第95回 「泣かせたいわけじゃ、ないでしょ」
「いつまでも……黙っていられないのかも、ね」
そんな独白の様な呟きから始まる、きゃみさまの開示。
一見さんのゼトの神官たちには遠慮いただいたうえで、俺や高坂、そして当事者のゼラには、聞いておいてほしい、と。
諦観の様な、達観の様な。
擦り切れた大人の様な顔をして、きゃみさま。
「例えば、○○県庁所在都市の"国我先特別招集高等学校"の生徒、なんて言い方しても、ピンとこないわよね?」
その言い方に、高坂だけが"えっ"って顔をするも、当人の言う通り、俺も、ゼラも、それが何処かすらわからない、といった風。
「藤堂正明の息子だ。と、言ったら。どうかしら」
俺にはちんぷんかんぷんだった。
藤堂? そりゃ藤堂真一の親御さんなんだから藤堂なんだろう、くらいの感想しかなかったんだが。
しかしながらその名前を聞いた瞬間、ゼラと高坂が飛び出さんばかりに目を見開いて、言葉を失う。
なんだかわかってない風の俺に、高坂が顔を寄せて
「VR先端技術、国内第一位の権威、だよ」
震えた声で、そう漏らす。
って。
え、それって。
ぽかんとする俺に、今度はゼラが
「つまり、件の"第一人者サン"が、彼女の父親だ、ということだよ」
「えっ」
────。
──────。
間違っても。
間違っても、キミの敵になんかなりたくないのに。
なりたくなかったのに。
きゃみさまが、ちら、とこちらへ視線をよこす。
寂しそうな目で。いつかの喫茶店で"それでも貴女が羨ましい"って、言った時みたいに。
いつかの高坂の時と同じように、唇の動きだけで"ごめんね"って。
なんで。
その顔は、ゼラとの間に"第一人者さん"という共通呼称があることで、俺たちが凡そ何処まで勘ぐっているかを承知しているようで。
なんで。
裏切ってるのは俺の方で。
なんで。
なんで君が謝るの。
なんで。
俺が何も考えられなくなっている間にも、話は進められてしまって。
「ここまで話して概ねお察ししてくれてると思うけど、このThebesはアタシの父と数名の中心メンバーによって、○○県記念病院併設実験棟で運営、管理されているわ」
「姉ちゃ──姉は、アンタの親父さんのとこで働いてたはずだ。去年の春から音信不通。連絡しようにも露出の無い運営。やっとしっぽを見せたかと思えば知らぬ存ぜぬ。どうなってる!?」
「一言で言ってしまうと、アタシもはっきりとはわからないわ」
「アンタ、息子なんだろう!?────むす……息子!?」
「9歳の時に外科手術によって性転換しているわ。"元"息子ね」
「!???」
「実を言うと、父とはこうなった後、かなり不仲でね。風香さんのことは知っているけど……」
「なんでもいいんだ。知ってることがあったら!」
目の前ではそんな応酬。
ゼラには助けられた。身も、心も。そんな人、裏切れない。
でもそれはきゃみさまだって同じ。心折れそうになってるところを、何度も救ってもらった。
ゼラのお姉さんが行方不明で。
もともときゃみさまのお父さんとこで働いてて。
察するに拉致監禁に等しいことしてるかも知れなくて。
そんなのどう考えたって糾弾されるべきなのはきゃみさまのお父さんというか、Thebes運営の方で。
でもきゃみさまが窮地に立たされるのは本意ではなくて。
裏切りたくはなくて。
どうしよう。
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。
「ゲームの話じゃないんだ! 実際に人ひとりの身柄が──」
「言ったでしょ!? アタシや父だけの問題じゃないのよ! アタシがここで何話すかで全開発スタッフが最悪犯罪者扱い──」
そこで、はたと気が付いたように二人がこちらに顔を向ける。
俺の顔を見て、息を呑む様に双方言葉を止めて。
嗚呼。
二人の態度で、自分が今、どんな顔してんのか、自覚する。
高坂が庇う様に俺の肩に手を置いて、言い合う二人に向かって首を振って見せるのがわかる。
きゃみさまが、長く、息を吐きながら、ゼラへと視線を移す。
「ねぇ、ゼラさん。日を改めて、落ち着いて話をさせてもらえないかしら。こちらとしても覚悟決める時間くらいほしいわ? それに──」
そして歪めた視線が俺へと帰ってきて。
「貴女だって、泣かせたいわけじゃ、ないでしょ……」
◇◆◇◆◇
結局あの後、俺は泣くしかなくって。
収拾のつかないことになってしまって。
あとから聞いた話じゃ、しゃがみ込んで、頭抱えて。
"ごめんなさいごめんなさい"
って、うわごとみたいに繰り返すばかりで。
その日はそれでお開きになった。
そうするしか、なかった。
ログアウトした後、すぐにきゃみさまから携帯端末にコールがあった。
通話に出るのが、怖かった。
いつ相手が諦めてコールを止めてしまうだろうか。
躊躇いと焦燥がせめぎ合って、結局。
通話の操作、端末を耳にあてがいざま
「『ごめんッ!!』」
『…………なんで、貴女が謝るのよ』
「だって、だって、俺、俺が、余計な事、しなきゃ」
しゃくりあげながらそう言えば。
『アタシじゃないけど、うちの親父や鳥さんたちが後ろめたいことしてるのは、ホントだもの」
「でも、でも俺ッ、ゼラには何度も助けられて、出来れば助けになってやりたくて、でもそれが、きゃみさまを追い詰めることになるなんて、思わなくてッ」
声は震えて。まともに話せなくて、考えられなくて。
「キミを裏切りたくないんだ。キミの事をこそ、裏切りたくなかったんだ」
『そう……』
そこに、気の遠くなる様な間があって。
『ありがとうね』
「ど……して」
『"恩人のお姉さんを放っておけない貴女"で居てくれて、ありがとう』
「きゃみさま」
『なんだったら、アタシ自身、親父のことぶん殴ってやりたいくらいよ。アタシの大ッッッ切な友達、泣かせたりしてさ』
「でも、俺が学校で理不尽なことされないようにって」
『あー、つかえる権力は利用させてもらったわ』
「それだってきっと、"無条件"じゃない。──不仲って、言ってた」
『よく聞いてんじゃない。でもアンタが気にすることじゃない。アタシが、勝手にやった事よ』
「気にするなって言われたって」
『そうね。そうできないアンタだからこそ、そうしたんだけどさ』
「ゼラのお姉さん、いまどうなってるの? 取り返しつかないの? し、し、死んじゃったり、して──」
『それも含めて、彼女も交えて説明するわ。ねぇ、つらいかもしれないけど一つだけお願い』
「う、うん……?」
『落ち着いてからでいいわ、風香さん──世良 風香の妹さんと、リアルで会えるように、セッティングしてほしいの』
今日の投稿をもってしばらく書き溜めの休載となります
大変申し訳ありませんが、実はここまでを3年がかりで書く遅筆でございます
多分にお待たせしてしまうかもしれませんが、何とかストーリー完結まで持って行きますので、覚えていたらまた読んでやっていただけるととても嬉しいです




