第12回 「み・み・み?」
「──いっぴき仕留めたわよ! そっちは!?」
「任せろ!」
何やかやあるんだけど。
先立つものはどうしたって必要で。
ケンちゃん氏お薦めの麻痺耐性アクセサリは、確かに安価でそこそこの性能で。
微々たる投資で、ないよりは全然マシ。
にしたって色々有って金欠の俺達の財布にとどめを刺すには十分で。
ケンちゃん氏の言う「予備の服ないと壊れたら丸裸」の言が、目下曲がりなりにも女性の姿をしている俺には看過できないわけで。
翌18日、土曜日。
王都ヴァルハラ市近郊。
「輸送路安全確保」の討伐依頼。
コーレル市方面の第一中継点とヴァルハラ市を結ぶ輸送路上に発生した害獣の駆除。出来高制で、討伐数によって報酬が増額されるという物。
そう、金策だ。
「おりゃっ!!」
両手に握った打刀を、力任せに振り下ろす。
目の前の大型の犬──狼? の、様な生物の、その首元に、ぞぶりと食い込む。
肉裂き骨断つ、感覚。生物を殺している感覚。
首元を致命的に切断され、鋭い鳴き声ひとつ、絶命する。
……正直、グロい。
流石にある程度見慣れたが、死亡判定の後薄青く輝いて霧散するまでの間、それはどうしたってリアルな"死"を見せつけてくる。
リアル過ぎだ。そうでなくて良い所も、そうした方が良い所も、分け隔てなく。
このThebesを指して、ケンちゃん氏などは"とても残酷だよ"等と語る。かれこれここで一年以上を生きた彼は、俺達の知らない色んなことを体験したろう。
Thebesはゲームだが、それこそ"普通の人間がファンタジー異世界に転生したら"みたいなものを直球でぶつけてくる。酸いも甘いも、だ。
そら、首元一気に掻っ捌かれたらそうなる。
ブシュウウウウウウウ!! って勢いで鮮血を吹いて、いるうちにもその姿は薄青く輝いて消滅するわけだが。
これ、消えてくれるからまだましなものの、消える直前はドはっきり見ちゃうし、慣れたとはいえ気分の良いものでもない。
これに耐えられなくてゲームを辞める人もいるという。
正直──
「わからなくもな──とぉ!?」
横手から飛び掛かってきた別の狼に二の腕を噛みつかれる。
すぐに振り払い、放してくれたからいいものの。
虎かと思うような大型の狼。そのまま引き倒されでもしていたら、危うい所だった。
こちらの刀で、当たり前に血しぶきを上げる様に、こちらもまた、歯を立てられる場所によっては血まみれだろう。
リアル。リアル。リアル。どこまでも。
目の前の一匹を仕留めたことでの油断。
棒立ちで狼の死骸を見下ろして感慨にふける。
……なんてことを戦闘中に。
噛みつかれた左腕を見下ろす。
ズタボロに噛み千切られた服の袖。そこから覗く白い腕に並ぶ歯型。鮮血。
これ、ライフポイントと装備耐久度を回復したら、きれいさっぱり元に戻るんだってさ。
痛覚についてはショック症状の回避の為か、だいぶ緩和されているらしいが、それでも鈍い痛みに、じわりと傷が熱くなる。
「こら! グロいのわかるけど、戦闘中に呆っとしない!」
ズドン。
轟音を立てて、俺に噛みついた残りの狼の、その胴の真ん中に突然鉄の板が立てられる。
きゃみさまの持つ対人外規格刀が、狼の巨体を一刀両断したのだった。
声もなく。
びくりと痙攣するみたいに硬直して、前後にどさりと崩れ落ちる。
内臓が。断面から。零れ──
ってとこまで見せるんだ。
このゲームは。
ぎゅっと目を瞑って、ブンブンと頭を振って。
迷いを振り払う。
「──ごめんっ」
気持ちを切り替え、残敵を振り仰ぐ。
俺達のレベルに付き合わせて、防戦一方の高坂が何とかショートスピアで狼の咬撃をしのいでいる。
背を向けているならチャンスだ。
一撃で仕留める。それがある意味、安全でもあるが故。
刀を引き、下段に溜め、低く飛び込む様に駆ける。
「起閃ゥ……」
「!?」
相手の懐に飛び込み、急激にブレーキをかけ、ここまでの慣性を上向きに流す。
踏み込み、刀を返し、一気に斬り上げる……!
「なっつんダメッ!!」
へ?
きゃみさまが鋭い制止の声を上げるが、今更止まれない。
ここで止めると剣技の判定が致命的失敗して、敵前で硬直を晒すことになる。やるしかない。
「飛翔剣ァァァァァァァァァッ!!」
片手、及び両手剣基本剣技"起閃飛翔剣"
俺の持つ"カタナ"はThebesでは異色ではあるものの、刀剣分類であるため問題なく使用可能だ。
相手の懐に飛び込み急激に確度を変え、高跳びの要領で勢いを上に流して飛翔、相手を斬り上げる対空剣技だ。今みたいに同高度の相手を斬りつけることも出来、単純に剣技倍率の付与された強攻撃としても使用できる、剣士の基本技といったところ。
目論見は成功し、先のバスターソードの斬撃同様、狼の胴を両断し、俺の体は斬り上げる勢いのまま高く、飛び上がる。
──3メートルくらい。
残敵はこいつだけのはずだから、これでもう脅威はないはずだ。
きゃみさまはいったい何のつもりで止めたんだろう?
飛び上がるまま、眼下を見下ろす。
狼の攻撃を防いだ姿勢のままの、高坂。
短槍を両手に構えたまま俺を見上げ。
その目が。
まん丸に見開かれ。
口が。ぽかーん。て、感じで。まんまるで。
あ。
と、思った時にはすでに手遅れで。
俺は人の背丈より高く飛びあがってしまった。
──スカートで!!!!!!
「きゅぅッ!」
空中で気が付いて、咄嗟に両手でスカートを押さえたもんだから、着地も何もあったもんじゃない。
ぼて。って感じで無抵抗に落下し、盛大に尻もちをつく。
「なっつん……!」
「ちょっと、だいじょうぶ!?」
痛ててても痛てててなんだけど、ちょっとそれどころではない。
駆け寄る二人の一方、この場で唯一の殿方に確認しなければならないことがある。
「見っ……見っ……見?」
"見たのか?"
ろれつは回らず、うまく言葉にならなかったが、向こうにもその自覚はあったようで。
高坂ははっとした様に、でも無意味に自分の口元を抑え、眼を泳がす。
高坂の目線は何処までも逃げるように逸らされるが、俺は俺でちょっと涙目になりながらそれを追いかけるのだ。
やがて観念した様に高坂が目を瞑り、溜息ひとつ。
「──ごめん。 ……その、ほんとに水色のへぶッ!?」
失態を犯したのは俺の方なので大変申し訳ないのだが、あれだ。
こうしなきゃ収まんないのもあって、俺は改めてわざわざ俺の下着の色を口にしようとする高坂の口をふさぐべく、その頬を張った。
べちん。
俺と高坂を一歩引いたところから交互に見ていたきゃみさまも、困った顔で溜息を吐いた。
「冬樹君のそういう正直なとこ、良さでもあるんだけど、その。"でりかしー"っていうかぁ」
「──ご、ごめん」
当の高坂はキョトン顔で頭を掻く。
何だかいまいちわかってなさそうだ。
下着を見たのかと問い詰められてどもる気づかいはできる癖に、一度口を開けばこれだ。
高坂のそういう明け透けさが、"元男"なんていう俺には心情的に心地よくもある反面、俺だって今や曲がりなりにも"女の子"ってやつで。
"ほんとに水色のぱんつ穿いてるんだね"
なんて面と向かって言われたら恥ずかしい。言われたくない。
でもそんな風に思うのは別に俺が今"女の子だから"ってだけじゃないはずだ。
そんなん誰だって恥ずかしい。たぶん。
「ヤレヤレ先が思いやられるわね、なっつん。見られたのが注文した新しい方じゃなくてよかったわね?」
「そもそもきゃみさまが"短パン"なり"スパッツ"なり許可してくれたら全部解決なんですけど!?」
「うふふ。ぜってぇ許可しねぇ(笑)」
「なんでーーー!?」




