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 リョージに宿る力の本質は、ミシャグジさまである。

 シャクジンは石の神とも呼ばれ、コロポックル時代には宗教上のひとつの神体として、崇められていた。

 この時代、つまり縄文時代の太古から使われていたらしい石棒は、東京でも青山墓地などで発見されている。


 リョージの腕は石の棒であり、その拳は古えから受け継がれた男の証。

 彼に宿る力は、もっとも古層にある信仰といえる。

 宿神、石神、シャグジ、という神さまは、日本が国家管理のためにいろいろな神さまを輸入したり創り出したりする、はるか以前からこの国に住んでいた。


「リョージが石神井に住んでるのは、必然だったんだな」


 というチューヤの見解は牽強付会かもしれないが、最新の都市である東京に、縄文時代から積みあがった歴史があることは事実だ。


「ミシャグジさまって、その手の由来の古い神様なんだね」


「列島最古の神、といっていいかもしれないな」


 彼らを崇めていたのはコロポックルたちで、アイヌよりもまえから列島に住んでいたホビット族、という考え方が一般的だ。

 アイヌ語で、フキの下の人、という意味である。


「名前がかわいいよね、コロポックル!」


 薄っぺらな感想のまえで、古い戦いは佳境を迎えている。

 ──シャグジの空間は、現世の空間とは切り離されている。この神は中世以降も活躍をつづけ、とくに芸能関係者に崇められていた。

 シャグジの神は、しばしば石の棒の形で表現され、それが男根崇拝と結びついて土着宗教に習合した地方もある。


 婆娑羅(バサラ)と呼ばれる派手な衣装をまとった人々は、シャグジを守護神と考え、崇め奉った。

 彼らは世俗の掟に縛られることをきらい、ふつうの人が訪れることをおそれ、忌み嫌った土地にも、遠慮なくずかずかとはいりこんだ。


「オン、バサラァア!」


 リョージのうえに、派手な衣装が重なる。真言との脈絡は不明だ。

 ミミズの神は、その正体を現す。リョージの全身に巻きついて、変幻する。

 狂気と混沌の隈取が、顔面をはじめ全身に色彩を添える。

 こうして解放された傾奇者が、仁義なき混沌の戦に踏み出す。


「リョーちん、怖い……」


「よ、よく見とけよ女子、キャピってる場合じゃねえ現実の戦いってやつをよォ」


 もちろん、草食チューヤもそんなに知らない世界ではあるが、一応オスなのでメスよりは知っている。

 一方の天彦も、本能的に殴り返す。

 炎を巻き上げ、みずからの肉を焼き、骨を削りながら、男の戦いを味わいつくす。

 引き裂かれる肉、砕ける骨、溢れる血潮が、極限の肉弾戦の時間を刻む。


 もう何分、いや十何分か、彼らは戦いつづけている。


 殴り、殴られ、叫び、吐きながら、ひたすらに、戦っている。

 生き残るため? いや、自分の強さを証明するため。……ちがう。

 彼らは、()()()()()()()()いる。


「うわぁあぁあーっ!」


「ごぉるらぁぁああ!」


 天彦の突き出した拳に、真正面から拳をぶつけるリョージ。

 のたうちまわり、頭突きを繰り出す天彦に、真正面から頭突きを返すリョージ。


 ごづん……!!


 時間が止まる。

 サアヤは目を覆い、チューヤは嘆息する。

 ……終わった。


 ずるり、と地面に頽折れる天彦。

 深く息を吐き出し、彼我の鮮血で血みどろの肉体から、ゆっくりと力を抜くリョージ。


「石頭といったらリョージだからなあ……」


 チューヤは知っている。

 永遠のライバルであるリョージとケートの決定的なちがいは、ケートが頭の中身で勝負するのに対して、リョージは外側の硬さで勝負すること。

 その線で戦ったら、だれも勝てない。


「お疲れさん」


 チューヤの差し出すタオルを無視して、リョージは目のまえに倒れる敗者の背中を見つめる。


「最高だよな、こいつ」


「……ああ、まあ、格闘大好き基準だと、そうかもね」


 チューヤはリョージの肩にタオルをかけてやる。


「ちょっと男子ぃ、もう回復しちゃっていいのね?」


 駆け寄ってきたサアヤの魔力が、リョージの傷口を急速に癒す。


「待っててね、あまひこくんも、すぐ治してあげるから」


 これはただのケンカだ。だれも死なない戦いだ。

 そう信じていたサアヤの意図が挫かれるのに、時間はかからなかった。


「いらねえよ、雌豚ァ」


 かすれた声が、一同の耳朶を揺する。

 ボロ雑巾のようになって横たわった天彦の肉体の各所が、人間らしくない動きでびくびくとのたうちはじめる。

 その声は唇ではなく、体中に開いた傷口から漏れてくる。

 彼の肉体は、もはや彼だけのものではない。……いや、とうの昔から、すでに歴史の闇の彼方へ売り飛ばされていた。


「おのれ邪神め」


「土着の石神めが、天の血脈をなんと心得る」


「ありえねえな、こんなことァありえねえ」


「そうとも、おかしいだろ、信州の山猿どもがァ」


「てめえら大和の権威に屈するんだろうがよォ」


「皇軍、東征ぇえぇーいぃ!」


 天彦の全身からあふれる呪詛の声は、彼の肉体を別のモンスターに変えていく。

 彼の皮膚からは別の腕が伸び、足が生えてくる。

 それは神でもなんでもない、いや、祟り神という表現がある以上、まさにそれ。

 闇の勢力に、完全に取り込まれていた。


「おい、エビス……っ」


 リョージが足を踏み出したつぎの瞬間、再び出現した無数の足が、激しく床を踏み鳴らす。

 全体がぐらぐらと揺れ、耐えかねた床面が再び、ガラガラと崩れていく。

 落ちる床。穿たれる地。その中心に消える天彦。


 オープン、ネクスト・ステージ!


「またかよォ」


「ラスボスは3段階くらいに変化するってお約束だからな」


「つぎがラスであることを祈るよ……」


 だが祈っている暇はなかった。

 つぎの戦闘は、すでにはじまっている。




 崩壊した床下からは、無数の敵が出現してきた。

 それは埴輪をかたどった、いわば兵馬俑の兵士。その足元には本体につながる触手があり、地獄から集めた魂を兵士に供給している。

 これが、アマテラスを生み出し、日本神話という体系に結実した、コトシロヌシ──エビスの力だ。


「……うずく、なんだよ、これ」


 リョージが、自分の身体を抱きしめてうめく。

 そこには、男根をかたどった石の棒に絡みつくミミズのような神、ミシャグジさまがいる。


 エビスに立ち向かうのは、『出雲風土記』をはじめとする各地の伝承に残り、最終氷期の太古から日本列島に暮らしてきた、ミシャグジの力。

 かつてこの列島で、天つ神と国つ神の間で繰り広げられた戦争が、さらに古いフォーマットで、再現されようとしている。


「腐れ、滅ビろ、捨てラれロ、流さレろ、死ね、死ネ、シネェエぇえ!」


 トイレの神様と原初神の奇形児が、いびつに合体し、究極の排泄物を形成しつつある。

 間欠泉のようにあふれ、盛り上がった憎悪、悪意、ダークな感情が、天井を摩してあふれ、降り注ぐ。


「らしくていいね、そうだよ、てめえはそういう人間だ! 正々堂々? 勝手に少年マンガ気取ってんじゃねえ、世の中そんなに気持ちよく転がらねえんだ。そもそもてめえは、()()()()の人間だろうが。闇は闇、逃げられやしねえ。底辺で……のたうち回れ!」


 眼前に迫った触手の兵士を殴り倒しながら、マフユが楽しそうに哄笑する。

 闇の女王は健在だ。


「だいじょうぶか、リョージ、いったい……」


 駆け寄るチューヤ。

 リョージは、返り血に濡れた視界を拭いながら、


「戦いは終わってねえ、それだけだ。……つぎは戦闘じゃなく、戦争になるってだけだろ」


 もはや戦いは1対1の域を出た。

 パーティ戦だ。


「よかろう、そういうことなら、俺の出番だな」


 チューヤの周囲に、特有の力場が展開する。


「頼むぜ悪魔使い。……()()()()だよ、おまえってやつは」


 戦争という言葉に、リョージのなかで、どくどくとミシャグジの血が騒ぐ。

 リョージは「戦闘」に特化しているが、もちろん「戦争」も文脈は同じだ。


「ひとりじゃなんにもできねー引きこもりクソガキの出番ってか、よかったなチューヤ」


 笑いながら言うマフユは、いつでも自由に戦っていた。

 彼女は「戦闘」だろうが「戦争」だろうが、やることは常に「遊撃」だ。


「褒めてないよね? ──まあ、そういうことだぜ悪魔の軍団! こちとら集団戦が真骨頂とくらあ」


 1+1の価値をどこまで最大化できるか。

 その限界に挑戦するのが悪魔使い。


「死ね、クソども、くたばって、便所に流れろォオオ!」


 下方から天彦の絶叫が響く。

 交錯する戦力。

 戦いは最終段階へ移った。



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