3.ホワイトアウト -2-
私はガタガタと震えるのみで、反応を見せない男を見下ろしていた。
彼が座っていた椅子は先程、男諸共蹴飛ばしていて…男は壁に背を預けてこちらを睨みつけている。
その上に目を向けると窓が見え…そこには相変わらずの大雪が引っ切り無しに打ち付けていた。
「少し聞きたいことがある」
私は落ち着いた口調でそう言うと、男は引きつらせた表情を更に引きつらせて首を横に振った。
「答えんぞ…」
男の答えはただ一言、震える声で絞り出した否定の声。
「選択肢があるとでも?…貴方が生きるか死ぬかはもう私の手の中にあるんだから」
私は右手に持った機械を男の足元に放り投げてから、左手に持ったままのライフル銃でそれを撃ち抜く。
消音器のお蔭で、耳を劈くような銃声はしなかったが、目の前の男に更にプレッシャーをかけるには十分過ぎた。
「ひ…!」
「よく見るの。終わりかけの可能性世界で別の世界に入り込む為に使われる代物は」
「か…可能性…世界?嘘言うな!ここは…軸の…」
「なら尋ねましょう。ここは何軸の世界?」
「ここは3軸だろう…?」
男は震えながらも…探るような声色で答える。
それを聞いた私は、表情を一切変えずに首を横に振った。
それと同時に、人差し指を顔の前に出して左右に振って…顔を少々傾げて…
声にも出さずにそれを否定する。
「…嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ!確かにレコードには!」
「何を見たのかは知らないけれど…ここは3軸の可能性世界。当ては外れたらしい」
私は淡々と男に事実を告げる。
「軸の世界への侵入は、結構色々な世界で試みられてるけど…実際、軸の世界に行き当たることは少ない…極稀なの」
そう言って、私は自身が持つレコードをポケットから取り出して彼に見せつけた。
「大抵、可能性世界が終わる際に一般人に発見されるレコードは私達が持つ…この世界のレコードだったり、別の可能性世界のレコードの不完全な写本。貴方の持っていたものは…」
そう言いながら、私は周囲を見回す。
目的の物は直ぐに見つかった。
「これか」
手にした自分のレコードを仕舞いこみ、近場のテーブルにあった文庫本サイズのハードカバー本に手を伸ばして取り上げ…男に見せた。
「よく見る写本…残念ながら、これがある時点で、貴方達の世界は軸の世界から遠い可能性世界だったと言って良い」
私はその本を男の目の前に放り投げる。
男は投げられた本に目を向けずに、私の方を睨み続けていた。
「偶に居るのは、遠い世界だという事を何故か理解していて…別の世界に流入してポテンシャルキーパー達を欺き…軸の世界への流入を目指す…誰かに入れ知恵されたとしか思えない動きをする連中…貴方達はどうだろう?ここに居た人達は、捨て駒もいいところな気がするのだけれど…」
私はそう言いながら、ゆっくりと男の額に銃口を突きつけた。
「上層部に誰か居ないかな?レコードの事を良く知る人物は」
雪の叩き付けてくる音と、私の声以外には音がしない空間で、私はそう尋ねる。
目の前の男は向けられた銃口を目にして、ゆっくりと口を開き始めた。
「……知らない…知らないが…別の世界に行くといっていた奴も居た…」
男は幾分か真面な口調で話し始める。
「誰が指示してんのかなんて、俺には本当に分からないんだ…言われた通りの世界に行って事を起こすだけ…」
「じゃぁ…貴方に指示を出した人は?」
「知らない…手紙でしかやり取りしたことが無かったから」
「手紙の送り主の名前は?」
「ペンネームだ…チャーリーって言う…男の名前だが…そいつが男か女かも分からない」
「……そう。貴方は名も無き捨て駒だったというわけか」
私は彼の言葉を聞いて小さくそう言うと、静かに引き金を引いた。
カシュ!っという音と共に男の頭部は弾け飛び、もたれかかっていた壁に血飛沫が飛び散る。
そのまま左側に倒れ込んだ男をじっと見下ろした私は、ふーっとため息を付くと手にしたライフルの弾倉を交換して安全装置を掛けてから、この部屋に倒れている男達の持ち物を探っていった。
出てきたのは、男達が使用することは無かった拳銃に…その予備弾薬…財布や身分証明書…携帯電話に、数種類のメモ帳。
拳銃は1丁だけ、H&K製の軍用モデルでしっかりとした品だったが、そのほかの銃は俗にいうサタデーナイトスペシャル…低価格で粗悪な品だ。
財布や身分証を見る限り…彼らは20代後半~30代半ばで…それなりの職に付いている様だった。
更に見つかったものを見て行く。
携帯電話は殆どの物が充電切れになっていたり…銃弾に貫かれて壊れていたが…唯一電源が付いた電話の中身を探ると、受信メールの中に"チャーリー"の文字が見て取れた。
メールの内容は機械的で人間味が無く、内容もこの世界への流入の際の準備や物品の受け渡し…元居た世界のポテンシャルキーパーへの対処などだ。
私はその携帯電話を上着のポケットに仕舞いこむと、残った手帳類に手を付ける。
何冊かはただ仕事で使っていたような物で、特に手掛かりは無かったが…最後に殺した男と、これまた軍用拳銃を持っていた男の手帳にはそこそこ有用そうな情報があった。
この場での斜め読みで内容まで判断できるわけもなく、肝心な内容も走り書きが殆どで、断片的な情報しか得られないのだが…
それでも、その断片から分かることがあるかもしれない。
私はそれを携帯電話を仕舞ったポケットに入れると、部屋を見回して、何もやり残した事が無い事を確認して部屋の外に出た。
大学でやるべきことは終えた。
私は元来た道を歩いて行く。
階段を降りて、外に出て…雪が舞い散る中を車まで走って駆け抜け、助手席にライフルを入れると急いで運転席に収まった。
幸い、まだ車はそこまで埋もれていなかった。
ドアを開けた時に窓の雪をほろい、少々の雪が車内に入ったが気にしない。
エンジンを掛けて、前後のワイパーを作動させて積もった雪を払う。
直ぐに車を発進させ、荒々しく駐車場内を抜けて車道に出る。
ライトを付けて、私は車の鼻先を次の目的地に向けた。
現在時刻は4時半…外は陰鬱な雲が覆いつくし…そこからは大粒の雪が振ってきている。
朝、皆と現状を共有して…昼までに日向での用事を済ませ…そして昼過ぎにはPAでもう一人の私が"事"を起こした。
久しぶりに多忙すぎる1日だ。
私は車を走らせながらそんな言葉を頭に思い浮かべたが…生憎、この壊れかけた世界でやることはまだまだ山積していた。
もう一人の私の自爆後…私がやることは、この異変の"元凶"を捕まえて叩くこと。
その為に、他の世界からの流入や…暴徒化したこの世界の人間を殲滅して…その現場を調べて回ることが小目標になった。
PAで一誠から告げられたのは、勝神威にある3つの場所に居座る違反者…流入者達を叩くこと。
他の地域のは、それぞれの地域に居るパラレルキーパーに任せれば良いから、私がやるのはこの3か所だけ…
だが…異変の"発生源"がこの近辺であるという見立てから、私が担当する3か所には何らかの…クリティカルな手掛かりがあると思っていいだろう。
私は煙草を咥えて火を付け…積雪のおかげで安定しない車をいなしながら、次の目的地へと急いだ。
大学の次は、空港近くにある貨物倉庫街…
次は殆ど屋外での仕事になるから、この雪が長引くと少々不味い事になる。
車での移動が出来なくなるかも知れないうえに、私自身も動きにくくなる…それは相手にとっても同じことだが…私目線からいえば、動きにくい=時間がかかるという事だから、この雪は死活問題と言えた。
「晴れるかな」
煙を吐き出すついでにポツリと呟く。
どうすればこの雪が晴れるか?と言われれば、私達がレコードの正常化を行うほか無いのだが。
ここまで一気に違反や異常が拡散してしまったから、再生成されたレコードも雪を降らしそうな気がしてならない。
大学から目的地の倉庫街までは、普通に行けば15分程度で着くのだが…
今日は雪のせいで、そこから更に5分を費やして到着した。
倉庫街の駐車場は、私の目的地から遠く離れた所にある。
最早駐車場の白線など、どう止めればよいかも分からない駐車場の中に入ると、目的地に一番近い場所に適当に車を止めて、咥えていた煙草をもみ消してからエンジンを切った。
車から降り、ライフルを取り出して、足首より少々上の位置まで積もった雪の上を駆けだす。
所々、人の手が加わって除雪されて道が出来た場所があり、私はそこを選んで目的地方向へと進んでいった。
目的地は…倉庫街の中心部分にある、複数の会社のオフィスが入ったビルだ。
そこがこの倉庫街の頭脳とも言え…ビルの周囲に並ぶ倉庫の中身の管理だったり、配送の手立てを整えたりしているらしい。
雪の中で、視界は遠くまで見渡せない。
だが駐車場から少し歩けば、整然と並んだ倉庫群の向こう側に、少々大きな建物の影と明かりを見て取れた。
空港の近くではあるのだが…7階建て程度の、背が高いビルだ。
私はそのビルを見止めると体をそちらに向けて、そこまで続く道を駆け抜けて行く。
周囲の倉庫は明かりも付いていない。
暗い道を、明かりが点いたビル目掛けて走って行き…ようやくビルの入り口付近まで辿り着けた。
「……」
玄関フードの中で体についた雪をほろい、自動扉を越えて中に入って行く。
照明こそついていれど、中に人の気配は感じなかった。
中は明るく、綺麗なように見えるが…2000年代の建物と考えれば、作りは少々古臭く思える。
ここに来る前に確認したレコードによれば、このビルに居るのはほんの数人程度。
ライフルの安全装置を解除すると、中にいる人間を殲滅するために足を踏み出した。
レコードによれば、その数人は最上階フロアに居るはず。
私はエレベーターではなく、階段でフロアを一つ一つ上がっていく。
誰とも出会わず…私が発する足音以外の音も聞こえない。
順調にフロアを上がっていき…最上階。
7階まで達すると、周囲の安全を確認してから直ぐに廊下へ出た。
フロアに複数の会社のオフィスが混在する状況。
目的の会社を、エレベーター横にあったフロア案内図で確認すると、直ぐ近くにあった。
この建物の壁は分厚く…扉も鉄製で重そうだ。
私は会社の出入り口になっている扉の横に陣取ると、そっとドアノブに手を掛ける。
ゆっくりと、音が出ない様に気を付けながらそれを回して、そっと押してみると、鍵がかかっているようで扉は開かなかった。
「……」
もう一度扉を見てやると、IDカードのようなものが必要な扉でもなさそうだ。
単純に、内側から鍵が掛けられているだけ…
私は一瞬対応に迷ったが…もう一度下まで降りて、管理室みたいなのを探してマスターキーを探すよりは、素直にブチ破った方が早いと判断した。
出来れば、こっそり忍び込んで彼ら彼女らの会話を盗み聞きするなり…観察したかったのだが、時間は掛けていられない。
それに、今の私は"死んでも死なない"。
数秒の間に覚悟を決めた私は、ドアから少々距離を取り…鉄製のドアノブの鍵のかかった部分に銃口を向けた。
息を深く吸って吐き出す…
そして、ゆっくりと、引き金に掛けた指を引いた。




