第三章 裏切 「テンプレとは?」 「王道の対義語は邪道ではなく覇道。つまり邪道の対義語だ」
「……どうしてあたしがアンタなんかと一緒にいなきゃいけないわけ?」
開口一番に拒絶される私は何か悪いことをしたのだろうか。
はい、しました。
「魔王様の命令だろう。私にとっては女性と二人っきりでいられるのは大変有り難いことだがね」
都市を出た私たちを迎えたのは、巨大な木々たちの海だった。
先の一件での禍根を断つべく、リーネが私とエイミーに偵察任務を命じたのである。大層嫌そうな顔をしたエイミーだが魔王の命令を断れるはずもない。
ただでさえ忠誠心の強いエイミーだ。私と寝ろと命令されれば寝てみせるだろう。
……その手があったか?
「ちょっと、その厭らしい顔つきは何とかならないの?」
「失敬な。生まれつきだ」
リーネのおせっかいも空しく、エイミーとの仲は日が明けても険悪なままだ。ちなみに、昨日の私はエイミーの一撃を受けて昏倒。枕が変わると寝られないという心配は無用だった。異世界初日が気絶して終わりというのはどうかと思う。
いかな私とて、好感度がゼロどころかマイナスに振り切っているこの状態の彼女を攻略するのは不可能に近い。
とはいえ、諦めるにはまだ早いはずだ。何かしらのイベントでも起これば話は別なのだが。
「…………」
「…………」
沈黙。これではイベントもクソもない。せっかくのデートだというのに、私もヤキが回ったものだ。
ふと辺りを見回してみる。どこを向いても巨木しか見えないというのも壮観だ。樹齢は果たしてどれほどの桁になるのか想像もつかない。
正に天然の迷宮だ。昼間だというのに漆黒が支配する樹海は方向感覚を奪い、底なし沼のように何もかもを呑み込んでいく。
巨大な怪物の胃袋を連想する。カーラコルムが未だ卑徒の侵攻を受けていないのはこの森林の存在が大きいのかもしれない。
偵察といっても平和なもので、小動物や昆虫をちらほらと見かける程度だ。明らかにそれと分かる異変はない。
それにしても、エイミーの歩調には迷いがない。まるで何処か明確な場所を目指しているかのようだった。
「着いたわ。ここなら十分でしょう」
私の予感は的中した。そこは人工のものと思われる開けた空間。鍛錬なり野営なりを行う場所なのだろう。私としては、ここで仲良くご休憩というのも悪くはない。
「……そうはなってくれないのだろうな」
エイミーから放たれる殺気が痛い。皮膚が焼けるようだ。流石は竜族といったところか。
距離を置いて対峙する形となった。物理的な重圧さえ感じさせる眼差しは、気の弱い者なら卒倒してもおかしくない。
「説明してくれないかね、エイミー。こんな人気のない所に連れ込んで、よもやイケナイことをするつもりか?」
「馬鹿言わないで。もう一度、私と決闘しなさい。今度はギャラリーの目はないわ、わざと負けるような真似はせず存分に戦えるわよ」
「ふむ、なんのことやら」
「とぼけないで! あの魔王様が召喚した以上、アンタだって相当の使い手のはず。魔力でも何でも使っていいわ、とにかくあんな終わり方は納得いかない」
なんとも強情な。「あの子はいつも暴走気味なの」とはリーネの談だが、暴走しているのは誰のためなのか問い詰めてやりたい。
私はしばし思考を巡らせた。どうすればこの頑固な少女を納得させられるだろうか。恐らく私が全力を出すまで逃がすつもりはないはずだ。
では完膚なきまでに叩き潰すか? 昨日、リーネに死にますよと忠告された相手に?
いくら本能レベルで魔力を扱えるとはいえ、まだこの世界へ来てから一日しか経っていないのだ。上手く手加減出来る保証はない。
と、ここまで思案したところで私は自分がとても滑稽なことに気が付いてしまった。
――何故、必ず勝つ前提で話を進めている。
実におかしな話だ。リーネの言葉に関わらず、私は自らの判断でエイミーに勝てると踏んでいるのだから。
もちろん純粋な剣術や肉弾戦ではまるで話にならないだろうが、魔力量は私が遥かに上回る。
それだけで勝ったつもりでいるのである。この世界における魔力量の違いがどれほどの差を生むのか、想像もつかないというのに。
闘いというものの経験値が不足している。この辺りで、果たして私がどれほどの強さなのか確かめてみるのも悪くない。
もっとも、エイミー相手に本気を出せるかは疑問が募る。彼女の実力がどうこうではなく、私の心情的に。
「いいだろう、だが一ついいかね?」
「……何よ?」
訝しげなエイミーに、私はとてもいい笑顔で言った。
「勝ったら相手を好きにできるというルールでどうだろう」
人間よ、欲深くあれ。
こういう時にこそ自分に正直にならなければ。下心丸出しなのはバレバレのはずだが、エイミーは不敵に微笑んだ。
「ええ、いいわよ。私が負けるはずないもの」
絶対的な自信だった。エイミーとて隊長ともなれば相当な実力者であろうし、何より戦いなれているのだろう。
とはいえ、私とて負けるつもりは微塵もない。勝ってあんなことやこんなことをするためにも。
「じゃあ始めましょう。再戦を望んだのはあたしなんだから、先手は譲ってあげるわ」
「では有り難く……いざ」
二度目の決闘は、こうして静かに幕を開けた。
お互い名乗りはない。スッと狭まっていく視界。世界に二人きりになったような錯覚に陥る。対峙する相手以外のことは考えられなくなる。
故に、限界まで研ぎ澄まされていく神経が僅かな違和感を捉えたのは、あまりにも遅すぎた。
弾かれたように飛び出す。脚から大地を爆散させる勢いで魔力を放出。イメージはアフターバーナー。
「っ、エイミー!」
「え――?」
急加速した私は、呆けたように口を開けるエイミーを押し倒した。無論、あんなことやこんなことをするため――ではない。
エイミーを狙って放たれた矢が彼女の二の腕を掠って森の奥へと消えていく。もし少しでも遅れていたら、脳天に突き刺さっていたことだろう。
勢い余って突っ込んだために至近距離で目が合う。おい、何を赤くなっている。怒っている場合ではないというに。
私は跳ね起きて身構える。矢が飛んできた以上、そこには射手がいると考えるのは当然の帰結。果たして、暗殺者は呼ばれてもいないのに飛び出てきた。
「ぶひゃひゃひゃひゃ、格好いいじゃねぇか救世主さんよ。だぁが残念――テメェらここで御終いなんだよぉ!」
現れたのは三人の魔族。リーダー格であろうずんぐりとした体型の豚男が、耳障りな声を発している。
隣りにはボウガンを構えた三つ目の男と、全身鉱物の岩男がニヤついた笑みを張り付けていた。
「やってやったぜギュスターヴの旦那! 隊長殿も男と二人っきりじゃ油断もするってかぁ!?」
「同意。獲物が喉笛を晒すのは狩りの時だと相場が決まっている」
前者は三つ目、後者は岩男だ。いかにも暗殺者といった風情だが、いくら決闘に気を取られていたとはいえ、私とエイミーが察知できないとはどういうことだ。
「ギュス、ターヴ……き、さま……!」
と、エイミーが未だ地面に横たわったまま苦しげな声を上げた。矢に毒が塗ってあったのだろう、珠のような汗が浮かんでいる。
「ぶひゃひゃひゃひゃ! 安心しな、致死性じゃあない。ただの麻痺毒だ。死んじまったら楽しめねぇだろぉ? あの時の借りを返してやらなくちゃならねぇのによぉ!」
豚男ことギュスターヴが喉も裂けんばかりに笑う。いや待て、ギュスターヴという名前には聞き覚えがあるはずだ。
――こないだギュスターヴの奴がエイミー隊長にやられたのを覚えてないのか?
昨日の決闘の時、ギャラリーの一人が言っていた。この豚はエイミーに挑んだが返り討ちに遭い、その復讐に来たというわけだ。
つまり、あの奇妙な視線の一つはギュスターヴのものと見て間違いない。私に対する殺意は、獲物を横取りされるのを嫌ったということだろう。
「ふん、蓋を開けてみれば豚の醜い嫉妬か。下らんな」
私の言葉に、ギュスターヴは過剰に反応してみせた。この程度の挑発に乗るとは、頭も豚並みのようだ。
「あぁ? なんだテメェ……死にてぇのか」
青筋を立て怒りを露わにするギュスターヴ。背負っていた巨大な鉈を掴み、私に突きつける。
傍らの三つ目が下卑た笑みを湛えながらボウガンを構え、岩男が静かにファイティングポーズ。私はエイミーを庇うように一歩前へ。
「ほう、面白い。やってみたまえ」
「やめ、て……トウジョウ……あんたの敵う相手、じゃ……」
エイミーが私を止めようと必死にもがく。どうやらあの豚は相当の使い手であるらしい。
だが問題はないし関係もない。なにより私はやりたいことをやるだけ。私は今、大変虫の居所が悪いのだ。
「来い、三下ども。私の踏み台になれることを光栄に思うがいい」
全身に魔力が漲る。暴風のようなそれを、しかし私は完全に支配下に置いていた。無駄に垂れ流すことなく体内に押し留める。炉心に火が灯り、臨戦態勢に。
私のわざとらしい挑発に、裏切り者たちはますます激昂した。本当に分かりやすい連中で助かる。
「ハッ、そこでおねんねしてる女に一発でやられた割には上等なクチ叩くじゃねぇかよ……ああいいぜぇ、死ね!」
ギュスターヴの号令で、三つ目がボウガンを放った。と同時に岩男が俊敏な動きで迫る。麻痺毒の矢と岩石拳による強烈なボディーブロー。
私はそれを、敢えて受けた。
そして。
「なっ……!?」
驚愕の声は背後のエイミーからも響いた。時間が止まったかのような静寂。誰一人として、この現実を受け止められないとでもいうように。
眼球に向かって放たれた矢、粉砕鎚のようなボディーブローは――私に触れることすらなく、その歩みを止めていた。
全身を覆う魔力が、見えない鎧となって攻撃を阻んだのである。
「《魔障壁》だと!?」
「馬鹿な、あれは魔王様の……」
三つ目と岩男の絶望に染まった声が心地いい。そう、これはリーネが常時展開しているものであり、魔力を帯びない一切の攻撃をシャットアウトする超級魔術だ。
私が彼女の胸を揉めたのは禁術使用直後であったからで、それ以降は魔力を使わなければセクハラが出来ない状態である。無念。
もっとも、これは単なる模倣だ。本物の再現にはまだまだ程遠い。しかしそれでも彼らの攻撃如きで突破できるものではない。
「では、お返しだ。受け取るといい」
私は右手に魔力を込める。どのような鋼鉄だろうと撃ち抜く鉄鋼弾をイメージ。茫然自失の体で立ち竦む岩男に渾身のボディーブローをお見舞する。
山が爆ぜたような衝撃とともに、岩男の巨体が木端微塵に。炸裂弾のように飛んだ死骸の欠片が三つ目を強襲する。
悲鳴も上げる間もなく全身を穴だらけにされた三つ目は、耳障りな喘鳴を残して絶命した。
「さて、残るはお前だけだ」
ギュスターヴは見た目に似合わぬ俊敏さで欠片の群れを回避していた。エイミーに負けたとはいえこの程度で終わるはずがない。
「…………テメェ」
「…………う、そ」
ギュスターヴとエイミーが息を呑む。何を驚くことがあるというのか。
私はまだ魔力の使い方を本能的に理解しているだけの赤子のようなものだ。現状ではリーネに到底敵わないのは明白である。
こんなものではないはずだ。飽くなき欲望が私を支配していく。もっと、もっと強くなれる。
人間よ、欲深くあれ。
私がギュスターヴに向き直ると、豚男は吹っ切れたような哄笑を上げた。
「ク、ククク……何を勝ち誇ってやがる阿呆がぁ! 笑わせてくれるぜゴミ屑野郎ぉ! 褒美といっちゃあなんだが――とっておきを見せてやるよ」
それが勝ち誇る笑いであると感づいたときには、異変は始まっていた。
ギュスターヴの脂肪で膨れた全身が凄まじい勢いで盛り上がり、変形していく。それは目を塞ぎたくなるような凄惨な光景だった。
みるみるうちに体積を増していくギュスターヴ。さらに不可解なのは奴の魔力量が桁違いになっていることだろう。
正気に戻った私が魔力の塊を放った時には、既に異変は終わっていた。
ならば、始まるのは絶望か。
魔力弾を飲み込んだ巨体が大地を震わせる。異様に膨れ上がった腹部、眼球にびっしりと覆われた頭部、全長約五メートルはあろうかという豚の怪物だった。
「なんだ……これは」
ギュスターヴ――いや、ギュスターヴだったものを見上げる。おぞましく醜悪で汚泥に満ちたその巨躯を睨み付けるように。
「卑徒化……魔族を捨てたのね、ギュスターヴ!」
背後でエイミーが吠えた。《卑徒化》という単語が指すところは、恐らく私が想像している通りで間違いあるまい。
ギュスターヴは魔族の敵に魂を売り渡した下衆だというわけだ。その結果生まれたのがこの怪物。
異形の目に理性の色はない。力を得た代償なのか、今や狂気だけがあれを支配していた。狂気の矛先は無論私たちに向けられることだろう。
「怪物に加えて動けないお姫様か。なに、要はただのテンプレではないか」
「テンプレって、なによ?」
「王道の対義語は邪道ではなく覇道。つまりテンプレとは邪道の対義語だ」
こんな状況だというのに下らないやりとりを交わすとは、私も随分余裕なものだ。だが、男がここで余裕を見せなくてどうするという。
私の思惑をよそに、エイミーが剣を杖のように地面に刺して起き上がろうとする。まだ毒が神経を侵しているはずだというのに。
「ふ、っざけないでよ。誰がお姫様なもんですか! 荷物なのは分かってるわよ、それでも寝てるよりはマシでしょう……!」
彼女の掌から火球が発生。怪物も炎は吸収できなかったのか、眼球の一つに命中した。苦しそうな呻きが轟く。
「あたしは援護に徹するわ。お願い、あれを止めて!」
「言われずともそうするとも。だがまあ、やはり良い女のお願い事ならやる気も出るというものだ!」
なあ、ギュスターヴ。お互い借り物の力なのだ。私は貴様を咎めるつもりもなければ権利もない。たとえ裏切りであろうとも、貴様が欲望に従って得た力ならばそれもよかろう。
だから。
「私がこの力を使うことに異存はあるまいな! ギュスターヴ!」
邪道には邪道。テンプレにはテンプレだ。さしずめ勇者である私が怪物を退治してお姫様を救うのは、当然の流れであろう。
魔力の波動を感知したのか、一斉に数多の瞳が私を貫かんばかりに向けられる。決闘の時に感じた視線、そして殺意。
ギュスターヴの腹が裂け、内部から飛び出したのは無数の触手だった。赤黒いミミズのようなそれは、まるで雨のように降り注いでくる。私如きの《魔障壁》ならば軽々と貫通するであろう威力を察知。
私は借り物の力を発動する。欲望の果てでも、努力して手に入れたわけでもないこの力。借り物のさらに模倣では格好がつかない。エイミーの炎を自己流にアレンジ。
右腕を振るう。迸る漆黒の雷が、触手を次々と消し炭に変えていく。
「貴様の欲望はこの程度かね、失望したよ」
さらに突貫。注意を私に引き付けつつ、黒雷を纏いながら跳躍する。空中の私に向かって迫り来る触手の群れを身を捻ることで回避。紙一重でやりすごした触手を掴むと、そこから電流を流しこむ。
「――――――!!」
声にならない絶叫。触手を手繰り寄せ、聞くに堪えない苦悶の声を切り裂くように一閃。右手の甲から出現した魔力刃が、大樹の幹ほどもある怪物の右腕を切断せしめる。
ギュスターヴは残る左腕で私を踏み潰さんと猛るが、エイミーが火球で牽制し追撃を阻んだ。
飛び散る鮮血と血臭に酔いしれる。まるで高級なワインのよう。そうだ、殺し合いとはこういうものだった。
命と命の削り合い。仲睦まじい恋人同士の逢瀬にも似た、たまらない快感だ。
私の欲望は止まることを知らなかった。圧倒的な暴力に対する欲望が際限なく膨らんでいくのが分かる。
私もまた怪物だ。殺戮の味を覚えたケダモノだ。だがそれもよかろう、私は魔王に召喚された悪魔なのだから。
泉のように湧き上がる衝動が、私の目を曇らせた。姫を守るはずの勇者が堕ちたならば、そこには無防備な獲物が一人残されるのみ。
ギュスターヴは怒りの矛先をエイミーに向けていた。弱った獲物から仕留めるというのは至極当然の道理というもの。それを忘却した私のミスだ。
「くっ……!」
間に合え!
触手が唸りを上げてエイミーへ肉迫。巨大な炎球が触手を焼き払うが、残った数本が貪欲に彼女を狙う。
私は魔力を噴射して加速するが、遅い遅い遅いこれでは足りない届かない!
背後で魔力を爆発させ推進力へ。この身がどうなろうとも間に合わせる。間に合わせて見せる。
女一人守れなくて、何が救世主だ戯けが!
コンマの差でエイミーの前に躍り出る。魔力で焦げた背中を見せることを許してほしい。
「やめてっ、カズキ!」
彼女が私の名前を呼ぶと同時、触手の群れが私に突き刺さった。飛び散る鮮血。
ああ、すまない。綺麗な髪が汚れてしまった。
「いやっ、そんな……どうして!」
悲痛な声が耳に響く。格好のいいセリフを吐いてやりたいところだったが、生憎と血反吐しか出てこない。
幸運にも貫通してエイミーが傷を負うことはなく、また突き刺さったのは下腹部と両足、そして左胸肋部だけだった。私にとっては致命傷になど成り得ない。
ギュスターヴの百はあろうかという目と、大きく裂けた口が三日月に。不敵に笑ったのだと理解する。
これで私を仕留めたつもりか、もしくはエイミーの盾となった私を嘲笑っているのか。どちらでも構わない。
礼を言おうギュスターヴ。血が抜けたおかげで頭が冷えた。冷静さを取り戻した思考回路が、勝利への道を模索する。
魔力残量に不足はなし。両脚はしばらく使い物にならないだろう。私とエイミーはここから動けないということだ。
また電流を流されては適わないと判断したか、触手が千切れる。蜥蜴の尻尾を連想。切り落としても生えてくるなら、触手よりも本体を優先して倒すべき。
だが奴を一撃で倒すならば、それなりの魔力が必要だ。さらに加えて、奴には理性はないがまだ知性が残っている。先ほどの笑みや弱ったエイミーを狙うなど、知能のない怪物とは思えない行動だといえよう。
簡単に魔力を溜めさせてくれるとは思えないが、エイミーの炎だけでは触手に対応しきれずやられるだけだ。
となれば方法は一つだけ。
「エイミー、お前に魔力を分け与えたい。どうすればいい」
魔力の譲渡は可能なはず。私は本能的にそれを理解してはいるものの、具体的な方法を知らない。赤子は教えなくても呼吸の仕方を知っているが、人工呼吸のやり方は教わらなければできないのと同じだ。
どうにかして声を絞り出した私に、涙まじりにエイミーが返してくる。なんだ、泣いているのか。
「ど、どうすればって……」
心なしか、涙だけではなく他の感情も混じっているように聞こえた。羞恥の感情が。
しかしそんな状況ではないのを思い出したかのようで、やけくそ気味に叫んだ。
「こ、こうするのよっ!」
彼女が両手で私の頬を包み込んだ。そして、エイミーの顔が接近。
唇が、重なる。
その口付けは――血の鉄くさい味がした。
人工呼吸という表現はあながち間違いでもなかったらしい。柔らかな唇を通して、私の魔力がエイミーに注ぎ込まれていくのが分かる。
「っ、はぁ…………」
エイミーの淫美な吐息、朱に染まった頬。飛来する触手のことをしばし忘れて見つめ合う。彼女のトロンと蕩けたような瞳に、唐突に火が灯った。
業、と爆ぜる劫火。エイミーから放出した膨大な魔力が竜のブレスの如く暴れ狂い、触手を炭化させていく。
「凄い……これが、カズキの力……」
操るエイミーから漏れた呟きには、感嘆と畏怖が混在していた。
それでも触手が狂ったように突き出され、ギュスターヴ本体には届かない。
美味しいところは、私が持っていくことにしよう。
右腕に魔力を集中。もっと、もっと。あの巨体をたった一撃で灰塵に帰すためには、さらなる魔力が必要だ。
途方もない量の魔力を一点に。溢れ出ようと猛り狂う魔力を必死に抑えつけながら、怪物を睥睨する。
「終わりだ、ギュスターヴ」
怪物が負けじと咆哮。すると口腔からも次々と触手が繰り出され、竜炎を避けて私の右腕を狙う。
まだ隠し玉があるのは感づいていたが、結局はそれか。芸のないことだ。私は左腕を犠牲にしてやり過ごし、同時に右腕のチャージが完了したのを知覚。
「お、おおおおおおおおおおおおぉあああああああああああああああっ!!」
激痛を堪えて雷撃の槍を放つ。轟雷は狙い違わずギュスターヴの頭部を吹き飛ばし――は、しなかった。
「かわされた!?」
エイミーの驚愕。ついに出血が許容量を超え、ぐらりと私の上体が傾いたのだ。雷の槍は怪物の左腕を消し飛ばし、空へと吸い込まれていった。
私は怪物に背を向けると、覆いかぶさるようにしてエイミーを抱きしめた。
ギュスターヴは今度こそ勝利の雄叫びを上げながら、口腔の触手を撃つ。
「いいや、終わりだ」
刹那、空から光が落ちてきた。
落雷。それが先ほど放たれた雷の槍によるものだと気付くこともなく、ギュスターヴは崩れ落ちた。
怪物が灰のように溶けていく。どうやら卑徒化すれば死体も残らないようだ。
エイミーの目がやられてしまわないように視界を塞いだつもりだったが、そうは受け取らなかったらしい。魔力も底を尽きたのか、目を瞑り震えながら私の服をぎゅっと掴んでいる。
「ほら、終わりだと言っただろう。怖い想いをさせてすまなかった」
そう言って頭を撫でてやると、エイミーはおずおずと瞼を開いた。上目遣いが反則的だ。
またしても見つめ合う形となる。沸騰したように赤くなるエイミーにもたれかかると、面白いように慌てふためくのが分かった。
「ちょ、ちょっと……!」
不思議と抵抗が弱い。しかしそれがどういう意味を持つのかを考える間もなく、私の意識は遠のいていった。




