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第23話 カローナ商人の大誤算

「はぁ…… なんでまたこんな田舎に足を運ばねばならんのだ」


「次期殿。今回は荷もいつもより少ないので、旅程は1日ほど短縮できますから辛抱してください」


「むぐ……」


 なだめるように言われて黙るベンには、いつもの慇懃無礼さのキレが少なかった。


 これは、今回のドランへの商団は、周りの商会からせっつかれて、メンフィス商会としては渋々重い腰を上げざるを得なかったという事情が作用している。


 前回のカローナの商団は、結局、ドランで何の売り上げも、穀物の購入も行わずに帰ってきてしまった。

 当初は、カローナでなにも取引を行わずに帰ってくる決定を下したベンのことを、他の商会も、メンフィス商会の代表も支持した。


 ドランの領主の断った見合いを出汁にして、さらにカローナにとって有利な交易条件を引き出すというのは、当初からの思惑でもあったためだ。

 前回、無駄になってしまった交易物資の損害についても、丸々ドラン側に支払ってもらい回収できると踏んでいた。


 さらに相手は、こちらに無礼な態度を連発したため、今後の交渉をより有利に進められると、カローナの商団はほくそ笑んでさえいた。


 しかし、ここで根本的な誤算があった。


 いつまで経っても、ドラン側からのアクションが無かったのだ。


 通常、こういった交渉前には水面下で、ドランの御用商人あたりがカローナ側へ接触してくるものなのだが、それすら一切無かった。


 情報を集めようにも、普段は行き来のないドランについての情報は乏しかった。


 そうこうしている間に、メンフィス商会以外の商会たちが騒ぎ出したのだ。

 ドランとの交易は、運搬に手間も時間もかかるが、利益率の高い商売であったため、早期の復活を求める声が日に日に大きくなってきた。


 また、カローナもドランに対して弱みが全く無いわけではない。


 カローナには町の住民すべての穀物を賄える穀倉地帯がないため、どうしても他所から穀物を仕入れる必要があるのだ。

 そして、その穀物の仕入れ先の大部分は、自分たちが格安の値段で仕入れることができるドランだった。


 穀物は1年単位での備蓄はしているが、いざという時を考えると、在庫は常に一定の量を確保しておきたいというのが、飢餓や戦に備えておきたい為政者としては当然の考えであった。


 数か月単位で穀物の納入が遅れたため、さすがにカローナの為政者側から、商団のまとめ役であるメンフィス商会へ至急解決するようにとの指導が入ったのだ。


 メンフィス商会は、こちらから接触しては、ドラン側への条件提示が緩むと反対したが、その主張は聞き入れられなかった。


 こうしてベンは、父親の指示のもと、しぶしぶ再度ドランへと赴いているのだ。


「まぁ、奴らは今回は頑張ったが、さすがに民は我慢の限界であろう。そこへ物資を持ってくれば我々は英雄扱いだ」


 気を取り直して、ベンたち一行はドランへ向かっていた。




◇◇◇◆◇◇◇




「な、なんだこれは」


「これが、あの何もない田舎だったドラン?」


 ドランの町へ一歩踏み入れただけで、商団の一行は街の様子が一変していることに気付いた。ドランに訪れるのは二回目のベンにすら分かるほど、その変化は明らかであった。


 閉まっていたゴースト商店街で空き室だらけであった通りに店が新規にオープンしており、多くの人が買い物のために闊歩していた。


 てっきり物資が足りずにピリピリした様子になっていると思っていたドランの町は、活気に満ち溢れていた。


「これは…… 我々が卸している商品ではありません」


 試しに道すがらの商店へ入ってみたカローナの商人が、商品を覗いてみると、明らかにカローナから仕入れている物ではない物が、店先に並んでいるようだった。


「ということは、こっそりと闇ルートでドラへカローナの商店が商品を卸しているわけではないと」


「では、奴らは一体どこから商品を仕入れているのだ?」


「ドランへの運搬のためには、我らがカローナを通過するのが必須です。これだけの規模の商品の運搬に我らが気付かぬわけはありません」


 ベンの言葉に、他の商団の者たちも首をかしげる。


 彼らの頭の中には、他の町の商人がドランへ行くためにはカローナを通るのが必須、自分たちがそれを察知できないことはあり得ない、故に不可能なはず。しかし、目の前の状況は何だ?という思考のループから抜け出せずに、答えが見つからない状況にあった。


 そのループは、大前提にしている知識を疑うことで初めて、明快な仮説にたどり着くことができるのだが、それはあまりに突飛で口に出すのもバカバカしいほど非現実的な仮説や予想であった。


「おや、カローナの方々ではないですか」


「なんだお前は」


 ベンがいきなり声を掛けてきた男に対してぶっきらぼうに答えると、商団のうちの一人が、ドランの御用商人であることをベンに耳打ちする。


「ゲラントです。おや、あなたはメンフィス商会の次期殿とお見受けします。今日は行商にいらしたので?」


 偶々、商店街の大通りに居合わせたゲラントが、カローナの一団へ声を掛ける。


「あ、ああ……いや、ちがう‼ 我らは、ドランの領主殿に一言言いにきただけだ‼」


「はぁ……御当主は今は大変忙しくされています。アポイントメントを取りたいのであれば……」


「何を馬鹿なことを言っている‼ カローナの商団の我々が用があると言っているのだ‼ つべこべ言わずに会談の準備をしろ‼」


 ベンが激高して声を荒げるが、


「いえ。皆さん、きちんと順番を護っておられます。次期殿たちだけ特別扱いという訳には参りません」


 ゲラントはビクともしない。


「皆さんだ? 一体どこの誰のことを言っているんだ‼ お前たちと取引する者が、我ら以外にいるわけが」


「何を仰います。次期殿たちの目の前にいるではありませんか」


 ゲラントが何を言っているんだ?と小馬鹿にしたように言いながら、商店街全体を仰ぎ見る。

 商店街は活気に満ち溢れていて、この間まで戸口に板が打ち付けられて閉鎖された店が並ぶ、もの悲しい景色から一変している。


「一体、こ奴らはどこから湧いて出たのだ⁉」


「次期殿。商人はその辺から生えてくるものではありませんよ。おかしなことを仰いますね」


ガハハッと笑うゲラントに、ベンは大層苛立っているが、今はとにかく状況を博するために情報が欲しいので、会話を続ける。


「言葉遊びをするな。質問に答えろ‼」


「商人が何も見返りを用意せずに、一方的に情報を得ようとするのは感心しませんが、まぁ調べればすぐに解ることなのでお教えしましょう。彼らは、メギアの町から来た商人です」


「なんだと⁉ ありえぬ‼ メギアの町と我がカローナの間には険しい山脈があり、こちらの方面に来るものは皆無なはずだ!」


「嘘だと思うならば、彼らに聞いてみてはどうでしょう? 情報は一箇所から受けるのは危険です。色んな箇所から情報を得て、真偽を確かめねば。商売の基本ですよ」


「貴様は、ドランの者のくせに、何を生意気な口を……」


 と、ベンが言い終わる前にゲラントがズイッと顔を寄せる。

 その迫力に思わずベンは黙ってしまう。


「それは最早終焉を迎えました。世情が読めない商人や商会は消えるのみ。覚えておくといいですよ次期殿」


 そう言ってゲラントは去っていこうとしたが、去り際に


「あ、そうでした。特別に私の方から、明日会談の場を持つように御当主に伝えておきますよ。それでは」


 と言い残し、ゲラントは忙しそうに商店街を抜けていった。


残されたカローナの商団の一団は、ゲラントの言葉通りにするのは癪であったが、とにかく商いをしている者たちから情報を集めた。


『おう、俺たちはメギアの町から来たんだ』


『どう来たかだって? ゼネバル交易路を使って来たのさ。ゼネバル交易路ってのはゼネバルの森を突っ切る夢の輸送路さ。ドランとメギア間の移動が荷馬車で1日かからねぇんだぜ』


『魔物はどうするかだって?ワシも最初はおっかなびっくりじゃったが、魔物は輸送路に一切近付かんのさ。領主様が言うには、周りにあるトゲトゲのおかげなんだそうだよ』


『メギアとドランは公式に交易条約を締結してね。ドランっていう新たな手つかずの市場に、メギアの商人はこぞって繰り出している真っ最中だよ』


『次々と、メギアから人や商品が入ってきて、領主様はインフラ整備やらに奔走してくれているんだ。ほら、あっちこっちで建物が建てられてるだろ』


 ものの数十分程度で、情報は簡単に集まった。

 そしてベンを含め、カローナの商団の一団はそろって頭を抱えることになった。


 自分たちの方が、どうやら取り返しのつかないことをしでかしているという事実に。


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