第68話 2人とっての幸せ
食堂を出た私は2階へ上った。
そして小鳥遊の部屋の前に立った。
「小鳥さん?」
ドアを開けると荷物の整理をしている
小鳥遊の後姿が見えた。
「結女ちゃん」
私に気付いた小鳥遊が振り向いた。
私達はベッドに並んで腰を下ろした。
「話したいことって・・?」
私が先に口を開いた。
「う、うん・・あのね。
それが・・その・・。
誤解しないで欲しいんだけど」
小鳥遊はどこかそわそわしていて、
なかなかその先を話そうとしなかった。
「・・もしかしてマスターのこと?」
私が仕方なく切り出すと、
小鳥遊は大きく目を見開いた。
「・・気付いてたの?
驚いたよね?
ひと月前に彼と別れたばかりなのに。
それに。
歳だって親子ほど離れてるし」
小鳥遊は恥ずかしそうに俯いた。
その様子を見て、
私はすべてを察した。
だから。
今朝、
小鳥遊は部屋にいなかったのだ。
まさか小鳥遊と歌川が・・。
「反対・・かな?」
小鳥遊が上目遣いでこちらを窺っていた。
「う、うん・・。
あっ・・いや・・その何て言うか・・。
で、でもマスターは良い人だし。
歳の割に見た目も若くて、
可愛いところもあるし。
2人が納得してるのなら・・。
私は応援するけど」
「本当に?
ありがと」
顔を上げた小鳥遊がにこりと微笑んだ。
その笑顔を見て、
私は複雑な気持ちになった。
小鳥遊が愛しているのは歌川ではない。
それは昨夜、
彼女にミた『ビジョン』からも明らかだ。
あの『ビジョン』は、
愛する男が他の女と
体を合わせている場面をミせていた。
それが小鳥遊にとっての不幸なら・・。
今後。
彼女は本心を押し殺して歌川と付き合い、
歌川は小鳥遊の本心を知ることなく
彼女を愛し続ける。
それは2人とって幸せなのか。
答えは誰にもわからない。
そこまで考えたところで、
私は慌てて頭を振った。
未来は刻一刻と変化している。
人の心も。
昨夜から今朝の間で、
小鳥遊の心境に変化があったとすれば。
私は小さく息を吸って俯いた。
そしてゆっくりと目を閉じた。
静かな部屋の中で
小鳥遊と私の息遣いだけが聞こえていた。
いつの間にか。
濃い霧が一面を覆いつくしていた。
前も後ろも右も左も上も下も
わからない。
私は霧の中に立ち尽くしていた。
霧が私の全身を包み込んでいた。
私はその中から抜け出そうと足掻いた。
その時。
霧が目や口、そして耳や鼻の奥へと
染み込んでくるのを感じた。
私は咄嗟に目と口を閉じて耳を塞いだ。
すぐに息苦しさを覚えた。
呼吸ができない。
徐々に意識が遠のく中、
ふいに肺が空気で満たされるのを
感じた。
私は恐る恐る目を開いた。
霧が晴れていた。
ポツポツと降る雨の中、
地面に膝をついている
小鳥遊の後姿が見えた。
どこかで見たことのある光景だった。
私は恐る恐る足を踏み出そうとした。
その時・・。
「・・ちゃん?
結女ちゃん?」
その声で私は現実に引き戻された。
「あ、ご、ごめんなさい」
私は慌てて取り繕った。
私は小鳥遊から目をそらして、
そっと胸を撫で下ろした。
今更彼女の『ビジョン』をミたところで。
「私、
部屋に戻って荷物をまとめてくるね」
そう言って私はベッドから立ち上がった。




