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第17話 失敗は隠ぺいします

(ちゅん‼ ちゅん‼)


 登った朝日がテントの天幕をわずかに透かすように差した光が、自然な目覚めを促した。


「ん…… ん~~~ よく寝た」


 こんな健康的な寝起きは久しぶりかもしれない。私は特に朝に弱い訳ではないが、ベッドへ未練を残しつつ、仕事へ行くために起き出すのが常だった。


 自然と目が覚め、目覚めた瞬間にシャンッ‼ と意識が覚醒しているのは、やはり寝て回復したという実感を得ることができて、前向きになれる。


「あれ? そういえばティボーは?」


 意識が覚醒すると、昨晩の約束であった見張りの交代の約束が思い出された。

 ひょっとして、私が爆睡していたためにティボーは諦めて、夜通し見張りを引き受けてくれているのでは?

 トゲトゲの防壁で護られているので危険はなかったろうが、きっと見張りで気を張って消耗しているはず。


 そう思い至った私は、慌ててテントの外へ出る。

 と……


「むにゃむにゃ……」


すっかり火の消えた焚火の前で、ティボーは車座のまま寝入っていた。

 心配して損した。


 私がテントから出てきても、まだ寝入り続けるティボーの寝顔をなんとなく覗き込んでみる。

 普段は執事然とした態度だが、今はそのスイッチを切り、実に気持ちよさそうに寝入っている。その口元はわずかに笑みを讃えているようだ。



(同世代の男性の寝顔って、よく考えたら初めて見るな……)



 何故かそんな発想が頭に浮かんで、勝手に一人で気恥ずかしい気分になり、私はティボーから目を逸らし、


「朝ですよティボー」


 とティボーの耳元で私は優しく囁いた。

 自分の感じた気恥ずかしさを振り払うための半ば八つ当たり的な行動だが、


「むにゃ…… 御当主さま。ティボーはやりましたよ……」


むむむ‼


 ティボーが寝言でも相変わらず閣下への忠義が厚い様子を見せ、何故かイラっとした気持ちが湧いて出て、ポカッ‼ とティボーの頭に優しく鉄槌を下す。


 八つ当たりなのは自分で分っているので、あくまで優しくだ。

ティボーは何も悪くない。


「ん‼ あ…… あれ、ここは?」


寝ぼけ顔で、ティボーは現況を喪失しているようだ。

意外と寝起きは弱いタイプのようだ。


「おはようございますティボー。幸せそうに寝てましたよ」


 私が声をかけると、徐々に意識が覚醒してきたのか、ティボーはこめかみを抑えて項垂れた。


「いつの間にか見張り中に寝てしまったようです。これからの事を考えていて、頭が疲れたので一休みするだけと思ったら。これは失態ですね……」


「エレナに話すお土産話が増えて私は嬉しいですよ」

「それは勘弁してください」


ティボーは私が差し出した濡れたタオルで顔をゴシゴシと拭った。


「でも、言った通り大丈夫だったでしょ?」

「そうですね。このトゲトゲには本当に魔物を寄せ付けない力があるようですね」


「あ、でも何故かスライムだけはトゲトゲがあっても寄ってきちゃうんですよね」

「え‼ それでは、防衛施設としては不十分ということに……」


 私の言葉を聞いたティボーは急に意気消沈してしまう。


「いや、大丈夫ですよ。トゲトゲの威圧感や殺気みたいなものをスライムは感じ取れないみたいで、あの図体の大きさなのでトゲトゲに触れてお陀仏になってます。ほら、これ」


 そう言って、私はトゲトゲの近くに落ちていたスライムの魔石をティボーに見せた。

昨晩、こちらに近寄ってきて、飛んで火にいる夏の虫のごとく、散っていったスライムのなれはての姿だ。魔石は5個くらい落ちていた。


「え⁉ 昨晩スライムが、何体も私たちが眠り込んで、すぐ近くまで迫っていたのですか⁉」


「そういうことになりますね」


「恐ろしい魔物の筆頭のスライムを前に呑気に眠り込んでいただけで、貴重なスライムの魔石を手に入れる。段々、感覚がマヒしてきますね」


 ティボーは寝ていただけで得た成果を前に困惑しきりだ。寝ているだけでお金が稼げるなんて、ある種の人の究極の夢かもしれない。


「そういえばゲラントさんが言ってましたが、スライムの魔石ってかなり高値で取引されそうなんですよね?」


「そもそも市場に出回ったことすらほぼ無いと思いますので、どんな価格になるのかわかりません。お金に糸目はつけないという貴族や或いは他国の商人も争奪戦を繰り広げるでしょう」


「へぇ~、そんな高値だと、これ全部は売れないかもですね」


 スライムの魔石が詰まった袋を揺すると、ジャラジャラと音がした。


「そもそも、最初から一気に全部は売りませんよ。値崩れが心配ですし、正当な値付けをするために、今回は様子見の売買です」


「また売りに来ればいいですもんね」


「アシュリーが輸送路を切り開いてくれたからこそ使用可能な交渉カードです。本来なら山脈を越えなければ、メギアの町には辿り着けませんから」


「そう言えば、メギアの町の人の了承を得ずに輸送路を作っちゃマズいんじゃないですか?」


「その辺は私に考えがあります。それはゼネバルの森を抜けるところでお話ししますよ」


 そう言って、ティボーはいそいそと朝食の準備を始めた。




◇◇◇◆◇◇◇




「そろそろメギアの町に着きそうですね。ではアシュリー、先ほど説明したようにお願いできますか?」


「わかりました」


ドランを出発してから2日目の昼前頃、私たちはメギアの町の近くまで到着した。王都とドランの逃避行の旅と比べれば、旅程は半分以下で済んだことになる。


「花咲け 群生」


(ドドドドドッ‼)


 私たちで切り開いた道の両脇に、トゲトゲが道なりに勃興する。

 さすがにこの規模のトゲトゲの発動となると、大きな音がする。


 これで、ドランとメギアの間に輸送路が完成した…… かに思えたが、まだメギアには輸送路は到達していない。


「本当にこんな中途半端な範囲の施工でいいんですか?」


 今回私がトゲトゲを発現した範囲は、微妙にメギアにもドランの元からある街道にも接続するちょっと手前までだ。


「ええ。メギアの町まで完全に輸送路を繋げるのは、アシュリーの言う通り、メギアの領主様にご了解を得てからが良いでしょうからね。急に道が出来て、興味を持った人が入り込むことも考えられますし」


「あー、確かにそうですね」


 急にゼネバルの森口に整地された道とトゲトゲが出来たら皆何事かと驚くし、興味津々な子供が迷い込んでくるとも限らない。


「それに、輸送路を繋げる選択権はこちらにあるという事を暗に示すこともできます」


 ティボーが何やら悪いことを企んでいるように妖しく笑った。今は作業服だが、いつもの執事服なら、さぞかしひとかどの悪徳執事に見えたことだろう。これもエレナへ報告だ。


「そんなことよりティボー、お腹が空きました」


「やはりトゲトゲをあれだけ創成する魔法を行使すると、魔力が枯渇するのですか?」

「いえ、単に朝から歩いて空腹なだけです」


 乙女として、あまり殿方に自身が空腹である説明はしたくないのですが、ティボーは本気で心配そうに私の顔を見つめてくるので、私も正直に答えるしかないです。


「もう少し我慢できますか? メギアの町のお店で何か食べましょう」


「う~ん。町のご飯は滞在中にいつでも食べられますから、折角なのでティボーの作ったご飯が食べたいです」


「そうですか……わかりました。じゃあ準備しますね」


 そう言って、てきぱきと準備を始めるティボーの後姿は、表情は見えないけれど、どこか嬉しそうに弾んでいるようだった。




「この固パン、美味しいです。カチカチのパンがこんなにカリッとしつつ柔らかくなるなんて」


「少し水をかけて網で焼くのがコツです」


「チーズがとろけてて、パンに塗りたくると最高ですね」


「少量ですが持ってきていたワインでラクレットにしてみました」


 王都からの逃避行の際には、ひたすらモソモソした生きるために胃の中に放り込んでいた物が、調理する人次第でこうも美味しくなるものかと感動する。

私はすっかりティボーに餌付けされてしまったようだ。


「そういえば、ティボーは寝不足ではないですか? 急ぐ旅ではないんですから少し横になっては?」


 昼食を終えて後片付けを一緒にしながら、私はティボーへ声を掛けた。


「バレてしまいましたか…… 実は、昨晩は今後の輸送路確保後の展望について考えて興奮してしまい、いつしか疲れ果てて寝てしまったようで、あまり寝た気がしていなかったのです」


 昼食を摂った後に来る眠気に抗い、欠伸をかみ殺しているのは流石執事魂というところでしょうが、別に周りには私しかいないんだから欠伸くらいしてもいいのに。


「メギアの町の商人さんへスライム魔石の買い取り交渉へ行くのはどうせ明日になるでしょうし、小休止で休みましょう」


「しかし、ゼネバルの森の中で寝るのは……」

「さっき寝てたじゃないですか。ちなみに私はようやく慣れました」


 トゲトゲへの信頼は実績と共にである。施工の際は油断はすべきではないけど、そこは私もトゲトゲ職人としてのプライドがあるので、何重にもチェックをしている。

 でも確かに、施工している私自身は安心できるけど、他人の私に命の安全を委ねなければならないティボーは確かに中々心から信じるのは難しいかもしれない。


 そう思い立った私は、ある物をティボーに作ってあげようと、自分の背嚢の中を漁った。


 う~ん…… 屑鉄しかないな。

何か気分的に嫌だな…… 何かないかな。


後は、スライムの魔石だけだけど、これは売り物だから流石に手を付けるわけにいかな……



「い⁉」



「ど、どうしましたアシュリー⁉ なんだか凄い声を出してましたが」

「何でもないです‼ 何でもないです‼」


 いや、何でもある。

 スライムの魔石の内、1個が欠けてしまっているのを見つけてしまったのだ。

 さっき、私が袋を振ってジャラジャラ音を鳴らした時でしょうか?


 まずい…… どうしよう……


 私は、欠けてしまった一かけらを摘まみながら途方に暮れかけたが、すぐに妙案を思いつきます。


 よし‼ 隠ぺいしよう‼


 スライムの魔石は相当高価らしいので、それが1個とは言え欠けてしまったとなると、ティボーは卒倒してしまうかもしれない。

 そして私は今、ある物をティボーに作るために素材となるものを探していた。


「花咲け 一輪」


私はスライムの魔石のカケラへトゲトゲ創成魔法をかけた。

あんまり鋭いと駄目だから、出来るだけ丸みを帯びさせてっと。


「何を作ってるんですかアシュリー?」


 私がトゲトゲをコネコネしているとティボーが話かけてくる。


「御守りです。ちょっと時間がかかるので、ティボーは寝ていてください」


「はぁ……すいません。では少し仮眠をとらせていただきます」


 やはり、よほど眠かったのか、毛布にくるまり地面に丸くなったティボーはすぐに寝息を立てだした。





「できましたよティボー」


「むにゃ…… 御当主様…… 靴下は裏返して脱いではダメと言ってるでしょ……」


 今度は、なんだか小うるさい親みたいな寝言をつぶやいていますね。

アルベルト閣下のこと好きすぎでしょ、この人。


「はい、起きてください」


 ズビシッ! とティボーの脳天に軽くチョップを当てる。


「んぐ…… あ、アシュリーおはようございます。私はどれくらい寝てましたか?」


「1時間ちょっとですかね。はい、これどうぞ」


 私はそう言って、ティボーへ出来上がったものを渡した。


「……何ですかこれは?」


「魔物除けの御守りです。昨日みたいに魔物に襲われないように、トゲトゲで作りました」


 ティボーに渡したのは、首から下げるチョーカーだ。

スライムの魔石から作ったトゲトゲをこねてこねて、出来るだけ球体に近づけ、余っていた革ひもを通したものだ。


 トゲトゲを球体に近づけるのは結構骨が折れて、つい作業に没頭してしまいました。


「これを……私に」


「はい」


「ありがとうございます。大切にします」


そう言ってティボーは渡されたチョーカーを大事に自分の背嚢に仕舞おうとした。

いやいやいや…… それじゃあ、御守りの意味がないじゃないですか。


「ちゃんと身に着けてください。ティボーは危なっかしいんですから」


「わ…… わかりました」


 何だか歯切れ悪く、普段は機敏な所作をするティボーには珍しく、チョーカーを首に着ける動作は困惑してモタモタしているのが気になったが、私は、上手くスライムの魔石が欠けたことを隠ぺいできたことに気を良くして、そのことを深くは考えないのであった。


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