第22話 無様な体型の義弟はご勘弁
「ようやく見慣れた景色が見えて来たな」
「相変わらず代わり映えがしませんな」
「前回から3か月少々しか経っておりませんからな」
荷馬車の上から首の関節をゴキゴキ鳴らしながら、一団が街道を進んでいく。
彼らは、カローナの町の商団である。ドランの町への物資の行商は約3か月ごとに、カローナの町の複数の商会が共同企業体としての事業組織体を構成して行われている。
その大所帯を仕切っているのが、カローナの町で随一の大きさを誇るメンフィス商会である。
「次期殿。もう少しですよ」
「ちっ、やっと着いたか。何日間もかかりよってからに」
次期殿と呼ばれているデップリと太った中年の男が、のっそりと荷馬車の奥からのっそりと顔を出す。
「本当に何もない田舎だな。こんな辺境に住む奴らの気が知れんわ」
彼の名は、ベン・メンフィス
次期殿と呼ばれている通り、メンフィス商会の跡取り息子である。
商会の代表である父親は未だ健在であり、ベンは父親の経営を勉強するという名目で役職を与えられ、この年齢までヌクヌクしてきた苦労知らずの人間だった。
そんな彼が、ドランという辺境に来た目的はただ一つ。
「まぁ、田舎の何も知らぬ生娘を娶るというのは悪くないがな」
ニッチャリと、見る者に鳥肌を与えるような気持ちの悪い笑みを浮かべる。
ベンが今回、ドランくんだりまで来たのは、商会の代表である父親からの指示でもある。
父からの指示は、「力関係という物を思い知らせてこい」だ。
ドランは地政学上、逆立ちしようともカローナの町に逆らうことはできない。
貴族であるドラン辺境領の子爵令嬢と大商家とは言え、平民の家へ嫁ぐというのはそういった抗いがたい力関係が働いていた。
婚姻相手の子爵家令嬢がどんな女かは釣書だけからは図れないが、どうせ向こうはこちらの機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。
さっさとカローナへ連れていき、きっちりと教育せねばならないと、ネットリとした表情をベンは浮かべる。
「あれ? おかしいな」
他の商人たちが戸惑った声を上げる。
「なんだ、どうした?」
「次期殿。実はいつもは、この辺りでドランの使節団が来て出迎えるのが通例なのですが、ご覧の通りです」
街道を抜けて、ドランの町の入り口を示す看板のある開けた場所には、自分たちの商団以外、人っ子一人もいなかった。
「我々が来てやっているというのに何たる仕打ち」
「奴らは、まだ自分たちの立場を弁えていないと見える」
口々にカローナの商団の者たちは、ドランの悪口や皮肉を並べ立てたが、ことさら激しい反応を示した者がいた。
「よりにもよって、我が来る時に出迎えすらせぬとは。ドランの田舎者はよほど干上がりたいようだな‼」
ピキピキと青筋を立てながら、ベンは怒りを露わにした。
「この点については、嫁にキツく言い含めねばな。お前の実家はどういう教育をしているのだと」
怒りに打ち震えながら、カローナの商団はドランの町へ入った。
ドランの商団はいつものように、彼らのためだけに用意された豪奢な宿へ到着した。
が……
「な、なにをしているんだ……」
二の句を告げられず、カローナの商団一行は呆気に取られてしまう。
豪奢な宿は改装工事の真っ最中であった。
華美な装飾は取り外され、街の風合いに溶け込む外装に。
室内では、無駄に広い一室であった区画を、機能的な広さに区切る工事がなされ、飾られていた彫刻や絵画は次々と運び出されていた。
「ここが、我らが逗留する宿か?」
「次期殿。その通りなのですが、どうやら工事をしているようです」
はぁ……とベンは大きくため息をつく。
「まったく…… 無能もここまでくると怒りすら湧いてこんな。では、領主の屋敷でもてなしをさせよう。数々の不手際について、領主がどんな言い訳をするのか見物だな」
そう言って、カローナの一団は領主の館へ迎い、荷馬車を乗り付けた。
「カローナの商団である。謹んで門を開けよ!」
先頭の馬車に乗る商人が、ドラン領主の屋敷の門の前で声を張り上げる。
すると、屋敷から一人のメイドが出てくる。
「はい。どういった御用向きでしょうか?」
「長旅でこちらはクタクタだ。至急、寝床を用意しろ」
「まったく、我らの顔も知らぬとは、さては新人のメイドか」
「所詮は田舎貴族、使用人への教育がなっているはずもないか」
ぶつぶつと嫌味を言うカローナの商団に、
「商人の方々ですね。このお屋敷へ来る前に通った道を戻りまして、十字路を右に回ったところに商人の方々がベースキャンプを広げる広場がございますので、そちらで逗留をお願いいたします。宿の増改築が終わるまで商人の皆さまにはご不便をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
メイドはニッコリと事務的な笑顔を見せて答えた。
「さすがに笑えん冗談だぞ小娘……もうよい、当主を呼べ」
「いえ、商人の方のご案内については、メイド長である私が一任されております」
「いいから呼べ‼ 貴様では話にならんと言っておるのだ‼」
言を荒げると、屋敷の方から男性二人がこちらへ向かってきた。
「これはこれは、カローナの商団の皆々様ではありませんか、どうしました?」
現れたのは、この辺境領の領主であるアルベルト辺境伯だ。
隣にいるのは執事と思しき男。
「どうしたもこうしたもあるか‼ そちらのメイド長が我らに無礼を働いたのだ‼」
「ほぉ…… 無礼とはいかようなもので?」
アルベルトは少々わざとらしく驚いたようなリアクションをする。
「我らにベースキャンプで寝泊まりせよとのたまったのだぞ」
「なるほど。それで、一体何の問題が?」
「……は?」
カローナの商団の面々は、領主のアルベルトの返した言葉の意味が解らずに、思わず固まってしまう。
「御当主様。彼らは、恐らく逗留費用のことをご心配なされているのでは」
横にいた有能そうな執事が、領主に耳打ちするが、その声量は耳打ちの割には妙に大きく、ばっちりとカローナの一団にも聞こえていた。
「ああ、そういうことか。ご安心ください! ベースキャンプの使用料金は無料です。宿が完成しましたら、その際は相応の宿泊費をお支払いいただきますが」
領主の言葉に、完全にこちらが小馬鹿にされて適当にあしらわれていると感じた、カローナの商団の怒りはピークに達した。
「一体全体これは、どういう事ですかな? これが我らカローナの商団への態度とは思えません。この不義は、カローナに帰ったら、父上に報告せねばなりませんな」
ベンは後方からゆったりと大物感を漂わせながら、アルベルトの前に立つ。
「どこのどなたで?」
「な……」
「御当主様。彼はメンフィス商会の跡取りのベン氏です。エレナへお見合いを申し込んできた恥知らずの」
「先ほどから、耳打ち話が全て聞こえておるぞ‼ なんだこの無礼な執事は‼」
「失礼、名乗りが遅れました。私この屋敷の執事をしております、ティボー・バーンズです。あなたがお見合いを申し込んだエレナの兄にあたります。エレナは先ほど応対したメイド長になります」
先ほどからコントのような掛け合いをしていたようには見えない程の、厳かな所作でティボーは綺麗なお辞儀をする。
「ほう…… 先ほどのメイド長がそうなのか、なるほど。しかしお前のような者が義兄になるとは先が思いやられるな」
そう言いながら、ベンは横に控えるエレナの全身をつま先から頭のてっぺんまで嘗め回すように見る。
エレナの顔が歪み始める前に、サッとティボーはエレナを自分の背中の後ろに隠した。
「何をおっしゃいます。私は、あなたのような無様な体型の弟なんて御免被りますよ」
笑顔で毒を吐くティボーに、ベンは顔を突き出す。
「おい。俺は貴族だからと、実力もないのにふんぞり返る輩が大嫌いなんだ」
「奇遇ですね。その点については私も同感です。あ、口臭ケアはなさった方が良いかと思います。それでは良縁に恵まれませんよ」
顔を近づけて凄むベンに、ティボーは一つも怯まずにアルカイックスマイルを崩さなかった。
「アルベルト殿。この仕打ちは、先の縁談への回答と捉えてよろしいですな?」
「ええ、かまいません」
「そうか。では、私もこの商団を代表して伝えよう。今回の取引は中止とする」
その宣告は、ドランにとっては物資の供給が止まると共に、穀物を売って外貨を得る手段を失うということを意味していた。
3か月分の必要物資が手に入らず、またそれを買うためのお金も得られない。
物資については多少の在庫はあっても、他に物資の供給手段を持たぬドランは早々に干上がる。
「いくぞ、お前たち」
そう言って、カローナの商団は踵を返してドランの町へ帰っていった。
カローナへの帰り道に、ドランの領主が物乞いのように許しを請う様を想像しながら。
しかし、何か月経ってもカローナへドランの使者や手紙が来ることはなかった。




