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黒のカサブランカ ――裏切られし女勇者、闇に堕ちて魔王となる――  作者: 小鳥遊 千夜
序章

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第7黒 遅すぎた逃亡――魔王からは逃げられない


 夜明け前の薄明かり。

 リィナたちは交易国家《ヴァルディス王国》の小都市、《リューデン》の街に潜入していた。


 静まり返った街路。

 屋台は片付けられ、石畳(いしだたみ)朝露(あさつゆ)が光る。

 人々はまだ目覚めず、誰も異変に気づかない。


「……ここで情報を集める。」

 リィナは小声で呟き、剣を軽く手に添える。


「ふふ、影が、しっかり街の様子を教えてくれますよぉ。」

 シルフィは短剣を握り、周囲の闇に溶け込むように身を構える。


 その時――


「……奴らか?」


 石畳に響く硬い足音。

 黒革鎧に身を包んだ傭兵団が、路地を塞ぐ。

 顔には冷酷な笑み。前回の森の惨敗を知らず、追跡してきた者たちだ。


「黒のカサブランカめ、覚悟しろ!!」


 リィナは振り返らず、赤い瞳が冷たく光る。

「――来なさい。全員まとめて。」


 傭兵たちは突撃するが、石畳を踏み鳴らす音すら、闇に飲まれる。


《影走――シャドウ・ステップ!》

 シルフィが一瞬で背後に回り込み、短剣を首筋に突きつける。

「……逃げ場はないですよぉ。」


 リィナの刃が閃き、次々に傭兵を始末していく。

 武器を弾き、戦意を奪い、最後には地面に崩れ落ちる。


「……終わりです。」

 リィナは剣を納め、深く息を吐く。

 森での恐怖を植え付けるように、あっという間に壊滅させた。


 ただ、一人。

 団長格の傭兵だけが、まだ這いずり、必死に立ち上がる。

「くっ……くそっ、俺だけでも……!」


 リィナは鋭く視線を向ける。

「……生き残ったのね。」

 その声は、冷たい刃のように突き刺さる。


「……私を襲え、と命令したのは……誰だ?」

 リィナは短く言い放つ。

「名を吐けば……命だけは見逃してやる。」


 傭兵の目に恐怖が宿る。

 震える唇が、かすれた声を絞り出す。

「……オルフェン……子爵……だ……!」


「…そう。」

 リィナは静かに頷き、刃を一振り。

 傭兵は腹部を抱えながら、卒倒する。


 シルフィが短く(ささや)く。

「ふふ…全て見てましたよぉ。恐怖が良く染み付いてますねぇ。」


 カイゼルは宙で手を広げ、薄く笑う。

「これで、情報は確実に手に入ったな。」


 リィナは夜の街を見渡し、冷たく告げる。

「……次は、オルフェン=グレイスナー子爵本人ね。」


 街路に残るのは、傭兵たちの死体と、黒百合の恐怖だけだ。



 ヴァルディス王国、交易街外れ。

 オルフェン=グレイスナー子爵の館は、今や沈黙に沈んでいた。


 灯りは最小限。

 窓はすべて閉ざされ、護衛の数も半分以下――

 かつての傲慢な屋敷の姿は、もうない。


「……なぜだ……」


 子爵は机に両手をつき、荒い呼吸を繰り返していた。


「傭兵も……情報屋も……皆、戻らん……」

「たかが一人の女だぞ……!」


 震える声。

 否定の言葉とは裏腹に、脳裏には何度も浮かぶ名があった。


 ――黒のカサブランカ。


「……来い」


 子爵は、震える指で魔導通信具を起動する。

 以前、助言を与えようとした“あの人物”へ。


 やがて、灯りの影が歪み、

 部屋の隅に“黒い人影”が滲み出るように現れた。


「……また、お呼びですか。子爵。」


 低く、感情の読めない声。


「た、頼む……!」

 オルフェンは、ついに膝を折った。


「金なら出す……!

 爵位の便宜も、裏の利権も……!」


「あの女を……黒のカサブランカを止めてくれ……!」


 沈黙。


 怪しい人物は、ゆっくりと首を振った。


「……申し訳ありません。」

「もはや、手遅れです。」


「な……に……?」


「あなたは、彼女を“敵に回してはいけない段階”を越えました。」

「今のあなたを助けることは――

 我々にとって“損”です。」


 冷たい宣告。


「ま、待て……!」

「このままでは、私は……!」


「――ええ。」

 人物は、淡々と告げる。


「殺されます。どうぞご武運を…」


 影は、それだけを残し、音もなく消えた。


 部屋に残ったのは、

 呼吸の乱れと、心臓の鼓動だけ。


「……く、くそ……!」


 オルフェンは立ち上がり、急いで外套を掴む。


「逃げる……!」

「国境だ……ヴァルディスを出る……!」

「生きてさえいれば……!」


 扉に手を掛けた――その時。


「……遅いわ。」


 背後から、静かな声。


 凍りつくような気配。


 オルフェンは、ゆっくりと振り返る。


 そこに立っていたのは、

 黒い装束に身を包み、赤い瞳を闇に光らせる女。


 剣は抜かれていない。

 だが、逃げ場は――どこにもなかった。


「……く、黒の……」


「カサブランカ、でいいわ。」

 リィナは、淡々と告げる。


「敵から呼ばれる名だから。」


 オルフェンは後ずさり、壁に背を打ちつける。


「ま、待て……!」

「誤解だ……!

 私は……私はただ……!」


「知ってる。」


 一歩、近づく。


「あなたは“命令した”。」

「人を攫い、売り、

 そして――私を殺そうとした。」


 赤い瞳が、まっすぐに子爵を射抜く。


「だから――」


 影が、床に落ちる。


「回収しに来ただけよ。」


 オルフェンの喉から、声にならない悲鳴が漏れた。


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