おまけ。
メイドが私服に着替えたら…。
§おまけ§
コンコン。
「ご主人様、ミズキです」
「どうぞ?どうしたの?こんな時間に」
夜更けに書斎を訪れたあたしに、ご主人様は驚きながらも快く迎えてくれた。
ご主人様はまだお仕事中だったらしく、机の上には書きかけの書類が乗ったままだった。
あたしは胸に抱えていた小箱を渡したらすぐに退散するつもりだったけど、ご主人様がちょうど一息入れようと思っていたと言うので、眠気覚ましのお茶に付き合うことになった。
「…ご主人様、お茶が冷めちゃいます…」
せっかく入れたお茶には見向きもせず、ご主人様は膝の上に座らせたあたしの手をふにふに、耳元や髪に頬をすりすりするだけ…。
「お茶よりも、足りないのはミズキ」
…そういう台詞は何度聞いても慣れません。
これ以上放っておくと部屋に帰してもらえなくなりそうだから、あたしはご主人様の気を逸らそうと目の前に箱を突き出した。
「これ、今日中に渡したくて…」
「何?…チョコレート?」
見掛けによらずどちらかというと甘いものが苦手なご主人様は、箱の中身を見て少しだけ眉をひそめた。
「ユキノ様と一緒に初めて作ったので、ご主人様に食べていただきたくて。でもこのところお帰りがいつも遅かったから…」
叔父様と一緒に進めている事業のせいで、ご主人様は最近ずっとお忙しい。
そのせいであたしの嫁入りの話も遅々として進まず、あたしは許嫁兼ご主人様専用メイドみたいな、何だか宙ぶらりんな状態のまま屋敷で暮らしている。
「ミズキのお手製か。じゃあきっと美味しいはずだね」
一粒摘まんで口に放り込むと、ご主人様はゆっくり味わうように咀嚼し始めた。
料理の類いがあまり得意とは言えないあたしは、その様子をじっと息をつめて見守った。
「うん、美味しいよ」
「…よかったぁ。ご主人様のお口に合うか心配だったんです」
「ところで、ねぇ、ミズキ」
美味しかったというわりには、何だか難しい顔をしてあたしを呼ぶご主人様。
「はい」
こわごわ返事をすると、ため息をついて顔を覗き込まれた。
「僕はいつになったら名前で呼んでもらえるのかな…?」
「あ…」
あたしは思わず口を押さえた。
結婚を申し込まれたその夜、何度も練習させられたのにいまだに慣れないのと恥ずかしいのとで、ついご主人様と呼んでしまう。
「あの時は可愛い声で呼んでくれたのに」
クスリと艶っぽく微笑むご主人様に、甘い夜の記憶が揺り起こされる。
赤くなってうつむいても、意地悪スイッチの入ったご主人様はなかなか許してくれない。
「ねぇ、呼んでよ、ミズキ…」
ご主人様の囁きはチョコレートより甘くて切ない。
「…リンドウ、様…」
羞恥に瞳を潤ませて愛しい人の名前を呼ぶと、
「よく出来ました」
ぎゅっと抱きしめられて、唇に降りてくるご褒美のキス。
甘くてちょっぴりほろ苦いキスに、あたしは目を閉じてうっとりと応えてしまう。
…今夜は部屋に帰れないどころか、何だか眠れなくなりそうな予感がした…。
ほんとに終わり。
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最後になってやっと出てきたよ、ご主人様の名前…。
このお話は、実はお題サイトさんhttp://85.xmbs.jp/utis/?guid=on(確かに恋だった)からネタをいただいて、友人のぷにぷにのお手てをヒントに思い付いたものです。
私的萌え要素てんこ盛り(笑)。
ものすごく楽しんで書いたものなので、読んでいただいた皆様にも一緒に楽しんでいただけたなら幸いです。