プロローグ
「俺と結婚してくれよ、アイオちゃん~~」
一世一代のプロポーズ………………んなわけない事は一目どころか、ゼロ目瞭然だ。
「————」
もちろん返事が返ってくるわけもない。
なんせ、今この男が結婚を申し込んだ相手は、ベットに横たわった”抱き枕”だからだ。
桃色髪の美少女キャラクター(年は16歳前後)の全身水着姿が印刷されたその抱き枕は、ところどころ黄ばんだ部分がある。どうしてそうなるのか普通の人には理解できないだろうが、抱き着いている男の腰が少し動いていることから、お察しだ。
つまるところ、男は部屋で一人、その柔らかい無機物に抱きつきながら、大声で叫んでいるということだ。
しかも、これは今始まったことではない。数なんて数えていないが、毎週、いや三日に一回はこの行為が為される。
これだけは勘違いしないでほしいが、男が望んでいるのは返事じゃない。
この少女は通販で6000円で買った抱き枕カバーを、クッションにつけただけの虚像に過ぎず、話しかけても返してくれることはないし、無理やり抱き着いても笑顔のままだ。
返事が返ってこないことくらいこの男にだって分かっている。
じゃあ、これは何をしているかって?
そんなの決まってる。逃避だ。現実からの逃避だ。こんなことをしてないとやってられない、どうしようもない男の逃げ場なのだ。
「————」
しかし、いつもこの行為の後の無音の空間にかえって心を抉られる。
家には誰もいないので、物音なんてするはずがない。その空間で自分の耳に入ってくるのは、自らの荒い息遣いだけ。
何も聞きたくないし、何も見たくない。
これ以上自分を嫌いにさせないでくれ。
男は、少女(抱き枕に張り付けてある絵)の胸に顔をうずめた。
ため息なんていいものは出ない。息は詰まるのみ。
目をぎゅっと瞑って、そのクッションにしわが残るほど抱きしめる。
だが、結局そんなことをしても何も変わらない。それも分かっているのに何も変われない自分が殺したいくらい憎くて、
——いっそこのまま死んでしまいたい。
でも、そんな勇気が自分にはない事なんてすでに何度も検証済みだ。
——じゃあ、いっそ殺してくれ。
何度も願ったその宛先のない願いは、誰の耳にも届かない。
猛烈な吐き気が男を襲う。さっき食べたカップ麺が胃から食道を通って逆走してくるのが分かる。
「こ、れ、だ、けは、」
汚したくない。そこまで言い切ることもできないほど限界の状態。
しかし早く離れないと、このままでは大好きなこの子を、大嫌いな自分の吐しゃ物で汚してしまうことになる。
それだけは絶対に嫌だ。
そう思って、必死で口を閉じながら、抱きしめているその抱き枕から手を離そうとした瞬間、
————「喜んで。」
耳元で声がした。
少し長いお話になるかもしれません。
それでも彼にとっては短い話なのでお許しください。
初めの方だけバーっと投稿して、それからは二日に一回、三日に一回くらいの頻度で更新していきます。
それでは長い長い旅をお楽しみください。私は慈母のように見守っております。




