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第21話 徹夜明けの目の輝き

「ぐ……どうすれば……」


「ご当主様……」


カヴェンディッシュ辺境領屋敷の当主執務室の机上で、アルベルトが苦悶の表情を浮かべているのを、心配そうにメイド長であるエレナが覗き込んでいる。


「奴らめ……下衆な要求を……」


「ですが、断ったらこのドランは……」


 エレナも、いつもの元気がなく、深刻な表情を浮かべている。


 アルベルトの執務机には、お見合いの釣書が置かれていた。

 相手はカローナの町の大商人 メンフィス商会代表の長男だ。


「カローナのメンフィス商会の後継者殿ですか。正直、あまり良い噂は聞きませんな」


御用商人のゲラントも渋い顔をしている。


「奴らの目的は何だろうな?」


「貴族との血縁を結びたいからでしょう。ご当主様は、マナ王女とご婚約されていますので流石に向こうも手出しはできないので、子爵位のバーンズ家を狙ったのでしょうな」


 ゲラントの答えに、アルベルトもそうだろうなと頷く。


「今回の縁談の持ち込みは奴らメンフィス商会にとって、どちらに転んでもメリットしかありません。縁談をエレナ様が受ければ、貴族と血縁関係が出来て良し、縁談を断れば、それを出汁に交易で更なる条件やケチがつけられる」


「その場で釣書の受け取りを拒否できていれば……」


「それは言っても詮無きことかと。ドランの立場として、その場で断るという選択肢はとれなかったでしょう」


 唇を噛むアルベルトを、ゲラントが慰める。

 カローナの商団が引き上げていく見送りの場で、唐突にこの釣書が渡されたのだ。

次に商団が来た時に返事を聞かせろと、一方的に期限を区切られて。


「私……この縁談の話をお受けします」


「エレナ⁉ それはダメだ!」


 アルベルトがダンッ‼と机を叩きながら立ち上がり、応接ソファに座るエレナへ詰め寄る。


「しかし、他に方法が…… それに、私も貴族の娘として領地のために、駒となり嫁いでいく覚悟はできております」


「ぐ……」


気丈に振舞うエレナだが、顔色は青白く、よく見ると細かく身体は震えている。

こんな少女に、重荷や責任を背負わせざるを得ない己の立場をアルベルトは呪い、拳を強く握りしめた。


 ゲラントも押し黙り、無力感からくる重苦しい空気が充満する……と、




「ただいま、戻りました御当主様!」


「あ~疲れた~」


 場の重苦しい空気をぶち壊す、呑気な声が屋敷の玄関ホールから聞こえてくる。

 陰鬱な空気のため、長旅をしてきた2人には悪いが出迎えに行く元気もない面々の元へ、ドタドタと騒がしい音が近付く。


「御当主様、吉報です!」


「なんだティボー騒がしくして。お前らしくもない」


 作業服のままで領主室へ駆け込んできたティボーに、事情を知らぬためとはいえ、アルベルトは少しイラっとする。


「ああ、失礼しました。帰路はつい興奮で、ほとんど寝ていないもので」


 ティボーの目の下にはくまができているが、目だけは生気に満ちてランランと輝いている。


「それで、吉報とはなんだティボー? スライムの魔石は無事に売れたのか?」


 スライムの魔石を売却した利益から、規定の税をいただいて財政が幾分か潤うのはありがたいことだが、エレナの手前、今はアルベルトもゲラントもとてもそれを喜ぶ気分ではなかった。


「それもですが、これをご覧ください」


「これは…… メギアの町の領主 ローハン伯からの書簡か」


 ティボーから書簡を受け取り、アルベルトが内容に目を通していく。


「も~、速いよティボー。あ、ただいまですアルベルト閣下、ゲラントさん、エレ……エレナどうしたの? 元気ないね?」


 アシュリーも作業服のまま領主室へズカズカと入って来た。


「う、うんちょっと…… ね」


「はい、これ御土産。でねでね、エレナ。旅での楽しいお土産話がいっぱいあるの」


「アシュリー殿……ちょっと今は」


 ゲラントが、エレナを慮って、やんわりとアシュリーを制止しようとする。


「あ、ごめんなさい。帰りは作業をしながら、ほとんど不眠不休で帰って来たから、ちょっと気分が変にハイになっちゃってて」


 よく見ると、アシュリーもティボーと同じく目の下にくまを作りながらも、目はランランと輝かせている。


「ティボー‼ アシュリー‼」


 アルベルトが大声を張り上げた。

 エレナとゲラントは、空気を読まないティボーとアシュリーに雷を落としたのかと思い、神妙な顔でうつむいた。


「この書簡に書かれたことは本当なのか⁉」


「御当主様。まずは相談せずに、メギアのローハン伯爵と協議を進めたことをお詫びいたします」


「そんな細事はどうでもいい‼ ここに書いてあることは夢や幻ではないんだな⁉」


「はい。書簡の封蝋と公印をご覧ください。まぎれもなく本物のローハン伯爵の正式な公文書です」


 ワナワナと震えたアルベルトの震えた声の問いかけに、ティボーは力強く答えを返す。


「これで…… ドランの積年の夢が…… うぐぅ……」


「良かったですね御当主様、うう……本当に良かった……」


 突然泣き出したアルベルトとティボーに、まるで訳が分からないとあっけにとられたエレナとゲラントは、やれやれという顔で泣いている男二人を見ているアシュリーに視線を向けた。


「一体、何が書いてあったのかシュリーは知ってるの?」


「うん。細かいことは私は横で聞いてただけだから知らないんだけど、ただ一つだけ、2人に言えることがあるわ」


「何なの?」


「これから2人とも忙しくなるってことよ」


 ニヤリと笑って、説明になっていない説明をしているアシュリーも、やはり夜通しの行進による疲れが響いているようであった。


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