それでも ここに立つ!
夕暮れの壬生寺。
庭には、まだ熱の残る空気が漂っている。
遠くで、稽古の名残のように、木刀の音が一度だけ響いて――消えた。
若い僧、円行がぼんやりと箒を動かしていると、足音が近づく。
振り返ると、沖田総司が立っていた。
その少し後ろに、原田左之助と永倉新八。
「ふふ、円行さん。もうこんなに綺麗なのに、まだやってたんですか」
沖田が、いつもの調子で言う。
「ええ…… その、少し、落ち着かなくて」
円行は正直に答えた。
しばらく沈黙が流れる。
沖田は庭を見渡し、それから、ふっと本堂のほうへ目をやった。
「御前様のご様子は、いかがですか」
円行は、しばし言葉を失い、静かに視線を落とした。
「あの出来事以来……御前様は、本堂へお出ましになっておりません」
声は小さく、かすれている。
「経をお読みになることもなく、食事もほとんど召し上がらず……」
一度、言葉を切る。
「心を、深く痛めておられるようで……」
円行は、そんな師のそばにいることに耐えきれず、
こうして庭で箒を動かしているのだ。
この庭こそ、あの惨劇の場となった場所である。
沈みきった師匠のために、此処こそ整えなければならないと思いながら
自分の心も、落ち着かない。
「新選組の皆様は……すごいですね」
円行はぽつりとこぼす。
「あんなことがあったばかりなのに、
またこの場所で、変わらず稽古をなさっている」
「いやいやいや」
沖田が軽く手を振る。
「本当はね。僕たちも、同じです。
ここにくると、心臓ばくばくなんですよ。」
「だよなあ。」
原田が苦笑する。
「寝るのに苦労してるやつ、多いぜ」
「一日中、刀磨いてるやつもいるしな」
永倉も肩をすくめた。
「まあ、仕方ねえよ、すごかったしな」
「見ちまった どころか 俺ら 戦ったしな」
「次にああいうのが来てもいいように、ってさ。
稽古して、あえいでるわけ」
沖田は少しだけ声を落とす。
「もし二度目が来たら――」
一瞬、間を置く。
「今度はもっとうまくやります。」
後ろで原田が笑う。
「おうよ。俺らは逃げねえ」
永倉も頷く。
「でかかろうが何だろうが、やりようは考える」
沖田が、少し得意げに言う。
「土方さん、もう動いてるんですよ」
「火薬、手に入れたんです」
僧の目がわずかに見開かれる。
「今度はね、砲学の先生も呼ぶって」
「ちゃんと準備しますよ。
「だから――どんどん任せてください」
三人は、そう言って笑った。
「ところでさ、円行さん」
原田が声を落とす。
「御前様は,ともかく、ほかの人たちはどうだ?」
「それが……」
言葉が続かない。
「飯は?」
「持っていこうか」
原田は、気楽な調子で続ける。
「うちも結構ケガ人出てさ。
栄養つけろって、土方さんがうるさいんだよ。
で、賄い方、すごく頑張ってくれてな、」
「卵とかさ、寺の人でも大丈夫なもん、いろいろあるし」
「御前様も、うまいもん食えば元気になるって」
あまりに軽やかな言い方だった。
円行は、小さく息を吐く。
「人ではないものや……異界のもののことなど」
ぽつりと、言葉がこぼれる。
「気にしても、仕方がないと……わかっているのですがねえ。」
声がかすれる。
「あまりにも……強すぎるものを、見てしまって」
「御仏に縋っていても……」
そこまで言って、円行は言葉を飲み込んだ。
ー
ところが、
「いやいや」
原田が、意外なほどまっすぐに言う。
「御仏の力、俺らは感じたぜ」
円行が顔を上げる。
「うん。ぼくも感じたよ」
沖田が、やわらかく笑った。
「そう、御前様に伝えて下さい。」
永倉が、腕を組む。
「俺ら、あれの真ん前に立ってよ」
「正直、自分の命はよ、、二の次っていうか、
まあ ダメかもと覚悟したよ。
ーーー必死だった。」
「ぼろぼろになったやつも多いが――」
「それでも、犠牲は出なかった」
「……仏様のおかげだ、と思えてな。感謝してるよ。」
静かに言い切る。
「ここは、仏様の庭だからな」
「経もさ、ちっとだけど、聞こえてたぜ。あのときも」
そう言って、永倉は笑い、
本堂の方へ、静かに手を合わせた。
「ご本尊様にもよ。なんか うまいもん お供えするか、」
原田も笑い、少し元気に 手を合わせた。
円行は しずかに本堂を見つめ、
あらためて、深く 深く 頭を下げていた。
この話は 此処で 一区切りです.読んで下ってありがとうございます




