第十六章 遠征 「その果てには?」 「未来がある」
魔王城の円卓会議。それは隊長クラスでなければ入室することすら許されない聖域である。
そんな円卓会議に、私は出席していた。リーネはこちらを意味ありげな目で見つめてくる。
「どうですかカズキ、座り心地の方は?」
「ふむ、まあ悪くない。むしろ座り心地よりも、この衣装の方が慣れなくて困るのだがね」
今の私はテオドールの執事ではなく、れっきとした魔王軍の一人として扱われていた。
しかも待遇は隊長と同等。リーネは《副魔王》なる役職を考えていたようだが、あまりにもダサいので遠慮しておいた。
そしてクレスが私のために作ってくれたという服は確かに防御面や動きやすさに優れているのだが、いかんせんセンスが悪いとしか思えない。
なんというか、悪のなんたら機関の一員、みたいで落ち着かん。
「あはは……クレスも、その、一生懸命作ってくれたみたいだし? あ、あたしは似合ってると思うわよ?」
疑問形でフォローするエイミー。脇やらへそやら出してる娘にまで言われてしまうとは、無念。
「フン、執事服のほうがよっぽど似合いだったようだな」
さらには、テオドールにまで鼻で笑われる始末である。後でクレスに告げ口しておいてやろう。
この狼男は私が実力を隠していたことに大層ご不満なようだったが、少なくとも軽口を叩きあえる仲になれたので一歩前進だ。
感づいていたコトネや、実際に戦闘を目撃したグローリアはクスクスと笑うのみ。
隊長のグローリアが珍しく来ているのでこの場にいないエディも、探りを入れてきただけあってそこまでの驚きはなかったようだ。
コホン、とリーネがわざとらしく咳払いを一つ。場の空気が引き締まる。
彼女は静かに目を開くと、厳かに宣言した。
「我々はこれより、遠征を行います」
――遠征。その言葉の意味は即ち攻勢に出るということに他ならない。これまではただ防衛するのみだったが、今度はこちらから打って出るつもりなのだろう。
しかし、それは勿論防衛力の低下をも意味する。遠征中に卑徒が攻めてきたらひとたまりもないだろう。
誰も口を挟まない。魔王様はさらに続ける。
「目的は都市ダクシムの奪還。周辺に生息する眷属どもを蹴散らし、新たなる拠点を構えるのです」
各々がリーネの言葉を咀嚼し、吟味する。誰もが無謀だとは思っているのではなかろうか。
テオドールが挙手し、発言を許される。彼は皆を代表するようにして言った。
「魔王様、それではこのカーラコルムの防衛はいかがなさるおつもりですか?」
「いいえ、テオ。防衛する必要などありません」
リーネはゆっくりと首を横に振った。その意味を確かめさせるように。
そして、私に目線で合図してくる。どうやら、私の口から言わせたいらしい。
「代わりに私が答えよう。端的に言ってしまえば、卑徒は私を狙いに来るはずだ。つまり、私が遠征に参加すれば眷属を相手取るだけの戦力さえ残っていればいい」
「その通り。彼らは必ずカズキに復讐しに来るはずです。卑徒レヴル・レヴルを討ったのですから。彼らは同胞を殺したものを許しません。むしろ彼をここに留まらせておく方が、カーラコルムを危険に晒すことになるでしょう」
身もふたもないが、それは真実だった。特にあの兜の大男などは私にえらくご執心の様子であったし、人質を殺した私を生かしておく奴らではなかろう。
よって、新たなる防衛ラインの建築が必要となった。本当ならば城塞都市で迎え撃つのが一番いいのだが、被害が大きくなりすぎる恐れがある。
それでは卑徒を倒したところで意味などない。
逆を言えば、遠征軍だけの戦力で卑徒を相手取らなければならないということである。
皆の考えを読んだように、リーネが絶妙なタイミングで言葉を重ねる。
「どのみち、カズキがいなければ卑徒とは戦えません。それは前回の戦闘で経験しました。遠征軍はカズキを中心としたメンバーとなります」
テオドールが悔しそうに顔を顰める。プライドの高い彼は、自分の実力が卑徒に及ばなかったことに大層腹を立てているようだ。
だが、そのことに鬱屈するような男ではない。むしろさらなる高みを目指して飛翔しようとするはずだ。
やはり彼らは頼もしい。次は私が彼らに信頼される番だ。
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遠征に参加するメンバーは、私、《紫の隊》、《蒼の隊》に決定した。《紅の隊》と《黒の隊》は城塞都市の防衛にあたることとなる。
不満そうなエイミーとテオドール、そしてミラージュを残し、私たち遠征軍は都市ダクシムを目指して旅立った。
都市ダクシムまでは馬を使って約三日ほどかかるそうだ。地図を広げ、地理を把握する。
まず城塞都市カーラコルムは、中央大陸グランダールの北西に位置する。ダクシムはそこから南東に下ったところだ。
位置的に考えると、卑徒の神殿は中央大陸の上に浮かんでいることになる。やはり謎で仕方がない。
と、横から魔傘を優雅に差したグローリアが思考を中断させた。
「のうカズキよ。お主の話を聞いて気付いたのだがの、その卑徒の神殿とやらは元々この世界に存在したもので間違いなさそうじゃの」
「ほう?」
「つまりじゃ。奴らは突如として天から現れたと言われておるが、実際はその神殿を宙に浮かべてそこに住んでおるということだのう」
卑徒はあの神殿を作ったわけでも神殿ごと降ってきたわけでもなく、この世界の神殿を利用しているらしい。
それなら確かにあの褐色の美女の説明はつくかもしれない。彼女はその神殿に封じられていた、とか。
しかし彼女に関する情報はさっぱり得られなかった。リーネですら聞いたことがないと首をかしげるばかりであったのだ。
「でも、そんな神殿があっただなんて聞いたことありませんでしたけどね。年の功というやつですか、隊長?」
と、エディ。グローリアがじろりと睨み付けるが、今は日中なので傘を手放せない。さらにもう片方の手は馬の手綱を握っているときた。
反撃を諦めたグローリアは、苦虫を噛み潰したように言った。
「あれに関しては妾も詳細は知らぬ。ただ遥か昔から存在していたのは確かじゃ。それこそ魔王城と同じくらいの太古じゃのう。もっとも、今や空に浮かぶ卑徒の城のようじゃが」
魔王と永劫の時を生きた吸血鬼が知らないのであれば、もはや真相は闇の中だ。あるいは卑徒なら知り得ているのかもしれないが。
これ以上分からないことを考えていても仕方がない。私は瞼を閉じ、魔力を探った。
前方に立ち塞がる数体の眷属を発見。ようやくお出ましだ。
索敵を行っていた私とコトネが警告を飛ばす。
「全隊散開せよ!」
「……私とお兄ちゃんで道を切り開く。援護、お願い」
馬を魔力で強化してやり、私とコトネが先行。荒野の果てから現れる眷属を視認できる位置に到達すると、魔力を迸らせた。
「コトネ、右は私がやる。左は任せても構わないな?」
「……当然」
いい返事だ。私は大きく右に馬を走らせる。乗馬の経験はないが、この世界の馬はテレパシーである程度考えを読みとってくれるほど頭がいい。
前方の眷属を凝視する。球体から数多もの腕を生やした個体に、全身が棘で覆われた亀のような眷属だった。
彼我の距離はおおよそ三百メートル弱。これほどの距離でも攻撃を仕掛けてこないということは、遠距離型ではないということだろう。
正しく壁のように立ちはだかる巨体を穿つため、魔力を集中。荒れ狂う魔力を完全に支配し、統制する。
魔力を砲身のように固定し、内部の魔力を雷撃へと変換する。ただ放つだけではなく、撃ち抜くイメージ。
轟雷。反動を魔力を放出することで最小限に押しとどめる。極光雷弾が亀型の眷属の殻ごと貫通した。
完全に沈黙した眷属を意識の外へと追いやり、球体の眷属へと向き直る。
接近したことで敵の射程圏内に入ったのか、次々と腕が伸びてきた。絡め捕ろうとするかの如き腕を避け、懐へと潜り込む。
まるで手足の延長のように馬が動いてくれる。駆け抜け様に、出現させた巨大な魔力剣を振るった。
飛び散る鮮血。だがまだ浅い。
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
馬から跳躍し、空中で反転する。掲げた鈍い鉄の塊を力任せに振り下ろす。
抵抗するように伸びた腕ごと球体を両断。完全に絶命したことを確認すると、奥の三体目が放った超音波を回避。
荒野を跳ねるイルカとはまた滑稽な姿だが、油断することは出来ない。
私は空を蹴りイルカ型眷属に肉迫すると、その柔らかい腹に大剣を突き刺した。
さらに振り子のように体を振り、大剣を支点として回転。横合いから突っ込んできた四体目の猪型眷属をやり過ごす。
猪型眷属の牙と大剣がさらに食い込み、イルカ型眷属が声もなく消滅していく。
そして猪型が振り返るよりも早く、拳に魔力を纏わせる。
背後で魔力を放出に加速した私の拳が眷属の頭部に直撃。内頸の要領で魔力を内部へと浸透させ、爆散させた。
頭部を失った猪型眷属が痙攣して崩れ落ちる。着地した私が振り返ると、背後でコトネが眷属を仕留めていたところだった。
作戦、というほどのものではないが、上手くいったようだ。私は口笛を吹いて馬を呼び戻す。
――と、それがまるで合図であったかのように、丘の向こうから眷属どもが新たに出現した。
「なっ……!?」
私とコトネの驚愕は同時だった。後方の部隊を挟撃するように左右から現れるなど、眷属の行動とは思えない。
まさか、誘い出されたとでもいうのか。だが状況は私とコトネを突出させるためにわざわざ囮を用意したとしか考えられなかった。
「やられた……! コトネ、今すぐ戻るぞ!」
伏兵からはまったく魔力が感知できなかった。隠密能力に優れた個体なのだろう。
明らかに知的な行動だ。それこそが、卑徒がこの付近で直々に指揮をしている証明のように思える。
焦燥を抑えながらも旋回して後方の部隊へ合流しようとしたその時、毒素を纏った声が響き渡った。
「――お主ら、妾を舐めておるのかえ?」
声の主はグローリアだ。彼女は傘をクルクルと回しながら、妖艶に笑っていた。
『ケケケ、俺様とご主人サマに刃向かおうなんざ百億年はえーんだよボケナスどもがぁ!』
次いでグロリアスが咆える。膨れ上がる極大の魔力が、弾けた。
闇の閃光。そうとしか表現できない。グローリアの掌から迸った闇のように眩い光が眷属の胴体を穿つ。
眷属はまるで何が起こったのか理解すらできなかっただろう。気付いた瞬間には灰に返っている。
「エディ、そっちは任せようぞ。まさか出来ぬとは言うまいのう?」
グローリアの慇懃な物言いよりも早く、エディは動きだしていた。
馬を駆ると同時、背中の蛇腹剣を引き抜く。余裕ぶった顔つきを崩さないまま、眷属に向けて一閃。
文字通り蛇のように伸びた剣は眷属の右腕を絡め取る。魔力で剣を収縮させ、エディが宙を舞った。
空中のエディを狙う左腕が放たれるが、エディはあくまで余裕を崩すことはない。
彼が剣を軽く引くと、魔力によって駆動した蛇腹剣が眷属の右腕を八つ裂きに。膾切りのような有様だった。
すかさず眷属の左腕に蛇腹剣を伸ばし、収縮させることで左腕に取りつくエディ。先ほどと同様左腕を切り落とし、頭部目がけて跳躍する。
「君は美しくないね。残念だけど、ここで散って有終の美を飾っておくれ」
死の宣告と共に、蛇腹剣が閃いた。全部で三閃。しかし鞭のように伸びる蛇腹剣の斬撃は眷属の頭部を粉微塵にする。
美しい髪を乱すことすらなく、エディは自らの馬の元へ舞い降りた。
つくづく頼もしい。この状況でもやるべきことは何かを一切見失っていない。
などと安心していれたのもつかの間、前方からさらなる増援が現れた。どうあってもここは通さないという腹積もりであるらしい。
いいだろう、ならば相手になってやるとも。
「全軍突撃! 眷属の群れを突破する! ここを抜ければダクシムは近いぞ、気を引き締めろ! 諸君、私に続くがいい!」
「……お兄ちゃん、格好いい。結構、様になってる」
コトネがぼそりと呟いた。この遠征は私がリーダーらしいからな。こういうところはきっちり締めなければならないだろう。
駆ける駆ける駆ける。私が雷撃を撃ち、コトネが氷刃を飛ばし、グローリアが閃光で薙ぎ払い、エディが蛇腹剣で切り裂く。
そこに《蒼の隊》と《紫の隊》の隊員たちが続く。彼らのために道をこじ開け、彼らも必死に喰らい付いてくる。
傷だらけになりながらも叫ぶ。こんなものではないと。こんなところでは終われないと。
遠征軍の心は一つとなり、その身をただの槍に変えて愚直にも突き進む。
その果てに、未来があると信じるが故に。
数時間にも及ぶ死闘はやがて終わりを迎え、ついに私たちは荒野を抜けることに成功した。
それからの旅は平穏無事に事が進んだ。まるで嵐の前の静けさのように眷属たちの襲撃は鳴りを潜め、どこか不気味ささえ感じさせたほどである。
二日後、私たちはついに都市ダクシムへとたどり着いた。
その先に、絶望が待ち受けているとは知らずに――。




