第1回 「あっねぇ、プロローグってのがウケないんだって。こういう導入なんていうの」
※本作はそれ単体で読めるように書いたつもりではありますが
読み込んでいれば気が付いて、少しくすっとなる程度の要素を含む
世界観を同じくする別の作品があります
・ThebesWorldOnline
本作と同じオンラインゲームを舞台とし、別の主人公の物語を書いた、本作劇中より約一年前の話
・Thebes:「虚象事件」
本作と同舞台、同じ主人公がゲーム中のとあるイベントに挑む、本作開始時より約1カ月前の話
・Thebes:Re:Quest
本作と同じゲームを舞台にバラバラの時系列、語り手による短編集的なお話、ネタバレと成り得る情報を多分に含みます
"ねぇ、オレがオマエの事羨ましいと思わなかったとでも思うの"
病院の個室。他にほとんど何もない、白いベッドの上で。
綺麗な桃髪を全て、野球帽みたいなキャップに収めて。緩く着た白無地のロングシャツ。
それは多分虚勢。少年みたいな恰好の、あの人。
胸ぐらを掴んで、顔を寄せる。
吐息。
虚勢に隠し切れぬ、ほつれ髪、一滴。
今の姿になって、初めてできた、心許せる友人。
似た者同士と思っていた境遇は、実は自分の都合の良い思い込みで。
無いものねだりというか、自分ではうっとおしいと思うもの全部、実は相手にとってはどんなに望んでも手に入らないものであったとか。
そんなセリフを泣きながら言う彼女を夢に見、目覚める朝。
俺こと神谷 夏彦は原因不明の性転換者である。
──最初にそう言っておいた方が後々説明しやすいだろうか。
朝、一人暮らしのアパートの一室。
其れほど多くもない家具。
眠い目をこすりながら、ベッドから身を起こす。
2046年、8月15日、水曜日。
高校一年、初めての夏休み。
嗚呼、まだ二年もたっていない。
そう、一昨年の話だ。
中学生活も二年の中半。そろそろ受験がどうのなんて言葉が聞こえ始める、ある秋の朝だった。
朝起きたら女の子になっていた。
「朝おん」とかいうらしい。
…………。
──知るか。俺も初めて聞いたよ。ていうかそんな略称があるくらい前例のある事なのか。
思わず、といった体で、一つ。溜息。
眠気覚めやらぬ頭をもたげてみれば、長い横髪がほとんど癖付かずさらりと流れ落ちる。
容姿は跡形もなく変わった。
まず部屋から出て家族に呼び止められ、ようやく自分の変貌に気が付いた。
180程もあった身長は160を下回った。
頭一つ下がった視界はまるで窮屈で、この長い髪も、荒れていた転換直後は引きちぎってやりたいとすら思った。
少しぱっつん気味の、背中くらいまでの癖のない黒髪。華奢で色白。
"笑ってりゃ美少女"
そんな風貌が、その時からの俺の姿。
ベッドを離れる。
慣れてしまう物で、今は色気のないスポーツタイプながら女物の下着に、股下まで隠れるような丈長ででかいシャツだけを着て寝ることが多い。
慣れないうちは色々大変だった。
"今日からはこれを"と、疲れた顔の母親から初めてブラジャーとショーツを手渡されたときは、死刑宣告でもされた気分だった。流石に戦々恐々というか、これに今から足を通すのか、と。
特にブラにはすごく抵抗があって、その、アレだ。転換後の胸が潔いまでの絶壁だったこともあって、しばらく頑なに着けずに過ごしていた。
そんな俺に"胸が無いからと言って着けなくていいもんでもない"と喝を入れたのは、この姿になってからの友人だ。ばっかもーんとか言われた。
洗面所に入って、鏡の前で髪に櫛を通す。
癖のない、と言っても一晩寝て起きて、少しも乱れないというわけでもない。
長い髪を、丁寧に梳る。
今でこそ、この髪は少し気に入っている。
荒れていた時期には、何度も切ってしまおうかと思った。
何やかや切れないでいるうちに、本来であればこの長さまで伸ばすのに何年かかるだろうか、とか考えるようになって。
なんだか勿体なくなった。
しばらくぞんざいに扱った所為で、一時期少し荒れさせた。
今でも、洗うのは少し大変に思う。
だけど今は、この髪は少し気に入っている。
歯磨き。洗顔。"顔洗ったらつけろ"と友人に言われた、銘柄もよく知らない化粧水。
流石にルーティン出来上がって久しいが、今でも面倒に思う。
ファンデーションとかそれ以前に下地がどうのとか、眉を書き直すとかリップの色だとか、付け睫毛とかコンシーラーさえあれば勝つるとか、よくわからないけど拘る娘はさらに色々いじるらしい。信じられない。
友人曰く
"女の子は出先で顔洗ったら、色々とれちゃうもんなの!"
とかなんとか。なんだよ、"とれちゃう"って。
手早く淹れたコーヒー。
甘いのが好きだ。
"男の時みたいに食べてるとすぐ脂肪がつくわよ"なんて脅されもしたが、この朝の一杯にスティック一本分の砂糖がやめられない。
さて。
カーテンを開ける。
今日はその"友人"と会う約束をしている。
怠惰な格好をして行ったら、またお叱りを受けてしまうだろうか。
なんて、クスリと苦笑を零しながら、クローゼットを開ける。
転換直後は、スカートに抵抗があった。
学校の制服は仕方がないにしろ、私服はパンツスタイルが多かった。
しかしながら、今日会う友人にはスカートの方が受けがいい。
そんな理由で選んでるなんて知ったら、また怒られてしまうかもしれない。
結局、麻色のロングスカートに、袖の緩い着てて楽そうな白のカットソー。店入ったら空調寒いかな、なんて、畳んで鞄にしまえるくらいの薄いベスト。
肩掛けの鞄を持って。
髪を上げていこうか、なんて考えかけ、しかしながらやはり、と手を下ろす。
俺には髪を上げていた方が──ポニーテールみたいな髪型してた方がより"男っぽい"みたいなイメージがあって。
其れこそつい先日の"虚象事件"まで、後ろ髪を上げていることが多かった。
自分でもどういう心境の変化かわからないが。
ここ数日は髪を下ろしている。
なんにせよ。
身支度はできた、と、アパートの戸口に手をかける。
午前9時。
蕩けるような夏の日差しが、ただ、白くて。
原因不明で、ある朝起きたら突然女の子になって。
はや、二年弱。
慣れてしまう物で、生活の色々な部分が"おんなのこ"になっていく一方で。
唯一性根というか、心の芯の部分というか。
俺は。
未だ以て"俺"であった。
◇◆◇◆◇
「あ、なっつん! 此処、此処!」
「きゃみさま」
市内。駅南の街で一番大きなゲーセン──アミューズメントパーク? に、ほど近い海辺の喫茶店。
"ソラリス"
木板の看板に、そんな店名が描かれている。白い、外国風の建物。
どこよ、っつったって、俺にはどことも言いづらい外国。風の。
店内に入れば、ひやりと。こういう喫茶店にはありがちに効き過ぎた冷房。
ベスト着て来てよかったなーなんて、息をついていれば、横手から声。
目をやれば、痛々しいまでに真っピンクの髪をした快活そうな少女がこちらに手を振っている。
件の待ち合わせ相手、"きゃみさま"だ。
もちろんニックネーム。
本名は、たしか、"藤堂真一"とか言ってた。
……いやあれだ、後で説明するけど、藤堂真一。
彼女は俺が、学校で"元男性"であることにうまく立ち回れなくて、居場所を失くしてた時期に、駅南のゲームセンターで知り合った。
真冬に至るほぼ一年中を、ピンクのツインテール、キャミソールワンピースといった出で立ちで現れ続けたとかで、かのゲームセンターの主的な存在だ。
下着姿の天使様なんて言われてて。
で、略して"きゃみさま"だ。
つい最近まで本名すら知らず、1年以上その名で呼び続けた。
まぁ、今だって真一君、とか呼ぶわけにもいかないけど。
つまり、彼女も"元男性"
俺と違うのは、彼女は自らの意思で、ええと、"ちょん切って"しまって、女の子になったという事。MtF、とかいうらしい。
色々迷走する"女の子一年生"な俺に、何かと世話を焼いてくれた。
彼女がいなければ、今の俺の生活はあり得ない。
ただ、彼女が俺を気にかけてくれるのは、きっと"似た者同士だから"だと思っていた。それこそ、つい最近までそう思ってた。
でも全然違ったんだ。
そりゃそうだ。彼女は望んで女の子になった。俺の、この原因不明ながら"完全に女性の身体"を羨ましく思わないはずがない。
さらに言えば、俺に告白してきたゲーセン仲間に、俺が現れる以前から恋してたっていうじゃない。恋慕の相手を無自覚に横から掻っ攫う形だったわけだ。
笑顔で俺の世話を焼くその裏で、どれほどの狂おしい嫉妬の念が有ったろう。
其れを。つい先日の"虚象事件"で嫌というほど思い知った。
俺自身はというと、彼女の事が大好きだった。
それは恋慕の念ではないけれど、できれば、失いたくなかった。
和解出来て、本当によかった。
「おはよう、きゃみさま。待った?」
「おはよ、アタシも今来たとこよ。──ね、なっつんも朝食まだ? ここで食べてっちゃおーよ」
そんなやり取りをしながら、四人掛けのテーブルの、彼女の正面に座る。
俺がスカートを折り込んで座るのにもたついてみれば
「相変わらず長いの穿いてるわね」
「ちゃんとスカートにしてんだから勘弁してよ。足出して街歩くとか視線に耐えられない」
彼女は、色々世話を焼いた相手という事もあってか、俺が"女の子らしい恰好"をしていた方が喜ぶ。前述にある通り、今日はご期待に応えてのスカートチョイス。
「ジョシコーセーのセリフとは思えないわ。ていうか、最近髪も下ろしてるし、何か雰囲気落ち着いたわよね。なっつん」
「そう?」
だとしたら、それは先日の事件の所為。
あの時から、少しは自分が女性であることに、素直になっても良いんじゃないかって。
「それを言ったら、きゃみさまだって髪下ろしてるじゃないか。──格好はちょっとボーイッシュだけど。ツインテ、もうしないの?」
かくいう彼女の今日の格好は、トレードマークのようなツインテールを解いて、キラッキラな桃髪を背中に流す。いつ何時もキャミソールワンピースだった服装は、今日はロゴ入りのロングシャツに、ひざ丈の黒いレギンスというちょっとラフな装い。あの時顔を隠していたのと同じキャップを、テーブルの端に置いている。
俺がそれを指摘して見れば、きゃみさまはちょっともにょもにょと、バツ悪に目を逸らしてお冷を啜る。
「あー、あれ、さ」
「う、うん?」
「実は、"冬樹君が一回誉めてくれた"ってだけでずっとあのカッコしてたのよね。アタシはもともとこういう格好が多いわ」
"冬樹君"──高坂冬樹っていうのは、つまるところ前述の"俺に告白してきたゲーセン仲間"ってやつで。
先日の事件の折、きゃみさまは高坂に告白し、"好きな人が居るから""うん、知ってる"と、玉砕。で、そのまま流れで高坂は2カ月もの間保留になってた交際の返事を、と俺に迫るも、答えはノー。三様の三角関係は、振出しに戻る。
正直俺にはまだ早い、って思う。
高坂は良い奴だ。俺も、きゃみさまと同じくらい大好きだ。
でもそれが恋慕の情かっていうと、"はっきりと違う"
かくして二人は、"美少女の姿をしているくせに女の子レベル1"みたいな俺に、盛大に振り回されたわけだ。
「可愛かったのに。"キャミソールエンジェル"」
アニメキャラクターのコスプレみたいな、やりすぎなくらいフワフワでガーリーな。以前の彼女の姿を思い出して、そんなことを呟く俺に。
きゃみさまは、"へにょ"って、なんか不服そうな顔をした後、盛大に、これ見よがしにため息をついて見せる。
あれ。何かおかしなこと言ったろうか。
「貴女ねぇ。それ、貴女の事よく知らない子が聞いたら、嫌味にしか聞こえないわよ?」
「え、な、なんで?」
「こ ん な 美少女に可愛いとか言われてまともに受け取れるかってんだオラァ」
そう言って、人差し指でビスビスとおでこをつつかれる。
「あたっ! たっ! ちょ、やめ」
ひとしきりつつき倒されたおでこをさすりながら、でもちょっと思うところあって、そのまま下を向いて黙り込む。
流石のきゃみさまも何かを察した様に、こちらを窺うように覗き込んで。
「ね。俺、ちゃんとできてる?」
意を決してそう問うてみれば。
「できてるって、何が?」
「"おんなのこ"」
俺が不安げに返せば、きゃみさまは噴き出すように笑い。
「大丈夫、ちゃんと可愛いわよ」
そう言って優しく微笑みかける彼女はまさしくエンジェル。
心救われる思いで、俺も笑みを返すが、どういうわけかすれ違う様にへにょりと、きゃみさまの眉が寄る。
苦笑、したまま
「その"俺"ってのだけ、なんとかなれば、ネ」
「うぐっ」




