人形遣いの娘2
家を飛び出した私は、白衣姿のおじさんと出会った。
ヤツヤさんと名乗ったそのおじさんは、父の弟で君の叔父だと答えてくれて、それから母が亡くなった事を教えてくれた。
母を亡くした祖父母達は私に興味が無くなり、私は八哉叔父さんに連れられてお父さんに引き取られることになった。詳しくは分からないけど、母の私生児だった私には父と会う事が許されなかったそうで、祖父母達も母が生きている間は、会わせようともしなかったらしい。
そんな人を父親と呼んで仲良くできるのか、とても不安でいっぱいだった。
ここだよと告げられたのは、真っ白な小さな家。
まるでおとぎ話に出てくるような植物に囲まれた赤い屋根の家。
人形師、東郷律実というのが私の父だった。
稀代の作家、細工作り師。
そんな風に呼ばれてはいたが、人を寄せ付けない雰囲気を持っていたので彼はいつでも孤独に生きていたと読んだ本には書いてあった。初めて会う父は、妖精のような人だった。
色素の薄い髪ととても背の高い人、何だか寂しそうな瞳をしていて私にはガラス細工で出来ているようにさえ見えた。彼の横にちょこんと座っているのは、真っ白なドレスを着た西洋人形。
マリーベル。
無くしていたはずの私のお友達がそこに生きていた。
祖父母達にとっての罪滅ぼしのつもりだったのか、私に与えられた人形の作者は実の父親。
希沙紀ちゃんと呼ばれる響きが懐かしい。マリーベルのお父さんが私の父親で、私とマリーベルは言葉は違うけれど姉妹だった。
私の目に母が亡くなっても出てこなかった涙が溢れていく。
無くしたと思っていたはずの親友は、私の父と一緒に暮らしていただけの話だったのだ。
燃やされてもいない、壊れてもいない、誰からも奪われることのない空間でにっこりと微笑んで幸せに暮らしていたのだ。
そして、何もない空間で父と私の暮らしが始まっていく。
母を亡くしたショックを引きずったままの父は無口で、私もあまり楽しいとは言えなかったけれどこの白い家を私は気に入った。八哉叔父さんと二人の親友の七箕おじさんもたびたび遊びにやって来て、私は大人たちと人形に囲まれながら中学に上がる。
叔父さんは颯機械という会社の研究員で、七箕小父さまは元教授の考古学者で遺伝子工学の専門家らしい。でも、趣味でパーツ屋の店員なんかしているのが、ちょっと面白かった。
私の父も母と同じく遺伝子の病を抱えているそうで、それを治療するのが二人の目的。
母とは違い緊急を要する事ではなかったそうなのだが、父にとってもそれは重要な事らしく毎日難しい書物と向き合っていた。
それまで馴染めなかったはずの学校とも向き合えるようになり、私は外で友人らしいものも作れるようになっていって、全てがうまく行くような気にさえなっていた。
楽しかったはずの輪は簡単に切れた。
人形師だった父は、初めて会ってから数年で命を落とした。
死因は自殺。
私は信じられなかったけれど、父は最初から何かに絶望しているようにも思えた。
叔父さんは私と一緒に暮らすように言ってくれたけど、研究の邪魔になるのではと心配する私に七箕小父さまの家を紹介した。
苗字は「まきせ」から「はやて」に代わる。
形だけでも私を引き取ってくれたので、一緒には暮らさないけど私は叔父さんの子供になった。
真っ白な家にはマリーベルとお人形だけが眠り、私はここに帰ってくる必要もなくなった。
母もいない、父も亡くなった。
何もない空間だけの存在になった真っ白な家には、主を探しているマリーベルだけが私を待ってくれている。
「ねえ、今日から七箕教授のおうちで暮らすんだったよね?」
学校の休み時間、クラスメイトのカレンが何だかウキウキしながら私の隣で囁く。
おっとりしたカレンはちょっと抜けているようにも見えるが、中身はやっぱりどこか抜けていて心地よい。それでいて学校一の秀才なのだから、神様ってやつは随分不思議な才能を与えるものだ。
「ええそうよ、頼りない男の子も一緒にね」
別の中学に通っているバスケット好きな男の子、だった気がするが一年ほど会っていないのでどんなヤツだったのかさえも曖昧になって来た。カレンはカッコイイ人だといいねーなんてのんきに話すが、毎日一緒に暮らす相手にそんな物は求めていなかった。
でも、将来は七箕小父さまみたいに育つのが確定されているので、ロマンスの欠片も生まれないような気もする……。
高校は同じ第一高校と聞いているので、卒業までこの先の河川敷を毎日一緒に歩くことになるのだろうか。兄弟みたいなものは居なかったので何だか新鮮な気持ちになる。
八哉叔父さんの待つ研究所を少し過ぎて曲がり角を曲がれば、赤い屋根の家が見えてくる。
両親も誰も居ない場所に、人形師だった父の存在は今もそのままに残されていた。
扉を開ければ待っているのは、優しい微笑みをしたマリーベルの人形たち。
少しだけ背伸びをしたくなった私の心に、彼女たちの笑顔がそっと響いた。
私は母のように何かを求めるだけの日々を過ごすことも出来ない、父のように人形細工を作り上げる腕もない。ただ何も出来ない一人の女の子「颯希沙紀」を操れる一人前の人形師としての力を持ったまま、私は真っ白な家を後にして新しい家へと向かう。
何だかドキドキしていた。
私はこの人達の家に住んで暮らせるだろうか、うまくこの人達とやっていけるのだろうか?
拳をぎゅっと握りしめて、スカートのポケットに入れて気合いのようなものを入れてみる。
少しだけ足が踊って、新しい生活への道を歩む自信が付いたような気がした。
家族はそう、扉を開けばいつでも待ってくれている。
颯希沙紀になった私を迎えてくれる場所がある限り、私という女の子は家を求めるのだろう。




