表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/22

第12話 連れ出した理由

 「わあ……すごいわ……!」


 真夜中の森林を馬で駆け抜けながら、アンジェラは高くなった目線や、勢いよく視界を流れていく景色にはしゃいだ。あちこちに視線を巡らせているうちに、先ほどの疲労もいつの間にか吹き飛んでいた。


 グレゴワールが後ろから手を回して手綱を握っているので、落馬の心配もない。


 「この森をまっすぐ抜ければ、皇宮の裏側に繋がります」

 「皇宮を迂回して、帝都へ行くのよね?」

 「はい。だから少しのあいだ、馬で移動することになりますが……体は大丈夫ですか?」


 グレゴワールは、馬の激しい揺れにアンジェラが長時間耐えられるだろうか、と心配していた。


 「平気よ。これくらいなら耐えられるわ。……でも」


 離宮付近の森林を馬で駆けて数分。

 アンジェラの気分は少しずつ萎んでいき、来た道をちらちら振り返っては、思いつめた顔をして俯いた。


 「……本当に、出てきてよかったのかしら」


 覚悟を決めたはずなのに、心の(もや)はきれいさっぱりに晴れてはくれない。

 後ろ髪を引かれる思いが、どうしても残ってしまう。


 (殿下が真夜中に離宮を訪ねたことはない。だけど、もし何か不規則なことが生じて、殿下がわたしを訪ねてきていたら……)


 今頃、エミリアンは空になった部屋を見て、騎士団を使ってアンジェラを捜索させてはいないだろうか。

 実はもう既に、この森に誰か追いかけてきているんじゃないだろうか。


 背の高い草木を見ると、この森の中に誰か潜んでいて、木の後ろや草陰の中からたくさんの目がアンジェラを見ているような気がしてくる。

 どこまでも目がつきまとい、監視されているような気がする。


 「やっぱり、戻ったほうがいいんじゃないかしら……」


 今戻れば、間に合う。

 手遅れにならずに済む。そんな気がする。


 グレゴワールは手綱を引いて馬の速度を落とすと、素っ気なく言った。


 「では、戻りましょうか」

 「……どうしてそんなことを言うの?」


 どこか冷めたグレゴワールの言い方に、アンジェラは彼を非難するように見上げた。


 「お嬢さまが戻りたいと仰るのなら、戻ります。俺はあなたが決めたことに従うだけですから」

 「うん。でも……」

 「でも──俺に決めてほしいのですか?」


 アンジェラは瞳を揺らして、顔を伏せた。


 ……本当は、そうなのかもしれない。

 自分で何かを決断することに慣れていないから、誰かに判断を委ねたい。グレゴワールは、そんなアンジェラの甘えを見抜いているのだろう。


 (わたしは、どうしたいんだろう)


 不安を取り除くために、夢にまで見た今日を諦めて、今来た道を引き返すか。

 自分の弱さを払拭するために、一度決意したことを貫き通すか。


 ふたつの選択肢を天秤にかけて考える。天秤は大きく揺らいでいるように見えるけれど、本当はひとつに傾いている。


 「……ううん、戻りたくないわ」


 ずっと外に出たかった。

 それが、アンジェラの本心だ。

 諦めたくない。ここで屈したら、自分は一生このままだ。


 それに、「怖いからやっぱり戻る」なんて言ったら、グレゴワールを失望させてしまうような気がした。

 警備兵の巡回ルートや、離宮から帝都に行く経路を調べたり、馬の調達をしたりしてくれたのは彼だ。彼がアンジェラのためにしてくれたこと。それを無下にはしたくない。


 何より、彼に「何もできない女だ」と呆れられたくなかった。


 「……ねえ、グレゴ」

 「はい」

 「あなたは、どうしてわたしを外に連れ出してくれたの?」


 アンジェラは、気になっていたことを訊ねてみた。

 グレゴワールはちらっとアンジェラを見て、すぐに前方へ視線を戻す。アンジェラは彼のヘーゼル色の目をじっと見つめた。


 「もし殿下に見つかったら、あなたは何をされるか──どんな罰を受けるか、わからないわ。それなのに、そんな危険を冒してまでわたしを外へ連れ出したのは、どうして?」


 グレゴワールは馬を走らせる方向を見据えたまま、無表情で答えた。


 「……俺は、あの男が憎いです」


 あの男、という言葉には憎悪が滲んでいる。

 その言葉がエミリアンを指しているということは、すぐにわかった。これまでの彼のエミリアンに対する態度を見ていれば、彼がエミリアンを恨んでいることは伝わってくる。


 エミリアンの名前を聞くだけでも顔をしかめるくらいだった。

 けれど、アンジェラの立場を考慮してか、彼がエミリアンに突っかかることはなかった。だからアンジェラもなるべくグレゴワールがエミリアンと鉢合わせたりしないようにしていたし、彼の前でエミリアンの話はしないように色々と気を遣っていた。


 「だから、あの男におとなしく服従しているあなたを、見ていられませんでした」


 グレゴワールからすれば、エミリアンは祖国の仇。

 今すぐにでも殺してやりたいと思っているはず。そんな相手に屈しているアンジェラは、見ていてもどかしくて歯がゆかっただろう。


 「わたしを哀れだと思った?」


 貴族としてのプライドがないアンジェラは誰かに同情されても何とも思わないが、グレゴワールの額の印を見たときにアンジェラは彼を哀れんだ。

 ──この人は、この印がある限り、自由にはなれない。

 同じようにグレゴワールもアンジェラのことを、エミリアンの元にいる限り自由にはなれないと同情していたのだろうか……と思った。


 「いいえ、同情ではありません。おこがましいと思われるかもしれませんが……助けて差し上げたいと、思ったのです」

 「助ける……? わたしを?」

 「はい。あの男の傍よりも、ずっといい世界があることを知っていただきたかったのです。……恩返しも兼ねて」

 「恩返しだなんて」


 アンジェラは驚いて目を見開いた。


 「わたしが何をしたって言うの?」


 彼に恩を売った覚えはない。むしろ、自分が彼に支えられているばかりだ。

 グレゴワールは微笑しながら言った。


 「あなたがいなければ、奴隷の身である俺がこうして生きることはできなかったでしょうから」


 それを聞いて、言葉が詰まる。


 (グレゴは、わたしがいなくても、ひとりでどうにかやっていけたでしょうに)


 人権のない奴隷が、ひとりで生きていくのは難しい。

 だけど、彼の傍にアンジェラがいても彼の立場や状況が改善するわけでもない。


 それどころか、アンジェラの護衛騎士になったことで、こんな様だ。


 「……わたしより、もっとしっかりした令嬢に拾われていたら、あなたは今よりずっといい待遇を受けていたはずよ」


 彼が戦っているところを見たことはないが、並みの騎士以上の実力があることは何となく感じられた。

 グレゴワールは、奴隷館で最も高値で売られていた、と姉から聞いている。

 それほど腕の確かな男なのだろう。


 だけどアンジェラの傍にいたら、その腕を振るう機会は訪れない。

 護衛騎士といえど、今こうして外へ出たことが稀で、この半年間グレゴワールはアンジェラと同じく離宮に閉じ込められていた。

 宝の持ち腐れだ。

 アンジェラの護衛騎士になるよりは、他の令嬢の護衛騎士になったほうが好待遇を受けただろうし、剣を振るう機会もあっただろうに。


 (わたしが、彼の取り柄を殺している……)


 騎士として誇りの剣を振るえないことは、彼にとってどれほど屈辱だろう。


 (でも、もし今グレゴがわたしの元を去って他の主人に仕えたいと言ったら……わたしはそれを歓迎することはできない)


 自分にはもったいない人だと思っていても、彼に離れてほしくない。

 これまで離宮で過ごすことができたのは、彼の存在があったから。それに、外へ出る決意ができたのも、実行できたのも彼のおかげだ。グレゴワールは今のアンジェラにとって、なくてはならない存在になっている。

 それを手放すなんて、できない。


 (……でも、グレゴはわたしのことをどう思っているかしら)


 アンジェラは再び彼を見上げた。


 「……グレゴは、別の令嬢に誘われたら、その人の騎士になる? わたしよりもずっと立派で度胸があって聡明な令嬢だとしたら、その人に仕えたいと思う?」


 グレゴワールはアンジェラを不思議そうに見つめた。


 「何故、そんなことを?」

 「だって、わたしはあなたの主人にふさわしくないもの……あなただって、本当はもっとしっかりした令嬢がよかったって思ってるでしょう?」


 わたしみたいに無力でうじうじしてばかりの女なんて……とアンジェラは卑屈っぽくそう思ったが、グレゴワールは微笑しながら、さっぱりした口調で言った。


 「お嬢さまよりしっかりしたご令嬢は、奴隷を傍には置きません。そうでしょう?」

 「……それは、わたしがしっかりしていないって意味?」


 軽く睨みつけたが、彼は「さあ、どうでしょうね」と笑ってはぐらかす。

 自分よりいくつか年上の彼の、無邪気な笑みを始めて目にしたアンジェラは、怒るに怒れず、釣られて笑った。


 出会ったときと比べて、彼は少しずつアンジェラに心を開いてくれているような気がする。

 こうして減らず口を叩いたり、屈託のない笑みを浮かべたりするなんて、出会ったばかりの頃では考えられなかった。


 少しずつ、親しい関係になっていると感じる。

 その変化が嬉しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ