3.闇夜のロケット花火 -Last-
目を覚ました私は、枕元に置いていた時計を見て小さくため息を付く。
まだ、午前中…午前9時。
もう少し眠っていられたと思ったのだが、目が覚めてしまった私は二度寝することを諦めて居間へ出ていく。
明るくなった居間の様子に、ほんの少し目を細めて手をかざした。
土砂降り模様だった昨日から一転して、雨は晴れて窓からは日差しが差し込んでいた。
「おはよう」
もう一人の、白髪の自分がソファに座ったまま言った。
「おはよう」
私は小さく欠伸をすると、彼女の横に腰かける。
「これは?」
そして、テーブルの上にズラリと並んだ黒い拳銃を見てほんの少し苦笑いを浮かべた。
「用意してみただけ。この時代に手に入る…君の、いや、"僕の"趣味にあった物をね」
「貴女の趣味?」
「君と殆ど同じだからね」
「その割には、ブローニングから変えてないみたいだけど」
「僕はこれに慣れてしまったし、僕が行く可能性のある全ての世界で使えるから…」
彼女はそう言いながら、テーブルに乗った拳銃を一丁手に取った。
「これもそうだし、昨日使ったやつもそうだけど、こういったものは1970年代の前半には存在しなかったり、一般には出回ってなかったりするから、仕事をする世界によっては使えない可能性が高いの」
そう言って彼女は手に取った拳銃を私に寄越す。
それを手に取った私はボサボサになった髪を手櫛で梳かすと、手に取った拳銃を適当に構えてみた。
「これは何処の銃?」
「チェコスロバキア」
「いきなり想定外の名前が出てきた」
私はそう言いながら構えを解いて、銃本体を見回す。
これ位の銃ならば、特に今のハイパワーから持ち替える必要も無いように思える。
スライドも…ほんの少し手をかけにくく感じた。
「こういうのは撃って試したいけれど、それは前にいた所が…そう言う面では"良すぎた"せいだよね、きっと」
テーブルの上に並んだ拳銃を見回す。
「……これとかは?」
テーブルの上に持っていた銃を置いて、他にもあった拳銃の中から一丁を取って持ち上げる。
角を丸めた四角で出来た…鉄製ではないフレームを持つ拳銃だ。
「それはオーストリア製。ハイパワーとほぼ同じ大きさだけど、軽いでしょう?」
彼女はそう言いながら、この拳銃に合うホルスターを取って私に寄越してきた。
「弾数は17発と薬室に1発…今の世界なら最新鋭の拳銃。ダブルアクションオンリーで、安全装置は付いてない。トリガーの部分でロックされてる。少し出っ張ってるでしょう?そこを引き込めば解除…」
私はホルスターを腰に引っ掛けてそこに銃を入れて出してみたり…彼女の言葉に合わせて、構えた銃の引き金に力を込めてみる。
今持っている古典的なオートマチックピストルとは随分と動作が違うように感じたが、持って操作してみると意外と違和感を感じなかった。
「他のも出てるけれど、同じような物?」
「まぁね…最初のが気に入ってないみたいだったから、きっとどれも不合格だと思う」
「…具体的には?」
私が尋ねると、彼女は左右の手に一丁ずつ拳銃を取って持ち上げた。
「イタリア製のこれは弾数が2発増えた程度で、あとはハイパワーとほぼ変わらない」
「もう一方の方は?」
「スイス製。これもこっちとほぼ同じで、どっちを選ぶかは趣味みたいなものだったけど」
「なんかコレを選ばせるための出来レースみたいなもの、か…」
「結果的にはね。撃てるっていうなら話は違ったと思うけど」
「まぁ、それは出来ない相談…それなら、今日はとりあえずこれを持って過ごしてみよう…準備するから、車で待ってる?」
「そうする。今日はこの街で仕事しないから」
私は特に迷うことなく、今日使う拳銃を決めてそう言うと、彼女はすんなりと受け入れてソファから立ち上がった。
私はボサボサの髪と、ヨレヨレになった服を着替えるために立ち上がって、まずは洗面台の方へと歩いていく。
「……」
バシャ!と手ですくった冷水を顔にかけて、ふーっと溜息を一つ。
歯を磨いて、口を水で濯いで…そして、最後に櫛で髪を梳かす。
顔を上げると、鏡には表情を作っていない女の顔が浮かび上がった。
私は鏡に映った自分の顔を見て、ほんの少しだけ青白くなった頬に手を当てる。
昨日は日差しの中に居たはずなのに、一切日に焼ける事もなく…それどころか、元々色白な肌が病的なまでに白く見えた。
洗面所から出てきた私は、そのまま寝室に戻って着ていた衣服を着替える。
先に出て行ったもう一人の自分も、いつの間にか私服に変わっていたから、私も普段よく着る私服に着替えた。
白いTシャツにジーンズ、それに青いサマーコート。
拳銃のホルスターは左脇に吊った。
準備を終えた私は、もう一度部屋を見回して忘れ物がないことを確認してから部屋を出る。
薄い鉄の扉を開けて錆びの多い階段を降りると、既に車にはエンジンが掛かっていた。
窓を開けて煙草を吸っていた彼女に手を振ると、私は助手席の扉を開けて中に収まる。
彼女は何も言わずにギアをバックに入れて車を車道へと出した。
「青はラッキーカラー?」
国道に車を出した彼女は、煙草を灰皿に捨てるとようやく口を開く。
私は取り出しかけていた煙草を一本手に持ったまま、小さく頷いた。
「僕と違う点がまた一つ。それは良いとして、そろそろ仕事の話をしよう」
彼女がそう言ってる間に、私は煙草を咥えて、シガーライターで火を付ける。
助手席の窓を半分開けると、煙がそこから吸いだされていった。
「彼があちこちに散らばらせた武器を持った人間がまだまだ潜んでる。それは昨日言ったっけ?」
「言った」
「今日はそれの掃除。レコードを確認して」
彼女が言った通りレコードの適当なページを開くと、昨日ほどではないが赤字で書き込まれた誰か彼かの名前がページに浮かび上がってくる。
「単純な"違反者"は放っておいていい。それは僕の部下にやらせる。そのページで、自分の言葉でいいから"銃を手にしていること"を条件にしてもう一度"処置対象"の名前と居場所を探って」
彼女はきっと、どんな結果が出てくるかを知って言っているのだろう。
レコードにくっつけていたボールペンでページに書き込んで…浮かび上がって来た内容を見て確信できた。
私達の乗るZの鼻先は、私と彼女が初めて出会った場所の方へ向いていた。
このまま行けば、高速道路に上がって…きっと彼女はそのまま真っ直ぐ進むだろう。
ページに浮かび上がった"銃を手にした処置対象"は、日向に集まっていた。
高速道路を真っ直ぐ突き当たりまで行って…海岸沿いを走っていけばたどり着く。
「辺の変哲もない田舎町なのにね」
高速に上がって、無言で通行券を私に寄越してきた彼女にそう言うと、彼女は小さく鼻を鳴らした。
「日向って街は、どの世界にもあるわけじゃない…そう言った所は何か面倒なことが起こりやすい」
「勝神威もそうだったりする?」
「そうだったりする」
私はレコードを閉じて、彼女に渡された通行券は上着の胸ポケットに挿し込んだ。
「とりあえず…日向に居る彼らを掃除し終えたら、事はほぼ済んだと思っていい。あとは彼とその家族を消して、レコードを元に戻す為の処置を数件やれば…それでいい。そうしたらようやく"変異事象"を防ぐために動き出せる」
「そう…それで、何時までここに居るの?」
「この世界が消えるまで…それが終われば、この世界と合流する軸の世界の6軸に移って後処理をするつもり。君はこの世界が消えると同時に次の可能性世界に飛ばされる」
彼女はそう言いながら、ギアをトップの位置に入れた。
広い高速道路は空いていて、晴天の天気も相まってどこか気分が晴れがましく感じる。
私は咥えていた煙草の灰を灰皿に捨てると、再び咥えて煙らせた。
「この世界が消える時、私は適当にそこらへんに突っ立ってても良いの?」
「いや。世界が消える時は家に居なければならない。直近の"変異事象"が起きる場所は今、乗ってる高速だから…それが終わって、世界が消えるまでに家に戻る必要がある」
「何かが起きて戻れなくなったら?」
「その時はこの世界と共に消える。レコードを持つ者は死ねないから…"時空の狭間"と呼ばれる永久に無が支配する空間に飛ばされる」
彼女は迷うことなくそう言うと、私の方を一瞬見つめて小さく口元を歪ませた。
「冗談じゃない。本気」
そう、念を押すように言った彼女は前方に一般車の見えない広い道路を悠々と飛ばしている。
私は短くなった煙草を灰皿に捨てると、煙を吐き出すとともに小さく肩を竦めて見せた。
「レコードから指示が飛ぶ。頃合いになったらレコードを持つ者たちを一定の場所に留めておくようにね。そして、家ごと次の世界へと移動するわけだ」
「……さっき、勝神威が存在しない世界もあるって言ってたけど、じゃぁ、私はずっと勝神威がある世界しか当たらない?」
「いいや。家ごと"何処かの土地"に転移する…基本は元ある土地だから、勝神威や日向になるけれど、もしその世界にそれらが無かったら、近隣のどこか適当な土地に転移するはず」
「随分と都合が良い」
「ご都合主義な存在だから」
私はそう言った彼女の横で小さく頷くと、窓を全開に開けて左腕を窓枠に掛けた。
そして頬杖を付いて…風で舞い上がる髪の事などは気にせずに外の景色に目を向ける。
今は丁度、両脇が人工物に覆われている区間だが…
少し進めば、両脇は山になるところまで来ていた。
ふと、彼女との会話が途切れて外に目が向いた途端、私は空腹感を感じてお腹に手を当てる。
それは、サービスエリアまでの距離が示された看板を見てから更に強まった。
「……」
そう言えば、昨日の朝に喫茶店でカレーを食べてから何も口にしていなかった。
元々小食だったし、余り飲まない体質だったが…1日以上何も飲まず食わずで、煙草だけで誤魔化していた経験はそうないから、それを意識してしまうと急激に体から力が抜けていく。
頬杖を付いた頭をシートのバックレストにもたれかけさせた私は、右手で彼女の左腕を突いた。
「昨日から何も食べてなかった」
長い直線で、何も言わずにこちらの方に顔を向けた彼女に私はそう告げる。
すると、何も言わずに前に向き直った彼女はほんの少し顔色を悪くした。
元々青白い顔が、更に青白くなったようだ。
「……現実に引き戻された。僕もロボットじゃない」
彼女はそう言ってZのギアを1段下げると、もうすぐそこに迫ったサービスエリアに入るために速度を落としていき、やがて左にウィンカーを上げた。
速度を落として、サービスエリアの端の駐車スペースに車を止める。
車のダッシュボードの上…3つ並んだメーターの左端にあるデジタル時計は、10時52分を指していた。
お昼にはちょっと早い気がするが…パーキングエリアの食堂が開き始めた位の時刻だろう。
「ああ…煙草ももうない」
駐車場に止まった車から出て上着のポケットを探った私は、もう中身が一本しかない煙草の箱から最後の一本を取り出して咥えると、箱をクシャっと潰して入り口のゴミ箱に捨てた。
ポケットから取り出したジッポーライターで火を付けて煙らせると、私の横にやって来た彼女が同じように黒いジャケットのポケットを探っている。
「僕のも丁度最後の2本。ここで売ってたっけ?」
「さぁ…無かったら日向の商店にあるから、そこでも良いけど」
建物内に入った私達は、2人そろって同じように顔を動かしながら…お腹に来る匂いにつられて食堂の方へと歩いていく。
「何にするつもりか当ててあげようか?」
食堂の前に並んでメニューを見ていた私は、同じようにメニューを見つめている白髪の自分に言った。
彼女は何も言わずに私の方に目を向ける。
「味噌チャーシュー麵」
「正解」
彼女は短くそう言って食堂の方へと入っていく。
私も何にするかは決まっていたから、彼女の後について行った。
「21世紀から来てみれば、これも時代だねって。そう言いたくなる時がある」
注文を済ませて、トレーを持って並んでいる時に彼女はポツリと言った。
「…と、言うと?」
私は煙草を近場の灰皿に捨てて尋ねる。
すると彼女はほんの少しだけ口元に苦笑いを浮かべて、お道化るように言った。
「ちょっとね。観光客向けのソフトクリームでも無いかなって探してた自分が居たから…今は昭和なんだっていうのに」




