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黒のカサブランカ ――裏切られし女勇者、闇に堕ちて魔王となる――  作者: 小鳥遊 千夜


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3/5

第3黒 賞金首《黒のカサブランカ》

 

 辺境のグラウ・シルヴァ

 夜の(とばり)が降りるにはまだ早いはずなのに、森はすでに深夜の顔をしていた。


 幾重にも絡み合った古木の枝が空を覆い、月明かりさえ細切れにされて地へ落ちる。

 湿った土と腐葉の匂いが濃く、踏みしめるたびに、過去にここで失われた命の残滓(ざんし)(きし)むようだった。


 影が、異様に濃い。

 まるで森そのものが、何かを待っているかのように。


 ――その頃。


 ヴァルディス王国領、交易街の外れ。

 表向きは静かな別邸を装ったその館の奥で、荒々しい怒号が壁を震わせていた。


「……全滅、だと?」


 低く、腹の底から絞り出すような声。

 重厚な机の向こうに立つのは、肥えた体躯と贅肉に埋もれた顔をした男――

 奴隷商を裏から束ねる貴族、オルフェン=グレイスナー子爵。


 (ひざまず)く配下たちは、頭を床に擦りつける勢いで震えている。


「は、はい……辺境の森の集積地が……」

「見張りも、人攫(ひとさら)いも……一人残らず……」


 言葉は途中で途切れ、部屋を満たしたのは重苦しい沈黙だった。


 次の瞬間。

 鈍い破壊音。


 子爵の拳が、机の天板を叩き割っていた。

 装飾木材が砕け、書類と酒杯が床に散る。


「ふざけるな……!」


 怒りと焦燥が混じった叫び。

 それは単なる損害への怒りではない。

 支配が脅かされたことへの恐怖だった。


「商品を根こそぎ奪い……奴隷まで解放するとは……!」

「しかも……ハーフエルフまで逃がしただと……!」


 子爵は理解していた。

 これは事故ではない。

 偶然でもない。


 ――意図的な破壊だ。


「……誰の仕業だ。」


 配下の一人が、喉を鳴らしながら答える。


「黒い剣を持つ女です……」

「連れに、魔族のような存在がいたと……」


 その言葉を聞いた瞬間、子爵の目が細く吊り上がった。


「……“黒のカサブランカ”か。」


 最近、裏社会で(ささや)かれ始めた名。

 夜に現れ、奪い、壊し、血を残さず消える存在。


「商売の邪魔をして……無事で済むと思うな。」


 子爵は立ち上がり、外套を荒々しく翻す。


「金はいくらでも出す。」

「“黒のカサブランカ”の首を持って来い。」


 数刻後。


 森の外縁。

 人の手が入った道が尽き、獣道へと変わる地点に、重い足音が集まり始めていた。


 革鎧が擦れる音。

 金属が触れ合う鈍い響き。

 呼吸は揃い、無駄口はない。


 現れたのは十数名の男たち。

 ヴァルディスで名を知られる傭兵団――《灰狼団》。


 団長格の男は、傷だらけの手で地面に残る痕跡をなぞる。


「……ここが現場か。」


 血の匂いはほとんどない。

 争った形跡も乏しい。


「戦闘跡は……ほとんどないな。」

「一方的に殺された……いや、処理されたか。」


 別の傭兵が、喉の奥で唸るように呟く。


「噂通りか……黒のカサブランカ。」

「花みたいな名前だが……やることは魔物だ。」


 団長は鼻で笑った。


「相手は女一人だ。」

「だが、油断するな。

 首に賞金が掛かるほどの相手だ。」


 その視線は、すでに森の奥――

 影が最も濃い場所を捉えていた。


 一方、その頃。


 森のさらに深部。

 焚き火は最小限。煙も光も、極力殺されている。


「……影が、騒いでますねぇ。」


 シルフィが、木の根に腰を下ろしたまま(ささや)く。

 銀髪は夜に溶け、淡い緑の瞳だけが微かに光っていた。


「後ろから……複数。」

「足音が重いですねぇ……傭兵、でしょうか。」


 空中で腕を組んでいたカイゼルが、楽しげに口角を上げる。


「ほう、早いな。」

「奴隷商の貴族が、黙っているはずもないとは思っていたが…。」


 リィナは答えない。

 ただ、静かに黒い剣へ手を伸ばす。


 闇を拒むような刀身。

 月光すら飲み込む漆黒。


 その瞬間――

 森の影が、わずかに割れた。


 低く、荒れた男の声が響く。


「……お前が“黒のカサブランカ”だな?」


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