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勇者の未来を壊す旅  作者: 蓮見たくま


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31 勇者の未来を壊す旅③


「ここは⋯⋯?」


 目を覚ました私が立っていたのは、忘れるはずも無い自分の部屋だった。


 机も、ベッドも、壁も、ぬいぐるみも。

 間違いない。やっぱりここは私の部屋だ。でもどうしてここに?


 意味がわからず部屋の中を見渡していると、全身を映す鏡に視線が釘付けになった。鏡が反射する自分の姿は、十年以上は前の幼い日のものだったのだ。


「うそ⋯⋯」


 顔を触り、小さくなった手足を見つめ、私は驚愕した。


「戻ってる。体が、昔に」


 一体何が起きているの?

 もしかして夢?

 それとも幻?


 思いつく限りの可能性を考え、状況をどうにか整理しようとした時、部屋のドアがノックもされずに勢いよく開かれた。


 現れたのは私のお姉ちゃんだった。


「ねぇメーロンちょっと外に来てお願い! 家の前で良いから! 凄いもの見せてあげる!」


 目を輝かせて興奮するお姉ちゃんはいつも通りだ。その容姿を除いては——。


「お姉ちゃんも小さくなってる⋯⋯!?」


「むぅ、小さいなんて失礼ね。私はこれから大きくなるんだから!」


 胸を触りながら宣言するお姉ちゃんを見て、いよいよ私は頭がどうにかなりそうだった。

 

 私もお姉ちゃんも姿が十年は前に戻っている。

 ううん、姿だけじゃない。よく見たら部屋も少し変だ。昔捨てたはずのぬいぐるみまで置いてある。もしかして、時間そのものが戻っているの⋯⋯!?


「どうしたのメーロン。なんだか様子が変よ? やっぱり今日も外に出るのはやめとく?」


「ダメ! お外出るから! ほら、早く行こう!」


 私はお姉ちゃんの背中を押して部屋から無理やり出る。


 もしも私の考えが正しいのなら、外に出れば絶対に変化があるはずだ。


「早く早く!」


「メーロンが自分から外に⋯⋯! うぅ、お姉ちゃん嬉しい」


「いいから!」


 何故だか本気で泣き始めたお姉ちゃんを引っ張って、私は家の外に足を踏み出した。


 雲一つない美しい青空。

 暖かな日差しが心地いい。この感じ、間違いない。これは現実。それにやっぱり村も昔に戻っている。ということは、


「こんにちはムスク姉ちゃん! それと⋯⋯」


 聞き覚えのある声に、私は反射的に振り向いた。


 立っていたのは金髪に深紅の瞳をした男の子⋯⋯エオ君だった。


「エオ君⋯⋯!」


 私は何も考えることができずにエオ君に抱き着いた。


 温かい。生きている。エオ君が、生きている!


「えっと、え?」


 困惑するエオ君を無視して、私は抱きしめ続ける。強く強く抱きしめ続け、涙を流した。


「ちょっとメーロン!? どうしたの急に!」


 お姉ちゃんが慌てて私とエオ君を引き剥がす。


「急に抱き着いちゃダメでしょう? それに、何で泣いているのよメーロン」


「何でも、何でもないの。うん、本当に。何でもないから」


 私が懸命に目から溢れる涙を手で拭っていると、エオ君が笑顔で手を差し伸べた。


「大丈夫だよ。何も怖くないから。僕はエリオン。君は?」


「私、私はメーロン。メーロンよ」


「メーロン⋯⋯可愛い名前! 初めましてメーロン。よろしくね!」


「うん、初(・)め(・)ま(・)し(・)て(・)。エリオン君」


 私はエオ君の手を握った。

 もう二度と握ることができないと、会えることができないと思っていた。でも、女神様が奇跡を起こしてくれたんだ。


 絶対にこの手は離さない。君を失ったりしない。

 最初から始めよう。大丈夫。もうあんな失敗はしない。何が起きるかも全て知っているんだ。知識もある。あの時よりもずっと強くなって、エオ君を助けるんだ!


「そういえばメーロン。ずっと思っていたけど、そのポケットに入ってるのは何?」


 希望に浸る私に、お姉ちゃんが不思議そうに尋ねた。


 ポケット?

 何か入れていたんだっけ?


 私が言われるがまま服のポケットに手を入れると、そこには一冊の小さな本があった。


「⋯⋯嘘。なんでこの日記が」


 手に持ったのはあの日記だった。

 見た目も、書いた内容だって全く同じだ。もしかしてこの日記が私を過去に連れ出してくれたのかな? そう呑気に考えられたらどれだけ良かっただろう。


「⋯⋯嫌」


 何か不吉な予感がした。

 あの魔道具店の店主と同じだ。この日記は持っていてはいけない。手放さなくちゃいけない。強くそう感じた私は、家に戻ると日記を直ぐにゴミ箱に捨てた。


◇◇◇◇◇◇


 全ては順調だった。


 やはりエオ君は勇者としてサロス学院に入学したし、私も同じように君を守るために行動を共にした。入学した後もニオちゃんとティタちゃんとは仲良くなれたし、一緒に魔王を倒す旅に出かけることになったんだ。


 ただ、いくつか変わったこともあった。


 ひとつはティタちゃんの顔。

 彼女の顔にはイフリートと戦った際に負ったあの火傷が既に付けられていた。


 怖くなった私はティタちゃんに直接聞いた。


「ティタちゃん。その火傷どうしたの?」


「これか? あぁー何だっけ? 忘れちまった!」


 心底どうでもよいと笑うティタちゃんの顔から、私は目を背けた。


 ダメだ。

 何か、何か嫌な予感がする。あの日記と同じだ。もしかして、私は何か取り返しのつかないことをしてしまったんじゃ⋯⋯。


 襲い掛かる不安を押さえつけて、私はサロス学院での日々を送った。


 大丈夫。

 問題は無い。


 そう言い聞かせる私の身に、再びとある異変が起きた。


「⋯⋯ない」


 旅の始まりの日。

 王都から旅立つ前に、前回は魔道具店に寄ったのだけど、そのお店が見当たらなかったのだ。


 どこにもない。

 あんなにも目立つ店だ。直ぐに見つかるはずなのに⋯⋯。


「どうしたのメーロン。もう行くよ?」


「⋯⋯何でもないよ。エオ君」


 王都を出るために歩き始めたエオ君に、私はそう答えることしかできなかった。


 おかしい。

 何かが、おかしい。


 旅は順調に進んでいる。

 前回よりも魔法の知識に余裕がある分、私個人は強くもなっているはずだ。


 変化だって些細なことだし、問題は無い。いくらそうやって自分に言い聞かせても、私の内に広がる不安は段々と大きくなっていった。


 そして、ついに私たちは魔王城に辿り着いた。


 魔王はやはり強大で凶悪で、ひとりじゃまるで歯が立たなかった。


 でも、今回はまだ余裕がある。

 私の的確に繰り出される魔法に、魔王の動きが前回よりも制限されていた。


 勝てる!

 私の不安が希望によって掻き消された時、無事にエオ君が魔王に最後の一太刀を浴びせた。


 塵となって消えていく魔王。

 そして、大きな怪我も無く立ち尽くすエオ君。


 やった。

 変えたんだ。未来を!


 私は心の底から歓喜して、エオ君に抱き着いた。エオ君も疲れ切っていたけど、優しく笑顔を向けてくれた。その瞬間だった。


「⋯⋯がふっ」


 エオ君が吐血した。


 しかも少量じゃない。

 エオ君の口から出た真っ赤な血の量は尋常じゃなく、地面に大きな血だまりができていた。


 そして、エオ君は倒れた。


「⋯⋯エオ君?」


「⋯⋯⋯⋯」


「ねぇエオ君ってば!!」


 体をどれだけ強く揺さぶっても、エオ君は反応しない。体温が徐々に引いていき、あの冷たさが再び私の手に広がっていく。


「嫌、いやだよ!? 何で、どうして!? だって今回は無事だったのに!!」


 何でこんなことに。

 何で、何でエオ君ばかりこんな目に会わなくちゃいけないの!!


 エオ君が何をしたっていうんだ。

 エオ君は、誰よりも優しいのに。世界を救ったのに!!


 意味がわからず泣きじゃくる私の前に、ドサリと何かが落ちた。


 涙で溺れる目を見開くと、そこにはあの日記があった。


「なんで、もう、何を」


 私の言葉を無視して、日記は再び白く輝きだした。


◇◇◇◇◇◇


 また、振出しに戻った。


 また、過去を繰り返した。


 私が初めてエオ君と出会ったあの日。私にとっては忘れることも無い大切な日。日記は再び私を部屋の中に閉じ込めた。


 大丈夫。

 今度は上手くいく。


 繰り返される時間を利用して、私はもう何度そう決意したのだろう。


 強くなればいい。

 私はエオ君と会う時間を捨て、ただ強さを追い求めた。でもダメだった。エオ君はやはり死んだ。


 エオ君が死ぬとまた時間が戻る。

 あの日に時間が巻き戻される。


 次はみんなに協力してもらおう。

 私は全てを打ち明け、みんなで死に物狂いで強くなった。対策を練った。でもダメだった。エオ君はやはり死んだ。


 また戻る。

 時間が、ただ残酷に戻る。


 魔王を倒してもエオ君は死ぬ。

 じゃあどうすればいいの?


 考えてもわからない。

 わからないけど、私には時間があった。それはもう、一生を終えることも叶わない程の永遠の時間が。


 私は思いつく限りの全ての可能性を試した。

 時間が戻るのはエオ君の死がきっかけなのか。試しに君を愛で刺し殺してみたら、時間が戻った。


 殺してもいいんだ。

 そうだよね。どうせ時間は戻るんだ。じゃあ私が死んだら?


 私は魔法で自分を殺してみた。

 気が付くと部屋に立っていた。やはり時間が戻っている。


 私が死んでもエオ君が死んでも時間は戻る。

 じゃあ⋯⋯他の人が死んだら?


 私は両親を殺した。

 お姉ちゃんを殺した。

 村のみんなを殺した。

 ニオちゃんを、ティタちゃんを殺した。

 でも、時間は戻らなかった。


 そっか。

 じゃあ私とエオ君がループの鍵なんだ。じゃあそれ以外の人をいくら殺したって大丈夫だ。殺しても、大丈夫。ハハ。だって、どうせ戻るんだもん。何も、意味は無いんだ。


 じゃあもういっその事、魔王何て倒さなくてもいいじゃん。

 あんなのに関わってるからエオ君は死ぬんだ。今の私の魔法なら子供の時でも誰も敵わない。無理やりエオ君を連れ去って監禁すればいい。うん、そうだね。それがいい。


 私は魔法でエオ君を誘拐して誰も居ない森の中で暮らすことにした。小屋を作って、エオ君を魔法で調教して、鎖でつないだ。完璧だ。これでもう君は私の物だ。もうどこにも消えない。なぁんだ。最初からこうすれば良かったんだ!


 私は従順なエオ君と一緒に森で何年も暮らした。でもダメだった。エオ君はあの日のように血を大量に吐いて死んだ。


 ⋯⋯どうして?

 何で何もしていないのにエオ君は死ぬの?


 もしかしたらまだ他の条件があるのかもしれない。

 私はまた過去を繰り返して実験と検証を行った。


 そしてわかったことは、最初に魔王を倒して死んだエオ君の寿命がそのまま引き継がれている、ってことだった。


 どんなに過去を変えようとも、エオ君が死ぬのは変わらない。寿命が来ればどんなに安全な場所だろうとも、どんなに健康的に暮らそうとも関係ない。君は血を吐いて死ぬ。


 じゃあ何で私は繰り返しているの?

 絶対に助けられないことはもうわかった。なら繰り返す意味なんて全くないはずでしょ?


 あぁ、そっか。そういうことか。

 これは希望じゃない。女神様が私の願いを叶えてくれたわけじゃない。


 罰なんだ。

 欲に溺れ、友人を傷つけ、使命を忘れた罰。これは永遠の牢獄なんだ。


 気づいた時には、もう私に生きる気力なんてなかった。


 もう全てがどうでもいい。

 どうせ繰り返すんだから何をやっても無駄だ。暇つぶしに世界を魔王よりも先に終わらせるのもいいかもしれない。


 それか、そうだなぁ。

 世界を巡るのもいい。ループするまでに行けるとこまで旅をして、世界を見て、人と出会って。そうしたらエオ君のことも忘れられるかも。もっと素敵な人に出会えるかもしれないしね。そうだ。それがいい。エオ君を忘れてしまえば解放される。この苦しみから、悲しみから。たった、それだけのこと。簡単なことでしょ?


「⋯⋯無理だよ、それだけは」


 エオ君を忘れることなんて、私にはできない。


 君が私の全てなんだ。

 君がいなきゃ私は今もずっとあの部屋に引き籠っていた。こんなにも世界が美しいだなんて知ることも無かった。愛が素敵だなんて感じることも無かった。


 だから、私は諦めないよ。

 どんなにこの手を汚しても、心を失っても、絶対にエオ君を助けて見せる。何度繰り返しても。何度この日記が手元に返ってきても絶対に。


 ⋯⋯待って。

 そうだよこの日記。これがループの原因なら、あの店主に聞けば何かわかるかもしれない。


 最初に会った時から一度もあのお店は現れなかったけど、本気で探せばもしかしたら見つけることができるかもしれない。


 やる価値はある。

 店主を見つけて、殺してでも吐かせてやる。


 このループの終わらせ方を。

 この呪いの解き方を——。


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