんてハルトにやらせとけば……」


 ぶちっと、理性の切れる音がした。

 ナツキの細い腕を掴み上げ距離をつめる。


「お、まえはっ! またそうやって俺を子供扱いするっ……! 俺を誰だと思っている! ギルバート・エル・フォン・ディライザだっ! 誰の庇護下にも入らんっ! そして」

「ちょっと、ギル、落ち着いてよ。腕、痛いって」


 尚冷静なナツキに腹が立つ。


「そして、俺の隣に立てるのはお前だけだ。……お前の隣に立てるのも、この俺だけだっ!」 

「ギル……!」


 かき抱くように抱きしめる。

 

 なのに「え〜っと……」と間抜けな声とともにふざけた事を言ってくるナツキを抱き潰さなかったことを褒めてもらいたい。


「ギル、私の事好きなの?」

「……貴様っ」


 きょとんと見上げる年の割りに幼い顏を思い切り睨みつけると、「おお……」とナツキが竦む。

 ちっと舌打ちする。


「くそっ……好きに決まっているだろうっ!」

「え、ちょ……んぅ!?」


 細い腰を抱き寄せ、ぽかんと開いた間抜けな口を己の口で塞ぐ。

 六年、我慢した。

 十九だった俺も、今では二十五だ。

 ……もう遠慮する気もない。


「……好きだ」

「ギル」


 驚いた顏をしたがすぐに困ったように笑う。

 それが許せない。


「子供扱い、するな。……もうそろそろ、あいつ以外も見ろ」

「……」


 トウヤ以外に目を向けろ。

 その意を込めて俺はナツキを見つめる。

 ナツキは瞠目した後、やはり困ったように笑った。




+++





 ナツキが誰かと共にこちらに召還されたらしい事は聞いていたが、召還士たちが用意した魔方陣はこれ一つで、召還されたのもナツキ一人。

 きっと召還されなかったんだろう、と答えるがナツキは「そう……」と黙ってしまい、そのやり取りはそれ以外でされたことはない。

 今思えばナツキにはここにトウヤが来ている確信があったのかもしれない。

 

 ナツキは明るく前向きでとても好感の持てる相手だった。

 女でありながら男に気後れせず対等に話す様も俺に取っては巫女として好ましく写る。

 俺は自分の気持ちに気づけず、自覚したのは対象外になってしまった出会って半年のあの日。

 

 しかし色恋沙汰に構っている暇などなかったし、何よりいくら対象外とは言ってもこの時ナツキの一番近くにいたのは確かにこの俺だ。

 

 死線も共にくぐり抜けた。


 この四年間、ずっと一緒だった。


 弱音も吐かず、この世界の為にナツキは俺と共に一心不乱に戦い続けた。

 時々見せる、不安げな顏もこの戦いが終われば無くなると思い、魔物の討伐により力を入れた。

 

 水晶に辿り着いた時、第一騎士団は半数以下になっており皆力つきていたが、水晶にナツキが触れた瞬間歴代の巫女たちが水晶を包むように現れたのを見て、最後の力を振り絞った。

 ここが最後の戦い。

 皆死力を尽くし、よく巫女を護った。

 騎士団団長として、誇りに思う。

 

 浄化された水晶を見て、先に逝った仲間にお前達の死は決して無駄ではなかったと言ってやる事が出来る。


 ナツキ。


 この世界の唯一。


 俺の唯一。


 この先も俺はお前を護り、隣に立ち続ける。


 故国への凱旋の中、俺はそう心に誓った。





「ハルト!」


 

 喜びを、平和を祝う言葉とは違う異質な言葉を耳にしたと思えば、ナツキはその叫びをあげた男を連れてどこかへ疾走し始めた。

 副長に後を任せ、俺はもちろんナツキを追った。

 そこで見たモノは……若く美しい乙女が、死に行く老人に口づけを落とす、なんとも言えない奇妙な光景だった。

 しかしそこには誰にも入り込めない空気があり、何より俺は初めて見るナツキの泣き顔に、泣き声に、胸が締め付けられた。

 裂けるような悲痛な叫びは、今でも耳に残っている。

 

 ナツキは老人の亡骸から離れようとはせず、近くの村にしばらく身を寄せた。


 そこで驚くべきことがわかった。

 魔物が宝石を嫌うと言う事。

 思えば宝石を持っているであろう貴族の豚共が魔物の出る街の麓まで降りる事は無く、魔物と宝石の接触など皆無。

 商人ならば持っている可能性もあるが、魔物が出始めると食料不足になるため貴金属の売買は極端に減る。

 村人に問えば、ここでは当たり前の事らしく宝石と言う宝石が村を覆うように埋められていると言う。

 この事実に気づいたのは昔、この村の近くに倒れていた異世界から来た青年───トウヤ・シドー。

 ナツキの、背の君。


 俺はこのとき、初めてナツキが既婚者であり、ナツキの対が己でなかった事を知る。


 抉られるように、胸が痛む。


 



 しばらくして、埋葬を終えたナツキが笑顔で戻ってきた。

「このこ、ハルト。私の息子だから」と奇妙な事を言いながら。

 王都に連れ帰り、それからはハルトに付きっきり。

 俺との接触は極端に減った。

 第三王子としての政務もあるし、第一騎士団団長としての訓練もある。

 それは当たり前なのだが、忙しい時間の合間に会いにきてもナツキはハルトのことで頭がいっぱいでまるで相手にされない。

 いらいらとハルトにみっともなく当たるのも仕方のない事。

 実はハルトは何かと俺に協力的で、尚かつ剣の筋もいいので嫌っている訳ではない。

 むしろ付き合いやすく、良い奴だ。

 しかし心で分かっていても割り切れない事もある。

 ハルトの子育てに満足してこのまま一生を終えかねないナツキに痺れを切らした。

 


 先ほど抱きしめて口付けたナツキの困り顔を思い出す。

 もっと困れば良いのだ。

 俺を異性として意識し、早く落ちてこい。


 落ちてこずとも、全力で、落とす。


 トウヤ・シドーを、夫を忘れろとは言わない。

 お前の想い出ごと、……ナツキの全てが欲しい。

 

 



+++


 いつもより粧し込んだナツキの顏を見下ろし、細い腰を抱き手を添える。

 ゆっくり動き出せばナツキも歩幅を合わせてついてくる。


 淡い水色のドレスに身を包んだ巫女は意志の強そうなまっすぐな瞳で、皆を見つめ陥落して行く。

 時々不適に笑うのも原因だろう。

 警備として立っているハルトも呆れた顏をしている。

 

 抱きしめてキスをしたと言うのに、ナツキはいつも通りだ。

 少しは動揺してみせたらどうなんだとむっとするがここは大人の余裕を見せなければならない。

 俺も平静を装ってダンスに集中する。

 ダンスに馴れてきた頃、ナツキが口を開いた。 


「ねぇ、ギル」

「なんだ」


 まっすぐと見つめてくる真摯な瞳に、目が奪われる。


「……まだ、無理だけど、努力してみる。まぁ、精々頑張ってみてよ」

「は?」


 何を言っているのか分からず、聞き返せばナツキは顏を顰めた。


「ばーか」

「馬鹿とはなんだ」

「……一回しか言わないから」

「?」


 俺の腕に手を置き、ぐっと背伸びをするナツキに合わせて身を屈め、耳を寄せてやる。

 耳元で囁くように。


「……もし、もう一度結婚するならギルしか相手が思い浮かばない」

「っつ!」


 思わずナツキの顔を見ればまた、困ったように笑っていた。


「ナツキっ!」

「わぁっ!」


 感極まってナツキの脇に手を差し入れ華奢な身体を持ち上げ、くるくると回る。


「ナツキ、好きだ! 愛している!」

「ちょっ! ギル、声でかいっ! まだそこまで言ってないでしょーがっ! 調子に乗るなっ!」


 ざわざわと周りがうるさい。

 俺はナツキ以外と寄り添うつもりはないから別に露見しても構わない。

 

 その後、鳩尾にナツキの膝が抉るように食い込む瞬間まで俺はナツキを持ち上げ抱きしめ続けた───。

 


 

  

 

 

+++






 何年か後、ハルトに年の離れた双子の妹が出来るのはまた別の話。

  

 名前を、千秋ちあき冬華(ふゆか)


 仲のいい、双子姫だったと言う───。






  

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