序章 はじまりはじまり
昔々のそのまた昔、人が生まれてしばらくした頃の話。
深い深い森の奥に小さな集落がありました。本当に小さな集落。人は100も居りませんでした。
その集落は何もかもが異質でした。場所も、住まう人々も、何もかも。
人は皆、才に満ち溢れ、あらゆる苦難をいともたやすく払いのけていました。
一人一人が時代を席巻しうる程の大天才。それが100人集まる異質極まる集落。
そこに、一人の普通の子が産まれました。特筆可能な才覚は無く、色んな事はできはするが、結果はお粗末。いわゆるところの器用貧乏。異質な集落にただ一人の普通の子。
集落の皆はこの子を見限り、疎み、排斥する......だなんて事はしませんでした。何故なら、皆この子にさして興味が無かったからです。もちろん、この子も集合体の一人。愛すべき隣人です。皆、特段構うでも無く、かといって無視する訳でも無く、普通に接していました。
時は流れ、この子は少女と呼ぶに相応しい年齢になりました。少女は好奇心に溢れ、何にでも手を出す普通の少女に成長しました。
異質な集落の中で唯一の『普通の少女』
この集落の中で唯一の『異質な少女』
どんな環境であれども、異質な者は自然と、独りぼっちになってしまう。少女も例外なく、独りぼっちになってしまいました。
身の周りには沢山の人が居るけれど、皆、自分のことを真に理解してくれたりはしない。沢山の隣人と一緒に過ごしているのに、孤独感に苛まれる日々。
少女はこの日々に嫌気が差して来ました。
なので、集落を出ることにしました。
人外魔境の奥深くにある集落からの旅立ち。決して容易な事ではありません。しかし、少女は臆する事無く、旅に出ました。
少女は外を知らなかったから。
外がどれ程危険か、認知していなかったから。
集落を出た少女には沢山の苦難がありました。死ななかったのが不思議なほどの苦難が、数え切れない程にありました。
少女は死にたく無かった。たとえ、どれ程の苦痛に苛まれようと。死ぬのはとても怖かった。それに比べれば如何なる苦痛も霞む。それほどまでに、『死』は怖かった。
だから、生き足掻いた。何よりも、誰よりも、醜く、汚く、足掻き続けた。
何をしてでも、生き抜いた。
次第に、彼女を苛みうる苦難は減っていきました。
やがて、彼女を苛むものは孤独感だけになりました。
そうなってからしばらくの月日が過ぎた頃、彼女は恋をしました。所謂ところの初恋。一目惚れ。この上なく一方的な好意。
彼女は運が良かった。だって、その思いの丈を。暴力と言っても差し支えない想いを、受け入れてくれる人に恋をしたのだから。またとない業運。一生分の運気をつぎ込んでも足りぬ程の奇跡。
彼女は少しだけ、『死』が怖くなくなりました。
『この人と共に逝けるのであれば、幸福だ』
と、考える程に。
二人は幸せな一時を共に過ごしました。初めて消えた孤独感。初めて訪れた充足感。彼女の胸の内には常に溢れんばかりの幸福が詰まっていました。
幸せな日々とは、瞬く間に過ぎてしまうもの。そして、簡単に砕けてしまうもの。
彼女らは、人間に目を付けられてしまった。彼女の持つ力を、人は欲した。喉から手が出る程の強い渇望。
幸せな日々を邪魔されたく無かった彼女は求めに応じ、答え、満たそうとした。
人の欲とは底知れぬもの。どれだけ応じ、満たそうと、真に満ちる事は無かった。
やがて、喉から出るものは手ではなく、凶刃へと変わった。
人間の、盆百の凶刃如きでは、彼女は傷付かない。しかし、彼は?ただの普通の、心の底から愛する彼は?
彼は普通の人間。それ故に、盆百の凶刃でも簡単に死ぬ。
彼女は彼を全力で護った。
護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って 護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って護って……結局、護り切れなかった。
愛する彼は、凶刃に貫かれ、死んだ。
大地が割れ、天が裂ける程の激しい慟哭。
聞くだけで死に絶えてしまう程の悲痛な叫び。
それが、彼女の涙が枯れるその日まで続いた。
後に残ったのは星を埋め尽くす程の骸。人も獣も、天使も悪魔も、神さえも、皆等しく骸になった。草木一つ残らぬ不毛の星。
彼女はその星唯一の生命体となった。また、独りになった。
彼女の心は久しぶりの孤独感と、初めましての喪失感で満たされていた。
胸の内に詰まった感情を忘れるために、色んな景色を見て回った。それは、独りぼっちだった頃からの、ず~~っとず~~っと昔からの、馴染み深い習慣。
綺麗な景色を見ていれば、ほんの少しだけ、胸の内を忘れられる。
……その筈だった。
『黄金に煌めく霊峰』
『満天の星月夜』
『冥冥の底』
他にも色々。本当に色々な景色を見た。この世界の全てを見たと言ったら過言になりはするが、 そう言ってもおかしくない程に、沢山の景色を見た。
それでも、胸の内に代わりは無かった。無聊の慰めにも、なりはしなかった。
この世界は既に見尽くした。天界も、地獄も、どこもかしこも。
残る景色はこの世界には無い。
だったら、別の世界に行こう。
無聊の慰めになり得る景色を求めて。
…………何時になったら、この心の闇は晴れるのだろうか




