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第二章 決闘 「ハーレムとは?」 「私にとっては天国だが、優柔不断ならただの地獄」

 森林に囲まれた城塞都市カーラコルムは、文字通り魔族たちにとっての最後の砦だった。敗戦の輩が行き着いた終末の地。

 故に都市はお世辞にも小奇麗とは表現できず、どこか荒廃した雰囲気を感じさせる。私はスラムというものを実際に見たことはないし、この世界の一般的な都市の基準も定かではない。しかし、これだけは確かに言えた。


 ――カーラコルムは、血と腐臭に満ちている。


 この町の象徴ともいえる魔王の城だけは、健気に威光を示すだけの形は整えている。たとえハリボテでも立派なものだ。

 だが城下町は違う。ここには絶えず泥と錆と蛆とが織りなす腐臭が漂っている。

 ギョロリとした目を血走らせながら歩く人型の蛙。痩せこけた体を大事そうに抱く全身深緑色の少年。巨大な虫を売る馬の顔をした店主。

 とても繁雑で混沌とした都市だ。悪くない。皆、欲望を隠すこともせず、ただ必死に生きている。


 私は諦観が嫌いだ。こうして諦めない魔族たちを見ていると、それだけで励まされたような気分になる。

 惜しむらくは美人になかなか出会えないことである。そもそもリーネのように人に近い外見のものが少ないというのもあるが。


「どうですか、カズキ。これがこの都市の全てであり――わたしたちの現状です。土地や財産は奪われましたが、誇りだけは捨ててはいません」

 リーネは痛ましそうに言った。このような暮らしに追い込んだのはわたしなのです、と付け加えて。

 私は何も言わなかった。彼女の表情が、今にも罪に押しつぶされそうなか弱い少女に見えたからだ。


 しかしそれは一瞬のことだった。リーネの両眼は煌めきを放ち、王としての威厳を取り戻していた。

 いつか、本当に潰れてしまわなければいいが。ふと覗かせた弱さに、私は誰よりも民を思う彼女の心を見た。


「リーネよ、私はこの都市が気に入った。実にいい。だからそう落ち込むな、折角の美人が台無しだ」

「きゅ、急に馴れなれしくなりましたね……あと、そういうの、やめてもらえませんか」

「そういうの、とは?」

 白々しく聞き返す。リーネはどうにも私の嗜虐心を刺激するようだ。


「で、ですからその……美人、とか。可愛い、とかです。何処へ案内してもそれではありませんか」

「ふむ、不快にさせたなら謝罪しよう。だが、偽らざる本心を隠すというのはいささか心苦しいものがある。私は正直者なのだ」

 うぐっ、とこれまた可愛らしい悲鳴を漏らすリーネ。魔王様ともあろうものが意外と初心である。


 こりゃ勃起モンやで。


「あ、あなたという人は……! もういいです、案内はこれで終了! 今から城へ戻ります!」

 おっと、怒らせてしまったか。しかし、踵を返した耳がほんのりと赤くなっているのは隠せていないぞ。

 などと余裕ぶっているとリーネはどんどん先へ行ってしまい、ついにはその後ろ姿を見失ってしまった。

 制服姿の私と魔王というセットではどうしても目立つ。そのためリーネが陰身の魔術とやらを施していたので、魔力を辿ることもできない。


 ふむ、どうしたものか。もしや迷子というやつなのでは?

 見知らぬ土地でポツンと一人きり。寂寥感が私を襲う。あ、これヤバイ結構心細い!

 私の紳士然としたキャラが崩壊する寸前、強烈な視線を感じて振り返る。


 背後にいた美女は、間違いなく私をその鋭い視線で射抜いていた。魔王が直々に施した陰身の魔術がかかっているにも関わらず、である。

 褐色の肌に、いやでも目を引く豊満な肢体。その美しい肌とは対照的な白髪。スラリとした長身にぴっちりと張り付くような衣装が艶めかしい。


「…………」

「…………」


 互いに無言。何だ、この美女は? 表情にも視線にも、感情らしいものは見当たらない。だというのに、私を捉えて離さない強烈な瞳。

 私のことが見えている。それは間違いない。見慣れない格好だから思わずまじまじと見つめてしまった――というわけでもなさそうだ。

 永遠にも似た静寂の中、唐突に彼女の唇が開いた。


「――――」

 都市の喧騒にかき消されてしまったその呟きは、私の耳には届かない。だが、確かに感情が込められていたのを感じる。

 聞き返すべく口火を切ろうとしたが、慌てて駆けつけてきた様子のリーネに遮られてしまった。


「ご、ごめんなさい! わたしったら気付かなくって勝手に……そ、その、怒ってます?」

「あ、ああいや、そんなことはないが……」

 平謝りするリーネに、いやいや悪いのははぐれてしまったこっちだと返す。そして視線を戻した時には、もう褐色の美女の姿はどこにもなかった。

 消えた。消えてしまった。やっと美人を見つけたと思ったのに。

 逃がした魚は大きかったとばかりに溜息を吐くと、私が呆れていると思ったらしいリーネがさらに慌てだした。


「こ、今度は離れないようにしますから!」

 強く握られる右手。やはり柔らかい。勘違いだと正すことはせず、黙って役得を楽しむことにする。

 ……私は正直者である。嘘は言っていないのだし、言いたくないことは言っていない。

 ともあれ、この幸運はあの謎の美女のおかげだ。敵か味方かもわからないが、ここはひとまず感謝しておくことにしよう。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 廃墟にも等しい建築物の群れを抜け、私とリーネは城の裏口からこっそりと帰還した。

 というのも、私を召喚したのはリーネの独断専行だったのである。城では魔王様がお隠れになったとてんやわんやの大騒ぎであったらしい。

 陰身の魔術も、どちらかというと追っ手を撒くのが本命だったようだ。インシンっていやらしい響きだね。


 とにもかくにも、第二十三代目魔王リーネ・アストラプスィテは魔王の間にて只今絶賛説教中なのだった。

 もちろん説教される側。


「――ですから魔王様には勝手に外出されては困るとあれほど言い含めたばかりでしょう。今魔王様を失えば、この都市はどうなるかお考えになさって下さいませ!」

「……はい、もうしません。ごめんなさい」


 ショボンと肩を落とす魔王様だった。叱っているのはメイドの格好をした少女で、クレスと呼ばれていた。金髪に狐耳が特徴のこれまた美人である。特に臀部の曲線が素晴らしい。

 この世界にもメイドはいるようだ。妄想が捗るので何より。


「……ところで、先ほどから卑猥な視線を感じるのですが。こちらの方は?」

 このメイドはSだ。間違いない。この鋭い眼光……やだ、濡れそう。

 とはいえ素性のわからない私を警戒するのは当然であろう。余計なことを口走ればすぐさま首を刎ねられそうな気配。


 周囲には恐らく魔王の側近や大臣のようなお偉いさん方が集っているのだろう。どいつもこいつも一筋縄ではいきそうにない。

 ここは真面目に行こう。


「質問に質問で返す無礼をお許しいただけるのであれば、是非ともスリーサイズを……」

「無礼者、貴様に口を開く権利などない」

 ぴしゃりと言い放つクレス。まあこうなることは分かっていたので、肩をすくめておく。

 代わりにリーネが私の紹介をすることになった。嫌な予感。


「諸君、聞いて驚くがいい――この者こそ異世界から来た我らが救世主、トウジョウ・カズキなのです!」

 満面のドヤ顔だった。外堀を埋めて断りにくくする作戦なのかとも思ったが、単に私がとんでもなく凄い人物だと主張したくてたまらなかったらしい。


 動揺が広がった。そりゃそうだろう。私だって内閣総理大臣がドヤ顔で「救世主呼んできました!」と宇宙人を紹介し出したらそいつの頭を疑う。

 しかし動揺はすぐに収まった。皆、ある可能性に思い至ったらしい。


「魔王様、まさか……禁術を?」

 小柄な老人が声を震わせた。リーネがしまった、という顔を浮かべるのを私は見逃さなかった。

 おいおい、これはマズイ流れなんじゃないか。


「魔王様、本当なのですか?」 

 メイドのクレスが畳み掛けるように問う。狐耳がピクピクと動いているのが可愛らしい。ついでに私を疑わしい目つきで睨み付けた。

 リーネは開き直ったようで、自信満々に小さな胸を張った。


「ええ、そうです。この現状を打破するには、どうしても禁術に頼らざるを得ませんでした。まだ我々に協力すると決まったわけではありませんが、彼がとてつもない魔力を内包しているのは確かです」


 おお、と今度は驚愕と期待が広がる。この魔王、天然だったか。計算尽くなら大した策士だ。

 私に集まる好奇の視線。野郎から熱い視線をもらっても嬉しくないな、などと真剣に考えていると。


「お待ちください、魔王様! こんなヒョロヒョロの小僧などに救世主が務まるものですか!」

 燃えるようなポニーテールの赤髪を揺らしながら声を荒げたのは、いかにも女剣士といった風情の魔族だった。

 健康的な美しさを醸し出す長い脚。動きやすさを重視したためか露出度が多い服装だが、媚びた印象は全くない。形のいい乳房は決して大きくないものの、小さくもなく手のひらサイズ。付け加えるならば、頭から生えた二本の角が特徴的だ。


 うむ、良い。私の息子も大満足である。こうも美少女が次々と現れるとは、なんたる幸運か!

 ビバ異世界。


「ちょっと、そこのアンタ。何とか言ったらどうなの!?」

 さきほどクレスに黙れと言われたので黙っていたのだが。

「お止めなさい、エイミー」

 クレスがフォローを入れてくれるが、エイミーと呼ばれた赤髪の少女はますます激昂した。


「魔王様をお守りするのは《紅の隊》隊長であるあたしの役目よ! アンタなんかに務まるもんですか!」

 やけに突っかかってくると思ったら、そういうことか。大方、リーネが私を内緒で連れ出したのが気に入らないらしい。

「ふむ。そうやって怒る顔もなかなか美しいものだな」


 正直な感想を述べると、エイミーの顔が見る見る紅潮していく。馬鹿にされたと思ったのか、照れは一切ない。あるのは純粋な憤怒のみ。

 エイミーは身に着けていた白い手袋を脱ぎ捨てると、私に向けて叩き付けてきた。


「決闘よ! アンタが救世主に相応しいかどうか、あたしが確かめてあげるわ!」

「……む?」

 なにやら、話がおかしな方向に。決闘だと?

 リーネが止めに入る。そうだ、魔王様なら何とかしてくれるに違いない!


「エイミー、撤回しなさい。さもないと――死にますよ?」


 それは、燃え盛る炎にガソリンをぶちまけるのとなんら変わらぬ所業だった。

 にも関わらず、場の空気が一瞬で凍りついた。誰もが、魔王の言葉の意味を理解したがゆえに。

 決闘を行えば、死ぬ羽目になるのはエイミーの方だと。他ならぬ魔王がそう言ったのだ。

 ああ、やっぱ天然だったんだこの魔王。ダメだこりゃ。

 それは間違いなく悪手だろう。いや、もしくは――本当に計算尽くなのか。


「…………面白いじゃない」

 エイミーは先ほどまでの勢いが嘘のように静まり返っていた。だが、それは嵐の前の静けさに他ならない。

 いやあ美人が凄むと怖いなあ。

「ついてきなさい、ヒョロいの」

「いいだろう」


 ホイホイとついていく私だった。やはり美少女の誘いは断れない。断れる雰囲気でもなさそうだが。

 さりげなくリーネを窺うと、これ見よがし気にウィンクとサムズアップ。

 いつか泣かす。ヒイヒイ言わせてやると心に誓う。主にベッドの上で。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 案内されたのは魔王城の地下だった。かなりの広さがあるにも関わらず、見渡す限りのガランドウ。

「ここは?」

「修練場よ。ここで魔術や剣の訓練をするの。本当は外でしたいのだけれど、ね」


 外でシたい!?

 おっと、つい妄想が先走ってしまった。

 エイミーは質問にはしっかり答えてくれるようだ。いまだにピリピリとした殺気を感じるが、気付かないフリをしておく。

 既に噂が広まってしまったのか、ぞろぞろとギャラリーが列を作っている。


「おい見ろ」「あれが噂の?」「なんだ、ガキじゃねぇか」「ああエイミー様はいつ見ても麗しい」「やっちまえー小僧!」「無理無理。こないだギュスターヴの奴がエイミー隊長にやられたのを覚えてないのか?」「ありゃ傑作だったな。今回も見物だぜ」


 結構な言われようだ。魔王軍の兵士たちが鍛錬を行っていたらしく、またもや好奇の視線に晒される。

 が、今回はどちらかというと嘲笑の色が強い。皆エイミーの実力を知っているからだろう、お調子者が成敗されるのを見届けようという腹積もりのようだ。

 その中で、毛色の違う視線を感じた。

 具体的にどこから来ているのか判別するのは難しい。しかし、なにやら奇妙なものを感じる。


 殺意、観察、そして――あの褐色の美女、か?

 おかしな気を放っているのが全部で三人。随分ときな臭くなってきたものだ。

 殺意はまあいい。私は得体の知れない人間だろうし、なにより殺意には慣れている。褐色の美女はどういうつもりか分からないが、彼女からは敵意を感じなかった。そもそも何かアクションを起こすならあの時に起こせばよかったのだし、今回は無視するしかないだろう。


 問題は、二つ目。観察だ。ただ観察しているだけならまだいい。こいつの視線は、まるで高価な昆虫を虫カゴの外から俯瞰しているような、筆舌にし難い不快感を感じさせる。

 さて、どうしたものか。


「準備はいいわね? さあ、始めましょう」

 悩んでいる私を尻目に、エイミーは腰に差していた剣を引き抜く。白銀の切っ先が私を捉えた。


「気が早いな。まあ、大胆な娘は大歓迎だ。やるというなら早速始めよう」

 巨躯に巨大な単眼を持つ魔族が、使いなと剣を放った。受け止めるとひどく軽い。そういう剣なのかと思ったが、違う。私の身体能力までもがこちらに適応しているのだ。

 ならばと剣を引き抜き、見よう見まねで構える。生憎と剣道の経験はない。

 すると、エイミーが地下どころか城中に響き渡る勢いで咆哮した。


「我が竜の血脈と誇りにかけて! ミハエル・サヴラが娘、エイミー・サヴラが決闘を申し込む!」

「東城一輝。父は……父は、いない。ただの紳士だ。よろしく頼む」


 そういえば決闘だとか言っていたな。おかげで名乗らされる羽目になってしまった。

 こういうノリも嫌いではないのだが。どうして父の名前を言うのだろう。家系がそんなに重要か?

「その薄っぺらいセリフ、二度と叩けなくしてあげるわ!」


 刹那。エイミーは地を蹴り疾走。弾丸の如き速度で肉迫。上段から襲い来る銀の煌めき。

 ――疾い!

 いざ尋常に始め、などという気の利いた文句は望むべくもない。彼女が決闘を申し込み、私がそれを受けた時点で既に決闘は始まっていたのだ。


「くっ……!」

 咄嗟に防御するべく剣を跳ね上げる。が、まるで走馬灯のように加速する思考の中、私は確かに見た。そして、見てしまった。

 エイミーの左手が柄を操り、魔法のように太刀筋が変化したのを。


 フェントか!


 上段からの振り下ろしが、次の瞬間には下段からの切り上げに。悪夢のような光景だった。蛇のように滑らかに迫る白刃が、がら空きの右胴へ。

「……もらった!」

「いいや、私が戴く」


 魔力を帯びた私の左腕がエイミーへと伸びる。我ながら驚異の反射速度。いや、私だからこそこの反応が出来る!

 しかし、エイミーは笑っていた。それはさながら、罠にかかった獲物を見る狩人の笑み。

「いい反応ね。でも、終わりよ」

 エイミーが剣を手放した。私の魔力を帯びた左腕に受け止められるのを阻止するためか。


「――あたし、剣士じゃなくて戦士なのよ」


 二段構えのフェイント。しかも本命は剣ではなく脚――!

 渾身の回し蹴りだった。直撃すればただでは済まないであろう一撃。

 まるで紙屑のように吹き跳んだ私は、修練場の壁に激突してようやく止まる。

 それとほぼ同時に、エイミーが宙へと放った剣が舞い降り、彼女の手に収まった。


「…………」

「…………」

 私は、動けない。

 一瞬の静寂の後、大歓声が魔王城の地下を震わせた。


「すげぇぜ、流石姐さん!」「なんだ、救世主も大したことねぇな」「あれ、生きてんのか?」「俺は死んでもいいから一発食らいたいな」「やめとけやめとけ」「エイミー隊長に脚を使わせただけでも大したもんだろ」「やっぱ敵わなねぇー!」


 などと大盛り上がりである。しかし、エイミーは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべるのみ。

「アンタ、まさか……」

 彼女がこちらを睨みつけた。私が意味ありげに口角を釣り上げると、悔しそうに歯軋りをするのが見えた。

 こちらの意図を汲み取ったようで、忌々しそうに踵を返すエイミー。


「……どうして、わざと負けたのですか?」

 頭上から声。そういえば上から話しかけられるのはこれで二度目だな、などと下らない感慨が湧いてきた。

「おや、どうしてそう思うのだね?」

「最後の一撃、魔力を使って自分から跳んだのでしょう? でなければ平然と会話など出来ませんよ」

 リーネは微笑とともに私の隣に座りこんだ。誰もが勝者のエイミーを見届けるばかりで、誰もこちらを見ていない。例の視線も消えたようだ。


「なかなか鋭いな。流石は魔王様、といったところか」

 そう。私は吹き飛んだのではなく、吹き跳んだのだ。自らの意思で。

「それで、どうしてそのような真似を?」

「では、どうしてだと思うね?」

 自分からべらべらと思惑を口にしたくはない。リーネは顎に手を当て考え込むと、指を一本立てた。


「まず一つ。あまり目立ちたくなかった」

「そうだな、悪目立ちして無闇に敵を増やしたくはない」

 それに、奇妙な視線の件もあった。ここで注目されるのは避けたかったが、名乗らされる羽目になってしまった。

 リーネが二本目を立てる。


「二つ。エイミーの評価が落ちるのを心配した」

「……むしろ彼女のプライドをいたく刺激してしまったようだ。絶対根に持っているなあれは」


 出来ればエイミーには気付かれずにいて欲しかったが、そうもいかなかったようだ。

「それはそうでしょう。わざと負けたなんて、エイミーが一番嫌いそうなことですよ。まあ、彼女も察して事を荒げなかったようですが」

 そして、リーネが三本目の解に到達した。そしてウインク。


「三つ。そうですね……わたしの御膳立てが気に食わなかった、なんてどうです?」

「残念、不正解だ」


 正解は美少女と戦うのに抵抗があった、だ。これに関しては情けない限りなので口を噤んでおく。

 それにしても、リーネといいクレスといいエイミーといい褐色美女といい……美少女揃いで悩ましい。

 はてさて、どうしたものか。


「これは……ハーレムを作るべきか? いやそうだ、そうに違いない!」

 思わず口に出してしまっていた。紳士として恥ずべき行為である。反省。

 すると、またもや小鳥のように小首を傾げてリーネが問う。


「はーれむ、とは何ですか?」

「私にとっては楽園だが、優柔不断にとってはただの地獄のことだ」

 間違ってはなかろう。多分。男の夢だ、いつかは実現したいものだが。あるいはこの世界ならば可能なのかもしれない。

 なにせ私はチートなのだ。異世界に来て初戦で、こんな戦利品を戴いてくるくらいなのだから!


「リーネよ、実は四つ目の理由があってだな」

「あ、そうなんですか?」

 そう――私は動かないのではなく、動けないのだ。

 後ろに回した左手に隠し持つ"アレ"を見られないようにするためにな。


「ククク……エイミーのヤツめ。気性に似合わず、なかなか可愛いのを穿いているではないか」


 そう、"アレ"とは! エイミーが身に着けていた下着のことに他ならない!


「――――」

 魔王様、絶句。開いた口が塞がらない、とはこのことか。

 異世界でさらに魔族とはいえ、やはり下着は穿くものらしい。もっとも、作りは簡素で局部を覆うという機能しか持ち合わせていないが下着は下着だ。

 私はエイミーが二撃目を放った際に伸ばした魔力付きの左手で、これを密かに抜き取り戴いていたのである。

 どうやら剣を掴まれると思ったらしいが、私の狙いは最初からこれだ。一撃目で捉えた下着のおかげで全てがスローモーションとなり、そして超常的な反射速度を引き出せたというわけだ。


 人間よ、欲深くあれ。たとえ対戦相手の下着であろうとも、欲しいモノは手に入れる。それが私だ。

「わたし、やっぱりこの人を召喚したのは間違いだったのでは……」  

「はっはっは、何を言うか。私の手腕を褒め称えるべきだろう!」


 と、調子に乗ってしまったのが運のツキ。その時なんの因果か、立ち去ろうとしていたエイミーがこちらへ振り向いたのだった。

 視線の先には、私の手に握られたピンクの下着。三秒ほど固まったエイミーは、バッと短い丈のスカートを抑えた。

 そして茹で上がったかのように顔を真っ赤にさせ、凄まじい速度で向かってくる。


「あ、ヤベ」

 紳士口調が崩壊し、血の気が引いていく。冷や汗が頬を伝うのがはっきりと知覚できた。

 いかん、冗談抜きに死ぬのでは。


「助けて魔王様!」

「……自業自得です」


 やれやれ、と首を振るリーネ。あまつさえ距離をとられる始末である。

 目前には、憤怒と屈辱と忸怩たる思いで本物の竜のように真紅に染まったエイミー。

「死に腐れ変態がぁあああああああああああああああああああああああっ!!」

「ちょ、まっ――――ぎゃぁあああああああああああああああああああっ!!」


 本日の教訓。例えチートでも、下着を盗んだらいけません。




   

 

 

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