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32 勇者の未来を壊す旅④


「見つけた」


 私は王都にある古い魔道具店を見上げた。


 今までのループでは一度だって見つからなかったのに、ひとりでいざ探し出すとこれだ。拍子抜けしてしまうけど、どうでもいい。私は勢いよくお店の扉を開けた。


 久しぶりに見た店内はやっぱり散らかっており、不気味な魔道具で埋め尽くされている。


「いらっしゃいませ。メーロン様。お待ちしていましたよ」


 奥から聞こえた声。


 私はズカズカと声の主へと乱暴に近づくと、胸元を掴む。


「それも運命を見た⋯⋯なんて言うつもりないよね? 殺されたくなかったら私の質問に答えて」


「わかってますよ。いや、もう店主はいいか。ボク、あんまりこの話し方好きじゃないしね」


 店主はそう言って身に纏っていた布切れを取り払う。


 目に飛び込んだのは美しい女性の顔だった。


「言っとくけど、女性だからって容赦はしないから。私には時間が無いの」


「面白い冗談だ。無いのは余裕だろう? 時間は無限にある」


「⋯⋯やっぱり知ってるんだ。私の呪いを」


 呪い。

 その言葉に彼女は口角を上げた。


「もちろん。だってボクが創ったんだからその日記」


「何が目的なの!? 君は一体何なの!!」


 胸元を握る手に力が籠められていく。


 私は我慢できずに魔法を展開しようとした。


「ここで暴れるつもりかい? やめてほしいな。せっかくの店が吹き飛んでしまう」


「じゃあ、答えて!!」


「答えて欲しいならせめて手は放してくれ」


 手を広げてひらひらとお道化るように振るう彼女に、私は大きな舌打ちをした後で仕方なく放してやった。


「ほら、早く答えて」


「じゃあまずは自己紹介を。ボクの名前はアイ。女神アイさ。どう、驚いたかい?」


 いちいち神経を逆なでする言い方だ。


 けど、驚いたのも事実。

 だって、目の前の女性が女神だって言われれば、誰だって驚くだろう。もしくは信じず鼻で笑うかな。


 私だっていつもなら絶対に信じない。

 馬鹿にしているんでしょ、って有無を言わせず魔法をぶち込んでいたと思う。彼女の容姿と、過去を言い当てたこと。そして、今実際に私を襲うこの呪いが無ければ、ね。


「別に驚かないけど。どうでもいいから本題を話して」


 癪に障るっていう理由もあって、私はアイについては言及せず冷静を装った。


「⋯⋯ふーん。まぁいいけども。じゃあ単刀直入に言おうか。ボクは君の行動を観察したかった。君が愛のためにどんな風に動き、愛によってどう壊れていくのかを知りたかったんだ」


「意味がわからない。もっと簡単に」


「そのままの意味だよ。ボクはずっと昔から人間たちの心を観察してきた。特に愛情をね。ボクはそれがわからないからさ。だからこうやって所謂〝愛の試練〟ってやつを与えているんだ。()()()からずっとね」


 愛の試練?

 これがそうだと、この女神は言っているのか?


 愛する人の死を何度も見て、何度も絶望して。

 救う方法があるならまだしも、こんなのはただの呪いだ。


「本気で言ってるの?」


「もちろん。面白いだろう? 人間が愛に狂わされる様⋯⋯最高だよ!」


「⋯⋯ふざけるな。ふざけるなぁッ!!」


 私は本気でアイを殴った。


 目の前の女神の顔を、殺意を込めた拳で打ち抜いた。


「お前が! お前のそのふざけた理由のために、エオ君は死んだって言うの!? 私は時間を繰り返したって言うの!? 殺す。殺してやる!!」


 土属性の魔法で岩石を生み出して、私はアイに放った。


 全身に直撃する。

 そう確信した岩石は、アイに触れる瞬間に跡形も無く消滅した。


「無意味だよ。女神であるボクに人間の攻撃は効かない」


 余裕のある笑みを見せつけるアイの頬には、さっき殴ったはずの形跡まで消えてしまっていた。


「それと、君の怒りは受け取れない。だってそうだろう? エリオンが死んだのはボクのせいじゃない。ボクはただ何か起きればいいなぁ~、って具合に魔道具を売っているだけ。あの日記だって君が選んだんじゃないか。他の魔道具を選んでいればまた結末は変わっていた。寧ろ感謝してほしいよ。だって、ボクの魔道具がなければエリオンを助ける()()()()すら無かったのだから」


「だからって⋯⋯!」


 と、そこで私は気が付く。


 今、アイはエリオンを助けるチャンスすら無かったと言った。もしもその言葉を信じるのならば、まだエオ君を救う方法があるということになる。


「気が付いた? ほら優しいでしょボクは。ちゃーんとこのループを抜け出して、エリオンの命を救う方法だって用意しているんだ」


「じゃあ早くそれを教えて!」


「えぇーそれが女神様に頼む態度? それと、君ボクの顔殴ったしなぁー?」


 ⋯⋯嫌な女神だ。

 こうなることがわかっていてわざと殴られたんでしょ。そうに決まってる。


「⋯⋯ごめんなさい。どうかエオ君を助ける方法を教えてください。お願いします」


「了解了解! この女神様に任しておきなさいよ」


 勝ち誇った笑みでアイが私の頭を撫でる。⋯⋯もしループが失敗したら絶対に殺してやる。


「じゃあ方法だけど⋯⋯その前に魔道具についてもう少し説明が必要だ。その魔道具は魂を切り取って過去へと送る代物でね。所有者の君は記憶を維持したままでいられるけど、その他の生物はもれなく全てを忘れてしまうんだ」


「魂を⋯⋯」


 ひとつ、納得できることがあった。


 何故、ティタちゃんの顔に火傷があったのかずっと謎だった。あの傷はイフリートによる呪い。魂に傷を残し、永遠に消えなくさせるというものだ。


 魂に傷。

 そうだ。だからこそティタちゃん自身は記憶を失っていても、火傷の跡だけが魂に残って肉体にもそのまま影響を及ぼしたんだ。


「他の人間は間違いなく記憶を失い、思い出すことも決してできないだろう。でも、エリオンは特別だ。彼と君には愛情というさらなる繋がりがある。君がエリオンを愛し、またエリオンが君を愛すことでこのループをより困難なものにさせているんだ。ループを何度か経験するうちに、何かエリオンに変化はなかったかい? 例えば見たことも無い映像が突然脳に流れ出した、とか」


「未来予知⋯⋯!」


 確かにエオ君はそう言っていた。


 何度目かのループの際に、未来が見えるんだと言って私を助けてくれたことだってある。


「未来予知か。実際は過去に経験した出来事を思い出しているに過ぎないんだけどね。恐らく何度も同じ経験をしたり、強く印象に残った出来事がフラッシュバックしているんだろう。兎に角、このエリオンと君との繋がりを壊さなきゃループから抜け出すことはできないよ」


「じゃあ結局どうすればいいのよ!」


「簡単さ。愛情が君たちの繋がりなら、それを無くせばいい」


 アイの不敵な笑みが、私の心臓を強く握りしめた。


「君がエリオンを愛しているのはもうどうしようもないだろう。でも、彼の方はどうだい? 彼が君に愛を向けたのは旅が始まってからだ。だからね。旅の中で他の女性を愛すように君がコントロールすればいい。エリオンが君以外の女性を好きになれば繋がりは弱まる。ほら、簡単なことだ」


 アイはただ笑う。

 まるで玩具を前にした子供のように楽しそうに笑っている。


 ⋯⋯何となく、彼女のやりたいことがわかった。


 愛した者のために自分の愛を諦めろ。

 そして、愛した者が他の者を愛すために行動しろ。


 これがアイの言う試練。

 そのために彼女は魔道具に面倒な機能を付けたんだ。


 魂だの、繋がりだの、そんなことをしなくても女神の力なら楽に時間を巻き戻すだけの魔道具を作れるはずだ。でも、コイツはそうじゃない。見たいだけなんだ。人間が愛に藻掻き苦しむさまを。


「あぁ、それと! 魂が深く関わっていることがわかったと思うけど、世界の均衡を保つ為に数も合わせなくてはね。つまりエリオンが魔王を倒して死んだ日、その時間に、別の命を用意してもらわないと。だって死んだ人間を助けるんだから、その代わりの魂がなくては均衡が保てないだろう? いやぁ、困ったねメーロン。はてさてどうしたものか」


 どこまでもわざとらしくアイは困ったような顔を作ってみせた。


 つまり私がこのループを抜け出すには、学院内や旅の中でエオ君と他の女性が恋に落ちるように手引きし、最初に魔王を倒した日にちと時間きっかりに私が代わりに死ぬしかない。


 これが、この女神のつくりあげた壮大な物語。

 愛のためにお前はここまで苦しむことができるのか。死ぬことができるのか。そう言いたいんでしょ。どうせ無理だろって。どうせ諦めて泣きわめき絶望するんだろって。そう決めつけている。その姿を見たいと思っている。わかるよお前の考えが。


「さぁ、メーロン。君の答えを聞かせてもらおうか⋯⋯」


「たったそれだけでいいの?」


 アイのくだらない戯言を遮って、私は確認した。


「たったそれだけのことでエオ君を本当に救えるんだよね?」


「そう、だけど。どうかしたのかい?」


 私から何か不穏な空気でも感じ取ったのか。はたまた女神の力でも使って考えを覗いているのか。どこか困惑するような表情をするアイに、私は言う。


「そう。良かった」


「え?」


 安堵の声を漏らした私を見て、アイが初めて笑顔を崩した。


「何が、良かったっていうんだい? 聞いてなかったのか。それとも理解できていないのか。君はエリオンを助けるために愛を失うんだぞ! 命を失うんだぞ!?」


「わかってるよ。だから良かったって言ったの。だって、たったそれだけのことでエオ君を助けることができるんでしょう?」


「⋯⋯はぁ?」


 意味もわからずアイは困惑している。


 演技じゃない。

 本心でアイは、私の気持ちが理解できないんだろう。


 私はエオ君が大好きだ。

 他の何よりも一番大好きで、愛している。


 だから命を捨てるぐらいで、愛を捨てるぐらいで彼が幸せに生きていけるのなら、私にとっては些細なことなんだ。


「私はエオ君が生きていればそれでいい。それが全て。だから、残念だけどアイの期待には応えられない。私にとってはこんなこと試練でも何でもない。私が失うもの何てひとつもないんだから」


「本気なのかい?」


「えぇ。だから一応は感謝しておく。ありがとう女神様。後はお得意の観察ごっこで見てればいいよ。私がエオ君を助けるところ。⋯⋯どんなに罪に汚れようとも必ず成し遂げて見せる。それが、私にとっての愛だから」


 私の声は自分でも驚く程に低く、冷たかった。


 この先私が歩むであろう血に濡れた道のりを考えれば当然なのかもしれない。これを愛だと呼ぶには、きっと余りにも汚れて醜いものなのだろう。


 でも、これが私の答え。

 紛れも無い私の愛の形だ。


 私は無言で歩き出すと、お店を出るための扉に手を伸ばした。


 背後に立つであろうアイは何も言わない。一体、今彼女はどんな顔をしているのだろう。


 結局、アイが何を考えていたのかはわからない。

 人間観察、というのも恐らくは嘘だ。遊びや興味で行動してるようには見えなかった。もっと、何か大切なものを探そうとしている。足掻いている。そう感じた。


 だって、演技をすることを止めた時の表情が、何故だか他人ごとに思えなかったから。


 だからね、精々見ていればいい。

 私という飛び切りの人間の愛情を、しかとその目に焼き付けなよ。


 エオ君の悲しむ未来は私が壊してみせる。どんな手段を使っても絶対に——。


「⋯⋯さぁ。勇者の未来を壊す旅の始まりだ」


 私はひとり呟くと、扉を勢いよく開き外へと一歩足を踏み出した。


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