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第三十九章 強欲 「『――人間よ、欲深くあれ』」

『そらそらそらぁ、どうした兄弟! よもやその程度で終わりかね!』

 魔人の声が木霊した。私は放たれた雷撃の群れを魔力剣で打ち落としつつ旋回。背後に回り込んだグリド・グリドを迎撃する。

 袈裟がけに振るわれた剣を受け流しカウンターの一撃を放つも、紙一重の体捌きで回避される。

 返す刀で一閃。が、一点集中された《魔障壁》に防がれてしまう。


 グリド・グリドとの戦闘は、次第に消耗戦の体を成していた。

 私と奴の力量はほぼ同等。使う魔術も魔力量も大差はない。

 問題となるのは、純粋な種族の違いだ。

 私は人間であり奴は卑徒である。その一点において私たちは違いすぎていた。


 人間としての限界と、卑徒としての限界は異なる。いかにこの世界に適合した私とはいえ、疲労もすれば腹も減る。

 だが卑徒にそのような機構は備わっていない。こと消耗戦において、私の分は悪いと言わざるを得なかった。


「ほざけ――貴様と遊んでやるのももう飽きた。早々に終わらせてやる」

『ふむ、それは重畳。そんなにも私に成り替わって欲しいというのなら、その通りにしてやろうではないか!』


 跳ね上がった銀閃を容易く防ぐグリド・グリド。私はその剣を放棄し、反転しながら雷撃を纏った蹴りを放つ。

『くははははっ! それは知っているぞ兄弟! そう、私は誰よりもトウジョウカズキのことを知っているのだから!』

 エイミーとの模擬戦で受けたフェイントからの攻防さえも、こいつは吸収しているというのか。

 だが、それはあくまで記憶を読み取っただけの知識にすぎない。実践とはまた別問題の話だ。

 しかし――私に出来ることが、奴に出来ない道理もない。


『確か、こうだったか?』


 悪辣な笑みを張り付けて、自分から背後に跳ぶグリド・グリド。意趣返しとでも言いたげだ。

 さらに、距離を取りながら黒雷を三連射してくる。曲がりくねった軌道を描くそれを潜り抜けグリド・グリドへと肉迫する。


『はははははははははっ! 楽しいなあ兄弟、君が私を憎み殺意を向けてくる――それだけで絶頂しそうなほどの快感だ!』

「なにを気色の悪いことを……!」

『ふん、否定するなよ。君だって快感を得ているだろう? なにせ貴様は自分が嫌いで嫌いでたまらないのだからな!』

「それ、は……」


 事実だった。私は自分という存在に忌避を感じているし、嫌悪すらしている。

 その自己否定をグリド・グリドに向けている――ああ、それはきっと事実だろう。

 目の前に自分そっくりな者がいたならば殺したくもなる。愚かな私を見せつけらるのと同義だからだ。


 そう、あの強欲な笑みを浮かべているのは《私》なのだ。

 グリド・グリドが私に成り替わりたがっているように、私は自分を消してやりたいと思っている。

 そこに大した違いはない。結局のところ、私も奴も自らの欲望を元に戦っているにすぎないのだ。


『なあ、認めたまえよ兄弟。私たちは一心同体だ。最初から一つだったのさ……だから、私に取り替わられたところで君に損失などないのだよ』

「……は。馬鹿にするのも大概にしろ。生まれたばかりの貴様にあるのはただの記憶、知識であって経験ではない。私たちが培ってきたもの、その軌跡を体感していない貴様に私は倒せない」

『随分と囀るではないかね。それだけ焦っているということだろう? 分かる、分かるぞ、君の焦りが憤りが! 実に微笑ましいな兄上様よ!』


 何もかもが癪に障る奴だ……!

 だが、安い挑発に乗るわけにはいかなかった。

 奴と私には、種族以外にも異なる点が存在する。それは、私が倒すべき敵はこいつ一体だけはないという点だ。

 ただでさえ消耗戦というだけで分が悪いというのに、私にはまだベルル・ベルルとルシフ・ルシフが残っている。

 

 あるいはベルル・ベルルならば私の仲間たちでも打倒し得るだろう。しかし、ルシフ・ルシフは別格だ。

 恐らくあいつは私でなければ倒せない。それが分かっているだけに、ここで無闇に消耗することは避けたい。

 避けたい、のだが。


「そうは問屋が卸さない、か」

 

 なにせ相手はもう一人の私なのだ。一筋縄ではいかない相手であることぐらい、私自身が一番よく身に染みている。

 ではどうする。増援を待つか?

 馬鹿な、有り得ない。彼女たちも今この時に死闘を繰り広げているはずだ。

 私が応援に駆け付けてやれない以上、彼女たちの支援を期待するべきではない。それに、このまま持久戦をしかけてもジリ貧なのは変わらない。

 

 考えろ、思考を止めるな。

 持久戦は論外、一時撤退も恐らくは不可能。となれば、やはり短期決戦だ。

 しかしどうやって奴を突破する。スペックが同等ならば結局は単なる削り合いに終始するだけ。

 何か、状況を一変させるような起死回生の策が必要だ。


 眉根を寄せる私に向けて、グリド・グリドは意味ありげに微笑んでみせた。

 私そっくりの、怖気が走る笑みだ。

『くく、必死にその経験とやらから知恵を絞っているようだな? だが無駄な努力だ。悪いことは言わん、抵抗を諦めて私と一つになろうではないか』

「戯言を……誰が貴様などと一つに――」


 その刹那。

 天啓のような閃光が、私の脳裏を打ち貫いた。


『…………?』

 卑徒が訝しげな表情を見せる。思考を読まれるわけにはいかない、私は凝縮した魔力弾で弾幕を張りグリド・グリドを遠ざけた。

 そうだ、他に策がないのなら、賭けてみるだけの価値はある。


「来たまえ贋物……兄に対する口の利き方を教えてやる」

『はっ、やってみろ兄弟! その脆弱な肉体がどれだけ持つか試してやろう!』


 安い挑発にのったグリド・グリドが近接戦を仕掛けるべく接近してくる。こちらの弾幕かいくぐるには、それなりの魔力を消費するにもかかわらず、だ。

 私は確信する。奴が確実に勝ちを拾いたいのなら、ひたすら遠距離からの削り合いをやればいい。

 それをせず近接戦にこだわっていることが、私の仮説を裏付けてくれている。


 後はただ、その瞬間を見逃しさえしなければそれでいい!


『どうした、逃げ回っているだけでは勝てないぞ。それは分かっているのだろう? それとも何か、この期に及んで仲間の到着を待つつもりかね。見下げ果てたな、まさかその程度の男だったとは』


 グリド・グリドが心底気に喰わないとばかりに顔を歪めた。

 卑徒の証たる、額の羽根が小さく震える。まるで奴の怒りに呼応するように。

 恐らく、奴は次で決めに来るだろう。私の模倣だというのなら必ずそうするはずだ。

 次の一合で――勝敗は決する。


 グリド・グリドが魔力剣を形成し構えた。奇しくも私と同じ構えだ。

 何もかも同じ双子のような私たち。鏡の国に迷い込んだかのような錯覚を受ける。

 それでも勝つのは私だ。いいや、私でなければならないのだ!


「――人間よ、欲深くあれ」

『――ヒトよ、欲深くあれ』

 

 呪いを宣言したのが同時ならば、魔力を噴出させ光速で接近したのも同時であった。

 剣閃が交差する。甲高い金属音と、膨大な魔力同士が反発しあう感触。

「――っ!」

『……っ!』


 鍔迫り合いの構図となる。至近距離で自分と同じ顔を睨み付けた。

 力は完全に拮抗していた。互いに一歩も退かず、持てる魔力の全てを注ぎ込む勢いで押し切ろうとする。

 体が軋む。脳が溶ける。全身の筋肉が悲鳴を上げ、骨も今にも潰れてしまいそうだ。

 神経を鋸でじわじわと削られていく苦痛――私の体はもはや限界をとうに超えていた。


 それは奴とて同じことである。しかし、これもまた削り合いの延長でしかないのだ。

 消耗戦になれば私は勝てない。ならばどうする。

 そう、ここで一か八か切り崩して二の太刀を狙う他に方法はない。


 私はグリド・グリドの剣を受け流すべく魔力を操った。体を回旋させるようにしならせ、魔力の噴出方向を僅かにずらす。

 極限の状況下において、それは神業にも等しい芸当だった。数多の死線を潜り抜けてきたからこそ得られた技術だ。

 それを――


『……く、はははははははっ! ああそうだろう、そうするしかないよなぁ兄弟!』

 ――まるで知っていたかのようにいなされた。

『実にいい判断だ、私でもそうするだろう。だが考えはしなかったのかね、君が辿り着ける答えならば、私もまた辿りつくことが出来るのだと。さあ、終わりだ――ひとつになろう、兄弟!』

 グリド・グリドは哄笑する。勝利を確信した笑みを浮かべたまま、受け流そうとした私へ一歩踏み出してくる。


 そうだ、私たちは同等にして同格にして同一。ならば私が取りうる最善手など把握されていて当然だと言えるだろう。

 

 だが。


 だがしかし、たった一つの点において、私たちは違い過ぎている。


 私は人間で。

 奴はヒトだ。


 グリド・グリドの伸ばされた左腕が私に向けられる。

 地獄へと誘う死の腕。回避する術はなく、防御もまた間に合わない。

 完全に詰み、チェックメイトの状況だ。このままでは私は確実に死ぬだろう。

 だから。


 だから――自分から一歩前に出る。

『なっ……!?』

 卑徒の驚愕。それすらも無視して、私は自ら奴の繰り出した左腕に突っ込んだ。


 そう、私たちは完全に同一というわけではない。奴はヒトで私は人間。

 グリド・グリドは私に成り替わろうとしている。だが、そもそも種族が違うのだ。

 しかし手段がないわけではない。卑徒は人間になることはできないが、人間は卑徒になることが出来るのだから。

 ならばどうするか、答えは一つしか有り得ない。


 即ち、卑徒化。

 私に羽根を埋め込むべく、奴は接近戦に拘っていたのだ。

 その唯一の違いこそが、私に勝利を呼び込む鍵となる。


「ぐ、あぁああああああああああああああああああっ!」

 グリド・グリドの左腕が私の体を食い破り、卑徒の羽根を埋め込んだ。

『馬鹿なっ……有り得ない、貴様正気か!?』

「はっ――貴様に辿り着ける答えならば、私が辿り着けるのも道理だ。違うかね?」


 その結果は、こうして如実に現れている。

 私が自ら羽根を埋め込ませに行ったことで致命傷を避け、そして永遠にも等しい隙を生み出した。

 条件が同じならば、最初から想定済みで動いていた私の方が速いのは自明の理。


「終わりだグリド・グリド――不肖の弟よ、先に地獄で待っていろ」


 奴よりも一瞬速く振り下ろした魔力剣が、グリド・グリドを袈裟がけに切り裂いた。

 鮮血の華を咲かせながら、強欲の卑徒は仰向けに倒れる。

 

『く、は……はは、は。まさ、か……人間で、あること、を利用して、人間を辞めてまで……勝ちにくるとは、な……』

 どこか晴れやかな笑みだった。死にゆく寸前の自分の顔はこうなのだと、突き付けられている気分になる。

『だが……貴、様も……これで、私たちの、仲間、だ……新たなる、《強欲》のヒト、よ……』


 グリド・グリドは喘鳴と血反吐を吐きながらも舌を止めることはなかった。

 もう奴に抵抗する力は残されていない。遺言くらいは聞き届けてやろうと、足を止める。

 最期に耳朶を叩いたのは、やけに満足げな一言だった。


『呪いを、残しておいたぞ……兄弟……は、はは……地獄に、行くのは、私一人、だ――』


 その真意を問いただすことも出来ぬまま、強欲のヒトは永遠の眠りについた。

 胸に去来した感情の名前が分からず、気付けば私は短く呟いていた。

 

「……さようなら、兄弟」

 

 

 


 


 

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