#29 竜/狼
Side:Yuki
紫を基調としたドレスを身に纏ったマユちゃんの登場に、黒部君は顔を歪めていた。
「チッ…。まさか6人目が来るとはね」
でもマユちゃんがコンパクトを受け取ったのは、ファミレスで顔合わせをした日。
それまで怪人は出てきていなかった。
つまり私達にとっても、黒部君にとっても、変身したマユちゃんは初見だ。
「フン!どうせ変身したのは今日が始めてだろう?なら上手く力を使いこなせない筈だ。素人1人増えただけだ!日和ることはない!やっちまえ!」
黒部君がヴォルフと車の怪人に命令する。
この2人だって、もうボロボロだ。
特にヴォルフは、マユちゃんに撃たれている。
だけど2人とも、今にも襲い掛かろうとしていた。
「……」
それでもマユちゃんは動じない。
さっきからずっと落ち着いたままだ。
怖く、ないのかな…。
そう思っていると、マユちゃんが私に近づいてきた。
身を屈めると、私の腰に付けていたコンパクトを手に取る。
それを開くと、中のムーンストーンに私の手を添えた。
私は白い光に包まれる。
そして光が晴れた頃には、元の姿に戻っていた。
「マユ、ちゃん……?」
「その姿の方が、楽でしょ?」
変身した時に負った傷は、変身を解いたら無くなる。
瀕死だった私の体から、戦いの傷が消えていた。
少し服が汚れているくらいだ。
まだ体が痛みを覚えているけど、さっきよりはマシだ。
「……国仲さん」
唐突にマユちゃんが、国仲さんを呼ぶ。
「へ?何?」
国仲さんは目を丸くして応えた。
「あとは私がやる。あなたは由希を守って」
「はぁ!?なんでそんなことしなきゃいけないわけ!?」
「そんなこと…?」
苛立つ国仲さんに、マユちゃんが冷たい視線を送る。
その目を見た国仲さんの肩が、ビクリと震えた。
それは私も同じだった。
今のマユちゃん、怖い。
「由希を守る。何より重要なことよ」
「だったら…麻由美先輩がやればいいじゃん!」
「あなたがいつまでも奴らを倒しきれないから、私が代わってあげるって言ってるの。いいからやりなさい!」
マユちゃんは最後の方だけ、語気を強めていた。
「ッ……!!……あぁもう解ったから!!しっかり倒してよね!!」
国仲さんは地面をドカドカと踏み鳴らしながら、私の元に歩み寄ってきた。
「あの、国仲さん……」
「うっさい!」
話しかけようとしたけど、跳ね除けられてしまった。
なんというか、申し訳なくて、かける言葉も見当たらない。
私がもっと強かったら、こうなってなかったのかな。
「あんだけ大口叩いたんだもん。負けたらボロクソ言ってやるんだから!」
国仲さんは口先を尖らせて、そう言った。
「随分余裕だなぁ紫女!」
私達のやり取りを見ていた黒部君が怒鳴る。
「お前ら、そいつを潰せ!」
黒部君の号令と共に、ヴォルフと車の怪人が動こうとする。
だけどそれより先に、マユちゃんが右手の人差し指をクイッと上げた。
すると、黒部君、ヴォルフ、車の怪人の足下のアスファルトが、紫のオーラを纏ってせり上がってきた。
「なんだ!?」
黒部君がアスファルトにぶつかって、尻もちを着く。
それは細くて、空に向かって伸びていた。
3人を囲うように、等間隔で生えている。
まるで鳥かごみたいに。
だけど車の怪人が、その鳥かごを砕いて出てきた。
そしてまた、あのタックルの体勢になる。
車の怪人はマユちゃんに狙いを定めると、急発進した。
「マユちゃん!!」
あれをまともに食らったらマズい。
私は悲鳴混じりに叫ぶ。
だけどマユちゃんは、どこまでも冷静だった。
右手を大きく突き上げる。
すると目の前のアスファルトが盛り上がり、大きな壁になった。
“ガシャン!!!”
車の怪人は、壁に勢いよく激突する。
機械の体が凹んで、部品が飛び散った。
車の怪人は跳ね返って、地面を転がる。
マユちゃんは何事も無かったような顔で、歩み寄る。
そして車の怪人が顔を上げた時、右掌を翳した。
辺りに散らばっていた石が紫のオーラを纏って浮かび上がり、飛んでいく。
それが全部、車の怪人を削っていく。
その間に、マユちゃんは次の攻撃に移った。
右足で地面を強く踏む。
するとアスファルトが棘状に盛り上がって進み、広がっていく。
やかてその棘が、車の怪人を串刺しにした。
下から何本も刺されて、車の怪人は完全に動けなくなる。
ただ弱々しく、顔を上げるだけ。
その目に映っていたのは、銃口をこちらに向けるマユちゃんだった。
“パン_____!!”
乾いた音が、容赦なく響く。
車の怪人の顔に、穴が空いていた。
「……!」
「マジ?」
あまりに、一方的過ぎた。
一部始終を見ていた私と国仲さんは、ただただ息を呑む。
車の怪人から、黒い煙が上がっていく。
これは、怪人が斃れた時の合図だ。
「ドライブゥウウウウウウ!!!!」
黒部君が車の怪人の名前を叫ぶ。
それはヴォルフが鳥かごを抜け出して、黒部君の鳥かごを壊しきった時だった。
怒りを顕にした黒部君が、黒いバットに力を込める。
「クソが!クソがクソがクソがぁ!!!」
悪態をつく黒部君…。
その怒りが伝わったのか、ヴォルフが飛び出した。
猛スピードでマユちゃんに接近する。
マユちゃんは再びアスファルトで壁を作った。
ヴォルフは壁に爪を掛ける。
それから宙返りするみたいに、アクロバティックな動きで壁を越えた。
だけど壁の裏に、もうマユちゃんは居なかった。
地面に着地して、辺りを見渡す。
すると、足下がうねる。
危険を感じたヴォルフが、その場から跳んだ。
その直後、地面から口のようなものが出てきて、呑み込もうとしてきた。
でもヴォルフは直前で跳んでいたから、逃げられた。
だけど、それで終わりじゃなかった。
ヴォルフの背後のアスファルトが盛り上がる。
それにひびが入って、弾けた。
破片がヴォルフを襲う。
「死ね」
アスファルトの中から現れたのは、マユちゃんだった。
もう銃口を向けていて、撃っていた。
今度はヴォルフのお腹の真ん中を貫いた。
ヴォルフの口から、黒い血が溢れる。
「こンのぉ!!!」
黒部君も駆け出していた。
走りながら、黒い玉を連続で放つ。
マユちゃんは手慣れたように、壁を作る。
黒い玉は全部防がれた。
その時、マユちゃんは壁に手を当てる。
すると向こう側の壁の表面が一部出っ張って、黒部君の方へ向かっていく。
「うげっ_____!!!」
黒部君はそれを予測できなかった。
アスファルトの出っ張りが、鳩尾を打つ。
黒部君はバットを手放して、地面を転がった。
マユちゃんはその黒部君に向かって、なんと銃を向ける。
まさか……。
「マユちゃん!!」
私が叫ぶと、マユちゃんは動きを止めた。
その隙にヴォルフが襲い掛かる。
だけどマユちゃんは、ヴォルフの攻撃を避けた。
「もう諦めなさい」
マユちゃんが右手を握って、足下を打つ。
するとマユちゃんの拳にアスファルトや土、石が集まってきた。
ヴォルフが再び攻撃を仕掛ける。
マユちゃんは待っていたかのように、土石の塊になった拳を、ヴォルフにぶつけた。
殴り飛ばされたヴォルフは、滑るようにして、黒部君の隣に着く。
マユちゃんの右手から土石が全部こぼれ落ちて、いつもの綺麗な手が露わになった。
「嘘でしょ…?なんでこんな使いこなせてんの?」
国仲さんが、つい声を漏らした。
マユちゃんが視線だけ、国仲さんに向ける。
「コンパクト貰ってからいろいろ練習したのよ。自分の力を理解せずに、戦いに出られる訳ないでしょう」
マユちゃんは当たり前のようにそう言った。
確かに、私はぶっつけ本番だったけど、マユちゃんには時間があった。
その間に、いろいろできるようになったみたいだ。
とはいえ、5日くらいでここまで戦えるようになるのは凄すぎるけど…。
「由希!!」
その時遠くから、穂香ちゃんの声が聞こえた。
見ると穂香ちゃんが、こっちに走ってきている。
マッチ怪人を、全部倒しきったみたいだ。
「えっ…?」
近くに来たところで、穂香ちゃんが足を止める。
その視線の先には、マユちゃんが居た。
「もしかして、村崎さん?」
恐る恐るそう訊いてみる。
穂香ちゃんも、変身したマユちゃんの姿を見るのは初めてだから。
「そうよ」
マユちゃんはピシャリとそう言い切る。
そして片膝を着くと、右手で地面に触れた。
「私に任せなさい。変に動いたら巻き込まれるわよ」
そう言った直後、マユちゃんの足下周りが盛り上がる。
アスファルトと石と土が混ざり合うようにして、上昇していく。
てっぺんが隣の雑居ビルの屋上くらいまで伸びると、根元が離れて浮き上がる。
紫のオーラを纏った土の塊は、生き物のように動いていた。
まるで、竜…。
そう、蛇のような長い体を持った、土石の竜だ。
マユちゃんは竜の頭の上に佇んでいる。
「うっ…わぁ…!」
流石の黒部君の顔にも、恐怖が浮かぶ。
巨大な竜を目の前にして、震えることしかできていなかった。
「…………」
あまりの光景に、私も国仲さんも、穂香ちゃんも、言葉を失う。
(……いや、ちょっと待って)
竜を作ったマユちゃんは、今から何をしようとしているのだろう。
このまま、黒部君とヴォルフを踏み潰す?
それとも竜の口から火が出てきたりする?
何にしても、多分今から恐ろしいことが起こる。
マユちゃんの目が、冷めきっているから。
「これで、全部終わりよ」
マユちゃんがそう言うと、竜が口を大きく開ける。
そして物凄い勢いで、黒部君達に迫った。
「マユちゃん!!」
私はもう一度叫ぶ。
…ダメだ。竜は止まらない。
黒部君は、今までより強くなってる。
でもあんな大きなものに潰されたら、流石に死んじゃうんじゃ……。
嫌だ。
たくさん痛い目に遭わされたけど、私は黒部君に死んでほしいとは思ってない。
そして、マユちゃんに人殺しになってほしくない。
「由希先輩ヤバいって!!」
駆け出したところを、国仲さんに止められてしまった。
竜の大きな口が、2人に迫っていく。
その瞬間が、スローモーションに見えた。
だけど、丸呑みにされる直前…。
“ドッ!!”
ヴォルフが、黒部君を突き飛ばした。
「は…?」
唖然としながら、黒部君が離されていく。
そしてヴォルフは…。
“グシャッ!!!”
竜に、呑み込まれた。
マユちゃんが飛び降りると、竜は空中へ昇って、回転を始める。
それにつれて、竜の形が崩れていった。
もう竜というより、渦巻き。
渦巻く砂はだんだん中心に集まっていき、小さくなる。
そして…空中で弾けた。
その中から黒い影が現れ、落下してくる。
人型の真っ黒な何か。
全身から黒い煙が上がっている。
私達には解る。
これは、ヴォルフだ…。
「ヴォルフ……」
黒部君は呆然としながら、名前を呟く。
この反応…。
他の怪人がやられた時と、リアクションが違う。
何か、思うことがあるのかな。
「時間が延びただけ。今度こそ終わりよ」
マユちゃんがまた銃を向けた。
それを見た黒部君が、我に返る。
即座に黒い魔法陣を作り出した。
「ッ…!!」
マユちゃんが発砲する。
だけど黒部君が動いたことで、弾は足を掠めるだけで済んだ。
黒部君はそのまま、魔法陣に飛び込む。
そして魔法陣は、すぐに消えてなくなった。
黒部君はこの場から、完全に姿を眩ませた。
それから少しして、ヴォルフも消えて無くなった。




