#17 監視/単刀直入
Side:Aruto
姫路さんと赤女のやりとりを、僕は天から眺めていた。
正確に言うと、眷属カメラによる天井からの映像を、僕はスマホ越しに観ている。
今居るのは、男子トイレの個室。
誰にも邪魔されない、都合のいい場所だ。
眷属のレベルが低いせいなのか、音声までは伝わってこない。
しかし、姫路さんと赤女が理科室で話し合っているのは解る。
姫路さんの鞄からてるてる坊主が飛び出してきたかと思えば、赤女が奴を乱暴に掴んだ。
途中姫路さんが割って入ったり、てるてる坊主が泣きながら何かを言っていた。
そして最終的に、姫路さんと赤女との話し合いになる。
いや、話し合いと言っていいのか。
後半赤女が一方的に何かを言ってるだけだったが。
奴は何かを言い終わると、理科室から出て行った。
姫路さんは、何故か苦しそうに胸を抑えている。
この2人の関係性はよく解らないが、少なくとも良好な関係という訳では無さそうだ。
「また監視かァ?随分熱心に観てるなァ」
洋式便器の後ろから、ムシバミが出てきて茶化してきた。
奴の言う通りここ最近の僕は、ずっとスマホでメスガキ達を監視している。
「お前には解らないだろうけどな、情報ってのは武器なんだよ。奴らの行動パターンが解れば、いつでも奇襲を仕掛けられるだろ」
「ほぅ?そこまで事前準備を徹底するとは。よっぽど奴らが怖いようだな」
マジで黙れよコイツ。
僕だって認めたくない。
だけど奴らは強い。
先手を打てるってだけでも爆アドなんだよ。
「準備はするに越したことは無いだろ。ていうか、学校で出てくるなよ!」
「クハハ!ダメか?授業中に出てきてガキ共を仰天させるのも面白そうだと思ったが」
「やめろ!!」
怒鳴ったところで、僕は瞬時に口を抑えた。
トイレの個室に籠もっているとはいえ、1人で騒いでたら目立つ。
「とっ…とにかく、余計なことは考えるなよ?」
「クハハ!何の力も持たないガキが、神に対してそんな口を聞くか。随分傲慢になったものだ」
「ッ…!!」
ムカつき過ぎて忘れていた。
ムシバミは悪“神”。
僕のこの力は、コイツから貰ったものだ。
コイツがその気になれば、この力をいつでも取り上げられるということか。
「おいおい。まさか力を取り上げられるとか、そう思ってるんじゃないか?」
コイツ…。
まさか心まで読めるのか。
「クハハハ!安心しろォ。その力はお前の物だ。取り上げるとか、そんな野暮なことはしない。まぁ、死んじまったら拾ってやるけどなァ」
ニヤついた顔を近づけながら、ムシバミは続ける。
「或斗、俺はお前に興味がある。ただのガキが、闇の力でどこまで行けるのかってなァ。さぁ、足掻け!壊せ!暴れ回れ!この俺様を、楽しませてみろォ!」
「ッ…!!」
だから声がデカいんだよ。
まぁ、とりあえず解った。
コイツにとって、俺は恰好のおもちゃってことだろ。
「言われなくたって、お前が満足するくらい面白いもの見せてやる。だから黙ってろ」
「クハハ!期待してるぜ……」
ムシバミはそう零すと、僕の影に入った。
はっきり言って、今は劣勢だ。
だが歴史上の名のある軍師達は、こういう状況をひっくり返してきたんだ。
僕だって、ひっくり返してやるよ。
昼休み。
僕は給食を食い終わると、屋上前の階段で監視を続けていた。
スマホが映し出しているのは、姫路さん。
あの人気者の姫路さんが、1人で体育館裏の壁に寄りかかり、座って俯いている。
その隣であのてるてる坊主が、何やら喋りかけていた。
姫路さんは顔を上げ、受け答えしている。
その作られた笑顔を見るに、無理してるんだろうな。
それもそうか。
あの夜、メチャクチャボコボコにしてやったからな。
今朝も僕を見た途端顔が真っ青になってたし、トラウマにでもなったんだろ。
それにしても、いったい何を話してるんだか。
カメラのレベルを上げれば、音声も聞こえるようになるのか。
まぁ何にせよ、姫路さんが僕に刃向かってくることはないだろ。
とはいえ、1度この僕に楯突いたんだ。
他の奴らを潰した後、じっくり可愛がってやるとするか。
姫路さんは一旦いいや。
今は赤女の様子を見てみよう。
僕はカメラを赤女に切り替える。
何故か奴は学校中を歩き回っていた。
図書館、理科室、パソコン室、多目的室…。
各所を早足で訪れ、キョロキョロと辺りを見回している。
まるで何かを捜しているかのように。
「何してるんだ?コイツ」
僕は思わずそう呟く。
赤女の目的が解らず、しばらく監視を続けた。
奴は僕達の教室がある棟に戻ると、廊下を歩き出した。
そして1つ1つ、階を上がっていく。
「……んっ?」
ちょっと待て。
コイツが上がっている階段…。
その先は…。
僕の焦りを他所に、赤女は躊躇なく階段を上がっていく。
そして、奴は辿り着いた。
「……見つけた」
僕の、目の前に。
見つけた…だと。
コイツ、最初から僕のことを捜していたのか。
「……僕に、何か用か?」
ナメられる訳にはいかない。
僕は奴を睨みつけて問う。
「……黒部或斗君。きみ、怪人を生み出して、人を襲わせてるよね」
赤女は僕を見上げてそう言った。
いきなり核心を突いてきやがったな。
「いったい何のことだ?さっぱり解らないな」
「惚けないで。由希の口からきみの名前が出てる。それにあの夜の廃ビルで、カブトムシの怪人を従えてたでしょ」
「ッ…!!」
「まぁ、そいつを斃したのが私なんだけどさ」
惚けても無駄か。
ていうかコイツ、自分から正体明かしやがった。
何のつもりだ。
ダイカクのことまで引っ張り出してきて…腹立たしい。
「はぁ…。あぁそうさ。僕は眷属達にゴミ掃除をさせている」
どうせ姫路さんがいろいろ知ってるんだ。
こうなったら開き直るだけだ。
「……ゴミ掃除?」
「そうさ。僕は生きる資格もないゴミ達を掃除してるだけだ。それの何が悪いっていうんだ?」
「……ゴミっていうのは、あなたが怪人に襲わせた人達のこと?」
「そう言ってるだろ?察しがいいのか悪いのか、はっきりしてくれないかな?」
「それって、由希も?」
「ッ…!?」
なんだ…。
赤女の声色が、急に低くなった。
いやそれだけじゃない。
視線も鋭くなってるような…。
「ひっ、姫路さんは、ゴミを庇うとかいう馬鹿みたいなマネをしたから、おっ、お仕置きしてやったんだ!ほら、姫路さんって頭の中お花畑みたいなところあるじゃん!何も解ってないようだったから、解らせてやったんだ!これは僕なりの優しさだ!」
「…あぁ。そう……」
赤女は短く返事をすると、階段に足を掛けた。
ゆっくりと、僕の方へ迫ってきている。
「何となく解った。その人がゴミかどうかとか、結局黒部君の独断なんでしょ?」
「ッ…!?待て!これ以上近付くな!止まれ!」
「止まらない。これ以上被害を出さないために。由希に辛い思いをさせないために」
赤女はブツブツと念仏みたいにそう呟く。
そして、ポケットからコンパクトを取り出した。
ヤバい。変身させたら止められない。
スマホを獲られたら終わりだ。
「うぉおおおおお______!!!!」
気づけば僕は、赤女に飛び掛っていた。
「!?」
赤女も予想外だったのだろう。
驚いた顔をしていた。
「だァアアアアアアアアアア_____!!!」
僕は奇声を発しながら、拳を振った。
「ぐっ____!!」
僕の拳は、赤女の鼻に命中した。
それによって、僕も赤女もバランスを崩す。
僕達は一緒になって、階段から踊り場へ転げ落ちた。
「くっ…痛ってェ……」
痛すぎる。
体中を階段で打ちまくってしまった。
だが、倒れたままじゃいられない。
僕は根性でなんとか立ち上がった。
だが、そんな僕の足が乱暴に掴まれた。
「待っ……て……!!」
赤女だ。
鼻から血が溢れている。
鼻血を左手で押さえつつ、右手で僕の足を掴んでいる。
奴の目には、最早憎悪のようなものが籠もっていた。
「くっ…離せ!」
僕はその手を振り払い、一気に駆け出した。
階段から落ちて鼻血出してる女子をほったらかしにしてしまったが、やっぱりマズいか。
……いや、どうでもいい。
あいつは完全にやる気だった。
あのままだったら確実に終わってた。
何なら僕も階段から落ちたし。
赤女がこの後どうなろうと、知ったことじゃない。
どうにでもなればいい。
そんなことを考えながら、僕は無我夢中で走り続けた。




