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第十二章 七罪 「罪とは?」 「何億という可能性を淘汰して、お前だけが生を受けたこと」

 次元の狭間から吐き出された私の目に飛び込んできたのは、一面の純白であった。

 そこは、異様なまでに白い空間だった。こんな部屋に数日閉じ込められれば発狂するに違いない。

 ここまでくると病的な一室だが、場違いに咲く花たちがさらに不気味さを際立たせている。まるで花以外に色を付けたし忘れたかのよう。

 私は現状を認識する。目の前には卑徒レヴル・レヴル。あと一歩というところで届かなかった魔力剣が奴の首先にあてがわれた状態で転移してきたようだ。


「動くな。動けば殺す。口も開くな、余計な動きを見せたらすぐさま首を刎ねる。こちらの質問にだけ答えろ……ここはお前の棲家か?」

 私は低い声で促した。卑徒レヴル・レヴルは触手を引っ込め天使のような童顔に戻ると、静かに頷いた。

 卑徒の生態は不明だが、一応はここがレヴル・レヴルの部屋であることは疑いようもないだろう。

 咄嗟に陰身の魔術を発動。魔力反応を消し、さらに気配を殺す。周囲に気配こそ無いものの、警戒するに越したことはない。

 私は剣の切っ先を主張するように卑徒の柔い首筋に食い込ませると、卑徒を連れて部屋の外へ出た。これ以上この部屋にいると気が狂いそうだったのだ。

 

 部屋の外には、やはり純白。

 どうやら巨大な建築物であるらしく、左右に広がる廊下は終わりが見えないほど。魔王城にも似ているが、城というよりは神殿を連想させる。

 私はさらに質問を重ねた。

「ここは……お前たちの本拠地なのか」

 またも肯定するレヴル・レヴル。嘘を吐いている様子は見られないし、真実だろうという確信があった。

 素早く思考しなければ。ここが敵の本拠地だというのならば、一網打尽にするまたとない機会だ。恐らくこれ以上の好機はあるまい。


 しかし、卑徒の数は五体だ。つまり残りは四体ということだが、果たして全員を相手取ることなど可能なのか。

 今すぐレヴル・レヴルの首を落として敵の数を減らすべきではないのかとも思う。

 どうする。迷っている暇はない。敵に感知されて一斉に襲い掛かられてはどうしようもないだろう。

 それは先のレヴル・レヴルとの戦いで身に染みていた。こんなのがあと四体もいるのかと思うと気が滅入る。

 

 そこまで考えて、私は引っかかるものを感じていた。卑徒は個体数が少ない。こいつらがどうやって生殖しているのかは知らないが、外見は幼く見えるレヴル・レヴルは貴重な存在なのではないだろうか。

 だとすれば、レヴル・レヴルは人質として機能するだろう。

 あるいは天使のような外見だけあって両性具有であるとか、もしくは単一生殖可能なのかもしれない。最悪、五体しか存在しない不老不死の種族なのかもしれない。

 可能性としては五分五分だろう。もし私が賭けに勝てば、レヴル・レヴルは五体しかいない絶滅危惧種の子供ということになる。

 もしそうならば、この状況はやはり絶対なる好機だ。


 子供を人質にして皆殺しの算段とは、私も相当な悪党だ。ますます救世主などとは程遠い。

 ふと見下ろすと、レヴル・レヴルは満面の笑みを浮かべていた。

 一体何が可笑しいというのか。私は背後から油断なく剣を突き付け、口を開くことを許可した。

「お前たちの首領の元へ案内しろ。ここには親玉がいるのだろう?」

 とてつもないプレッシャーを放っているものがいる。あまりに巨大な魔力で、正確な位置が掴めないほどだ。


「ああ、そうだよヒューマン。ここはボクたちの煉獄ヴァルハラさ。親玉という表現は適切じゃあないけど、いいよ案内しよう」

 レヴル・レヴルはあくまで余裕を崩さない。それどころか、この状況を楽しんでいるかのようだ。

 とはいえ、こいつの精神構造など考察したところで無駄だろう。殺されない自信があるというよりは、殺されても構わないとすら思っていそうだ。

 私は音を殺してレヴル・レヴルの後を追った。将を射んと欲すればまず馬から。そして馬は私の手に落ちた。あとは敵将を狙うのは当然の流れである。 

 

 無限にすら思える廊下がひたすらに続く。レヴル・レヴルは退屈を持て余した子供のように無邪気な声を発した。

「ねえねえヒューマン、ボクと友達になろうよ。あんなに楽しく遊んだ仲なんだしさあ。いいでしょ?」

「いいわけがなかろう。無駄口を叩くな。そんなに遊びたいのなら、貴様らの大将を討ち滅ぼした後ゆっくり遊んでやる」

「それは楽しみだなぁ……でも無理だね。無理無理、勝てっこないからやめといた方がいいよ? あのヒトはさぁ、別格なんだから」

 卑徒レヴル・レヴルは呆れた風に言った。本気で私を心配している口調に腹が立つ。

 

「あのヒト、というのが貴様らのボスか。まあ、私とて勝てない勝負を吹っかけるほど愚か者ではないさ。勝算がなければ尻尾を巻いて逃げるとも」

「ふうん……。逃げられる自信があるんだ。ここが何処かも分からないのに? このボクたちから? それは無謀だよヒューマン」

 私は押し黙った。図星を突かれたから、ではない。単にこいつの言葉が気になっただけのこと。

「何故――私のことをヒューマンと呼ぶのだ?」

 私が問いかけると、彼はこれ以上ないほどに顔を歪めた。それが笑みなのだと理解するに時間がかかるほどの表情。

 切り裂かれたように広がった口元は正しく悪魔のそれ。レヴル・レヴルは何かを悟ったらしかった。


「君は気付かなかったの? ボクたちの正体にさ」

 卑徒の台詞は私の胸を突き刺した。卑徒の正体――それが何を意味するのか、私には分からない。分からないが、衝撃だけが私の体を震わせた。

 その言葉を理解してはならない。少なくとも、今はまだ。

 そんな考えに支配されていた私は、いつの間にか巨大な扉の前に辿り着いていたことに気が付かなかった。

 恐らく五メートルはあると思われる、荘厳な雰囲気を持つ扉だった。扉には七人の天使が装飾され、一つの芸術品のようだった。

 

 私は息を呑んだ。この先に私が倒すべき敵がいる。それは扉の向こうから感じる魔力から、ひしひしと感じさせられていた。

 恐る恐る扉に触れると、眩い光が迸り扉が開かれていく。


 その時扉に描かれていた天使の一人が私を見つめていた気がして――私はどうしようもないほどの狂おしさを感じていた。


 中に入ると自動的に扉が閉まっていく。内部はやはり広い空間だった。どことなく魔王の間に似ているが、最大の違いは中央に存在する巨大な装置だろう。

 魔王の間であれば玉座があるべき位置にあるそれは、巨大な棺を思わせる。

 垂直に立つ棺は透明で、その中に収められた美しい女性を際立たせているかのようだった。

 私はあまりの衝撃に我が目を疑った。しばし卑徒のことすら忘却してその女性を凝視する。

 それは、あの褐色の美女だった。

 

 馬鹿な、有り得ない。彼女とは城塞都市で逢っているはずだ。しかし思えばこれほどの存在感を放ってはいなかったようにも思える。

 褐色の美女は眠っているのか瞼を閉じて沈黙している。死んでいるのではないかとすら思える静謐さだった。

 翼がないところを見ると、卑徒ではないようだ。ではどうしてこんな場所にいるのか、皆目見当もつかない。

「彼女は……一体……?」

 口を突いた呟きに答えたのは彼女ではなく、雪解けのように甘い囁きだった。


「……あなただれ? 侵入者?」

 ウサギのようなぬいぐるみを持った幼い少女だった。白蝋の如き肌にネグリジェのような衣服を纏い、右目を覆う眼帯までもが彼女に可愛らしさを与えている。

 左目は燃えるような真紅。そして両肘から生える天使のような翼が、彼女が卑徒であることを何よりも語っていた。

 ――二体目の卑徒!

 私は見せびらかすようにしてレヴル・レヴルの細い喉元を晒した。白銀の切っ先で舐めるようになぞっていく。


「動くな! 動けばレヴル・レヴルの命はない!」

「あっそ。どうでもいいわ面倒くさい」

 白貌に咲く花のように可憐な唇から紡がれたのは、なんとも無情な一言だった。

 抗議するようにレヴル・レヴルが口を開いた。

「ひどいなぁベルル・ベルル。ボクたちは大切な仲間だろう?」

「どうでもいい。何もかも面倒くさい。私は眠いんだから起こさないでよ」

 

 ベルル・ベルルと呼ばれた卑徒は、まるで関係ないとでも言わんばかりに踵を返した。

 私の殺意は間違いなく伝わっているはずだし、彼女も侵入者と言っていた。だというのにこの反応。その無関心さは度を越している。

 ベルル・ベルルという名に聞き覚えはない。名称不明の一体ということだろう。

 もしやこいつが卑徒を束ねる首領なのかと訝しんでいると、さらに三つの影がどこからともなく現れた。

 一つ目は病的なほどに痩せぎすの、道化師のような化粧を施した男。二つ目は淫靡な雰囲気を醸し出し、妊婦のように腹を膨らませた女。三つ目は大柄の偉丈夫といった出で立ちで、顔を覆い隠す兜を被った男。

 

 マズイ。私としたことが、褐色の美女に気を取られて転移に気付けなかった。

 さらに三体現れたということは、これで五体全ての卑徒が出揃ったということになる。

「お間抜けだなぁレヴル・レヴルゥ? 遊び相手に虐められた挙句人質だなんて、ああなんということだろう傑作すぎて腹がよじれそうだ勘弁してくれ!」

 と、両腰から翼を生やした道化師が言う。恐らくは灰色の道化師――卑徒グラト・グラト。

「可哀想なレヴル坊や。それにしてもイケナイ子ねぇ……こんな奥まで入ってくるなんて。私、さっきから子宮が疼いて仕方ないわ」

 と、両手から翼を生やした娼婦が言う。恐らくは大淫の鬼女――卑徒ラスト・ラスト。

 

 そして、両踵部から翼を生やした大男は沈黙を貫いている。兜に覆われてはいるものの、その視線は私の股間の辺りを見つめているのが分かった。

 おいやめろ、どこを見ているんだこいつは。

 などと考えた私だが、大男の視線はそういう類のものでは決してなかった。むしろ、激しい怒りが込められている。

 爆発寸前の火山を思わせる激情だ。どういうつもりか知らないが、その怒りが私に向けられているらしい。

 

 どいつもこいつもレヴル・レヴルと同格か、それ以上の魔力量だった。だが、言ってしまえばそれだけのことに過ぎない。

 嫌な汗が背筋を伝う。問題は、ずっと感じていた特大級の魔力の持ち主が未だ現れていないことだった。

 私は気圧されるようにじりじりと後退。レヴル・レヴルが人質としての役割を果たしているのか、奴らに襲ってくる気配はない。

「あれ、どうしたのヒューマン? ボクたちのボスに会いたかったんでしょ、だったらまだ逃げちゃダメじゃないか」

 レヴル・レヴルが嘲笑う。私の怯えを鷲掴みにするように。恐怖を具現するように。災厄を歌うように。


「ねぇ、貴方もそう思うでしょ――ルシフ・ルシフ」

 レヴル・レヴルの声に誘われるかのようにして、さらに奥の扉から長身の男が現れる。

 六体目の卑徒、ルシフ・ルシフ。青年と形容すべきほど若い外見だが、途方もない力を感じる。背中から生えた六つの翼からして他の卑徒とは一線を画している。

 ルシフ・ルシフの視線が突き刺さる。それだけで耐え難い恐怖が私を襲った。

 こいつは別格、規格外の存在だ。私は思わず死を覚悟した。

 しかし、ルシフ・ルシフは悲しげに目を伏せるのみ。


「ヒューマンよ、レヴル・レヴルを離してはくれないか。その子はまだ幼い。俺たちにとって掛け替えのない仲間なのだ」

 卑徒の首魁は、こともあろうにそんなことを言い放った。とても真摯に、真剣に、まるで親が子に言い聞かせるように。

 私はこの身を縛る恐怖を消し飛ばすために叫んだ。そうしなければ正気を保てないほど、この卑徒が恐ろしい。

「ああいいとも、離してやろう。ただし貴様の首と交換だ、ルシフ・ルシフ! 今すぐ自分の首を刎ねるがいい!」

「……残念だが、それはできない。だが、彼を解放してくれれば君に危害を加えることはないと約束しよう」

 交渉決裂、か。私は愚か者にはなるまいと、逃げ道を探っていた。ルシフ・ルシフだけでも手におえないというのに、五体の卑徒と同時戦闘など笑い話にもならない。

 できればもう少し情報を集めるべきだった。褐色の美女といい、この神殿には謎が多すぎる。

 

 レヴル・レヴルを盾にするようにしてさらに後退。もう少しで先ほどの巨大な扉に辿り着くというところで、ルシフ・ルシフが差し伸べるように右手を伸ばした。

「我々と共に来るつもりはないか、ヒューマン。君には資格がある。我々に並ぶ力が。我々と同じになるつもりはないか?」

 その提案は確かに魅力的だった。砂漠に落ちた一滴の雫の如き極上の甘露であろう。

 だが、美少女ならいざ知れず、野郎の言うことを素直に聞く私ではない。


「お断りだ、私は貴様らの眷属に成り果てるつもりは毛頭ない。故に、こいつの首は貰っていくぞ!」

 私は迷いごとレヴル・レヴルの首を断ち切った。

 それが世界に牙を剥くと決めた私の覚悟であり、卑徒に対する宣戦布告でもあった。

 

 レヴル・レヴルの首が地に落ちるのと、私が吹き飛ばされたのはほぼ同時。真っ先に突っ込んできた兜の大男の踵落としが炸裂し、床に小規模のクレーターが生じる。

 直撃は避けたというのに、最大展開した《魔障壁》が粉々になる威力だった。しかしそのおかげで扉への距離が詰まる。

 扉に手を掛けると、やはり私に反応するようにゆっくりと開いていく。

 逃がさないとばかりに放たれた大男の拳を回避すると、狙い澄ましたような魔力弾が飛来してくる。

 卑徒ラスト・ラストの掌から発生した魔力弾は拡散し、星屑の如きそれらが回避行動をとる私に追いすがる。

 

 獰猛な獣を思わせる魔力弾を切断してやり過ごした時には、道化師が目前に迫っていた。

「いっただきまぁああああああああすぅうううううううううううううううっ!」

 狂笑する卑徒グラト・グラトが大口を開けて私に喰らい付いた。右肩をごっそり抉り食われ、激痛に視界が赤く染まる。

「ぐっ、……!」

 だが怯んでいる暇などありはしない。左手から雷撃を放ちつつ大きく距離を取り、ラスト・ラストの第二射を相殺する。

 

 ここまでの攻防だけで生きているのが不思議なほどだった。三体の卑徒を相手にして、凌げているだけで奇跡に近い。

 卑徒ベルル・ベルルは我関せずと傍観を決め込み、卑徒ルシフ・ルシフはただ私を見つめているだけだ。この二人が加われば、私は逃亡を図ることすらできなかっただろう。

 扉がなんとか人一人通れるほどに開いたのを確認すると、私は雷速でその隙間へと身を滑り込ませる。

 棺の間から脱出した瞬間、兜の大男による天の鉄槌が私を粉々にした。

 

「が、ぁ……!」

 否、粉々になったと錯覚するほどの威力であったのだ。咄嗟に《魔障壁》で攻撃を逸らしていなければ、確実にそうなっていただろう。

 私は無理やりに魔力を活性化させ、体を動かした。そうしなければ死ぬという確信がある。リミッターが外れているおかげで動けただけのこと。

 跳ね起きた私は雷撃でグラト・グラトを牽制。そして決死の覚悟で大男の拳を受け流す。

 受け流したというのに、私の左腕はあらぬ方向へとひしゃげていた。だが構わない。むしろそれだけの被害で済んだことに感謝すべきだ。

 

 大男の拳は私の背後の壁を粉々に打ち砕いた。私は一目散に壁の外へと身を躍らせる。

「――そんな、馬鹿な」

 そこには私の祈りが通じたのか、外の景色が広がっていた。ただし、雄大な大空だけが。

 遥か下方に見える大地と海。忘我に捕らわれていた私が振り返ると、巨大な神殿が空中に聳えている。

 

 卑徒の本拠地が空中にあるなどと、まさか考えることもしなかった。私は重力に従い落下していく。

 さらには上空から卑徒が迫ってくるのが見えた。どうあっても逃がさないつもりらしい。

 この状況を打破する手段はただ一つ。転移魔術しかない。

 出来るか出来ないかはこの際問題ではない。どの道やらなければ死ぬだけだ。私は魔力を集中し始める。

 魔術自体は何度もこの目で見た。満身創痍だが魔力はまだ残っている。

 しかし卑徒が追いつく前に転移を完了させる必要があるが、目的地が定まらない。

 

 壮大な大地を見下ろすと、北に大森林が広がっているのが見えた。恐らく城塞都市はあの中だろう。

 迷っている時間はない。私は目算で当たりをつけると、我武者羅に転移魔術を発動した。

「と、べぇえええええええええええええええええええええぇっ!」

 喉も裂けろと咆哮。空間が歪み、次元の狭間に誘われていく感覚に支配される。


 絶叫を上げながら迫る兜の大男の剛腕が私に届くよりも一瞬早く、私の体は空間跳躍を果たしていた――。

 

 

 

 

  



 

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