植田秋穂の場合 ①
今回は植田秋穂の恋模様。
ちょい役だった彼女が主人公です。
「あー……恋がしたい」
親しい友人達との飲み会の席で、ポツリと呟いた言葉。その声を隣にいた子が拾う。
「え? 秋穂、気になる人いるって言ってなかった?」
「彼女さんいたんだぁ……」
梨華の言葉に、テーブルに額を打ちつけうなだれる。
私の気になる人は、つい最近、駅でぶつかったお兄さん。私のせいで携帯が壊れてしまったのに、気にしなくていいと優しそうな笑顔で言ってくれた。
その笑顔に一瞬で恋に落ちてしまった。しかも翌日、偶然勤務先の携帯ショップに来たお兄さんに運命まで感じたのに。
「まぁ、あんたすっごく惚れやすいしね」
そう、私はよく一目惚れをする。でもそれが実ったことなんて一度もなくて、そのせいでこれまで彼氏がいたことなんてない。
「あー……恋がしたい……」
ため息混じりに呟いたその言葉は、店内の喧騒に虚しくも溶けて消えた。
小一時間もすると酔いが回ってきた私。元々、お酒に強い方ではなかったのに落ち込む気分をどうにかしたくて、飲み過ぎてしまった。
「あ〜う〜……」
友人達と別れるまではしっかりしていたはずの足取りも、今ではなんだか足元がフワフワしている。
ブロック塀に手をつきながら、前へ前へと進んでいると、近所のガソリンスタンドに差し掛かった。と、ブロック塀が突然消えて、私は思い切りバランスを崩した。
「……いたい」
スカートでアスファルトに倒れてしまうと思いの外痛い。履いていたストッキングは伝線してしまい、膝が擦りむけていた。
「お姉さん?! 大丈夫ですか?!」
ジクジクする痛みに立ち上がることを忘れ、傷口を押さえていると、私に気付いたガソリンスタンドのお兄さんが駆け寄ってきた。
「うわ……怪我してるじゃないですか。手当てしないと」
他にお客さんがいないのか、お兄さんは私の怪我を見て慌てたように言った。そして次の瞬間、体がふわりと浮き上がる。
「……?!」
「ちょっと我慢してくださいね」
にこっと笑って言ったお兄さんの顔が近い。私が混乱している間に、お兄さんは私をお姫様だっこしたままガソリンスタンドの中へと入っていく。
お兄さんは事務所のソファーに私を座らせると、どこからともなく救急箱を持ってきた。
「伝線してるし、破いていいですか?」
聞かれるけど、私はそれどころじゃなくなっていた。
さっきまでは、吐くことはなさそうだけど、吐きそうっていうちょっと変な感覚だった。それがピークに達して、吐き気がどんどんせり上がってくる。
「お姉さん?」
「……気持ち悪い」
「えっ!?」
口元を押さえる私に、慌てて走っていくお兄さんはすぐに戻ってきた。
「ごめん、今これしかないけどっ」
そう言って差し出されたビニール袋を一応受け取る。でも吐きたくない気持ちが強くて、グラグラする頭で必死に吐き気をやり過ごした。
「吐いた方が楽になるよ……?」
横に座り、背中をさすってくれるお兄さん。優しいなぁ、と思いながら、私は強い眠気に襲われた。
「眠い……」
小さくもらすと、さすっていた手で今度は頭を撫でられた。その心地よさにだんだん瞼が堕ちてきて、私は意識を手放した。