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終末世界の片隅で  作者: 朝倉春彦
Chapter1 無知な女と終末危機
18/63

3.闇夜のロケット花火 -5-

「それで?どうして明日の夜まで…?」


ホテルからの帰り道。

私は私の車の助手席で煙草を煙らせながら、ふと聞いていなかった事を尋ねた。

相変わらず雷雨の空模様は変わることが無く、今も時折空が黄色に染まっている。


「……」


彼女は少しの間何も答えなかった。

私は窓の外に向けていた視線を、彼女の方に向ける。

彼女は表情も作らずに、じっと前を見続けていた。


「僕も時間にさえ追われて居なければ、人並みに慈悲はあるもの」


土砂降りの音と、エンジン音しか聞こえてこなかった車内で、彼女がそう切り出した。


「明日の21時まで…そうしたのは、単に明日が彼の誕生日だったから」

「え?」

「そして…家を見たでしょう?この世界の彼には親が居た」

「……ええ、そうらしい」

「君は自分の親の顔を知ってる?」

「いや。そっちは?」

「レコードで元居た世界の両親の人生を知った程度。顔は知らない……僕達の出自から考えてみて、両親の顔を知るはずないもの…物心つくころには両親は居なかったし、付いたころにはもう22口径の自動拳銃が手にあったでしょう?」


彼女は少しお道化た口調でそう言った。

私は煙草の煙を、ほんの少しだけ開けた窓から逃がすように吐き出すと、口元に小さく笑みを浮かべて見せる。


「例え閃光手榴弾で逃げを図ったとしても、最早彼はポテンシャルキーパーじゃない。消えゆく世界の住民…消すのは造作もない…だから1日位、彼にくれてやったって平気なの」

「……ああ、そういうこと」


私はそう言って肩を竦める。

もう一人の私は随分と余裕があるらしい。

少なくとも、私一人では到底行きつかない手に出たものだ。


確かに、遺影のあった部屋で彼を見た時に察することはできたが…だからどうしたのだろう?なんて考えていた。

両親が生きている世界へと変えた彼を直ぐにでも消してやるつもりだった。


それが仕事なら、そうするのが普通でしょう?

もしその仕事が遅れれば、この世界をどうにかする時間が減ってしまう。

そのことだけを気にしていたのはきっと間違いじゃない。


「そんなに身内に甘かった?」


私はさっきの彼の言葉と口調を真似して言った。

とっくに短くなった煙草を灰皿に捨てて、彼女の横顔に目を向ける。


「そうなったのも、ここ最近のことだけど」


彼女はそう答えると、私の方に一瞬目を向ける。


「僕だって感情の一つや二つ位は持ってるもの」

「そう…」

「……君のことだ。僕のことでもあるけれど…彼の事や彼の両親のことを気にせず仕事に徹する方が正しいとでも思ってるところかな」


彼女はいとも簡単に私の考えを口に出す。

私はほんの少しだけ目を見開いて彼女の方に首を回すと、彼女は小さく鼻を鳴らした。


「正しい。君は正解だよ。それがあってしかるべき姿だ」


彼女は私の反応を見て正解だと確信したのだろう。

そう言うと、私の方を見ずに数回頷く。


「彼を消すのは造作も無い…けれどレコードを持つ存在を放り出してまで得た1日を満喫してもらえばいい」


そう言った彼女は、小さく口元に笑みを浮かべたまま…ポケットから取り出した煙草を一本咥えて、シガーライターで火を付けた。

最初の煙を吐き出すと、彼女は直ぐに左手をシフトレバーに戻してギアを1段下げた。


エンジンが唸る音が聞こえてきて、それと同時に速度が落ちていく。

私の家がある路地が迫ってくるのに合わせて、ギアがもう一段…また一段下がっていった。


「その1日を使って、別のことをしよう…」


路地に入り…直ぐに見えてきた家の駐車場に車を止めた彼女は、そう言ってエンジンを切る。

ドアを開けて外に出ると、雷雨模様だった先ほどから比べれば随分と落ち着いていた。


未だに雨は降り続いているが…強さは弱まっていてもうじき止みそうだ。

私は先に階段を上がっていった彼女の後に続いて階段を上がっていく。

濡れた階段を上がって鍵を掛けていない薄い扉を開くと、真っ暗な我が家へと入っていった。


玄関で靴を脱いで、着ていた上着は玄関横のコート掛けに引っ掛ける。

部屋の明かりを付けて壁に掛かった時計を見上げると、今はもう早朝に近い時間帯だった。


「"明日の21時"は今日の21時だった」


彼女はそう呟いて、台所の方へと歩いていく。

私は居間のソファに腰かけると、ふーっと溜息を一つ付いて、持っていたレコードと身に着けていた拳銃をテーブルの上に置く。


「もう少し、この世界を…というよりはこの近辺を掃除する」


台所から戻ってきた彼女は、そう言ってテーブルの上にお盆を置く。

お盆の上には冷えたコーラの瓶が数本置かれていて、彼女はそのうちの一本の蓋を外して一気に半分近く飲み干した。


「掃除?」

「まだ彼がかき集めた銃を手にした人間は大勢いるから…」

「ああ…そういうこと…」

「今日で大方は片付いたけれど、これから世界の終わりを"自覚"する者だって出てくる。終末世界に居る以上やることは尽きない」

「彼は本当に放っておいていいの?」

「いい。レコードが見張りみたいなものだし…何より、彼の一挙手一投足は僕のレコードに送られてくる…さっきも台所にいるときに見てたけど、実家で寝てるよ。レコード違反も起こしてない…最早彼は僕達の事を認識してないだろう」

「……そんなことがあり得るの?彼はこの世界の人間じゃないのでしょう?」

「方法は無くは無い…ただ、自らがそう仕向けない限りレコードを持つ者から、ただの消える世界の住民になるなんて事はないけれど。彼は珍しい部類の人間だったってわけだ」

「それを知って見逃したの?」

「まぁ、説明不足なのは申し訳ないと思ってるよ?だけど、それ以上に彼が僕の予想を越えて、潔かったからね」


彼女はそう言って、一本目のコーラの瓶を空にしてテーブルに置くと、2本目の瓶を手に取って蓋を開けた。

それから、瓶を持っていない片手で私の持っていた拳銃を手に取る。


「1周世界が違うというのに、僕と君の大きな差異はたった数か月死ぬのが違う程度か」


彼女はそう言って、手にした拳銃を見回してテーブルに置く。


「この漢字の刻印は趣味?」

「いや。中国で鹵獲されたやつ…貴女のはカナダ製?」

「そう。パラレルキーパーになってから心機一転、新品部品で組み直したのを使ってる」

「私の使い古しと違って綺麗だもの」

「レコードで部品は何時でも調達出来るのだし、君も好きに組み直せば良い。今でも組めるでしょ?」

「ええ…考えておくけど」

「この銃以外が良い?」

「これと同じくらい使いやすくてもっと軽くて信頼が置けて使いやすいのがあれば」

「難しい注文。無くは無いけれど」

「用意できる?」

「簡単に…」


彼女は私の方を見ながらそう言うと、ほんの少し首を傾げた。


「眠たい?」


2本目のコーラの瓶も殆ど時間を掛けずに空にした彼女は、ほんの少しだけクラクラとしていた私の顔を覗き込んだ。


「ここまで寝なかったのは久しぶりだからちょっとね…だけど、何かあるっていうなら起きていられるけれど?」

「そう。それなら、少し休んでくるといい…やることは幾つかあるけれど、急ぎじゃない」

「余裕ができるくらい、世界は平和になったって?」

「僕達だけが動いてるわけじゃないからね。この世界のポテンシャルキーパーは優秀だ」

「……そう?」

「昨日、日向でレコードを見せた時のような、真っ赤な文字で埋め尽くされたページはもう現れてこない…処置対象の数も通常の"終末世界"のような、緩やかな増加を見せているけれど、対処するのは簡単だ」


彼女はそう言うと、私の方を見て…寝室の方へと指を指した。


「だから、もう仕事に追われるような事は無いってこと」


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