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ハッピーエンドのその先。2

タグ:バットエンド、乙女ゲーム転生、ライバルキャラ、詰み

ハッピーエンドのその先。の相手視点の話。

 思えばそれは、雨に打たれている捨て犬を拾うようなものだったのかもしれない。



「四塚さん」


 教室の隅っこで、他を拒絶するように黙々と本を読んでいる少女が気にかかり、声をかけた。

 二宮の家はとても素晴らしい家で、常々困っている者を手助けするようという家訓が胸に刻まれる。良い行いは、良い魂を作り上げる。良い魂は、良い出来事を引き寄せる。そう子供の時分より言い聞かせられる。

 そして武家である二宮は、暴力でもって相手を制しない。相手を守る為の力は磨くが、相手を痛めつける為の技は身に付けない。それが俺の誇りとする家であった。厳しくはあったが、潔さと快活さ、そして暖かく広い心の持ち主がたくさんいたのだ。

 二宮に救われた人々は、必ず恩を返しに来てくれる。仕返しに来る者も勿論いたが、それは返り討ちにされる、強い家だった。

 だから俺は声をかけた。

 虚ろな瞳に、子供ながらにゾッと震えた。こんな子供を、俺は知らない。



「ああ、それは四塚の呪われ子だね」


 両親に尋ねてみると、そういった返事が来た。

 どこか、忌々しそうにしている父が、とても珍しかったのを良く覚えている。


「正直、この呼び名も好きじゃない。双子の片割れを、そう呼ぶしきたりが、四塚にはあるんだ。……比代子だったね、その子の名は」


 俺が黙って頷くと、父がしっかりと俺の方を掴んで真っ直ぐに見据えてきた。父の迫力のある眼力は、子供の俺には相当厳しく、押されるばかりだ。それでも、逃げ出さずに迎え撃つ。ちょっと震えていたが、許容範囲だ。


「我々では届かなかった。だが、龍之介、お前は同じクラスになれた。これはその子を救うまたとない機会だ。必ず救って見せなさい」

「はい、父上」


 父の命令と言うだけではなく、自分でも不遇な少女を救いたいと思ったのは本当である。


 最初は戸惑っていた比代子も、次第に心を開いて懐いてくれる。それがとても嬉しく、また優越感のようなものもあったのかもしれない。だって比代子はいつも暗い道を歩いていたから。

 けれど、どうしたって比代子は明るく笑えない。結局のところ、暗く淀んだ泥の中から、明るい道を羨ましそうに眺めているだけだった。


「そんな寂しそうに笑わないで」


 と俺はそう言った。

 すべて諦めて、悲しそうに笑う彼女に。

 絶対に自分には何も手に入らないのだと思っている彼女に、希望はあるのだと。それが本当の意味で「救う」という事なのではないかと。


「だから、ほら。手を伸ばしてもいいんだよ」


 彼女の手を取り、笑ってやる。


「望んで、私が望んでも良いんですか」


 恐る恐ると言った感じで、彼女が聞いてくるので、俺はしっかりと頷いた。

 そして彼女は綺麗に笑って、涙を零す。


「では、傍に……ただ、そばにいさせて下さい」

「何言ってんの、もういるじゃないか」


 そういう意味ではない事は、その時には幼くて分からなかった。

 俺はとても残酷な約束をしたのだと、あの事件があって、ようやく分かった。




 優等生を演じ続けるのも、肩が凝った。

 だから陽だまりのように笑う女の子に心を惹かれる。無理をしなくても良いと思わせてくれる、可愛い女の子だった。

 丁度、色々な事に煩わしく思っている時期だった。比代子も、俺に執着し、べったりとへばりついているので、息が詰まった。

 だから、あの女の子に安らぎを求める。

 それは、他の男にも言える事で、自然と彼女に安らぎを求めて男が集まってくる。

 彼女も俺と同じように無理しているのではないだろうかと聞いてみると、これが自然なのだと言う。無理して優等生をやっている俺などとは違い、なんて素晴らしい人間なんだと。

 だからこそ、彼女は沢山の男に群がられ、また、嫉妬の視線も多かった。

 彼女がいじめられていると知った時、頭が沸騰しそうになった。なぜあんな良い人間が虐げなければならない!彼女はもっと暖かい所にいるべき人間なのに。

 俺は彼女の事で頭がいっぱいで、もっと冷たくて、もっと暗い所にいる人間の事なんて、目にも入れていなかったんだ。


「どうして、こんな事を……」


 そんな薄っぺらい言葉が口を突いて出て来る。

 憎しみに満ちた視線が、俺ではなく、暖かな女の子に向かう。

 いじめの主犯は、他の誰でもない、比代子だったのだ。

 俺が、他の女の子の所にばかり行っていたから。嫉妬したのは、その他大勢のものもそうだが、誰よりも、比代子が嫉妬した。

 ここでようやく、自分の失敗に気づいた。

 彼女は俺だけを求め、それを俺も許容した。

 俺は彼女の唯一である事で、自尊心を保っていた。

 彼女は俺がいなくなると何もかもなくなってしまう、そんな状況に、俺が置いたのだ。


 なんてことだ。

 俺はなんてことをしたんだ。


 いくら責めても、この過ちが消える事がない。

 もし比代子に友達が出来るようにがんばっていたら。

 もし比代子にもっと広い世界を見せていてあげられていたら。


 自分の行いのせいで、大切な女の子までも傷つけた。

 何が二宮を背負う長男だ。

 こんな、小さく震える女の子すら救えない。

 結局の所、比代子の心は救われていなかったのだ。比代子に巣食う闇は深く、幼い俺では救えなかった。


 不意に、比代子が抵抗をやめる。

 震えて涙を零す目には、もはや憎しみなどない。

 だから、俺は手を伸ばした。

 まだやり直せる、次は失敗しない、だから―――。


 だが、比代子は俺の手を取らず、走り出した。

 女の子の方ではなく、真逆の方向に。

 いつでも俺の手を取ってくれた比代子だったから、驚いて、俺は、追いかけるのが遅れてしまった。

 追いついた頃には、比代子は屋上のフェンスの向こう側に。

 夕焼けが照らすその美しさに、思わず見惚れてしまうほどの少女が、そこにいた。


「やめろ!」


 つまりかけた言葉を絞り出して、まるで悲鳴のような声が出た。

 やめろ、なんでそんな所にいる。危ないじゃないか。なんで。

 早く俺の手を取ってくれよ、頼むから、やめてくれ。

 チャンスをくれ、君を1人にさせない、今度こそ、約束する。

 ドクドクと心音が脈打っているのに、体が芯から冷えていく。

 比代子は出会った時と同じような虚ろな瞳を俺に向けてくる。

 何も望んでない、何もないあの頃の比代子そのままだった。

 まるであの日出会った時の様な錯覚を覚えて気が遠くなる。


 だが、無情にも時は止まってくれない。


 比代子は最後に笑った。

 いまだかつてないくらい、最高の笑顔で。

 ようやく楽になるんだと、そんな笑顔だった。

 すべてを諦めて、何も考える事のない死が、彼女の最大の幸福だったのだ。


「今まで、ありがとうございました」

「待てっ……!比代子!」


 深々と綺麗なお辞儀をして、彼女は手を振った。

 彼女らしい、丁寧で、しかし今からする行いにしては簡素な挨拶だった。

 彼女にとって、死は常日頃から隣にあるものだったのだ。

 いつでもそちらに手を伸ばし、生きる事を諦める事は簡単だった。


 ガシャンと大きな音を立てて、フェンス越しに手を伸ばしたが、間に合わなかった。


「比代子!比代子……比代子比代子比代子っ!!!ああっ!あああああ!」


 違う、こんな事は違う。

 そうだ間に合う。

 そう思って必死にフェンスをよじ登ろうとするが、他の者に抑えられてしまう。


「おいやめろ!お前まで死ぬ気か!?」

「そうですよ!せっかく彼女の心を射抜いた貴方が生きなくてどうするのです!」

「離せ!俺は行かないと!」


「つーか、自殺って、案外潔い死に様なんじゃねぇの?」


 その言葉に、カッとなって殴った。

 暴力はいけないとか、そんな家訓など忘れてしまうほどに心が乱れている。

 何が、潔い?

 何が、お前は比代子の何を知っている。

 殴られて呆然とする友人。彼もまた、陽だまりの中で笑う彼女を取り合っていたライバルでもあった。

 そんな友人に俺はぽつりと零す。


「ちがう……」


 自殺なんかじゃない、あれは、あれは俺が殺したようなものだ。

 俺が殺したんだ。

 俺がそう仕向けたんだ。

 比代子が俺を頼っていてくれていた事に喜び。

 他の者にその笑顔を向けないようにしておいて、なお俺は。

 他の女の子にうつつを抜かして。



 ふいに、最後に比代子とお茶をした日の事を思い出す。

 あの日もいじめをうけている彼女の事で頭がいっぱいで、ぼうっとしていた。この頃、ずっとそうだった。どうすれば救えるのかと試行錯誤して、また笑って貰えるにはどうすればいいのか思案して。

 目の前で、必死に笑っていてくれる比代子の事なんて、目にもくれなかった。彼女の最後のSOSは、確かにそこにあったはずなのに。


「じゃあ、行ってくる」

「戻って、来てくれますよね」


 彼女はそう、確かにそう言った。戻ってきてくれるか。

 助けてくれるか、傍にいてもいいのか、そう聞いてきた。

 か細く、弱々しい声で。

 けれど俺は、決定打をここで打つ。

 頭の中に、比代子のことなど、これっぽっちも残っていなかった。


「いや、戻らない」


 そして比代子は、ナイフを手に取り、殺す事に決めた。

 なんてことはない。俺が、2人の女の子を傷つけていた。

 比代子が俺の事を好いてくれていたなど、一目瞭然だったというのに。俺はそこに胡坐をかいて、あまつさえ鬱陶しいとまで思った。俺がそういう風に仕向けていたのに、なんて卑劣で傲慢な。



「俺が殺した……俺がころしたんだ……」


 誰かが俺を励ました気がするが、上手く脳に入ってこなかった。

 全てが嘘のような出来事のようで、現実感がない。

 けれど、吐き出しそうな最悪な気分が、いつ怪我をしたかもわからない傷が、現実であると突き付けている気がした。




「喜べ、龍之介。比代子が一命をとりとめたそうだぞ」


 父のその言葉に、うつろだった脳が一気に覚醒した。

 それまでの間、何をしていたのか自分でもはっきりとしない。


「だが……意識が戻らないそうだ。強く頭を打ち付けていてな、意識が戻るかどうかは、医者にも分からないそうだ」


 じっと父の言葉を聞く。

 父も、ようやく目が合った息子に驚いたのか、少し目を見開く。

 そして、ぐっと眉を寄せて絞り出す様な声を発した。

 まるで今にも泣いてしまいそうだと思うくらいの声だった。


「……待つか、龍之介」

「はい」


 俺に否やはない。待って待って待ち続けよう。

 目を覚まさないかもしれない、けれど生きているのなら。

 でも出来れば俺が生きている内に目を覚まして。

 今度こそ、本当の意味の幸せを彼女に。


 それこそが俺に残された懺悔なのだと。

 自分の幸せなど、比代子が諦めた瞬間に、俺も諦めた。

 すべての人生を比代子に捧げよう。

 俺はそれだけの事をしてしまったのだから。



 俺は、待った。毎日毎日呆れるくらい待った。

 看護師さんや医師に顔を覚えられ、心配されるくらい病室に入り浸る。

 比代子は目を覚まさない。傷が少しずつ癒えていくけれど、目を覚ます兆候は見られなかった。

 ただ、まだ生きている。それならばまだ先がある、未来がある。比代子がまだ生きたいと願ってくれるなら、今度こそ俺は救って見せる。


「おい、お前、いい加減にしろよ!!」


 この病院を経営してる三条家の息子。三条彰あきらが怒鳴りつけて来る。

 反抗期な彼は、家族との仲が芳しくなく、素行が少しだけ悪くなっていた。しかし、俺と同じように、彼女に救われた者の1人だった。家族と不仲な彼は、滅多に病院に顔を見せないと言うのに、珍しい。


「愛を、愛を泣かせるな……!お前だろう!彼女が選んだのはっ!」


 俺の胸倉を掴んで喚くと、静かな病院ではよく響く。

 ただ、彼が言いたい事も良く分かった。俺は、彼女と恋仲になったというのに、ほったらかしでこの病院に足繁く通っているのだ。医師や看護師が、比代子と俺が付き合っていると勘違いするレベルで、俺はこの病院に通っている。


「黙ってないで、何か言ったらどうなんだよっ……!」

「……彰……」


 今にも殴りかかって来ようとした時に、彰の兄であり、比代子のかかりつけの医者である男が驚いた様子で声をかけて来る。


「兄、貴……」

「ここは、病院だよ。もう少し、静かに……」


「……ちっ、龍之介、お前、もう少し考えろよ」


 小さく舌打ちして、彼はさっさと立ち去ってしまった。まるで嵐のようだと思う。

 俺は、乱れた服を軽く直す。その間に、三条医師が頭を下げた。


「すまない。弟が……」

「いえ、俺が悪いんですよ……」


「少し、移動して話そうか。そういえば、同じ学園だったね。友達とは知らなかったな……」


 どこか寂しそうに三条医師はつぶやいている。この医師は、お人好しを絵に書いたような人だった。

 病院に併設されているカフェに移動する。お詫びに、とコーヒーを奢ってくれた。気にしなくても良いんだが、兄としてそうはいかないと言う。


「あの子も、悪い子じゃないんだ。嫌わないでいてくれると嬉しいな」

「嫌いになんて、そんな……むしろ、俺が嫌われましたよ……」


「嫌いな人間には話もしてくれないから、まだ大丈夫さ」


 それは恐らく自分の事を言っているのだろうな、というのは察した。だが、それこそ勘違いだと思う。彰は兄を嫌いな訳ではない。ただ、妙なプライドのようなものが邪魔して言葉にならないだけだ。

 三条医師は砂糖もミルクもいれていない苦いコーヒーをコクリと1口飲み、それから溜息を吐く。


「……彰が怒っている、原因……って、知ってる?嫌いなこの病院に来るくらいだ、よっぽどなんだろう?」

「ああ……」


 まだ1口も口を付けていないコーヒーのカップをいじりながら、自然と気分が落ち込んでくる。


「彼女をほったらかしにして、比代子に見舞いに来ているのが、許せないみたい、です」

「え、君、四塚さんの彼氏じゃなかったのか?」


「……はい」

「……ビックリした」


 完全に彼氏と思っていたらしい。軽薄な男だと思われただろうか。けれど、医師がどう思おうと、俺が比代子を待つ事に変わりはない。多少病院で白い目で見られようと、どうだっていい。比代子が目を覚ましてくれさえすれば、俺はそれでいい。


「……色々聞きたい事があるけれど……四塚さんの事はちゃんと大事に思っているよね」

「はい」


「でも同じように彼女も大切にしてあげないと、泣いてしまうよ。少し、彼女にも時間を分けてあげるといい。連絡先を教えてもらえば、四塚さんの容体は教えてあげるよ」

「いえ、俺は……」


「二宮くん、私は君の体も心配なんだ。どんどん顔色が悪くなるのは、医者として見過ごせない。息抜きしないと、起きた時に四塚さんも驚いてしまうよ」

「比代子は……」


 比代子をあんな風にしたのは俺だ。だから、だからそんな風に心配されるのも、罪な気がした。

 けれど、医師の忠告に反するのも気が引けて、3日に1度という事にされた。医師は、看護師に彼氏ではないという説明をしてはいなかった。




 比代子が目を覚まさないまま、半年が経った。

 3日に1度の見舞いは欠かした事がない。来れば、看護師に追い出されるまで比代子のそばで勉強したり、本を読んだりする。

 傷は癒えても、右目はもう二度と光を戻さないという。右腕も、かなり複雑に折れていたせいで、動くかどうかは怪しいそうだ。起きたら、きっと比代子はそんな状態の自分に嘆くだろう。きっと、このまま目を覚まさない方が、比代子にとっては幸せなのではないか。起きて欲しいと願うのは、ただの俺の願望なのではないか、そう思うようになってきた。

 死人のように白い顔で眠っている比代子の名前を呼ぶ。

 さらりとおでこを撫でていると、ピクピクと瞼が動いた。今までにそんな動きはなかったので、驚いて比代子の手を取って名前を呼ぶ。


「比代子!」


 すると、僅かだが、手が動いた。

 俺は慌てて医師を呼ぶ。

 比代子が動いた。少しでも動けば、目を覚ます可能性がある。まだ生きている。比代子が目を覚ますかもしれない。二度と拭えない罪を、少しでも晴らせるかもしれない。


 今度こそ、今度こそ比代子には、幸せに。


 医師の呼びかけに答えるように、比代子が目を覚ました途端、泣き崩れてしまった。

 嬉しかった、俺は、やっと罪滅ぼしが出来る、と。







 そう思っていたのに。







「りゅうちゃんご心配おかけしました!もう大丈夫ですよっ!」






 目を覚ました比代子は、俺を見て、まるで別人のように。

 まるで比代子がそこにいないように、彼女は、軽く笑った。

続いた。

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