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第四章 覚醒 「賢者モードとは?」 「白痴にして全知全能なる領域のこと」

 花が枯れているのを、少年は無感動に見つめていた。毒々しい色の花で、気まぐれに育てたようなものだ。だから、枯れることに対する落胆はない。

 ただ、疑問があった。

 どうして枯れてしまったのだろう。まだ咲いたばかりだというのに。

 彼は側頭部から生えた羽を震わせた。天使を思わせる、純白の羽である。それは、彼が《卑徒》である証に他ならない。


「なんて名前だったかなぁ……」

 幼い顔立ちを歪ませて考え込む。が、彼の脳内に留まるような記憶ではなかったらしく、あっさりと植木鉢を持ち上げた。

「ああ、そうそう。ギュスターヴだギュスターヴ。あの家畜臭い彼ね」

 記されていた銘は、つい最近彼が力を与えた者の名であった。さして見込みがあるわけでもなかったので捨て置いたのだが、もうやられてしまったようだ。

 魔族とはいえ卑徒化して眷属となった以上は強力な力を手に入れたはずだ。力を過信して暴走したか、或いは。


「まさか、ね」

 呟きながら枯れた花を握りつぶす。何の感慨もなく。

 彼の脳裏を一人の男がよぎった。異世界人の男――トウジョウ・カズキ。


 面白そうだからと天眼を通して覗いてみたはいいものの、決闘に敗れたのを見て興味を失っていたのだが、このタイミングは偶然ではないと判断。

 或いは彼が打倒したのかと考え出すと、少年はいてもたってもいられず窓から地上を見下ろした。

 病的なまでに純白に覆われた一室には、せめてもの情緒を与えんと色とりどりの花が咲いている。全て彼の眷属だ。

 眷属たちは彼の手足であり、同時に眼球でもある。少年の美しい琥珀色の瞳が輝く。それは正しく、昆虫観察に勤しむ子供の姿だった。


「できればもっと近くで見たいなぁ。きっと、綺麗な色をしてるんだろうね」 

 好奇心を抑えきれなくなったのか彼は眷属たちを数体、魔王の砦へと向かわせ始めた。まだ見ぬ虫けらを求めて。

 こうして、狂気は動き出したのだった。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ほぼ同時刻。エイミー・サヴラは困惑していた。

「あたし、どうしちゃったんだろう……」

 魔王城の一室である。東城一輝に宛がわれた部屋は質素なものだった。私物がないのだから当然といえば当然のことだが、それが彼女にはどうしようもなく悲しく思えて仕方がない。

 ギュスターヴとの死闘から二日が経とうとしている。エイミーの毒はすっかり抜けたが、一輝は今もなお眠り続けたままだ。

 じっと彼の寝顔を見つめていると、だんだんと体温が上昇していくのがわかる。心臓が早鐘を打ち、そわそわと落ち着かない。


「ほんと、どうしちゃったのよ……」

 自分の感情を持て余している。最初はただの変態だと思っていた。パンツは盗む上に変な口調で、紳士を自称する癖に偉そうだ。が、身を呈して盾となった彼の姿が焼きついて離れないのだ。


 そして、その後――

 そこまで考えて、エイミーはハッと唇を抑えた。正真正銘のファーストキスを思い出し、また鼓動が速くなる。

 妄想を振り払うように首を振る。既に治療は終わっているため看病というほどのことは出来ないが、それでも傍にいたかった。

 エイミーはまたも眠りこける一輝を見つめる。すると、一輝の唇が僅かに動くのが分かった。


 どうやら目覚めたのではなくうなされているらしく、何かを頻りに呟いている。苦しげな表情に誘われるようにして、顔を近づけていく。

 キスをしたときのように至近距離に一輝の顔があることに気づき、思わず硬直していると。

「おは、よう……エイミー、朝ごはん持ってきた」

「うひゃあっ!?」

 突然の来訪者に飛び起きるエイミー。食事を運んできた少女は視線をエイミーと一輝の交互に巡らせる。


「……なに、してたの?」

「な、なななななにもしてないわよ! まだ何も!」

「……まだ?」

「と、とにかく何にもないから!」


 ふーん、と無表情で言い放つ少女は、コトネ・アゲハという。淡い水色の髪をツインテールに纏め、小柄な体に似合わず豊かに実った胸が和服を押し上げている。

 腰に氷刀《霙》を差す彼女は《蒼の隊》の隊長でもある。つまりエイミーと同格の実力者ということだ。

 仲のいいエイミーとコトネは、エイミーの自室で食事をとることに決めたようだった。

 テーブルにはパンと浮遊カボチャのサラダ、三つ又豚の肉を薄く切って焼いたものが並べられていた。

 うわ、豚か……という呟きが漏れたが、口に入れれば蕩けるような味が広がり、嫌な気分がいくらかマシになる。


「……キス、しようとしてた?」

 と、思い出したように爆弾発言を繰り出すコトネ。エイミーはむせつつも何とか言葉を返す。

「ちっ、違うったら! どうしてそうなるのよ!」

「……顔、赤い」

「コトネが変なことばっかり言うからでしょ!」

「……好きに、なっちゃった?」


 核心を突くような言葉に黙り込むエイミー。コトネの瞳が逃がさないとばかりに妖しく光ったのを見た。

 好きかどうかと問われれば、分からないとしか答えられないだろう。まだ出会って間もないのだし、出会いにしたって良い印象はない。

 そもそも、パンツの件に関しては未だに許してはいないエイミーである。


「……分からないわよ。そんなの」

「でも……格好、いいよ?」

 エイミーは驚愕に腰を浮かしそうになった。常に無表情なクールビューティー、それがコトネである。それが男を指して格好いいなどという言葉を吐いた日には、驚くなというほうが無理な話だった。

「コトネ、それ本気で言ってるの?」

「どう、かな? うかうかしてると……取られちゃうかも?」


 コトネの表情が微妙に柔らかくなった。それは付き合いの長いエイミーでなければ気付けないようなささやかな変化だ。

 からかわれているのだと気づいたエイミーは苦笑いするしかない。

 と、そこで真顔に戻ったコトネが続けた。


「……何が、あったの?」

「それは――」

 エイミーは口を噤んだ。恥ずかしさからはなく、森での一件は他言無用とリーネに言い渡されたからだ。魔王の命には逆らえない。

「……ごめん、いい。忘れて」

「ううん、こっちこそ……多分もうじき、魔王様からお言葉があると思うわ」


 綺麗に食事を平らげると、静かに席を立った。

「そろそろ行きましょう。会議の時間よ」

「うん、分かった」

 二人はまるで仲のいい姉妹のように歩きだした。






 魔王直属の護衛部隊は、全部で四つの部隊に分けられる。

 それぞれ、《紅の隊》、《蒼の隊》、《黒の隊》、そして《紫の隊》である。

 そして現在、円卓を囲んでいるのはその部隊を率いる隊長たちであった。 


 《紅の隊》隊長、エイミー。

 《蒼の隊》隊長、コトネ。

 《黒の隊》隊長、テオドール。

 そして――


「……おい、グローリアはどうした」

 《黒の隊》を率いるテオドールが低い唸り声を上げた。二メートルはあろうかという巨体に、黒い毛並みを持つ狼の頭部。不遜に腕を組み直す彼に対して答えたのは、《紫の隊》隊長のグローリア――ではなく長髪の優男であった。


「隊長はいつもの如くスヤスヤ眠ってるよ。体質が体質だからさ。許してあげてくれないかい? まあそういう経緯で、代理として副隊長である僕が来させてもらった次第」

 優男は、名をエディという。気障ったらしい言い回しがよく似合う男で、インキュバスの証である小さな角と蝙蝠のような羽を持っている。


「フン、ヴァンピーナめ。会議をサボって眠りこけるとは……お前も大変だな、エディ?」

「あまり僕の主人のことを悪く言わないでくれ、テオ。責められるのは僕だからね」

 そう言って肩を竦めるエディ。互いの軽口は信頼の裏返しでもある。テオドールとグローリアは犬猿の仲だが、そんなテオドールもエディに関しては認めている節があった。


「そうよ、テオドール。今はいがみ合っている場合ではないでしょう?」

 エイミーが宥めると、テオドールはあっさりと頷いた。それは単なる頷きではなく、主人に怒られた犬を連想させる。

 テオドール・バリギュスター、二十九歳独身。またの名を《獣王》ことテオドールは――エイミーに懸想しているのであった。

 今日も今日とて熱い視線を送り続けるテオドールだが、エイミーが気付くはずもなく、その視線は虚しく空を切るばかり。


(鈍い、なあ……)

 ぼそり、とコトネが呟いた。しかしそんな彼女も、自分を見つめる視線を気にかけていない辺り、やはり似た者同士なのかもしれない。


 エディはコトネから目を逸らすと、苦笑を零した。女を落とすことにかけては一流のインキュバスも、大本命を前にすると尻込みしてしまうのだった。

 何のアプローチもしないテオドールとアプローチをかけても気付かれない自分では天と地ほどの差があると考えているエディだが、五十歩百歩もいいところであろう。


「どうした、何を笑っている」

 テオドールが不思議そうに言う。親友の言葉に、エディはやはり軽薄そうな笑みを浮かべた。

「いや。僕たちもまだまだ修行が足りないな、と思ってね」

 偶然がはたまた必然か、似た者同士ばかりが集まる円卓会議だが、唐突に会議室の扉が開かれる。


 四人が直ちに姿勢を正した。今までの弛緩した空気が一気に引き締まり、彼らの思考が切り替わる。

 魔王はゆっくりと入室した後、円卓の空席へと収まった。

「楽にして構いませんよ。本日の議題は、先日起こったギュスターヴ一派の件についてです」

 リーネのひどく落ち着いた声。エイミーはついに来たか、と身構える。


 テオドールが憤懣やるかたなし、といった風情で牙を剥いた。彼もまた魔王に忠誠を誓った者として、裏切り行為は断じて許せない。

 他の二人も同様だった。違う点があるといえばテオドールのように表情に表したりしないことだろう。

「ギュスターヴは《卑徒化》し、エイミーとトウジョウ・カズキを襲った。そうですね、エイミー」

「……はい」

 

 既にリーネへの報告は済んでいる。独断で一輝と再度決闘を行い、その結果不意を突かれて一輝が負傷した。あまつさえ足手まといになったことを彼女は強く悔んでいた。

 だから、この会議で魔王から何を言われようとも黙って受け入れようと決めていたエイミーは、耳を疑った。


「そして、これをエイミーが撃退。しかし一輝を守り切れず重傷を負わせてしまった――そうですよね、エイミー?」

 にっこりと笑うリーネ。先ほどよりも強い口調。黙って頷け、と言外にそう言っている。

 エイミーは黙って頷くしかなかった。そうする自分を恥じたが、同時に魔王の意思を理解する。

 まだ東城一輝というカードの威力を伏せておく気なのだ。隊長格にすら伏せなければいけない理由はエイミーには思いつかないが、何か考えがあるのだろうと考え直す。 

「魔王様、一つ確認させていただいてもよろしいですか?」

「ええ、何でしょう」

 テオドールが質問を投げかけた。それは、とても的確で容赦のないものだった。

 

「そのトウジョウ・カズキという異世界人ですが……本当に救世主の器なのですか。ただえさえ得体のしれない者です、役に立たないなら城へ置いておくのは得策ではないと愚考いたしますが」

「なるほど、確かにもっともですね。役に立たないのであれば、の話ですが」

 そう言って、リーネはもう一度エイミーを見据えた。エイミーは混乱するしかない。


 一輝の実力に関してはまだ伏せておかなければならないのだろう。では何と言えばいいのか――エイミーは悩んだ挙句、素直に今の心境を吐露していた。


「彼は……カズキは我々にとってなくてはならない存在です」


 それだけで十分だった。命を預け合う間柄の彼らは、エイミーがそう言う以上は必要な人材なのだろうと判断する。

 もっとも、テオドールだけはカズキという呼び方に対して納得がいっていない風情であったが。

「では、話を戻しましょう。その他の仲間に関しては全員捕獲済みです。クレスにごうも……いえ、尋問を行わせた結果、卑徒レヴル・レヴルと接触していたことが分かりました」


 魔王の言葉に全員が息を呑んだ。卑徒レヴル・レヴルは、今まで最も数多くの眷属を生み出した者として知られていた。

 その性格は残忍かつ無邪気。子供のような穢れなき悪意で魔族を絶望に染め上げてきた。


「レヴル・レヴル……またしても奴か!」

「まあ、相手に取って不足はないね。僕の部下たちも随分手ひどくやられたようだし、ここらで懲らしめておかないと」

 憤怒を露わにするテオドールとは対照的に、不敵に笑うエディ。


「各自、警戒を怠らないように。では次に――」

 その後も続けられた会議を上の空で聞くエイミーを、コトネは心配そうに眺めていたのだった。

 



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 会議が終わると、飛ぶようにしてエイミーは一輝の部屋を目指した。

「……また、あいつのところへ行くのか?」

 すると、テオドールが不満げな顔で止める。


「ええ、そうよ」

「あいつを守れなかったことを悔んでいるのか?」

 エイミーは唇を強く噛んだ。そうではないと言ってやりたいが、言えない。そのジレンマが彼女を苦しめていた。


 ――守られたのは、あたしだ。


 自責の念が苛む。一刻も早く、一輝の元へと急がねばならないという思いに駆られる。 

 黙り込むエイミーに、さらにテオドールが続けた。


「やめておけ、エイミー。市井の民ならともかく、奴も救世主などと呼ばれる存在なのだろう。自分で自分の身を守れぬ方が悪いのだ」

 だからお前が気にする必要はないと、テオドールは言う。それは皮肉にもエイミーの胸に突き刺さることになるとは知らずに。

 エイミーが思わず声を荒げようとしたその時。


「ていっ」

「うぬっ!?」


 コトネが後ろからテオドールの膝関節に蹴りを叩きこんでいた。

 彼女としてはエイミーを助けたつもりの行為だった。が、エイミーはテオドールの隙を突くなんて流石ね、などとトンチンカンなことを考えていたのだから救われない。


「な、何をする!」

「いえ、別に……」

 しれっと答えるコトネ。


「よくわからないけど……ありがとう、コトネ。じゃあ私行くね」 

 そう去っていくエイミーに、テオドールはがっくりと肩を落とすのだった。


 エイミーは全く気にすることもなく一輝の部屋に向かう。すると、苦しげな呻き声が扉越しに耳朶を叩いた。

「カズキ、どうしたの!?」


 一輝はうなされているらしく、また何かを呟きながらベッドでもがいている。あまりにも異様な様子にエイミーが駆け寄ると、一輝は両腕を真っ直ぐ虚空へ伸ばした。

 まるで、なにかを掴むような仕草だ。

「…………もしかして、エッチな夢でも見てるの?」

 呆れたとばかりに溜息を吐く。そして、何気なく一輝の手を取った瞬間――カッと目を見開いた一輝が、襲いかかってきた。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 私は覚醒とほぼ同時、ろくに視認もせず眼前の人物へと襲い掛かる。

 その時、私を支配していたのは純然たる欲望の嵐だった。


 ――い。


 ――たい。


 ――したい。 


 人間よ、欲深くあれ。そう教えたのは父だった。私にとって父は絶対で、唯一無二の存在であった。そう、父は私の神だった。

 故に。私がそうしたのは必然だったのだ。そうしなくてはならないほどに、追い詰められていたのだから。


「ちょ、っと! なにするのよ!」

 と――そこで突き飛ばされて、ようやく私は我に返った。

「ここ、は……」

 馴染みのない部屋。石造りの、質素な一室。あの場所とは何もかもが違う。


「そうか……魔王城の……私の部屋、か」

「もう、寝ぼけてるの? だからって襲われたらたまらないわよ」

「ああ……すまない。本当に」

 また、あの夢か。


 私は朦朧とする意識をなんとか繋ぎとめようと頭を振った。なんだか体が重い。

 言い知れないほどの倦怠感が私を襲っていた。やけに頭が冴えていて、全てがどうでもよくなる感覚。

「ねえ、大丈夫? かなりうなされてたみたいだし……もう少し寝てた方がいいんじゃないの?」

「……エイミーよ、私はどれくらい寝ていた?」


「だいたい二日ね。酷い怪我だったから……その、あたしのせいで……」

「いいや、気にするな。私が好きでしたことだ」

 それにしても、二日か。大怪我をしてそれだけ寝れば確かに怠くもなるだろうが……本当にそれだけか?

 考え込む私を見かねたように、エイミーが頬を赤くして言った。


「そ、そういえばそのぅ……森で決闘するとき、負けたら何でも言うこと聞くって約束だったわよね……?」

「ああ、確かそんなことを言っていたような気もするな」

「ま、守ってもらった借りがあるし? 私の負けでいいわ。だ、だから……命令、しなさいよ」

 唇を尖らせ、さらに赤くなるエイミー。何故ちょっと嬉しそうなんだ。マゾなのか。


 ふむ、私とて男だ。据え膳はノータイムで頂くし、こういう罰ゲームの類では容赦しないタチである。

 だが、不思議とそういう気分にはなれなかった。


「では、パンツを盗んだことを許してくれ。それだけでいい」

 エイミーが目を丸くした。信じられない、とでも言いたげな表情。


「それはいいけれど……本当にそんなことでいいの? ほら、もうちょっとこう、エッチな要求とかでも……ああでも過激なのはダメだからね!?」

「どっちなんだ。ともかく、許してくれるか?」

「そりゃあ勿論許すけど……」

 エイミーが拗ねたように言う。何を期待していたんだお前は。


 彼女は安堵と落胆が入り混じったような顔で、魔王様に報告しに行くと言って出て行った。

「パンツの件を報告するのか?」

「違うわよ! アンタが目覚めたことをよ!」

 我ながらおちょくりにキレがない。さてはて、どうしたものか。


 私は性欲魔人だ。少なくともリーネ曰くそうらしい。そんな私が、美少女と部屋で二人きり、さらに何でも言うことを聞くと言われて何もしないなどと。

 これはキャラが崩壊しているのではないか。由々しき問題だ。

 ――いや、待て。


 私の魔力は性欲がこちらの法則に従って変換されたもの。しかし私にはまだ性欲は残っているわけで、そっくりそのまま等価交換ではない。が、何かしらの因果関係があることは間違いないのだ。

 ということは、つまり。


「あら。意外と元気そうですね、カズキ」

 リーネが淡く微笑んだ。いいところに来たな魔王様。私は開口一番に問いを投げかけた。

「リーネ、一つ聞きたいことがある」


「はい、何でしょう?」

「体が非常に気怠くて、とても冷めた気分なのだが……これはもしや、賢者モードでは?」

 私が真剣な顔で言ったにもかかわらず、リーネは可愛らしく小首を傾げる。

 それ、結構ツボなのだが。腹黒魔王のくせになまいきだ。


「……賢者もーど、とは何ですか?」

「白痴にして全知全能なる領域のことだ」

 意味が分からないという顔をしたリーネだが、私の質問の意図は把握できたようだった。


「そうですね……こちらで魔力を使ったわけですから、あなたにとっては性欲が減退するのと同じ症状が出るでしょうね」

 私はハッとなって股間を見下ろした。

 そんな。そんなことが……あっていいのか! 否! 断じて否! 有り得ていいはずがない!


 ――私の息子は、ピクリとも反応しなかった。


「馬鹿なぁあああああああああああああああああああああっ!?」


 私は今後魔力の無駄遣いはしないと、そう固く誓ったのだった――。

 

 

 

 

 

 

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