人形遣いの娘1
私の名前は、牧瀬希沙紀という。
愛嬌のない顔立ちと、物足りない背丈。
それから長い髪の毛と不器用な指先だけが私の持ち物。
どう育って生まれたかはあまり覚えてはない。
私のもっとも古い記憶は病室に横たわる母の姿だったので、家族との愛情が薄かったから……だからよくは思い出せない。
私の母は医薬品を扱うメーカーの一人娘で、何不自由ない暮らしと研究者としての頭脳に恵まれていたが、身体は遺伝子病のため自由に動かせずに病院通いをしていた。
小学校に上がり始める前くらいから母の病は重くなり、段々と言葉を交わすことも少なくなっていく。
愛情に飢えていた私は、祖父母から貰った西洋人形にマリーベルという名前を付けた。
ふんわりとした巻き毛の彼女に愛を注ぐことで癒されてた気分になったが、心では母親の無事を。健康を望み続けていた。
別に親戚が居なかったわけではない。もちろん、祖父母は私に好意を持ってくれてはいたが、製薬会社の社長でしかも跡取り娘が病気ともなれば孫娘に目をかけてやれる暇もなく、そんな余裕さえもなかった。
もう少し大人ならば、母の容体も悪かったし精神的に追い詰められていたという事も理解できた。
が、幼かった私にとって祖父母は私を嫌いになったのだと思い込むようになり、母が病気と言うのは嘘で、私から母を遠ざけたいがために病院に隠してしまったのだと思い込んで、彼らを恨むようになっていた。
母の代わりに病室で私を相手にしてくれるのは、いつも白衣を着たお姉さんと小さな男の子だった。
新型の治療という研究をしている紗季さんは、母の友人で、いつも会うたびに「キサキちゃんのお母さんは私が助けるから」と言っていた。頭を撫でてくれて、甘い砂糖菓子を私にくれた人。
学校に馴染めなかった私には、母が眠る病室が唯一の遊び場だ。
あの学校と言う空間は、勉強をするところと言いながら両親の存在を求める場所で、私はあの場所が大嫌いだった。クラスのみんなはお父さんやお母さんに手を引かれて登校し、遠足の時も行事の時もいつでも楽しそうにしているのがたまらなく憎かった。
小さな男の子は生まれた時に未熟児だったそうで同じ歳のはずなのに、まだ三つくらいは離れているように思えた。だから私がお姉さんのような気分になって、ちょっとだけ優越感に浸れた。
キライな学校にも少しだけ慣れ始めた頃に、母の病状はさらに悪化した。
私が家にいる時間よりも、病室で母を見守る時間の方が長くなっていく。
薄いスクリーンの向こうに閉じ込められたオカアサンという物体は、もう娘である私が誰かわからなくさえなっていった。
細いチューブに囲まれた母とは面会する事も出来ず、気づけば紗季さんや小さな男の子と会う事も少なくなっていた。私には家政婦さんが宛がわれ、広い家の中には新品のたくさんの玩具と勉強を教える怖い先生が支配していた。家政婦さんは私のマリーベルを汚いと言い、私の服を汚いと言い、激しく強く私の身体をゴシゴシと洗うようになった。
マリーベルは燃やされ、私の洋服ダンスには見た事もないようなドレスが並んでいた。
食事をとる時にも作法を学ぶように言われ続け、キライな祖父母たちは私に跡取りとしての教養を学ぶように求めた。
そのうち祖父母や家政婦は私を嫌いになっていき、無教養な娘だと笑い続けるようになった。
私はこの家がイヤで、人々がイヤで、マリーベルを燃やした人々が憎くてたまらなかった。
母が元気にさえなれば、こんな事はないのに。
子供が人形の恨み言を祖父母に言えるはずもなく、私は助けてくれる人を探しに出かけた。
紗季お姉さんか、お母さん。
私を助けて優しく頭を撫でてくれる人に会いたい。




