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トゲトゲ聖女と呼ばないで  作者: マイヨ@貞操逆転男友達【5/29発売】


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16/50

第16話 ティボー

「このキノコは上等な物ですね。ご当主様にも是非食べてもらいたいものです」


 ここはゼネバルの森の中ほど。

 人間が立ち入らない手つかずの自然が残る場所だ。

 人の手が入っていないので、貴重な野草やキノコの類が豊富に自生していた。


 その貴重なラインナップに、ティボーもつい興奮してしまい、つい忘れてしまっていた。


 そう、ここはゼネバルの森


 1日目の旅程ではまるで魔物が出てこなかった事と、大鎌で軽快に道を切り開きながら進めたことで、自分がゼネバルの森という危険地帯に身をおいているという事実への認識が、危機感を酷く軽薄なものになってしまっていた。


 音もなく近づくワーウルフ。

 狼ながら2足歩行をする人狼のような魔物は、静かにティボーとの距離を詰める。


 ティボーが早い段階でワーウルフの存在に気付けたのは、全くの偶然であった。


 キノコを採るために屈めていた腰を伸ばしたくて、ティボーが急に立ち上がった際に、ちょうど木から木の陰へ移動しようとしていたワーウルフの姿がバッチリ視界に入る。


 と、ティボーはその後の対応策について思考をする前に脱兎のごとく、逃げ出した。


 日頃、軽い言動が目立つ妹のエレナがコノタロスと対峙した際に見せた意外な冷静さとは対照的な、即物的なティボーの脱兎のごとき逃亡という対応は、ワーウルフに刹那の逡巡の時を消費させた。


 しかし、スマートな狩りを諦めたワーウルフは、逃げた兎を追うべくガムシャラな疾走を始めた。


 なんの戦闘力も持たぬ人種


 森を移動する走力など、ワーウルフと比べる方が間違いというものだ。


 ワーウルフは、レアな獲物が得られることにほくそ笑みながら、彼我の距離を詰め、鋭い爪を獲物に突き立てんと手に力を込めると


 前方から、濃密な死の気配が己の全身に突き刺さる錯覚をワーウルフは覚えた。


 逃げ出す兎になるのは今はワーウルフの方であった。

 後ろを振り向かずに、全力でその強靭な脚力をもってその場を離れていった。


 しかし、後方がそんなことになっているとは露知らずのティボーもまた、全力で駆けていた。


 先程視界に捉えた魔物はワーウルフ


 人間の脚力で、ましてや相手のフィールドである森で自分が逃げ切れるとは思えない。


 すぐにでも自分は追いつかれ、ワーウルフの鋭い爪牙の餌食になってしまうだろう。


『エレナ、アルベルト。先立つ不幸をお許しください』


 ティボーが絶望の中疾走しつつ、覚悟を決めると


『ああ…… とうとうお迎えが。大鎌を振り回す死神が向こうから…… それにしても、死神ってあんな大袈裟に鎌を振り回すものなんでしょうか?』


「大丈夫ですか⁉ ティボー‼」


 現れたのは、草刈り鎌で草木を切り分けながら来たアシュリーであった。


「アシュリー危ない‼」


 ティボーは咄嗟にアシュリーに抱きつき、その場に組み伏せた。


「えっ⁉ えっ⁉ えっ‼‼」


 ティボーの予想外の行動に、アシュリーはひどく混乱した。


「アシュリー‼ 私が襲われているうちに早く逃げてください‼」


 いや、この絵面を客観的に見たら、襲っているのはティボーの方なのでは?

 官憲がこのシーンを見ていたら完全にアウトなのでは?


 という疑問もアシュリーの頭に浮かんだが、


「早く立ち上がって逃げて‼ ワーウルフがすぐそこに‼」


 迫真の顔で迫るティボーの顔に一切の邪念が無いことはアシュリーにもわかったので、悲鳴を上げてティボーを突き飛ばすという選択肢は取らず、冷静に話しかける。


「あの、ティボー。周りに魔物はもういませんよ」


「早く逃げ…… え?」


「いないです」


「…………」


「…………」


 気まずい沈黙


 新緑の木々のざわめきだけが、かろうじて時が止まっているわけではないことを証明していた。




◇◇◇◆◇◇◇




「私は妙齢の御婦人になんてことを……」


「気にしないでください」


 テントに戻ってきティボーは、痛恨事であったことを物語るように、目をギュッと固く引き絞りながら野草をダンダンッ‼ と音を立てて包丁で刻んでいた。


 手元見ないと危ないですよ……


 日はすっかり落ちて、焚き火だけが唯一の灯りだけれど、私の心配をよそに、ティボーは野草やキノコをササッと刻み終わるとアク抜きしつつ、別の鍋で根菜を煮込みだしてと実に手際よく料理を作っていく。


「すごく手際がいいですね」

「これが私の得意分野ですから」


「調理が得意ということですか?」

「ええ、子爵らしからぬ能力でしょう?」


「執事なのに屋敷の炊事までしていたのはそういう訳だったのですね」

「エレナがまだまだ調理場を任せられる水準に達していないですからね」


 エレナはお転婆さんだから、豪快な料理なら任せられるけれど、細かい作業や分量がシビアなお菓子作りではよく失敗をするそうだ。


「ティボーは、アルベルト閣下の食べた時の反応を気にしてましたものね」


 私が、以前の晩餐の時に主人の反応を気にしていたティボーの微笑ましい様子を思い出してついからかいの言葉をかけると、ティボーは少し照れて、新作の料理や食材の時にはつい反応を窺ってしまうんですと答えた。


 アルベルト閣下とは従兄弟関係という事だが、親族以上としてのつながりの深さを感じさせられる。


「さぁ出来ましたよ。干し肉と野草、根菜のスープです」

「ありがとうございます」


 屋敷でご相伴に預かっていたから解っていたが、ティボーの料理は本当に美味しい。野外で温かな食事を摂ると、さらにその美味さが倍増している気がする。


「陽も落ちましたし、交代で見張りをしながら休みましょう。お先にどうぞアシュリー」


「う~ん…… 多分、こうすれば見張りもいらないんじゃないかと思うんですけど。『花咲け』」


 唱えた呪文に応え、私たちのテントがあるエリアを円形に囲むように土質の地面からドドドッ‼ と音を立ててトゲトゲがいくつも勃興した。


「すごいですね…… トゲトゲは金属が無いと使えないのかと思っていました」


「金属の方がより強度が出るので、武器や防衛設備にする時は使うんですが、ただの魔物よけのオブジェクトとしてなら土でも十分なんです」


「なるほど……ん? という事は、今私たちがメギアの町に向かって切り開いて来た道沿いに、このトゲトゲを設置したら……」


「ああ、他の人も特に私のトゲトゲを持っていなくても、魔物には襲われずにゼネバルの森を通行できますね」


 私は背嚢から自分の毛布を取り出し寝支度をしながら、事も無げに言った。


「しかし、これだけの範囲にトゲトゲの魔法を施すにはアシュリーの魔力がもたな……」


「いや、大丈夫だと思いますよ。私のトゲトゲで切り開いた場所なら座標が残ってるから、その座標に合わせて発動するだけなので、魔力はそんなに消費しません。何でしたら、帰路に設置して帰りましょう」


「…………」


 私の言葉に、ティボーは難しい顔をして黙り込んでしまった。


なんだろう? あ……


「やっぱりトゲトゲが道路沿いにあったら景観が悪いですよね。やっぱり止めましょう」


 私は、王城の解雇通告のことを思い出していた。確かに、トゲトゲは威圧感があって、お世辞にもお洒落な物ではない。


 ティボーもお世辞や社交辞令で話していたのに、私が、帰り道に設置しようなんて早計なことを言いだして、困らせてしまった。


「止めるなんてとんでもない‼ ぜひやりましょう‼」


「え、いんですか? けど、こういう工事ってアルベルト閣下の許可を受けてから施工すべきなのでは?」


「御当主様なんて私が事後でいくらでも丸め込んで、事後で許可を出させます」


 ティボーは興奮して、あんなに大事なアルベルト閣下の扱いがおざなりになってしまっていますがいいのでしょうか?


こういうのも旅の恥の搔き捨てという奴なのでしょうか?

辺境伯の屋敷に帰ったら、エレナに告げ口してあげよう。


「はぁ…… まぁ、アルベルト閣下に怒られたらすぐに元に戻せるし、やるだけやってみましょうか」


「是非‼ 是非に‼ アシュリー今日はよく休んでください‼ おやすみなさい‼」


 ティボーはなにやら興奮しきりで、焚火の近くを無為に歩き回りながらああでもないこうでもないと騒いでいる。


あんなテンションで寝れるのだろうか?


まぁ、最初の内はトゲトゲの安全性についても実感してほしいから、無駄になるだろうけど見張りをしてもらおうか。


 そんなことを思いながら、私は一人用のテントに入る前に、5時間後に起こしてくださいとティボーに声をかけたが、果たしてティボーの耳に届いていたのか甚だ疑問だった。


(そう言えば、いつのまにか二人とも敬称なしのファーストネーム呼びになってるな)


今日は色々トラブルがあったから呼び方なんて些末なことだよねと思いながら、私はそのまま毛布を引っ被って瞼を閉じた。


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