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第19話 グレゴワールの告白

 アンジェラはグレゴワールがエミリアンに連れ去られたと思い、無我夢中で教会の近くを探し回った。

 どこにも姿が見当たらないことに焦って、大声で名前を呼びながら村の中を駆け回る。

 そうして十分程ぐるぐる探し回ったあと、廃屋の裏手から困り顔のグレゴワールが出てきた。


 「グレゴ!」


 アンジェラはグレゴワールに飛びついた。

 広い背中に腕を回して抱きしめると、彼は小さく呻いて顔をしかめた。


 「お嬢さま、痛いです……」

 「どうして外へ出たの!?」


 心配のあまり声を荒げながら、背伸びして彼の肩をガシッと掴む。


 「そんな体でふらふら出歩かないで!エミリアンに捕まっちゃったかと思ったわ!」

 「申し訳ありません。周辺の地形を把握しておきたくて」

 「そんなことより、今は休むことが先よ。むやみに動いたら、治るものも治らないじゃない」


 板を包帯でぐるぐる巻きに固定された右腕と、引きずっている右足を見ながら言う。

 包帯には、うっすら血が滲んでいた。


 (まだ傷口が塞がっていないんだわ……)


 「……傷はどう?痛い?」


 彼は微笑して首を横に振った。


 「いいえ」

 「嘘よ。さっきわたしが飛びついたとき、『痛いです』って言ったわ」

 「それは……」


 彼は困ったように目を伏せた。それを見て、罪悪感が押し寄せてくる。


 (わたし、ずっとグレゴを困らせてばかりだわ)


 「……ごめんね」


 アンジェラはか細い声で呟いた。


 「どうして、お嬢さまが謝るのですか?」

 「わたしのせいだもの。あなたが矢を受けたのも、崖から落ちたのも……全部、わたしのせいだわ」

 「いいえ、違います。俺が至らないせいです」

 「違うわ!それだけじゃない。……わたし、グレゴを道連れにして、死のうとしたもの」


 あのままでは、もう無理だと思った。

 彼が殺されると思った。

 それで、何もかも諦めて飛び降りたのだ。結果的に助かったとはいえ、彼は崖から落ちるときもアンジェラを守ろうとしてくれたのに。


 「……あのままでは、どのみち俺は死んでいたでしょう」


 グレゴワールは宥めるように穏やかな声で言って、アンジェラの頭をぽんぽんと優しく撫でる。


 「非は俺のほうにあります。あなたの護衛なのに、守り切れなかった。無事に離宮へ帰すまでが俺の役目だったのに、あの男に見つかってしまった。こんな目に遭ったのは、俺のせいです」


 アンジェラは顔を上げ、勢いよく首を振った。


 「グレゴのせいなんかじゃない。わたしがもっとしっかりしていれば、こんなことには──」


 言いかけて、苦笑する。


 「……今更こんなことを言ったって、何も変わらないわね」

 「そうですね……」


 グレゴワールも小さく苦笑した。


 夜風がそっと頬を撫でた。

 春のひんやりした空気が肌にしみる。寝静まった民家の屋根を、青白い月が照らしていた。


 「とりあえず、教会に戻りましょう。ここにいたら、風邪を引くわ」

 「はい」


 アンジェラが手を差し出すと、彼は左手でそれを取る。そうして、ふと右手の包帯を見た。


 「……そういえば、この手当ては誰が?」

 「修道女の人が包帯と薬草を分けてくれて、若い兵士さんが手当てを施してくれたの。親切な方たちだわ」


 彼は不審そうな顔をして黙り込む。

 この村の人たちを警戒しているのだろうと察し、「安心して」と付け足した。


 「ここは帝都の近くだけど、皇太子殿下の領地らしいの。だからこの村の人たちは、エミリアンの支持者ではないはずよ」

 「そうですか。ところで、額の印は……」

 「それも大丈夫よ」


 アンジェラは得意になって言い切った。


 「手当てしてもらっているあいだ、わたしがグレゴを膝の上にのせて、頭を抱えていたもの。印は見られていないわ」

 「……そうですか」


 グレゴワールは気まずそうに目を伏せる。

 アンジェラは首を傾げた。


 (何か気にかかることでもあったのかしら)


 ……手当てのとき、彼女の前でいったいどこまで脱がされたんだろう。未婚の王太子である彼は、異性の前で簡単に肌をさらけ出すようなことをしたことがない。ましてや主人の前で介抱を受けるなんて……。

 そう心配している彼の気持ちを、アンジェラは全く知らなかった。


***


 それからしばらくは教会で世話になることにした。

 グレゴワールが目を覚ました翌日、太陽が昇るとアンジェラは、じっとしていられない彼に付き添って、村の内壁に沿って歩いていた。


 傷を癒すことに専念してほしいと言ったが、グレゴワールは「体が鈍るのが嫌だから」と頑なに外を歩きたがった。

 骨に異常はなく、矢傷が痛む程度で歩けないわけではないらしい。


 改めて医学の知識がある修道士に診てもらったが、この怪我だと完治するのに一か月は必要だと言われた。にもかかわらず彼は「一週間もあれば治る」と根拠もなく言い張るので、アンジェラは呆れた。


 (全く、頑固な人だわ)


 離宮にいた頃は知らなかった彼の一面に、苦笑が漏れる。

 グレゴワールが歩いているあいだ、アンジェラはのんびり村を見回した。


 真っ青な快晴の下、穏やかに時間が過ぎていく。

 全員と会ったわけではないが、村の人たちは皆暖かい雰囲気だった。教会では十分な食事と、整った寝床が与えられている。アンジェラとグレゴワールを疑る人はおらず、不憫そうな目でこちらを見つめながら「盗賊に襲われたなんて、運が悪いね。かわいそうに」と同情し、親切にしてくれた。


 (皇太子殿下のご領地だからかしら)


 余所者に食事を提供できるほど生活が潤っており、そのため余裕のある人が多い。

しばらくはここに滞在して、無事に過ごせたらと思っていたが……やはり、思い通りにはいかなかった。


 「──人を捜している」


 凄みのある声が耳に入ってくる。

 アンジェラは身を竦ませながら、恐る恐る振り向いた。数メートル先の一軒の民家の前に、物々しい雰囲気の騎士がふたり立っている。彼らは民家の家主にこう訊ねた。


 「ブロンドの髪をした若い貴婦人と、手負いの騎士を見かけなかったか」


 全身が粟立つ。

 アンジェラの見開いた目には、家主がのんびりとした仕草で教会を指差す姿が映った。


 「その人たちなら、先日からあの教会にいるよ。盗賊に襲われて逃げてきたらしいが」


 騎士たちは顔を見合わせて頷いた。

 短く礼を言って、即座に教会へと向かっていく。


 「──お嬢さま」


 後ろからグレゴワールに手を引かれる。


 「……もう、ここにはいられないわね」


 ため息と共に吐き出した声は、微かに震えていた。

 崖から落ちてまだ二日も経っていないのに、安らげる場所を見つけたと思っていたのに、もう見つかってしまった。


 騎士たちが教会へ行っているあいだに、アンジェラはグレゴワールの手首を掴んで人目を憚りながら、足早に村の出口を目指した。幸い、昼間は門が開け放たれている。

 その向こうは、見知らぬ林道が続いている。入ってきた門とは別の門だ。


 (早く逃げなきゃ──)


 逃げる。

 ──どこへ?


 アンジェラはグレゴワールの手首を握りしめた。

 彼を連れて、どこへ行けるというのだろう。この帝国に、エミリアンの手が及ばない場所があるのだろうか? 皇太子の領地にさえ、こんなふうに迫ってくるというのに。


 国の外まで行けばいいのだろうか──それで、本当に解決するのだろうか。

 そこまで考えて、アンジェラはふと思った。


 (──わたしは、一生このままでいいのかしら)


 離宮にいる頃は、エミリアンを恐れて機嫌を損ねないように振る舞っていた。

 けれど、離宮を出てからは、エミリアンから逃げてばかりいる。


 (わたしはこのまま一生、エミリアンから逃げ続けないといけないの?)


 騎士に追われている以上、堂々と外を歩くこともできない。

 人相だって触れ回っている。

 これからもっとたくさんの人に知られていくだろう。行く先々の人から疑いの目を向けられるかもしれない。

 こんなふうにエミリアンだけでなく、周囲の人の目にすら怯えて、ひそひそと生きていくしかないのだろうか。


 (……そんなの嫌だ)


 窮屈な未来を想像して、息苦しくなる。


 (だってわたし、何も悪いことなんてしていないのに……!)


 人を軟禁して服従させるエミリアンのほうが、よっぽど悪人だ。

 それなのに、彼が堂々と外を歩くことができるのは、彼がうまく仮面を被っているからだ。

彼には「第二皇子」という強固な立場がある。


 それに比べて、アンジェラが持っているものは「第二皇子妃」という肩書きだけ。それはアンジェラ自身の権威ではなく、あくまでもエミリアンの妻としての称号。


 つまりアンジェラは、エミリアンがいなければ何の価値もない女に過ぎないのだ。ずっと前から気づいていたはずなのに、気づかないふりをしていた。──だから、エミリアンの元から離れようという気が起こらなかった。

 エミリアンの元を離れたら、自分は何者でもなくなる──。


 (……でも、あの生活に戻ることだけは、絶対に嫌よ)


 エミリアンから離れ、外の世界で堂々と生きていくにはどうすればいい?



***



 「教会から頼まれた薬草を探しに行く」と適当な理由をつけて、南門を通り抜けた。何も知らない南門の門番は、すんなり通してくれた。騎士たちは崖側の東門から入ってきたばかりで、アンジェラとグレゴワールの情報はまだ知れ渡っていないらしい。


 「助けてもらったのに、お礼もしないまま出て行くなんて申し訳ないわね……」


 後ろを見れば、村の門は木々に紛れて見えなくなっていた。


 「あの人たちが、罪に問われなければいいけれど……」

 「皇太子殿下の領地であれば、第二皇子が罰を下すことはできないでしょう」


 グレゴワールが励ますように言うと、彼女は「そうね」と笑って小さく頷く。

 けれど、思い詰めた表情は変わらない。


 「どこへ向かっているのですか?」

 「まずは、あなたの傷を治すことが先だもの。身を隠せる場所を探すわ」


 グレゴワールは俯いた。


 (……今の俺は、彼女の荷物だ)


 ひたすらどこかへ向かって歩いていくアンジェラの後ろをついて行きながら、ときどき心配そうに自分を振り返る彼女を見るたびに、グレゴワールは胸が苦しくなった。


 アンジェラは平気なふりをして笑っているが、本当は不安を抱えていることが感じられる。世間知らずの令嬢がまともな衣食住が与えられず、当てもなく野道を彷徨うことに耐えられるはずがない。

 ──どうにかして、彼女をこの状況から救いたい。


 そのためには、たったひとつだけ、思いついた道があった。

 グレゴワールは小さく息を吸って、アンジェラの手を引いた。


 「……お嬢さま。ついてきてほしい場所があると言ったら、あなたは俺と一緒に来てくれますか」


 アンジェラは目をまるくした。


 「ついてきてほしい場所……?」

 「はい」

 「珍しいわね。あなたが自分からそんなことを言うなんて」

 「どうしても、お嬢さまに来てほしいのです」


 アンジェラは体ごと彼に向き合った。


 「来てほしいって、どこへ?」

 「──ルロワ王国です」


 アンジェラはぽかんとした。

 そして言いづらそうに口ごもる。


 「でも、ルロワ王国は、その……帝国に、エミリアンに支配されているじゃない」

 「はい。だから、その支配から独立するのです。俺は王国が支配されたときから、ずっとそれを目指しています」

 「独立?」


 アンジェラの表情が曇る。


 「……それって、戦争を起こすってこと?」

 「エミリアン・フォーリックが素直に応じてくれなければ、そうなります」

 「そう……」

 「たくさんの王国の民が集まって、帝国打倒の計画を練っています。この二年間、俺たちはそのために生きてきたのです。できる、できないではなく、やるしかないのです。奴隷のままでいるわけにはいかない。……亡くなった家族や、民のためにも」

 「亡くなった家族と、民……」


 ルロワ王国の崩壊は、彼女にとって他人事だったはずだ。だが今、彼女の瞳は揺らいでいる。まるで、初めてその現実に触れたかのように。


 「……でも、王国の人たちがわたしを受け入れるはずがないわ。わたしは帝国の生まれだし、それに……エミリアンの、妻という立場なんだから」

 「……はい」


 グレゴワールは苛立ちを押し殺した。

 最初はアンジェラがエミリアンの妃となる女だからこそ、利用させてもらおうとして近づいた。それなのに、彼女が「妻である」と口にした瞬間、胸の奥に押し込めていた憤りが燃え上がった。

 あの男は彼女を閉じ込め、支配し続けている。


 アンジェラの視線は迷っていた。

 それを見て、グレゴワールは決心がついた。もう隠している場合ではない。


 「……お嬢さま」

 「なに?」

 「──俺は、ルロワ王国の王太子です」

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