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終末世界の片隅で  作者: 朝倉春彦
Chapter1 無知な女と終末危機
20/63

4.特異点の奇蹟 -1-

日向に着いた時、丁度12時を示す消防署のサイレンが町に響いていた。

長い下り坂を降りて…向日葵の咲き乱れたロータリーを通り過ぎると、彼女は車の速度を落として路肩に止めた。


車を降りると、彼女はすぐ目の前にあった商店の中に入っていく。

私は付いて行かずに、店の前にある自動販売機から缶のコーラを買うと、Zの助手席側に寄り掛かって、缶のタブを開けて口を付けた。


ここに来るまでのジャンケンで連敗を続けた彼女が煙草を買ってくる役目。

私は夏のお昼時…長閑で、何もなくて、そのまま溶けて行きたくなるほどの時間を過ごしている町の商店街の道端で、コーラを飲んで暇を持て余す。


周囲に目を向けてみても、町を歩く人たちの歩調は遅く…私が記憶している時代よりも、その数は少なかった。

興味本位で確認したレコードによれば、このままこの街は緩やかな人口低下を辿っていき…平成と呼ばれる時代を過ぎた頃には、限界集落と呼ばれるほどに閑散としてしまうらしい。

だから、今私が感じている人の少なさは、時代を進めて行けばいくほどにもっと顕著に感じることだろう。


私は私がこの街で暮らしていた時の商店街の通りの様子を思い出して…小さくため息を付いた。

あの時は、このままあの街で過ごして、やがて何処かに出ていくのが当然だろうと思っていたのだが…

まさか死後にレコードを片手に持って、もう一人の私と共に仕事のために訪れるだなんてことは思いもしなかった。


雲一つない青空の下で、黒と銀色のマンハッタンカラーに塗られたZに寄り掛かって彼女を待っていた私は、商店の入り口に見えた白髪の少女の姿を見てZから離れた。

350ml缶の半分を飲み干していた私は残りを一気に喉奥に押し込むと、自販機脇に置かれていた、海風ですっかり錆びついたゴミ箱に缶を放り投げる。


「はい」


彼女はほんの少しだけ不服そうな目で、買って来た煙草のカートンボックスを1つ、私に寄越す。

彼女の分は2箱しか買っていないらしく、ビニール袋からそれを取り出した彼女は、上着のポケットに入れてビニール袋をゴミ箱に押し込んでいた。


「ありがと」


受け取った私は直ぐに包みを剥いで、4箱をジャケットのポケットに入れる。

一本吸おうかと思ったが、これから仕事だ。

この、もう何もしたくなくなるほどの晴天の下で、私はこれから銃を片手に回らなければならない場所がある。

まだ8箱が詰まったカートンボックスを窓が開いていたZの助手席に放り込むと、私は彼女の方に振り返った。


「レコードで確認している通り、この街にいる"処置対象"を消して回る」


彼女はそう言うと、車を置いて歩道の上を歩き始めた。

私も彼女の横に付いて歩き出す。


「それと、さっき忘れてたのが一つ。持ち替えた銃の消音器を渡し忘れてた」

「ああ…そう言えば」

「ま、注射器で十分なのだけど」


彼女はそう言うと何時から付けていたのか、ベルトに引っ掛けていた処置用の注射器が入った特製のホルスターをポンと叩いた。


「注射器…」

「君の場合レコードを持つ前から銃を使ってたし、それはそれで構わないのだけれど…本来余り推奨されない手段だというのを忘れないで」


彼女はそう言うと、私の分のホルスターを何処からともなく取り出して、私に寄越した。


「一体何時それを……?」

「忘れ物は商店の中に出しておいた」

「ああ……そういうこと」


私はそう言って、彼女から受け取ったホルスターをジーンズのベルトに引っ掛ける。

左手で直ぐに注射器を引っ張り出せる位置だ。


「手帳はあるよね?」

「ええ。処置は全部注射器で?」

「そのつもり。この町で処置する人間は、レコードを修復するのに役立ってもらう事にした。だから注射器…ああは言っても銃を手にしていた方が好きなんだけど」

「私は…持たなくていいなら銃は要らないかな」

「へぇ?今まで進んで銃を持ってたと思ったけど」

「それは彼のせい。処置をするならこれで殺すほか無いと思ってたから。昨日までは状況が状況だったし」


私はそう言うと、注射器を取り出して顔の位置まで持ち上げた。

中に充填された虹色の液体が、歩く度にゆっくりと揺れる。

気味の悪い色味を持っているそれは、とろみを持っているらしい。

私は左手に持った注射器をもう一度ホルスターに戻すと、彼女の方に顔を向けた。


さっき車の中で見たレコードの内容を見る限り、処置対象はこの町の人間ではないことは確かだ。

そして、旅館もホテルも無い町で彼らが選んだ隠れ場所は…"空き家"。

人が少なくなってきたこの町には幾つかの空き家が点在するようになっていて、彼らはそこをジャックして居座っているらしい。

レコードで確認出来る限り、私が知っている人物が居たはずの家や…私が生前暮らしていた家にも"処置対象"が居る。


商店街を歩き進めて町の中心部までやって来た私達は、まず最初の1件目として近場にあった民家の方に体を向けた。

商店街から一本入った路地に並ぶ住宅の中の一つ。

舗装された道から砂利道に変わり…道幅が一気に狭くなる。

そこを進んでいった先にある、小さく古びた木造の一軒家が最初の目的地だ。


「さて…手帳を準備しておけば、後は無抵抗でしょうね」


彼女はそう言って家のチャイムに手を伸ばす。

私は彼女の後ろについて、成り行きを見ていた。


「はい……」


ガラガラと音を立てて引き戸が開き、姿を現わした男は即座に眼の色を失った。


「任せた」


彼女は無力化した男を私に任せて家に入っていく。

私は手にしていた注射器を男の首筋に突き立てると、中身をゆっくりと注入する。


中身を注ぎ込みきった私は、中身を再充填すると、彼女が消えていった家の中に入っていく。

暫く使われていなかったらしく、家具のには薄っすらと埃が被った状態の家の中。

何処に誰がいるかは知らないが、積もった埃が乱れている方へ辿っていけば、レコード上は居るはずもない人間が見つかることは間違いなかった。


彼女が消えた方とは別の扉を開けて中に入っていく。

足音がギシギシなるのも気にせずに、埃っぽい室内に顔を少し顰めながら先を急いだ。


「ん?」


3つ目の扉を開けた先で思いがけない物を見つけた私は、思わず声を上げる。


「あ?」


そして、その横に居た男を手帳も使わずに羽交い締めにして締め落とすと、もがく男の首元に注射器を突き立てた。

私の足音も、壁が軋む物音も聞こえていなかった間抜けな男を処置した私は、部屋に積まれていたケースを一つ取り出して、埃まみれの床に置いた。


オリーブドラブのような、如何にも軍用ですと言いたげなケースのロックを外して、蓋を開ける。

ライフルが入っているケースとは違う、ゴツイケースの中身を見た私は、小さく口笛を鳴らすと、注射器をホルスターに仕舞ってから、それを取り出した。


4つの大口径な発射口を持った、大きく四角い兵器だ。

中に小型ロケットのような弾薬が詰め込まれていないから、まだ軽々と持つことができるが…そんなことはどうでもいい。

こんな代物、日本にあるとは聞いたこともなかった。


手に持ったそれを乱暴に床に捨てると、私は部屋を後にした。

レコードを持った者が背後に居たとはいえ、こんな物すら用意出来ることに多少なりとも戦慄を覚える。


玄関の前まで戻って来ると、既にもう一人の私が煙草を咥えて待っていた。

私が戻って来たのを見つけた彼女は、先に家を出ていく。


「奥に一人居たみたいだね」

「一人居た。大量に積み上げられたロケットランチャーと一緒にね」

「ロケットランチャー?」

「ええ。携行式が壁一面にズラリと…彼は戦争でも起こす気だったのかな」

「それに近い事はやってのけたでしょうね」

「家族が居たことに感謝しないと」


私はそう言って、衣服に付いた埃を払う。

彼女は気にもかけずに煙草を煙らせていた。


「次の家では何が見つかることやら……」

「ここからなら…次は分校の近く?」

「そう。次は何が出てくると思う?」

「さぁ…?納屋に隠していた戦車とか?」

「いい線行ってるかも」

「キツイ冗談」


まだお昼時の、晴天の下を、同じ顔をした私達は歩いていく。

ほんの少し海の方から離れた場所にある空き家が次の目的地だった。


「!」


その空き家のある路地へと入ろうと、角を曲がった直後。

私達の足元の舗装が抉り取られる。


即座に道の両脇に散開した私達は、互いに顔を合わせてアイコンタクトを取った。

何時もなら拳銃を抜き出す彼女は、注射器を取り出して顔の横に掲げると、処置対象が居る筈の家の方角を指さす。


"この町で処置する人間は、レコードを修復するのに役立ってもらう事にした"


さっき言った通り、抵抗があれど最後は注射器で終わらせる方針に変わりは無いらしい。

私も注射器を取り出すと、彼女の方を見て頷いて、それから自分が進むべき方角に目を向けた。

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