第2黒 影に縛られた銀刃
次なる復讐の標的が潜む東方交易国家《ヴァルディス王国》。
その国境へと続く街道を外れ、リィナたちは辺境の森を進んでいた。
昼であるにもかかわらず、森は薄暗い。
古木が天蓋のように空を覆い、陽光は細い刃となって地面をかすめる程度しか届かない。
「……嫌な森だな。」
宙に浮かぶカイゼルが、わずかに眉をひそめた。
「魔力が淀んでいる。
人の悪意と、長年踏みにじられた命の匂いだ。」
リィナは足を止めない。
「奴隷狩りが根付いた森よ。
ヴァルディスの“影”そのもの。」
その時だった。
――かすかな悲鳴。
いや、必死に声を殺した嗚咽。
二人は同時に視線を向ける。
木々の隙間、その奥。
「……やめ……て……!」
鎖の擦れる音。
それに重なる、下卑た笑い声。
「抵抗するなって言ってるだろ、ハーフ。」
「おい、売り物なんだからあんま傷付けんなよ!」
数人の男たちが、獲物を囲んでいた。
粗雑な武装、鎖と網、慣れ切った手つき――
明らかに人攫いの集団だ。
その中心に、縛られ膝をつかされている少女がいる。
――ハーフエルフ。
長い銀髪は泥と血に汚れ、淡い緑の瞳は恐怖に揺れていた。
細身の身体には、古い鎖痕と新しい傷が重なり、これまでの扱いを雄弁に物語っている。
「……」
リィナの赤い瞳が、静かに細められた。
「カイゼル。」
「言うまでもない。」
次の瞬間、闇が落ちる。
「な――!?」
気づいた時には遅かった。
影が走り、音もなく距離が詰められる。
「……煩い。」
リィナの声は低く、感情を含まない。
ダーク・リベリオンが閃く。
刃は無駄なく振るわれ、人攫いたちは次々と地に伏していく。
抵抗も悲鳴も、森の闇に吸い込まれた。
「ひ、ひぃ――!」
逃げようとした男の足元に、影が絡みつく。
「ふん、統率も覚悟もない。」
カイゼルが冷ややかに吐き捨てる。
「こんな連中が“商売”だと?
反吐が出るな。」
数息後。
そこに立っているのは、リィナだけだった。
人攫いの集団は――
一人残らず、動かなくなっていた。
静寂が、森に戻る。
縛られていた少女が、呆然とこちらを見上げている。
「……あ、あの……」
震える声。
リィナは剣を収め、視線だけを向けた。
「解放しただけ。
助けたつもりはないわ。」
魔法が走り、鎖が音もなく砕け散る。
自由になった瞬間、少女は崩れ落ちるように地面に手をついた。
「……ありがとう、ございます……」
深く、深く頭を下げる。
「……名前は?」
「……シルフィ=レッドウィング、です……」
「ここから北へ行けば、ヴァルディスの街道に出る。
生き延びられるかどうかは、あなた次第。」
「……あの……」
シルフィは一瞬、言葉を探し――
意を決したように顔を上げた。
「……どこへ、行かれるんですかぁ……?」
「あなたには関係ない。」
即答だった。
「私は仲間を求めていない。」
その言葉に、シルフィの肩がわずかに震える。
それでも――彼女は逃げなかった。
「……そう、ですよねぇ……」
苦笑に近い微笑み。
「でも……あなたの影は私と似ている。だから影からそっと見守らせて下さい」
カイゼルが、興味深そうに口笛を吹く。
「ほう……こいつ良い魔力を感じる。」
リィナは、ほんの一瞬だけ足を止めた。
「……忠告よ。」
振り返らずに言う。
「私の道は、復讐だけで出来ている。
ついて来れば、いずれ壊れる。」
「……それでも。」
シルフィは立ち上がり、銀髪を揺らしながら答えた。
「壊れる自由なら……もう、慣れてますから。」
沈黙。
リィナは何も言わず、再び歩き出す。
「……付いてくるなら、勝手にしなさい。」
それは許可でも拒絶でもない。
ただの、事実。
シルフィは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ……影から、お支えますねぇ。」
こうして――
銀の刃は、黒百合の背後を歩き始めた。




