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第8話 それぞれの冬休み【さゆり&紫苑編】

「あれ?梅沢くん?やっぱり、梅沢くんじゃないか。奇遇だね」


冬休みが始まり、ただ何となく家で過ごすのも勿体ない気がして、ふらっと街へ出かけた途中、ばったりと紫苑先輩と遭遇した。


冬の澄んだ日差しが降り注ぐ大通りには、行き交う人々の白い息がいくつも浮かんでいた。


「紫苑先輩!こんにち……じゃなくて、ごきげんよう!」


「あはは、別にボクの前ではこんにちはでいいよ。それに、今は冬休みで学院にいるわけじゃないしね」


気さくに笑ってくれる紫苑先輩は、さすが学院の王子様と呼ばれているだけのことはあって優しい。


普段着姿の紫苑先輩は、制服の時とはまた違う、大人びた色気を纏っていた。


「紫苑、お待たせ……って、あら?梅沢さん?」


見惚れていると、遅れて、また聞き慣れた声に名前を呼ばれた。


「さゆり先輩、ごきげんよう!」


紙袋を抱えたさゆり先輩が、穏やかに笑いかけてくれる。


私服姿の彼女は、いつもの生徒会室での落ち着いた様子とはまた違う、女の子らしい柔らかな雰囲気を纏っていた。


「ふふ、ごきげんよう。冬休み、楽しんでる?」


「はい!私はこれから帰るところなんですけど、先輩たちは、お買い物ですか?」


紙袋にちらりと目をやり、そう尋ねた。


「これから紫苑と家でお茶でもしようかと思って、少し買い込んじゃったの」


少し気恥ずかしげにそう言うさゆり先輩の姿が、なんだか物珍しく見えた。


「梅沢くん、帰るところだって言ってたよね?もし、この後予定がないなら一緒にお茶でもどうかな?ね、さゆり?」


「そうね、梅沢さんさえ良ければ私も歓迎するわ」


紫苑先輩に視線を投げかけられると、さゆり先輩も柔らかな声でそれに続いた。


(嘘!?まさか誘ってもらえるなんて!本当に私がお邪魔していいのかな。幸い、この後も特に予定はない。二人と仲良くなれるチャンスかもしれない……!)


そう思って、恐る恐る頷いた。


「ご迷惑でなければ、ぜひ!」


◇


さゆり先輩の家は、街からすぐの高級そうなマンションだった。今は親元を離れて一人暮らしをしているそうだ。


「お、お邪魔します!」


本当に来てしまった。


部屋の中へ足を踏み入れると、ほんのりと甘く優しい香りが鼻先をくすぐった。


(──広い。一人で過ごすには、贅沢すぎるくらいだ)


真っ白な清楚な部屋には、女の子らしさの詰まった家具が並び、窓辺に飾られた花が柔らかく彩りを添えていた。


「さゆり、荷物ここに置いていい?」


ここまで来る途中、さゆり先輩の荷物を代わりに持ってあげていた紫苑先輩は、まさに紳士的だった。


そんな心配りを私も見習わなければと、無意識に背筋が伸びた。


「紫苑、ありがとう。お茶の用意をするから、二人はゆっくりしていて」


お言葉に甘えて、私と紫苑先輩は先に腰を下ろし、さゆり先輩を待つことにした。


◇


「お待たせ、今日はアールグレイのミルクティーにしてみたの。寒いし、一息つきましょう」


さゆり先輩が三人分のお茶とパウンドケーキをテーブルに並べてくれる。


「オレンジのパウンドケーキなんだけど、梅沢さん、柑橘類は大丈夫かな?苦手じゃない?」


「オレンジ、大好きです!!」


「ふふ、それなら良かった」


さゆり先輩と紫苑先輩は、幼馴染だと聞いたことがある。


気の置けないその空気は、二人が積み重ねてきた時間の長さを物語っているように見えた。


(まさかこの二人と、こんな贅沢な時間を過ごさせてもらえるなんて──光栄すぎる)


「生徒会はちょくちょく梅沢くんと接点があるみたいだけど、ボクも君とこうしてゆっくり話がしてみたいと思ってたんだ」


「それを言うなら、私も梅沢さんともう少しお話してみたかったのよ?生徒会と言っても、大体さらちゃんや海寧ちゃんが梅沢さんを先に捕まえちゃうんだもの。……なんて、半分冗談」


冗談めかして笑うさゆり先輩の、その笑みの端に、ほんの一瞬だけ、何かを言いかけてやめたような影がよぎった気がした。


何かあったのかな、と気にはなったけれど、あまり踏み込んでは、さゆり先輩を困らせてしまうかもしれない。


私はそれ以上聞かず、お茶請けのケーキへと視線を戻した。


二人の思いがけない言葉に、頬が緩んでしまう。


「私も二人とお話してみたかったので、嬉しいです」


気の利いたことなど何も言えなかったけれど、思ったままの気持ちを言葉にして、さゆり先輩の淹れてくれたミルクティーのカップに口をつける。


程よい甘さに、ほっと心が癒された。


「梅沢くんは、ボクらとどんな話がしてみたかったのかな?」


興味津々な様子で尋ねる紫苑先輩。


答えは、すでに自分の中で決まっていた。


「えっと、私……もっと先輩たちのことが知りたいんです。普段先輩として、生徒会や演劇部の先輩がかっこいいことは、この学院に来てからよくわかったんですけど、何気ないこととかも知れたら……なんていうのは欲張りなんでしょうか」


恐る恐る胸の内に思っていたことを正直に伝えると、紫苑先輩はおかしそうに笑い、さゆり先輩も穏やかな眼差しを向けてくれた。


「梅沢くんてば、本当に面白いな」


「私たちに対してそんな風に思っていてくれたのね。じゃあ、私のことは紫苑に話してもらいましょうか。他者紹介の方が自己紹介より、よりリアルに相手のことが知れる気がしない?」


「それはいいね。じゃあ、ボクのことはさゆりが紹介してよ。さらと海寧のことも、知りたいよね?」


私は思いのまま、素直に首を縦に振った。


「そうね……。紫苑は、学院の女の子たちの想いを真摯に受け止めているわね。学園の王子様なんて言われているけれど、こんな感じで普段は飄々としているし。女の子たちの前では、夢を壊さないように、かっこいい紫苑先輩を徹底してるわ」


「ボクが役者として徹底するのは当然のことだろう?だけど、かっこいい紫苑先輩は作り物じゃない。それもボク自身さ」


言い切ると、満足げにパウンドケーキを口へ運ぶ紫苑先輩。


「さゆりは、多分一番怒ったら怖いんじゃない?温和な人ほど怒らせたら怖い……みたいなところあるだろう?って言っても、さゆりの怒ったところなんて滅多に見ないけどね。さゆりはこの通り、女の子らしくて隙がないよ」


「それすっごくわかります!さゆり先輩は本当に憧れの女の子!って感じがして、こんなお姉ちゃんがいたら幸せだろうなって思っちゃいますもん」


「へ?お姉……ちゃん?」


「あ、」


(しまった!つい、思ったままを口にしすぎてしまった)


恥ずかしくなって赤くなる私と、面白そうに肩を震わせる紫苑先輩。どこか照れ臭そうに笑うさゆり先輩。


照れを誤魔化すように、さゆり先輩が小さく咳払いした。


「さらちゃんは、昔からアイドルとか可愛い女の子が好きね。だから……あなたのことも気に入ってるのかしら?」


(え……!それって、私がアイドルみたいに可愛いから!?って、いや、さすがにそれは考えすぎだろう。可愛いかどうかはともかく、さら会長が私のことを気に入ってくれているのだとしたら、それはとても嬉しい……!)


「海寧は、あの通り武士みたいにお堅いよね。でも、ああ見えて、アニメとか特撮とか好きなんだよ。家が厳しいから、昔はこっそりボクの家に遊びに来て、その時楽しげに見てたっけ。……あ、これボクに聞いたって言わないでよ?叱られそうだから」


そういうわりに、紫苑先輩には全く悪びれた様子はなかった。


二年生の先輩たちは、本当に仲が良い。


その後も、何でもない話に花が咲き、気づけば外はすっかり暗くなっていた。窓の外では、街灯が一つ、また一つと灯りはじめている。


「ふふ、気付けばもうあっという間にこんな時間ね」


「楽しい時間は早く過ぎるなんて言うけれど、本当にあっという間だったな」


あまり遅くまでお邪魔するのも悪いし、夕飯の時間も近づいている。


楽しい気持ちのまま、私はそろそろお暇することにした。


「またぜひ、遊びに来てね。気をつけて帰るのよ」


「梅沢くん、良いお年を!」


玄関まで二人が見送ってくれた。


紫苑先輩はこのまま泊まっていくというので、私は一人、急いで帰路についた。


マンションの外へ出ると、冬の澄んだ夜気が頬を撫でた。振り返って見上げた窓の一つに、暖かな灯りが点っている。


私は白い息を一つ吐き、コートの襟元を軽く整えると、弾む足取りで家までの道を歩き出した。


この冬休みが、まだもう少しだけ、優しく続いていくような気がした。

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